二十二、疑念
それから俺と翔は事務所へ入ったが、誰も来てなかった。
「まだ誰もいないね~」
「そうだな」
「それにしても、マジ、汚いね」
翔は部屋を見渡して笑った。
「だろ。あり得ねぇーよ」
「いいじゃん。さっ、掃除、掃除」
そう言って翔は窓を開け、まず空気を入れ替えた。
それから翔は、ゴミ袋とか雑巾がないかと、部屋のあちこちを探して回った。
俺も適当に探して回った。
するとロッカーの中に、バケツと雑巾が置いてあった。
「あっ、これ、いいんじゃね?」
「ほんとだ。よーし、水道はどこかな~」
「きっと、隣の部屋にあると思う」
「そうなんだ」
「おそらく台所か、なんかじゃねぇかな」
「そっかー」
そして俺たちは、隣の部屋のドアを開けた。
するとそこは、台所どころか、この汚ねぇビルの中にある部屋とは思えないほど、ピカピカのリビングルームが現れた。
「わあ~、なに、ここ。めっちゃ綺麗じゃん」
「マジかよ・・なんだこの部屋」
二十畳くらいの部屋の真ん中には、でかいソファーセットが置いてあり、部屋の端には机が二台と、その上にパソコンが置かれてあった。
絢爛豪華というわけではないが、掃除も行き届いて、落ち着いた感じの部屋だった。
「前に伊豆見がこの部屋に入って、お茶を淹れて来たんだよ。だから水道があるはずなんだよ」
「そうなんだ」
すると奥にもう一つドアがあった。
「あっ、きっと、あそこだね」
翔がそう言ってドアを開けた。
するとそこは、小さな流し台と、湯飲みやコップが置かれた食器棚があった。
「じゃ、僕、バケツに水を入れるね」
「うん」
翔はバケツを流し台に置き、水を入れていた。
俺たちはそれを抱え、事務所へ戻った。
「さっきの部屋、びっくりしたね」
「んだな」
「でもなんで、ここはこんなに汚いんだろうね」
「うーん、俺にもわかんねぇよ」
「ま、いっか」
翔は雑巾を水につけ、ゴシゴシと洗っていた。
俺は適当なゴミ袋がないか、机の引き出しを開けて探した。
すると机の一番下の引き出しを開けると、一枚の写真が出てきた。
ん・・?これは爺さんじゃねぇのか。
その写真は若い頃の爺さんが、赤ん坊を抱いて映っている写真だった。
若い、といっても、五十代くらいか?
裏を見ると、「平成九年、和樹、0歳」と書かれてあった。
そうか・・この赤ん坊は和樹なんだな。
爺さんが抱いてるってことは、もうこの時には親はいなかったのか・・
え・・平成九年って・・えっと、和樹って十七歳だよな。
十七歳ってことは・・平成十三年生まれじゃねぇのか・・
九年って・・今は二十一歳じゃねぇのか・・
でも和樹って書いてあるし・・和樹に間違いないんだろうけど・・
あっ・・あれか。
身体が弱かったし、ダブってたんだな、きっと。
ってことは・・和樹って二十一なのか。
俺は写真を翔にも見せようと思ったが、なぜかためらいがあってやめた。
そして俺は、写真を上着のポケットにしまった。
俺はその後も、ゴミ袋を探し続けたが見つからず、とりあえずゴミを集めて部屋の端に置いた。
そして翔と二人で雑巾がけをした。
「ごめんね、お待たせ」
そう言って和樹がエレベータから降りて来た。
「おう~和樹!」
「和樹くん、お久しぶり!」
久しぶりに見た和樹は、以前とは見違えるように顔色もよく、制服姿も様になっていた。
「あ、掃除してるの?僕も手伝うよ」
そう言って和樹は鞄を置いて上着を脱ぎ、雑巾を手にした。
「和樹、済まねぇな。俺のために」
「なに言ってるんだよ。僕たち友達だろ」
「そうだよね~、和樹くん、ビシッビシッ鍛えてやりましょうね~」
「あはは。そうだね」
「和樹、ゴミ袋ねぇのか」
「あ、キッチンの引き出しにあるよ。僕、とってくるよ」
「あ、じゃあ俺も行く」
俺と和樹は二人で台所へ行った。
「ここに入ってるんだよ」
そう言って和樹は流し台の引き出しを開け、ゴミ袋を手に取った。
「あ、そこにあったのかよ」
「うん」
「あの・・和樹ってさ、何年かダブってる?」
俺は思わずそう訊いてしまった。
「ダブってるって・・?」
「あ、その、留年っていうか・・」
「いや、留年なんてしてないよ」
「え・・そうなのか?」
「うん。そりゃ中学なんてあまり行けなかったけど、出席日数は足りていから進級できたし、卒業もできたんだよ」
「そ・・そっか・・」
「それがどうかしたの?」
「いや・・なんでもねぇ」
え・・どういうことだ・・?
