二十七、え・・いじめ?
「疑念を抱かせるって、具体的にはどうすればいいんですか・・」
「そうだな。まずは、噂を流せ」
「噂・・」
「この地域の人を、甘言で騙してると言え」
「・・・」
「あ?俺の言ってる意味、わかってるか」
「あ・・ああ・・」
俺は後で「甘言」という意味を辞書で調べようと思っていた。
「東雲はこの商店街を潰そうとしている、と言え」
「・・・」
「そのことに、少し触れるだけでいい。少しでいいんだ」
「はい・・」
「噂ってのは、怪しげなことを少し耳にする程度の方が、信憑性があるんだよ」
「・・・」
「わかったな。なるべく早く取り掛かれ」
そう言って成弥は帰って行った。
この程度のことなら、別に俺じゃなくてもいいんじゃねぇのか。
え・・待てよ・・
そうか・・あいつ、面が割れてんだ。
お好み焼き屋のおっさんが「西雲のやつらだ」って言ってたよな・・確か。
だからか・・
東雲が潰そうとしているってさ、おめぇらだろうが、潰そうとしているのは。
それを東雲のせいにしようとしているんだな。
しかし、そんな噂を流したところで、商店街の人たちは信じるのか?
あっ・・
それにしても店長だよ。
あの人、ほんとは何者なんだ。
俺は、それを確かめたくて仕方がなかった。
そして次の日・・
「おはようございます」
俺はいつものように出勤し、店長に挨拶をした。
「おはよう。昨日は悪かったね」
店長は苦笑しながら、済まなさそうに言った。
「あの・・店長」
「なんだい」
「ちょっと訊きたいことがあるんすけど」
「いいよ。何でも訊いて」
「店長って、この店を始める前は、どんな仕事をしてたんすか」
「あはは。訊きいたことってそんなこと?」
「いや・・あの、昨日の店長って、なんつーか、別人だったなって思って」
「僕だって一人前の大人だよ。やっぱり若い子には、ダメなことはダメとわからせないとね」
いやいや、ちげーって。
昨日の店長は、別人だったんだって。
「もしかして・・昔、ヤクザとかやってました?」
「あはは、ヤダな。まさか」
店長は俺の言葉に、笑い飛ばしてそう言った。
「そうっすか・・」
「きみは余計なことに気を回さなくていいんだよ。さっ、仕事、仕事」
店長は俺の肩を叩き、店の外に出て掃除を始めた。
いや・・何か隠してるな・・ぜってー隠してる。
誰かに確かめる方法ってねぇのか。
昆田のババアは・・まさか知ってるはずないよな・・
それから一時間ほどたった後、昆田が出勤してきた。
「店長、昨日はすみませんでした」
「いいえ。急用の方は大丈夫でしたか」
「それなんですよ~、もう大変でしたよ~」
「ほう~何があったのですか」
「いじめですよ、いじめ・・」
「おや。嫌な話ですね。息子さんがいじめに遭ってるのですか」
「いや、うちの子は関係ないんですけど、別のクラスで起こっちゃって。それが問題になっちゃってね。それで緊急保護者会ですよ。夏休みなのに親も大変ですよ」
「なるほど。それは大変でしたね」
「ここだけの話・・いじめられてる子って、ヤクザの子にいじめられたらしくて・・」
なにっ・・ヤクザの子って言ったよな・・
「それ・・どこの学校なんすか」
俺は思わず口を挟んだ。
「え・・E高校だけど」
E高校・・やっぱりだ。
和樹が通っている高校じゃねぇか。
和樹がいじめをやってるっつーのか。
あり得ねぇ・・
「そのいじめてる子って、名前はなんていうんすか」
「・・ん?時雨くん、なんか気になることでもあるの?」
昆田は不思議そうな顔をして、そう言った。
「いや・・よく聞く話だし・・俺のダチも昔いじめられていたし・・」
俺は口から出まかせを言った。
「そうなの。その子、東雲くんっていうんだけど」
やっぱり・・
「いじめって、どんなんすか」
「うーん、詳細はわからないけど、なんでも、かつあげしたり、靴を隠したりしてたらしいのよ」
「そう・・っすか・・」
あり得ねぇ。
和樹はぜってーそんなことするやつじゃねぇ。
「まあ、いずれにせよ、ヤクザの子が同じ学校にいるなんて、怖いわあ」
「・・・」
「息子にも、絶対に関わらないように言ってるのよ」
「さ、話はまた後で。仕事についてください」
店長が制して、俺たちは持ち場についた。
いやいや、あり得ねぇ・・
これも・・何か仕組まれたことじゃねぇのか・・
和樹を追い込む罠じゃねぇのか・・
俺は仕事が終わって、和樹に電話をした。
「和樹、久しぶり」
「健人くん、久しぶりだね。元気だった?」
「まあな・・」
「健人くん、バイトしてるんだってね」
「あ・・うん」
翔が喋ったんだな・・
「でさ、和樹、今から会えねぇかな」
「うん、いいけど。どうかしたの?」
「いや、別に。久々に顔が見たいなと思ってさ」
「いいよ。じゃ、事務所で会う?」
「うん。これから向かうよ」
「わかった」
そして俺は事務所へ向かった。
和樹は何事もないかのように、相変わらず元気な声だった。
昆田の言ってたことは、本当なのか?
