二十四、俺が子分?
しかし・・和樹は実の親を知らないどころか、爺さんさえも他人だったのか・・
和樹は、自分がどこの誰かも全く分からないんだな・・
どんな母親から生まれて来たのかも・・
こんなことあっていいのかよ・・
和樹は騙されてんだぞ。
ほんとはヤクザの跡目でもなんでもねぇってのに、それを信じ込まされて、危ねぇ人生を送らなきゃならねぇんだぞ。
死ぬまで・・一生だぞ・・
俺はこのことを翔に言いたかったが、もし柴中にバレたら俺はいいとしても、翔も殺されるんだ。
それだけはできねぇ。
でも、このままでいいのかよ・・
俺は、ちげーと思うんだよ・・
ぜってー間違ってると思うんだよ・・
「たけちゃん、勉強に集中しないとダメだよ」
俺は事務所で、翔と和樹に勉強を教えてもらいながら、実は上の空だった。
「あっ・・うん、わりぃ」
「どうかしたの?健人くん」
「いや・・別になんでもねぇ」
俺は正直、和樹の顔を見るのが辛かった。
今もずっと下を向いたまま、返事をしていた。
でも俺がこんなだと・・変に思われてしまうな・・
ぜってー知られちゃいけねぇんだ。
「くう~~ちょい、疲れた。休憩とろうぜぇ」
俺は背伸びをし、そう言った。
「そうだね。僕、コーヒー淹れて来るよ」
和樹がそう言って、台所へ行った。
「たけちゃん、なんかあったの?」
うっ・・翔はすぐに見抜くな。
こいつにも悟られちゃいけねぇ。
「なに言ってんだよ。なにもねぇよ」
「そうかなあ」
「考えても見ろよ、バカな俺が毎日のようにこうやって、特訓してるんだぜ。そりゃ疲れるっつーの」
「そりゃそうだけとさぁ」
「ボーッとするのは無理ねぇだろ」
「いや、違うんだよ。ボーッとしてないよ、たけちゃん。むしろ真剣な顔してたよ」
「バーカ。考え過ぎだっつーの」
ヤベーわ、こいつ。マジ、やべぇ・・
「それより、今度の期末。たけちゃん、大丈夫だよね」
「たりめーよ。おめーら、びっくりさせてやるからな」
「ほんとかな~」
「っんだよ。俺の成績が悪かったら、おめーらのせいだからな」
「なんだよ~それ。じゃ、そうなったら夏休み無しね」
「げっ・・なに言ってんだよ」
「毎日特訓~~!」
「はい、コーヒー淹れて来たよ。どうぞ」
和樹はコーヒーカップを机の上に置いた。
「ありがとう~和樹くん」
「ありがとな」
俺たちはそれぞれにコーヒーカップを持ち、「かんぱーい」と言って飲んだ。
和樹はいつもと全く変わりなく、とても嬉しそうに笑っていた。
こんないい顔して笑ってんだもんな・・
俺が余計なこと考える必要もねぇのかな・・
「和樹ってさ・・」
「なに?」
「ヤクザの家に生まれたこと、どう思ってんだ」
「うーん、どうって言われても、運命としか」
「運命か・・」
「なんでそんなこと訊くの?」
「いや・・なんつーか、やっぱ俺たちと違うのかなってさ」
「まあ、そりゃね。普通の家ではないから、色眼鏡で見られることばかりだけど、僕はここに生まれてよかったと思ってるよ」
「そっか・・」
翔の顔を見ると、やっぱり俺を疑いの目で見ていた。
こいつ・・なにか勘ぐってんな・・
「親はいないけど、その分、お爺さんがとても優しいし、組の者もいい人たちばかりだしね」
「そっか」
「健人くん、どうしたの?」
「いや・・別に」
「さあ~~休憩終わりっ!たけちゃん、しっかり覚えてよ!」
翔がそう言い、俺たちは再び特訓を開始した。
それからほどなくして、期末が始まった。
俺は毎日の特訓の成果を存分に発揮した、と思う。
結果は五教科で350点だった。
俺にしちゃ、ほんとに奇跡みたいな点数をとれたと思う。
中でも国語は85点も取れたのだ!
俺って、結構、頭よくね?
よーしっ、これからも、もっと勉強して、ぜってー高校合格してやる!
