二十五、コンビニの客
俺が成弥の子分になると決まって、成弥は俺の携帯番号を聞き出し、連絡があれば、必ず指令を受けなければならないと言って帰った。
成弥が言う「指令」ってのは、九分九厘、東雲にとっちゃ都合が悪いことに決まっている。
あれか・・スパイみたいなことをさせられるのか・・
俺は後になって色々と考えを巡らせ、なんと浅はかな約束をしてしまったのだと、酷く後悔した。
しかし、今更、断ることもできねぇ。
断ればその時点で、あいつは景須に喋る。
だからといって・・子分なんて・・
俺はレジ打ちもままならないほど、動揺していた。
「さっきの、友達?」
昆田がそう聞いてきた。
「え・・あ、はい・・」
「なんか、揉めてる風だったけど?」
「いえ、そんなことないっす」
「そうなの?時雨くん、あの子と別れた後、様子が変よ」
「え・・気のせいっすよ」
「うーん、それならいいんだけど。レジ、間違えないでね」
「はい・・」
昆田みたいな普通の主婦にさえ、見破られるほど俺は動揺しているのか・・
こんなんじゃ、翔には一発でアウトだぞ。
俺は気を取り直し、目の前の仕事に専念した。
なんとかなる・・なんとかなるさ・・
「たけちゃん!」
げっ・・なんなんだ・・
間の悪いとは、このこった。
翔がコンビニに現れたのだ。
「よう」
「どう?仕事は慣れた?」
「まあな・・翔は、なにか買いに来たのか」
「うん。たけちゃん見に来たついでに、ちょっと雑誌をね」
「そっか」
「あらー、この子もお友達?」
昆田がすぐに口を挟んできた。。
「こんにちは。時雨くんの親友で朝桐っていいます」
「へぇー、さっきの子と随分・・」
「昆田さん、ほら、お客さんですよ」
俺は昆田が最後まで喋ることを制し、昆田に被せる形でそう言った。
「え・・お客さんって・・」
お客は店の中に何人かいたが、レジには誰も来ておらず、昆田は不思議そうな表情でそう言った。
「あ・・さっき、いたんすけどね」
「そう?」
そのやり取りを、翔は怪訝な顔をして見ていた。
ヤッベー・・
くそっ・・昆田のババアめ・・余計なことを言いやがって・・
「あっ、いらっしゃいませー」
昆田は隣のレジに移動し、お客の相手をした。
「たけちゃん・・」
「っんだよ」
「さっきの子って、誰?」
「あ・・クラスのやつだよ。偶然、来たんだよ」
「ふーん。それって誰?」
「翔の知らないやつ」
俺は翔の顔を見ずに、必死でごまかした。
「そっか・・。じゃ、雑誌見て来るね」
翔はそう言って、雑誌コーナーへ移動した。
今の俺の説明で、翔が納得するはずがねぇ・・
俺が仕事中だから、翔は、とりあえず引いたんだ。
後で、ぜってーに訊いてくる。
にしても、主婦って、なんでこうもお喋りなんだよ。
かっんがえらんねー。
「これ買いま~す」
翔は、某漫画雑誌を抱えて戻って来た。
「はい」
俺はそれを受け取り、バーコードリーダーで読み取った。
「六百四十八円です」
「はーい」
翔は財布から千円を取り出した。
「千円お預かりします」
「たけちゃん、仕事、何時に終わるの」
「え・・。えっと・・あと一時間だけど」
「そっか。じゃ、僕、外で待ってるね」
「いいよ、帰れよ」
「一緒に帰ろうよ」
「いいって。帰れ」
「じゃ、後でね~」
「あっ、おつり、おつり!」
「あはは、忘れるとこだった」
翔はお釣りを受け取り、外へ出て行った。
やっぱりな・・
あいつは、そう来ると思った。
どうすんだ・・どうすんだよ・・俺・・
仕方がない・・さっきの嘘をつき通すしかない。
そして俺は仕事を終え、外に出た。
「たけちゃん、お疲れさま!」
「お前な・・帰れっつっただろ!」
「いいじゃん。帰るの同じ方角だし」
「ったく・・」
そして俺たちは、ぼちぼち歩き出した。
「それよりさ・・」
「はいはい。さっき来たやつって、クラスのやつな。これでいいだろ」
「は・・?僕、何も言ってないんだけど」
「どうせ、それを訊きたかったんだろ」
「違うんだけど・・」
「え・・」
嘘だろ・・マジかよ・・
これじゃ逆効果じゃねぇか。
ますます怪しまれるじゃねぇか。
「僕が言いたかったのは、今度、お祭りがあるよねってこと」
「え・・」
「花火大会あるじゃん、今月末に」
「そ・・そっか・・」
「ねぇ、和樹くん誘って行かない?」
「あ・・ああ・・」
さっきの話・・翔は気にしてねぇのか・・?
俺の考え過ぎだったのか・・
「たけちゃん・・どうしたの?」
「どうもしてねぇよ」
「ふーん」
「っんだよ」
「じゃ、僕から和樹くん誘っていいよね」
「あ・・ああ・・」
「まさくんは・・ダメだよね・・」
「たりめーだ。兄貴にバレんじゃねぇか」
「だよねぇ・・残念だな」
「・・・」
「それより、仕事どう?」
「あ・・まあ、ほちぼちかな」
「そっか。勉強も怠らないでね」
「わかってるよ」
それから分かれ道に着き、俺たちはそれぞれに歩き出した。
「たけちゃん、やっぱり待って」
翔が、俺のところへ小走りで寄って来た。
「なんだよ」
「コンビニに来た子って誰なの」
「だーかーらー、クラスのやつってんだろ」
「で、わざわざたけちゃんの様子を見に来たってわけ?」
「偶然だって言ってんだろ」
「でもさ、偶然にしても変なんだよね」
「なんでだよ」
「さっきのオバサンの話しぶりじゃ、たけちゃんとその子、会話した風に言ってたよね」
「そ・・そうだっけか・・」
「だって、話もしてないんだったら、あのオバサン、あんなこと言わないと思うんだけど。そもそもクラスの人ってことわからないはずじゃん」
こいつ・・なんちゅう洞察力なんだよ。
「それとも、その子が出て行った後、俺のクラスのやつなんす、とか言うわけ?たけちゃんが、わざわざ」
「な・・なに言ってんだ・・」
「その子が話しかけてきたとしても、変なんだよね」
「え・・」
「だって、たけちゃんのクラスの人って、これまでたけちゃんに話しかけてきたことあった?」
「・・・」
「学校で話しかけもしないのに、コンビニだと話すの?向こうから?絶対に変だよ」
「・・・」
「で・・本当は誰なの」
「・・・」
「言えないような人が訪ねて来たの?」
「・・・」
「たけちゃん!」
「っんだよ!」
「誰なの!誰が来たの!」
「そ・・それは・・」
「言わないつもり・・?」
「あのな!俺にだって、プライベートってもんがあんだよ!何でもかんでもいちいちお前に報告する義務があんのかよ!」
「たけちゃん・・」
「いい加減にしろ!俺はお前の子供じゃねぇんだ!」
「え・・」
「頼むからもう、俺にまとわりつかないでくれ!」
「たけちゃん・・それ・・本心で言ってる・・?」
「ああ!本心だよ!悪いか!」
「そっか・・わかった・・」
そう言って翔は、走り去って行った。
ごめん・・翔・・
でも、これは言えねぇよ・・これだけは言えねぇ・・
言えば、お前は必ずなんとかしようと動くだろ・・
もう、こんな危ないことに、お前を巻き込みたくねぇんだよ。