二十三、和樹の真相
それから俺は、来る日も来る日も、学校では由名見に教えてもらい、事務所では翔と和樹に教えてもらい、少しずつ成績も上がっていった。
この間の国語の小テストでは、なんとっ!70点も取ったのだ!
俺は辞書を読書代わりにして、テストに出そうなポイントを由名見に教えてもらい、漢字は満点だった。
ただ、やっぱり文章の応用問題を苦手としていたが、俺にとっちゃ奇跡とも思える点数だった。
「由名見、俺ってこの点数で高校へ行けると思う?」
「そうですねぇ、あと、10点は欲しいですかね」
俺と由名見は休み時間、教室でそんな話をしていた。
「そっかあ。やっぱり応用問題だな」
「そうですね。でもよく頑張ってますよ。ほんと感心しちゃいます」
「そうかなあ」
「受験まで、まだまだ時間はあるし、焦る必要なんてないですよ」
「そっか・・わかった。また教えてくれな」
「もちろんですよ」
「それよりさ・・」
俺は少し由名見の傍へ寄り、小声でそう言った。
「なんですか・・」
「お前と和樹、どうなんだ?」
「えっっ!」
由名見は和樹のことを訊かれると、必ず顔を赤らめ大声を出すのだった。
「叫ぶなって・・」
「あ・・はい・・」
「お前、和樹のこと好きなんじゃねぇのか」
「え・・そんなっ・・」
由名見は恥ずかしそうに、下を向いてしまった。
「いや・・別に俺には関係ねぇけど、どうなってんのかなって思ってさ」
「和くんは・・私のことなんて別に・・」
「告ったことあんの?」
「ええっっ!!」
今度は、クラスのやつらが俺たちを注目するほどの大声だった。
「だから・・大声出すなって・・」
「はい・・」
「その様子では、告ったことねぇんだな」
「そんなっ・・あるわけ・・」
「告っちゃえば?」
「えっ」
由名見は思わず手で、自分の口を押さえていた。
「あはは、おもしれぇな」
「ぐはっ・・そんな・・おもしろいだなんて・・」
「なんなら、俺から言ってやってもいいぜ」
「やっ・・やめてください。それだけはやめて・・」
「ふーん」
「もう・・時雨くん、刺激が強すぎます・・」
「だってさ、和樹は元気になって学校も行ってる。で、あの長身イケメンだぜ?普通、女子は放っとかないと思うけどなぁ~」
俺はからかうように笑って、そう言った。
「うう・・ううぅぅ・・」
げっ・・マジかよ、泣き出したぞ・・
「おい・・おい、泣くなって。悪かったよ・・」
「・・・」
「ごめん、ごめん。もう言わねぇから」
「うっ・・はい・・」
うわっ・・クラスのやつら、なんか勘違いしてねぇか?
ちげーんだけど・・
「ちょっと、お手洗いへ行ってきます・・」
由名見はそう言って、ハンカチで涙を拭いながら教室から出て行った。
ガ・・ガビーーーン。
俺・・なんか由名見を振ったとか思われてねぇ・・?
うわっ・・最悪・・
余計なこと言うんじゃなかったな・・はぁ・・
それにしても由名見は、相当、和樹のこと好きなんだな。
あんなに真っ赤になってよ。
女子って、けっこーかわいいもんだな。
それから数日後、俺はやっぱりあの写真が気になって、放課後、柴中に電話をかけた。
「もしもし、時雨ですけど」
「おお、久しぶりだな、どうした」
「あの・・ちょっと訊きたいことがあるんだけど」
「ほう、なんだ」
「電話ではちょっと・・」
「そうか。じゃ、駅前のカフェで待ってな」
「わかった」
それから俺は、すぐに駅前へ向かった。
ってか・・柴中は、このこと知ってんのか?