ほどなくして、俺は事務所に着いた。
すると和樹はもう来て待っていた。
「健人くん、元気そうだね」
「ああ・・和樹も元気そうだな」
「うん。さ、座って」
俺は和樹の向かい側に座り、何から切り出そうかと考えていた。
「バイトどう?」
「ああ・・まあ、ぼちぼちだな」
「そっか。慣れるまでは大変だよね」
「まあ・・な・・」
和樹の表情は、全くいつもと変わりがない。
「あのさ・・」
「なに?」
「和樹さ・・」
「なんだよ~」
「その・・学校で・・なんかあったんじゃないのか・・」
「え・・」
和樹の表情は、少し暗くなった。
「俺、ちょっと小耳にはさんだんだけど・・」
「いじめのこと?」
「えっ・・ああ・・まあ・・」
「すごいな・・健人くんの耳にまで入ってたんだ」
「うん・・バイト先のおばゃんの息子が、和樹と同じ高校行ってるらしくて・・」
「そっか・・」
「でも俺は信じねぇ。お前がいじめなんてやるはずがねぇ」
「ありがとう。そう言ってくれて嬉しいよ」
「で、実際のところはどうなんだ。俺、お前が嵌められたと思ってんだよ」
「僕も最近、変だなと思うことがあってね」
「・・・」
「あ、はっきり言っとくけど、僕はいじめなんてやってないよ」
「そんなもん、わかってらぁ」
「実は・・」
和樹はそう言って、静かに話し始めた。
「夏休み前のことなんだけど、変なビラが学校で撒かれてね。僕がいじめをやってるっていう・・。それで実際にいじめられたっていう子も現れてね。別のクラスの子なんだけど、僕はその子のことなんて全然知らないんだよ。もちろん話したこともないし。なのにその子、あ、その子、島田って名前なんだけど、僕に脅迫されたとか、教科書に「バカ、キモイ、死ねよ」と落書きされたとか嘘をついてね。実際に教科書には酷い言葉が書かれてあって。全部、僕がやったって言い張ってね。僕が何度違うって言っても誰も聞いてくれなくて。やっぱりヤクザの子だからってことで、色眼鏡で見られてしまって・・」
「っんだよ、それ!」
「まあ、今は夏休みだし、とりあえずは何もないけど、また二学期が始まったら冤罪をふっかけられるんじゃないかな」
「許せねぇな。その島田ってやつ、どんなやつなんだ」
「見た目は、いかにもいじめられそうな・・そんな雰囲気かな・・」
「そうか・・」
「しかも、嘘をつくようには見えないから、みんな島田のこと信じてるみたいだよ」
「爺さんはなんて言ってるんだ」
「祖父も、いじめを否定してくれたんだけど、先生は信じてないみたいだよ」
「そっか・・」
和樹は・・ヤクザの子でもなんでもねぇんだよ・・
こいつは、捨て子なんだよ・・
本当なら、今回のことだってなかった事件なんだよ・・
普通の家に育っていたら、なかったことなんだ・・
こいつ・・平気な顔してるけど、何重にも渡って被害を背負ってんじゃねぇか・・
「それより、勉強頑張ってる?」
「え・・ああ、まあな・・」
「期末もいい成績だったし、このままいくと、きっといい高校に入れるよ」
「そうかな・・」
「そうだよ。また二学期に入ったら、特訓だね」
そう言って和樹は、優しく微笑んだ。
「あ・・そう言えば、翔くんとなにかあった?」
「え・・」
「この間、電話したら、なんか元気がなくてね。で、訊いたら、たけちゃんとケンカしたって」
「余計なことを・・あいつ・・」
「どうかしたの?」
「いや・・まあ、よくあることだよ」
「そっか。僕でよければ仲介しようか」
「いや・・いい」
「そっか。でもなにかあったら言ってね。いつでも協力するからね」
「ありがと・・」
翔とのケンカ、か・・
ちげーんだ。このことは誰にも言えねぇことなんだ。
翔にも・・ましてや和樹になんて、ぜってー言えねぇ・・