ダブってねぇなら・・なんで和樹は平成九年生まれなんだ?
写真のメモが本当だとしたら、和樹は二十一歳のはずだ。
どういうことなんだ・・俺の頭がおかしいのか?
「健人くん・・どうしたの?」
「あ・・え?いや、別に・・」
「さっ、行こうよ」
そう言って和樹は事務所へ戻った。
俺はその場に立ち尽くしたまま、頭が混乱していた。
だって変じゃねぇか・・
どう考えたって、計算が合わねぇ・・
俺はもう一度、写真を見て、メモを確かめた。
やっぱり平成九年って書かれてる。
このメモが間違って書かれたのか・・?
いや、普通、年月日なんて間違えねぇよ。
間違えたところで、九年と十三年は間違えようもない。
だとすると・・和樹って誰なんだ。
いや・・俺の知ってる和樹は紛れもなく、東雲組四代目の和樹だ。
じゃあ、写真の赤ん坊の和樹って・・誰なんだ。
俺はなにやら嫌な予感がして、このことは和樹にも翔にも黙っておこうと決めた。
それから和樹と翔の特訓は二時間にも及び、俺はクタクタに疲れ果てていた。
「まだまだこんなもんじゃ済まないからね~たけちゃん」
「そうそう。まだ何も始まってないんだよ、健人くん」
二人は笑いながらそう言った。
「マジかよ!俺もう、無理ぃぃ~~」
「なに言ってんの。たけちゃんらしくないよ」
「だってさぁ・・なんでみんな、こんなの習ってるわけ?三平方の定理とか、因数分解とか、みんな頭おかしーんじゃねぇの?」
「あはは。大丈夫。ちゃんと理解できるように教えてあげるからね」
「和樹ぃ~そんな呑気なこと言ってさぁ・・はぁ~~・・」
「僕なんか役得だよ~、わからないとこ、和樹くんに教えてもらえるもーん」
「あはは」
まあ~~・・二人とも嬉しそうにしちゃって、まあ。
「それより和樹」
「なんだい」
「組の方はどうなってんだ」
「うん。僕も時々、商店街を歩くようにしてるよ」
「それって・・バレてねぇのか」
「ほんと不思議なんだけど、バレてないんだよ」
「和樹くんとたけちゃんって、似てるもんね。特に和樹くんは退院して元気になってから、もっと似てきたよね」
確かに翔の言う通り、髪形も俺たちは殆ど同じだし、背格好もほぼ同じ。
あの商店街の人は年寄りが多いから、見破る人なんていねぇのかもな。
俺も跡目として顔見世したの、一回だけだしな。
バレてないなら、それに越したことはねぇな。
「和樹、西雲組の成弥ってやつ、気を付けた方がいいぜ」
「うん、わかってる」
「あいつ、かなりお前にライバル心持ってるぜ」
「そうみたいだね」
「和樹くん、なんかあったら言ってね。僕、なんでも協力するから」
「翔くん、ありがとう」
それから俺たちは、事務所を後にして、それぞれ帰宅した。
「ただいまぁ」
「おう!遅かったじゃねぇか」
「はあ~~・・疲れた」
俺は鞄を放り投げ、座敷へ上がってすぐに寝ころんだ。
「どうだ、翔の特訓は」
兄貴には、学校に残って翔に教えてもらってると嘘をついていた。
「どうもこうもねぇよ」
「あはは、そうとう絞られたな」
「俺もう、ケツ割りそうだよ」
「まあ、これからじゃねぇか。そのうち慣れてくるさ」
「だといいんだけとよぉ・・」
「ほら、飯、食えよ」
「あ・・?ああ」
俺は座り直し、「いただきます」と言って箸を手に取った。
それにしても・・和樹だよ・・
俺はやっぱりあの写真のことが、頭から離れないでいた。
爺さんに訊いてみるか・・?
いや待て。まずは柴中に・・
でも俺はもう、組とは関係ねぇんだし・・深入りするってのもなぁ・・