もしかしたら、余計なことを訊くことになるんじゃねぇか・・
俺はちょっと、しくったと思った。
カフェに入って待っていると、ほどなくして柴中が現れた。
「おう~時雨ぇ、元気そうだな」
柴中はドスンと、俺の前に座った。
「柴中さんも、相変わらずって感じだな」
「んで、話ってなんだ」
「あ・・それなんだけどさ・・」
「なんだ、言いにくいことか」
「言いにくいっつーか・・あのさ・・」
「だからなんだよ」
「ぜってー、誰にも言わねぇって約束する?」
「内容によるな」
「ええー、それじゃ言えねぇ」
「お前、そこまで言って、言わねぇで帰るつもりか」
「それは・・」
「言えよ」
俺はしばらく考え込み、柴中なら、ややこしいことにもならねぇと思い、やはり訊くことにした。
「あのさ・・和樹のことなんだけど」
「坊ちゃんがどうかしたか」
「和樹って・・十七歳だよな」
「ああ」
「でも・・生まれは平成九年って、おかしくないか?」
「はあ??九年?なんだそれ」
「いや・・実は、こんな写真を見つけて・・」
そこで俺は、写真を柴中に見せた。
「あ・・」
柴中はその写真を見て、絶句していた。
「おめぇ・・これどこで見つけたんだ」
「いや・・この間、事務所を掃除してたら出てきた・・」
「おい・・マジかよ」
「・・・」
「おめぇ・・まさかこの写真、坊ちゃんに見せたんじゃねぇだろうな」
「誰にも見せてねぇよ」
「そうか・・」
そこで柴中は、ふ~っとため息をつき、再び口を開いた。
「おめぇ、この写真は見なかったことにしてくれ」
「えっ・・」
「それから今後一切、誰にも言わねぇって約束しろ」
「ってか・・なんだよ、その写真」
「おめぇには関係ねぇこった」
「和樹って、何歳なんだ?二十一じゃねぇのか」
「関係ねぇっつってんだよ」
「柴中さん!!」
「おい、外へ出ろ」
柴中はそう言って、金を払い外へ出た。
俺もその後に続いた。
「おめぇ、ここはよその組のシマだ。滅多なことは言うもんじゃねぇ」
「柴中さん、俺は和樹とダチだ。そんな和樹に、変な疑惑を持ったまま付き合えねぇよ」
「たかが年がズレてるってだけじゃねぇか。それがそんなに問題か?」
「いや、さっき写真を見た柴中さんは、ぜってーおかしかった。ぜってー何か隠してる」
「だから、関係ねぇっつってんだろ」
「教えてくれよ!俺は和樹のこと知りてぇよ」
「ダメだ!帰れ!」
柴中は、向きを変えて歩き出した。
「待てよ!おい!おっさん!!」
俺は柴中の腕を掴んだ。
「このクソガキがっ!いい加減にしろ!」
すると、道行く人たちが俺たちを注目し始めた。
「ほら、ここじゃマズイんだろ。教えてくれなきゃ俺はずっと大声出し続けるぞ」
「おめぇ・・この俺を脅迫するってのか」
「東雲の名前を出すぞ」
「ばっ・・バカか!」
「だったら教えてくれよ」
「ったく・・おめぇ・・舐めた真似しやがって・・」
「このこと、和樹に言ってもいいのか」
「なっ・・!!くそっ・・。わかった、着いて来い」
そして俺は柴中の車に乗り、そこで話を聞くことになった。
「おめぇ・・この俺を脅迫しやがるとは、大した度胸だ」
「そんなのどうでもいいよ。俺は本当のことを知りたいだけだ」
「いいか。絶対に誰にも言うな。翔にもだ」
「ああ」
「言えば、マジでお前と翔を消すからな」
それから柴中は、少しずつ話し始めた。
「実は、この写真の赤ん坊は御大の実のお孫さんだ」
「え・・」
「名前も和樹ってんだ」
「そうなのか・・」
「和樹坊ちゃんが一歳のころ、流行病にかかってな。亡くなられたんだ。それで姐さんと旦那さんはショックのあまり、跡目を継げなくなり家を出て行かれた。それから御大は跡目探しに方々を回られたが、なかなか見つからなくてな。その三年後、偶然、産婦人科医院の玄関で捨て子がいるところを見つけられ、その子をそのまま連れて帰ったんだよ。それが今の坊ちゃんだ」
「・・・マジかよ・・」
「このことは、御大と俺と・・それと後、由名見の爺さんしか知らねぇ」
由名見・・あっ、そうか。
御大と由名見の爺さんは兄弟だからか・・
「和樹は・・実の爺さんだと思ってんだな・・」
「そうだ」
「和樹は捨て子だったのか・・」
俺は真実を知り、愕然とした。
同時に、和樹の不憫さが胸に突き刺さる思いがした。
「でもさ・・いくら捨て子だからって、ヤクザの跡目にするために引き取ったなんて、それって、ちげーんじゃねぇのか・・」
「おめぇは、集会でそのことを話してたな」
「え・・、あ・・ああ・・」
なんという偶然なんだ・・
じゃ、あの時、爺さんはどんな思いで俺の話を聞いてたんだ・・
「時雨・・絶対に口が裂けても、坊ちゃんに言うんじゃねぇぞ」
「ああ・・言わねぇけどよ・・和樹って、跡目を継がなくちゃいけねぇのか・・?」
「おめぇ・・御大がどんな思いで、坊ちゃんをお育てになったと思ってんだ」
「どんなって・・」
「おめぇ、勘違いすんなよ。おめぇの「正論」なんてのは、今の御大と坊ちゃんには通用しねぇぜ」
「・・・」
「おめぇ・・何かしやがると、俺はおめぇを殺す」
「・・・」
「それだけは絶対に忘れるんじゃねぇ」
俺は車を降り、聞くんじゃなかったと酷く後悔した。