二十九、本当のダチ
「兄貴さあ、花火大会どうすんの」
「お前は、どうすんだ」
俺たちは晩飯を食いながら、明日の花火大会の話をしていた。
「俺は翔と行くよ」
「そうかあ」
「兄貴はどうすんの」
「俺か・・まあ、適当に」
「適当ってなんだよ。それこそ適当だな」
「いいじゃねぇか」
「・・ん?兄貴、なんか変じゃね?」
俺は、兄貴が少しうろたえている気がして、そう言った。
「別に、変じゃねぇよ」
「おや・・おやおや・・まさか・・」
俺は訳知り風に、少し笑った。
「っんだよ」
「まさか・・彼女できたのか」
「ばっ・・バカなこと・・言ってんじゃねぇよ」
「あははは、そっか、そっか~。やっと兄貴にも春が来たってわけか」
「う・・うるせぇ・・そんなんじゃねぇよ」
「別に隠さなくったっていいんじゃね?」
「別に・・隠してなんか・・」
兄貴は顔を真っ赤にして照れていた。
「俺にも紹介してくれよ」
「まっ・・まだ・・そんなんじゃねぇし」
「え・・付き合ってねーの?」
「ああ・・まだ・・」
「ふーん。で、どこで知り合ったのさ」
「工場にバイトで入った事務の子」
「おおお~~社内恋愛っすね!」
「だーかーらー、まだそんなんじゃねぇっつってんだろ」
「え・・なに・・じゃ、明日の花火大会で告るってわけか」
「ち・・ちげーーし」
「なんでだよ~、せっかくなんだから告ればいいんじゃね?」
「もう、お前はうるせぇんだよ。さっさと食え!」
「照れちゃって~。で、名前はなんていうんだ」
「え・・えっと・・水柿葵・・」
「葵ちゃんかぁ~~かわいい名前じゃんか」
「ちゃんって言うなよ。さんだぞ」
「へぇー、なんで?」
「年上なの!」
「マジかよ!いくつ年上なんだ」
「その・・十歳・・」
「げっ・・」
俺は絶句した。
十歳年上って・・二十九だろ・・ババアじゃねぇかよ!
「げっ、てなんだよ、げって」
「いや・・あまりにも年の差が・・」
「そんなの関係ねぇだろ」
「そりゃま・・そうだけどよ」
「もうこの話は、終わりな!」
兄貴はそう言って、台所へ行った。
「食ったら早く持って来い!」
それにしても十歳も年上かぁ・・
どんな人なんだろうな・・
でもま、兄貴の初めての彼女だ。
年上とか、関係ねぇかもな。
そして翌日の夜・・
俺は、翔と和樹と待ち合わせをしていた。
それにしても、さすが花火大会だ。
人通りが半端ねぇ・・
こりゃ電話で連絡しないと、マズイかな・・
「たーけちゃん!」
振り向くと翔が立っていた。
「翔~~久しぶり!」
「だね~、和樹くんはまだなの?」
「うん。もし迷ってるとしたら、電話しねぇとな」
「しかし、すごい人出だね。この町にこれだけの人がいたのって感じ」
「翔・・この間は悪かったな」
「もういいって。ほら、ケンカするほど仲がいいって言うじゃん」
「まあな・・で、帰りに話があるから」
「え・・」
「やっぱりお前には話すよ」
「そっか、わかった」
ルルル
あれっ、電話だ。和樹かな・・
「もしもし」
「あ、健人くん、和樹だけど」
「おお、和樹、今どこだ」
「それがさ・・行けなくなっちゃって」
「えっ!なんでだよ」
「急に露店の手伝いしなくちゃいけなくなってね」
「露店って・・マジかよ」
「ごめんね。翔くんにも謝っておいてね」
「露店って、どこに出してんだ?」
俺は露店の場所を訊きだし、電話を切った。
「和樹くん、なんだって?」
「なんか、露店の手伝いがあるんだってさ。で、来れないって」
「そっかぁ、残念だなぁ」
「翔にもごめんって言ってたぜ」
「そっか。仕方がないよね」
「でも、店の場所聞いたし、後で寄ってみようぜ」
「そだね」