兄貴も俺の成績に大喜びし、「お前は天才だ!」などと言い、舞い上がる始末だった。
それから夏休みに入り、特訓もしばし休みってことで、俺はコンビニでバイトをすることにした。
それも・・実は年齢を偽ってだ。
中学生のバイトは認められていないので、そうするしかなかった。
「じゃあ~行って来るぜ」
俺はバイト初日、張り切って家を出た。
コンビニの場所は、徒歩で十分くらいのところにあった。
「おはようございます」
俺は店長の大垣さんに、挨拶をした。
「おはよう、時雨くん。今日からよろしく頼むね」
大垣さんは四十代。小太りで優しそうな人だった。
俺との身長差を、妙に喜ぶような変わった人でもあった。
「わからないことがあれば、いつでも訊いてね」
「はい、よろしくお願いします」
ほどなくして、俺に遅れること五分。
ベテランバイトの昆田さんが来た。
この人も小柄で、おそらく五十代だろう。
高校生の息子を持つ、ベテラン主婦でもあった。
「あなたが時雨くんね。よろしく」
「よろしくお願いします」
「それにしても、イケメンだねぇ~。背も高いし」
「そうっすか」
「うちの息子なんて、不細工でさ。ぜっんぜんモテないのよ」
「そっすか」
「ねーねー、彼女いるの?」
なんだ、このババア。
くだらねぇこと言ってねぇで、仕事しろよ。
「昆田さん、お客さんですよ」
店長がそう言った。
「あら、ヤダ。いらっしゃいませぇ~」
それから数日後のこと。
俺はいつものようにバイトに専念し、レジでお客の相手をしていた。
「へぇ、バイトしてるんだ」
ある客が俺に話しかけてきて、俺はそいつの顔を見た。
「あっ・・」
客は、なんと成弥だったのだ。
「久しぶりだね、東雲くん」
げっ・・あっ、そうか。
こいつは俺のこと、和樹だと思ってんだ。
「おい、黙れ」
俺は昆田さんにも、他の客にも聞こえないように小声でそう言った。
「なんだよ、黙れって。俺、客なんだけど」
「いいから黙れ。用があるなら外で聞く」
「あれ・・時雨・・?」
成弥は俺の名札を見て、そう言った。
あっ!しまった・・
俺は慌てて名札を隠し、成弥に背を向けた。
「昆田さん、ここお願いします」
俺はそう言って、外のごみ箱の袋を交換しに行った。
どうしよう・・名前がバレちまった・・これはマズイぞ・・
「きみ、時雨っていうんだ」
レジを済ませて外に出て来た成弥が、俺の後ろで囁いた。
「お前、なんでこんなとこで買いもんしてんだよ」
「特に理由はないよ。通りがかりで寄ることだってあるだろう」
「そうか・・」
「一体、どういうことかな」
「なにがだよ」
「きみは東雲じゃないのか」
「それは・・」
「推察するに・・あの日の集会は・・替え玉だったってわけか」
「ち・・ちげーし・・」
「じゃ、その名札はどういうこと?」
「だから、これは・・」
俺にはもう、言い訳の言葉も見つからなかった。
「東雲の和樹ってのは、実在するのか」
「・・・」
「まあいいさ。いずれにしても、きみは和樹じゃなかったってことだ。これは看過できない事態だな」
「ど・・どうするつもりだ」
「景須親分に諮って、ご沙汰を賜るべきだな」
なんだ・・「はかって」とか「ご沙汰」って・・
「とにかく東雲は、あの席でみんなを欺いたってことだ。これじゃ跡目はご破算になるかもな」
「こ・・このことは、俺が一人でやったことだ・・」
「あはは!バカなっ!きみのような、どこの馬の骨かもわからない者に、あのような企てができるはずがない。だとしても、東雲の親分が承諾しなければ成立しないことだ。つまり、親分もグルだし、柴中さんもな」
「くっ・・」
「俺が景須親分に話したら、何もかも終わりだな。東雲も解散だ」
「そっ・・それはちょっと待ってくれ」
「何を待てと言うんだ」
「違うんだ・・そんな策略とか、騙すとか、そんなんじゃねぇんだ」
「ほう。では理由を訊かせていただきたい。合理的な理由を」
「合理的って・・」
もはや俺の頭には、1ミリも考えなど浮かばなかった。
「やはり、理由などないようだな」
「え・・」
「まあいい。で、きみはこのことがバレるのが、マズイと考えているようだな」
「え・・あ・・ああ」
「まあ・・事と次第によっては、黙っていることも可能だが」
「えっ」
「俺が出す条件を、きみが飲めば、の話だけどね」
「条件・・?」
「どう?飲むのか」
「その・・条件ってなんだよ・・」
「それは簡単なことだよ。俺の子分になること」
「え・・」
こいつ・・なに言ってんだ・・
しっんじらんねぇ・・子分だと??
「そんなことできるか!」
「そうか。じゃ、このことを話すまでだ」
「てめぇ・・それでも男かよ。汚ねぇ・・」
「どうなんだ。子分になるのか、ならないのか。二つに一つだよ」
こいつは、俺が受け入れなかったら、きっと景須に話す。
そうなれば、マジで東雲はヤバイことになる・・
解散はもちろんだが、騙したってことで、命も危ねぇんじゃねーか。
それこそ、腹を切るとか・・。
落とし前ってやつだ・・
俺だって例外じゃねぇ・・
どうする・・どうすればいい・・
「お前の子分になったら・・言わねぇんだな・・」
「ああ」
「ぜってーだな」
「もちろん」
「わ・・わかった・・子分になる・・」




