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俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
21/77

二十一、進学してもいいか



「ただいまぁ」

「おっ!おかえりー」


いつにも増して、兄貴の元気な声が俺を迎えた。


「もうちょっと待ってな。すぐに飯にするから」


兄貴は台所に立ち、夕飯の支度をしていた。


「おかずは、なに」


俺は兄貴の横に立ち、覗きこんだ。


「いつもの焼き魚だよ」

「そっか」


俺は私服に着替え、ちゃぶ台の前に座った。


「なあ、兄貴さ~」

「ああー?なんだー」

「俺さ、進学してもいいか」

「なにー?聞こえねぇよ!」

「反故ってなんだー!」

「はあ??またそれかよ」

「あはは」

「なに笑ってんだよ」


兄貴はそう言いながら、飯を運んできた。

やがてちゃぶ台には、焼き魚のサバが並んだ。


「今日の味噌汁は、玉ねぎだぞ」


兄貴はそう言いながら「お茶を入れてくれ」と言った。

俺は冷蔵庫からペットボトルを出し、コップに注いだ。


「俺さ、進学してもいいか」

「あっ!それそれ、それだよ」

「っんだよ」

「今日な、桃田から電話があって、お前に済まないことをしたって謝ってたぞ」

「ふーん」

「お前さ、授業中、手を挙げて質問したんだってな」

「ああ」

「まあ、桃田の言ったことはムカついたけど、桃田の気持ちもわかるぜ」

「そうかー?」

「だってよ、何度言っても聞かなかったのが、これまでのお前だぜ。そりゃびっくりするって」

「・・・」

「桃田も他に言いようがなかったんだろうよ。許してやれな」

「ああ・・」

「それにしても、俺は嬉しいぜ。絶対に頑張れよ」

「でも兄貴、それでいいのか」

「なにがだよ」

「だって・・お金とか・・」

「はっ!くっだらねぇこと心配すんじゃねぇ。そんくらい俺が何とでもしてやる」


俺が進学すると、また三年間も兄貴に面倒かけることになる。

俺はふと、あの金を貰っとけばよかったかな、と思ったりもした。


「俺、バイトもするし」

「そんなことは、入ってから考えるこった。お前は勉強に集中すればいいんだ」

「うん・・」


とにかく兄貴は、俺が進学すると決めたことが、嬉しくてたまらない様子でご機嫌だった。


「俺のも食うか?」


そう言って兄貴は、自分のサバを差し出した。


「いらねぇし」

「遠慮すんなよ」

「してねーし」


俺が爺さんからもらった五万円は、まだ四万も残ってる。

この金で、兄貴に美味いもんを食わせてやりたいと思った。

しかし、そんなことをすれば、「バイト」がばれてしまう。

そしてヤクザの跡目である、和樹とダチなのがばれてしまう。


兄貴なら、事情を話せばわかってくれるとも思ったが、俺が進学することで喜んでいる兄貴に、余計な心配をかけなくないし、今は話す時期ではないと思った。

まあ、金は腐るもんでもねぇ。

いくらでも使い道はあるしな。


「俺、高校行くからには、公立にする」

「ああ、頼むぞ。いくら俺だって私立は払いきれねぇ」

「同じクラスのやつに、頭のいい女子がいてさ。俺、そいつに勉強教えてもらってんだ」

「へぇー、女子かぁ。かわいいのか?」

「ばっ・・バカっ、ちげーよ」

「あはは。まあ、いいさ。俺はお前がやる気になってくれたことが一番だ」

「・・・」

「それと、翔もいるじゃねぇか。あいつも出来んだろ」

「ああ」

「いいねぇ、タダで家庭教師が二人もいるってこった」

「まあなあ・・」


「あれ・・?」


そこで兄貴は何かを見つけた風に、そう言った。


「なんだよ」

「お前、それ辞書だよな」


兄貴は俺の鞄の中から、ほんの少し頭を出していた辞書を見つけてそう言った。


「え・・あ・・うん」

「それ、どうしたんだ」

「借りたんだよ」

「誰に」

「その・・女子に・・」

「そうか」


そこで兄貴は俺の顔をじっと見つめた。


「っんだよ」

「お前、やっぱりその女子が好きなんだろ」

「はっ!?ちげーし!」

「そうかそうか・・だから勉強する気になったんだな」

「お前な!勝手に決めつけてんじゃねぇよ」

「ふふふ」

「くっ・・なにが、ふふふだよ」

「まあいいさ。その子、今度連れてきな」

「はああ??ねーーしっ」


バカ兄貴!単純すぎるだろ。

やっぱ恋愛経験のない人間って、こうも単純なのかと呆れた。

俺としちゃあ、由名見より和樹を連れて来たい心境だってのによ。


そういや、和樹も頭がいいんだ。

あいつに教えてもらうことだって出来るな・・

しかも和樹は高校生だ。

由名見や翔よりも、もっといいに決まってる。



次の日・・・


「ねぇ、たけちゃん」

「なんだよ」

「僕さ、名案が浮かんだんだ」

「なんの?」


俺と翔は昼休み、校庭のベンチに座って話をしていた。


「僕もたけちゃんも、和樹くんに会いたいでしょ」

「うん・・まあな」

「でさ、会うって言ったって、親分の家へ押しかけるのもなんだし。そこでね、あの事務所を勉強に使わせてもらうっていうのはどうかな」

「へ・・?」

「だから、僕と和樹くんで、たけちゃんの特訓をするって言ってるんだよ」

「特訓?」

「だーかーらー、勉強の特訓だよ」

「マジか・・」

「マジマジ」

「そりゃ、お前と和樹に教えてもらったら、百人力だけどよ」

「外で会うっていったって、和樹くん四代目だし、何かと不都合だと思うんだ」

「まあなあ・・」



その後、翔は早速、和樹に連絡をし、和樹も爺さんに了承を得て、事務所を「塾」に使わせてもらうことになった。

しっかしなぁ・・あの事務所、学生が行く場所じゃねぇぜ?

きったねぇし、タバコ臭いし、環境、最悪だぜ?


そして、あれよあれよという間に、特訓初日を迎えることとなった。


「さあーて、今日から張り切って行きましょう~~」


翔は、事務所へ向かう道すがら、手を挙げてそう言った。


「翔、お前、あの事務所の環境、知らねぇだろ」

「うん」

「めちゃ汚ねぇんだぜ。んで、臭いし」

「へぇーそうなんだ」

「息が詰まりそうになるぜ」

「掃除すればいいじゃん」

「え・・」

「掃除すれば済むことでしょ」

「そりゃまあ・・」

「あはは。何も問題ないじゃん」


翔はそう言って笑った。

こいつ・・なんでこんなに前向きに考えられるんだ。

そうか・・掃除すればいいんだ・・


俺が考えることって、何かに逆らってばかりで、そうすることが当たり前だと思ってきた。

周りの人間は「ものさし」で計ったように、その価値観に縛られていると思っていたし、それを押し付けてくるものだと思っていた。

でもその「ものさし」で計った考えってのは、実は俺自身だったんじゃねぇのかな・・

だからこそ、「掃除すればいい」という当たり前のことすら、思いつかなかったんじゃねぇかな・・


「っていうか、事務所を使わせてもらうんだから、そうするのが当たり前だよ」

「うん・・」


翔の言う通りだ。

こんな簡単なこと・・今まで俺はわからなかったんだな・・

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