それから俺と翔は、色々な露店を見ながら、祭りを楽しんだ。
ほどなくして、花火が上がり始めた。
色とりどりの花火は、夜空に大きな花を咲かせて、胸に響くような音とともに、観客の目を虜にしていた。
「綺麗だよね~、いつ見てもいいなあ~」
「そうだな」
「和樹くんも見てるかな」
「きっと見てるさ」
今年は一緒に見れなかったけど、来年も再来年もあるしな。
「そうだ、そろそろ和樹の露店へ行こうぜ」
「そうだね!」
そして俺たちは、人混みの中を掻き分けながら、和樹のいる露店へ着いた。
すると和樹は汗を流しながら、焼きそばを焼くのに、一生懸命になっていた。
この客の数だ・・声をかけにくいな・・
「和樹くん・・大変そう・・」
「だな・・」
「あれって和樹くん、一人でやってるのかな」
言われてみれば、露店には和樹一人しかいない。
これって、無理じゃねぇのか。
「まだなの~~!」
並んでいる客のババアが、文句を言っていた。
「すみません、もう少しで焼きあがりますので、お待ちください」
和樹の言葉は、とても露天商の「それ」とは思えないほど、丁寧に対応していた。
「いつまで待たせるんだよ!」
今度は、別の客のジジイが文句を言った。
「はい、すみません。すぐにできますので、もう少しお待ちください」
和樹は首にかけたタオルで、時々汗を拭いながら急かされていた。
「翔、俺、手伝うわ」
「うん、僕も手伝う」
俺たちは店の後ろへ回った。
「和樹、何をすればいい?」
「えっ・・あっ、きみたち・・」
「いいから。なにをすればいいか言ってくれ」
「うん・・えっと、そこのパックに焼きそばを詰めてくれるかな」
「了解!」
そして翔は、店の前に立ち、客の列を通行の邪魔にならないように、並べていた。
「はあ~い、いらっしゃい、いらっしゃい。美味しい焼きそばですよ~」
翔は、客引きもしていた。
やがて客も順調に捌け、一時の混乱状態からは脱した。
「ふぅ~~ちょっと落ち着いたな」
「健人くん、翔くん、ありがとう。ほんとに助かったよ。もう僕、どうしようかと思っていたところだったんだよ」
「あんなの一人じゃ誰だって無理」
「和樹くん、なんで一人なの?」
翔が疑問に思っていたことを、和樹に訊いた。
「ほんとはね、伊豆見も来るはずだったんだけど、体調壊しちゃって。柴中は身内にご不幸があって・・それで結局、僕一人ってことになっちゃって」
「そうだったんだ・・大変だったね」
「僕、一人でできるって、祖父に啖呵切ったんだけど、結局はこの有様だよ。応援を呼ぶって言ってくれたのにね・・バカだよ僕・・」
「和樹・・あんま、気、張んなって」
「え・・」
「お前さ、跡目ってことで、なんでも自分がやならきゃって思ってねぇか」
「・・・」
「無理なもんは無理なんだよ。そん時は、誰かに助けてもらうんだよ」
「そうだね・・」
「はーい、いらっしゃーい」
お客が来て、翔がそう言った。
「いらっしゃい!いくつですか?」
俺は和樹に代わってそう言った。
「えっと・・二人分」
中学生くらいの男女が、照れくさそうに買いに来た。
「あいよ~~少々お待ちを!」
俺は二つのパックに焼きそばを詰め、ナイロン袋に箸も入れて渡した。
「はい~お二人分で千円です」
その千円は男子が払い、二人は手を繋いで歩いて行った。
ひゃ~~初々しいねぇ~ったくよーー。
それから次の波が来た。
わんさかと押し寄せた客を、翔が上手に並べて、和樹が焼き、俺が詰めて金を貰うという役割分担が、うまく機能していた。
「あっ、まさくん・・」
翔のその声で、俺は兄貴が来たとすぐにわかった。
ヤッベーーー・・
でも・・ここ離れらんねぇしな・・くそっ・・どうしようか・・
