十九、気づいてないこと
それから数日後、俺は爺さんの招きで屋敷へ行くことになった。
しかも翔も招かれた。
俺が柴中に、俺と翔が行った作戦の話をすると、爺さんが是非、翔も、というわけだ。
翔は今、俺の横で飛び跳ねんばかりにはしゃいでいる。
「翔、お前な、ちょっとは落ち着けよ」
「これが落ち着いていられますかって」
「遊びに行くんじゃねぇんだからな」
「だってさ~、御大のお家だよ?僕、ヤクザの親分の家へ行くの初めてなんだもんねー」
「はあ~~・・お前、怖いとかねぇのかよ」
「どうして?あの人達、ぜっんぜん怖くないよ」
「ふーん、そんなもんかねぇ」
「そんなもんっ、そんなもんだよっ!」
そして俺たちは、事務所の前で待っていた柴中の車に乗り、屋敷へと向かった。
「なあ、柴中さん」
俺はあの日以来、柴中のことを「柴中さん」と呼ぶようになっていた。
「なんだ」
「和樹の手術はどうなってんだ、もう終わったんだろ」
「ああ」
「で、成功したのか?」
「ああ。成功したぞ」
「ほんとですか!やったあ~~、僕、またお見舞いに行ってもいいですよね!」
翔が嬉しそうにそう言った。
「ああ。是非、行ってやってくれ。坊ちゃんも待っておられる」
「わあ~~い」
そっか・・成功したんだな。よかった。
これで俺の身代わりは、今日で終わりだ。
ほどなくして、車は屋敷の前に到着した。
俺と翔は柴中の後に続き、中へ入った。
すると庭の一角で、バーベキューの用意がされてあった。
そこには爺さん、伊豆見、それと今まで見かけたことがなかった、中年の男たち五人が立っていた。
あれも組員なのか・・?
「よく来てくれましたね、時雨くん、朝桐くん」
爺さん、もう翔の苗字まで覚えてるよ・・
「どうも・・」
「初めまして、僕、朝桐翔って言います。本日はお招きありがとうございます!」
翔はそう言って、嬉しそうに挨拶をした。
「朝桐くん、きみの活躍は聞きましたよ。どうもありがとう。それと和樹と友達になってくれて、ありがとう」
「いえいえ~~あの日、途中で通話が途切れちゃいまして。活躍だなんてそんな~~」
「さあ、今から肉や野菜、色々と焼きますから、たくさん食べてくださいね」
「はぁ~~い」
翔は男たち五人に混ざって、すぐに手伝いをし始めた。
「時雨くん、この度は本当にありがとう。心から感謝します」
「いえ・・そんな」
「和樹に報告すると、大変喜んでいました」
「そうっすか・・」
「会いに来てほしいと、言ってましたよ」
「そっすか・・」
「さ、きみもたくさん食べてくださいね」
それからバーベキューが始まり、俺と翔はたらふく食った。
「おい、時雨」
珍しく伊豆見が話しかけてきた。
「なんだよ」
「お前、バカだと思ってたけど、マジバカだよな」
「はあ??」
っんだよ、こいつ。
まだこんなこと言ってんのか!
「俺にはあんな真似はできねぇ」
「どういう意味だよ」
「あんな御大ぞろいの前で、言いたいこと言ってさ。もしかしたら殺される可能性もあったんだぜ」
「ふーん」
「怖くなかったのかよ」
「別に」
「お前って不思議なやつだな」
「そうかー?」
「バカのくせに、粋がっちゃってさ。でもま、身代わりは成功したんだ。礼を言うよ」
「え・・」
伊豆見が俺に礼を言うなんて、なんか気持ちわりぃんだけど。
「お前、円周率、言えるか」
「ぶっ」
俺は思わず、飲みかけのジュースを噴き出した。
「あはは、おもしれぇ」
「なっ・・!お前、円周率ラブかよ」
「なになに~~二人でなに話してるの?」
翔が興味津々で寄って来た。
「お前、翔ってんだな。こいつのダチらしいな」
「そうだよ~」
「なんでこんな不良とダチなんだよ」
「不良とか真面目とか、関係ないよ。好きか嫌いかでしょ」
「ほうー」
「僕、たけちゃん好きなんだ~」
「ほう」
「僕が友達になる理由ってそれだけだよ。他に何か必要?」
「いや、必要ない」
「でしょ~」
翔は、勝ち誇ったように笑った。
「おい、時雨」
「なんだよ」
「お前、こいつがいたから、ギリギリのところで道を踏み外さずに済んだんだぜ」
「え・・」
「お前はダチに恵まれてんだよ」
「・・・」
「こいつに感謝しな」
そう言って伊豆見は俺たちから離れた。
「感謝だなんてね~~、変なこと言う人だね」
「ああ・・」
翔に感謝、か・・
確かにそうかも知れない。
前にも思ったけど、俺はずっと翔を見てきたつもりだったが、実は見てなかったのかも知れない。
けど、こいつはずっと俺を見てきた。
ずっと俺の傍から離れることはなかった。
俺が気がつかなかっただけで、俺はずっと翔に助けられ、支えられていたんだな・・
それからバーベキューも終わり、俺たちは帰ることになった。
「時雨くん、今日はありがとう。これ少ないですがお礼です」
爺さんが、俺に封筒を差し出した。
げっ・・とても分厚い・・一体、いくら入ってんだ。
俺は、封筒を受け取るのをためらっていた。
「どうぞ、受け取ってください」
「え・・いや・・」
「どうかしましたか?遠慮しなくていいんですよ」
「いや・・俺、金なんて要りません」
「えっ・・どうしてですか」
「あの・・なんて言うか・・上手く言えねぇけど、今回のこと、金とかそういう問題じゃねぇと思うんだ・・」
「・・・」
「確かに顔見世でもらった時の金は、俺は正直、儲けたと思った。歩くだけで五万円なんて、ボロいバイトだと思った。でも、ちげーんだ・・」
「というと・・?」
「とにかく・・金は要らねぇ。今日、これだけ食べさせてもらっただけでいい・・」
「そうですか・・」
「うん・・いや、はい・・」
「わかりました。ではこれは預かっておくとしましょう。なにか困ったことがあれば、いつでもここを訪ねてください。待ってますよ」
「はい・・ありがとうございます・・」
それから柴中と伊豆見は、俺と翔を門のところまで送ってくれた。
「伊豆見、俺はこいつらを街まで送っていく。後は頼んだぞ」
「はい、兄貴」
「じゃあな・・伊豆見」
俺は伊豆見にそう言った。
「おう、元気でな。円周率覚えろよ」
伊豆見はそう言って笑った。
俺も初めて伊豆見を見て笑った。
そして俺たちは、街まで送ってもらった。
「時雨、朝桐、元気でな」
「柴中さんも、元気で」
「送ってくれてありがとうございました~とっても楽しかったです~」
「そうか。そりゃなによりだ。じゃあな」
そう言って柴中の車は走り去って行った。
「ああ~~楽しかったねーたけちゃん」
「あ・・ああ」
「どうしたのー?」
「いや・・なんでもねぇ」
「それにしても、たけちゃん、さすがだよ」
「なにがだよ」
「お金、受け取らなかったよね」
「それが、なんでさすがなんだよ」
「いいの、いいの」
「っんだよ、言えよ」
「たけちゃんが気付いてないだけ」
「はあ?なに言ってんだよ」
「いいからいいから、さっ、帰ろうか」
なにわけのわかんねぇこと、言ってんだよ。
俺が気付いてないだけって、なんだよ・・