「おお、翔じゃないか。お前、こんなところでなにやってんだ」
「えっと・・友達のお手伝いを・・」
「へぇー、お前、露天商に友達なんていたのか」
「ま・・まあ・・」
そして兄貴の順番がきた。
「あっっ!!お前・・」
「へい!らっしゃい!」
「健人・・お前まで・・なにやってんだ」
「友達の手伝いを・・」
「友達ってこいつか」
兄貴は和樹を見て、そう言った。
「ああ・・」
「ふーん・・」
「健人くんのお知り合いですか?」
「いや・・俺はこいつの兄貴だよ」
「そうですか。初めまして、友達の和樹っていいます。健人くんと翔くんに無理やり手伝わせてしまって・・申し訳ないです」
それこそ露天商の「それ」とは程遠い和樹の対応に、兄貴は面食らっていた。
「いえ・・どうぞ、こき使ってやってください」
「ありがとうございます」
「兄貴、何人前だよ」
「ああ・・えっと二人分」
「はい~二人前ね!はいっ、どうぞー」
俺は兄貴に袋を渡し、千円を受け取った。
彼女って・・どの子だ・・?くそっ・・見えねぇ・・
兄貴は店から離れ、女の人と二人で歩いて行った。
くそっ・・後姿だけかよ。
その女性は、細身の小柄で、後姿は「美人」だった。
兄貴との身長の差が、まるで大人と子供みたいに見えた。
それからほどなくして、祭りも終わりに近づき、俺たちは店じまいを始めた。
「きみたちは、もういいよ。後は僕がやるから」
「なに言ってんの。最後まで手伝うに決まってるじゃん!」
「翔くん・・」
「たりめーだ。さっ、片づけようぜ」
「健人くん・・二人とも本当にありがとう・・」
和樹は自分の不甲斐なさを、酷く気にしている様子だった。
「ごめん、ちょっと電話かけてくるね」
和樹はそう言って、俺たちと少し離れたところで電話をしていた。
和樹はすぐに戻り、金が入った箱に手を入れていた。
「これ・・少しだけど、今日のお礼だよ」
和樹はそう言って、俺と翔に一万ずつ手渡そうとした。
「バカ!こんなの貰うために手伝ったんじゃねぇよ」
「そうだよ。僕、お金なんて要らないよ」
「いや、それはできない。祖父からもちゃんとお礼をするように言われたんだ。だから受け取ってくれないか」
「要らねぇ」
「要らない」
「そんな・・僕、困るよ・・」
「あのな、爺さんに言っとけ。バカにすんなって」
「え・・」
「あのな、俺、バイトしたつもりねぇから」
「僕も同じだよ」
和樹は俺と翔にそう言われ、困り果てていた。
「和樹・・ダチってのは、金で動くもんじゃねぇんだよ」
「・・・」
「ダチってのは、ダチが困ってたらなんでもすんだよ。そこに金なんて発生しねぇんだよ」
「だけど・・それじゃ僕の気持ちはどうなるの」
「お前は金を払って満足か?それで気が済むのか」
「そんなことないけど・・手伝ってくれたことへの感謝のしるしだよ」
「お前が俺たちに感謝してるってんなら、それは金じゃなくて、今後も俺たちとダチでいること。それと一人で頑張らないこと。助けてほしかったら俺たちに言うこと」
「・・・」
「それでいいな」
「僕もたけちゃんと全く同じ。友達なら遠慮しないの。わかった?」
「うう・・ううう・・」
和樹は俺たちの前で、初めて涙を見せた。
「泣くんじゃねぇ、お前、親分になんだぞ」
「僕・・今、初めて友達の意味がわかった気がする・・友達って単に仲良く楽しく過ごすことじゃないんだね・・」
「そうだ」
「なんか・・たった今、本当の友達になれた気がする・・」
和樹は今まで、ダチなんて一人もいなかったんだもんな・・
どうしていいか、わからねぇのも無理はない。
でもそれをわからせるのも、またダチなんだよ。