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俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
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十七、姓は東雲 名は和樹



数日後、俺は事務所に呼び出された。

いつものように中へ入ると、柴中と伊豆見が座って待っていた。


「今日は、なんの用だよ」

「まあいいから、座れ」


柴中がそう言い、俺はソファに座った。


「いよいよ集会の日が決まった」

「いつだよ」

「一週間後だ」

「そうか」

「そこでだ・・お前にこれを渡すから、この一週間で頭に叩き込め」


柴中は俺に一枚の紙を渡した。

それを見ると、ハウツーのような内容が書かれてあった。

げぇ・・これを暗記しろってのか。


「必ず覚えろよ」

「俺、バカだって知ってんだろ。無理だって、こんなの」

「無理とか無理じゃねぇは、関係ねぇ。やれ」


マジかよ・・


「兄貴、やっぱこいつには無理ですって」


伊豆見がまた、俺をバカにした。


「ダメだ。必ず覚えてもらう。いいな、時雨」

「わかったよ・・」


俺はその紙を鞄にしまった。


「で、もう用は済んだんだな」

「まだだ」

「まだあんのかよ」

「口上を教える」

「こうじょう?」


柴中はソファから立ち上がって床に正座し、土下座をするような形で続けた。


「早速ながら、手前、当家の四代目跡取り、姓は東雲、名は和樹にござります。本日は、景須けいす親分さんのご計らいにて若輩ながら参上つかまつりました。皆々様方には以後、お見知りおきのほどをよろしくお願い致します」


柴中は顔をあげて俺を見た。


「できるな」

「あ・・ああ・・」

「やってみろ」


俺は柴中に倣って正座をし、手を前につき、頭を下げた。


「えっと・・初めはなんだっけ」

「早速ながら、だよ」

「えっと・・早速ながら・・」

「手前、当家の四代目跡取り!」

「て・・手前・・と・・?とうげ?」

「違う!当家だ!」

「と・・当家の四代目跡取り・・」


こうして柴中の特訓は一時間も続いた。


「最初から言ってみろ!」

「あ・・ああ。えっと・・早速ながら、手前、当家の四代目跡取り、姓は東雲、名は和樹にござります。本日は、景須親分さんのご計らいにて若輩ながら参上つかまつりました。皆々様方には以後、お見知りおきのほどをよろしくお願い致します」

「まあ、いいだろう。口上と渡した紙を、当日までに頭に叩き込め」



それから俺は毎日、口上の練習を繰り返し、渡されたハウツーも、少しずつ覚えていった。


「翔、ちょっと聞いてくれねぇか」

「なにを?」

「口上だよ」

「おおーー!」


俺は翔を連れ、誰もいない体育館へ行った。


「いいな、よく聞いてくれよ。ダメだったら言ってくれ」

「うん、わかった!」


それから俺は床に正座をし、口上を述べた。


「わあーーたけちゃん、かっこいい!」

「そうかー?俺、未だに意味わかんねぇで言ってんだけど」

「欲を言えば・・もう少しドスを利かせた方がいいんじゃない?」

「なるほど」


そして俺は腹に力を入れ、もう一度繰り返した。


「うん、いいね!迫力出て来たよ!」

「そっか」

「それにしても、いよいよだね」

「ああ」



そして集会当日を迎えた。


俺はこの日に備えて、イヤホンを購入していた。

それを俺の耳に装着し、外にいる翔から、電話で指令を送ってもらう手はずになっている。

もちろん電話は通話のままで、相手の声が翔に届くようになっている。


「たけちゃん、いいね。リハ通りやるんだよ」

「わかってるよ」


俺は柴中に渡されたハウツーより、翔からの指令の方が確実だと考え、二人で編み出した作戦を選んだ。

場所は街はずれにある、老舗料亭だ。


「じゃ、僕、これから料亭に向かうからね」

「ああ」


事務所があるビルの近くで俺たちは別れた。

事務所の前には、黒塗りの車が既に停められてあった。


「おう、来たか」


車から顔を出した柴中がそう言った。


「ああ」

「さっ、乗れ」


俺は助手席に乗り込み、すぐに車は走り出した。


「伊豆見は?」

「御大に付き添っている」

「そっか」

「覚えたか」

「ああ、まあな」

「そうか。しっかりやれよ」

「ああ」


やがて料亭の前に着き、俺は車から降りた。

するとそこには、何台もの黒塗り高級車が停められてあった。

うおっ・・すげーな。


「今日はどれくらい集まるんだ?」

「我々を入れて三組だ」

「へぇ」


柴中はずっと立ったまま、中へ入ろうとしない。


「おい、入んねぇのか」

「御大を待つ」

「ふーん」


するとほどなくして、爺さんの乗る車が到着した。


「おい、頭を下げろ」


俺がまっすぐ立っていると、柴中が俺の頭を押さえてそう言った。


「っんだよ」

「バカ!おめぇは四代目ってこと忘れんな!」

「あっ、そうか」


そこで俺も頭を下げた。


「時雨くん、頼みましたよ」


爺さんは俺の耳元でそう囁き、中へ入って行った。

伊豆見も後に続いた。


「行くぞ、時雨」


俺も柴中の後に続いた。

中へ入ると日本庭園のような庭があり、長い廊下の先にある、とても広い座敷に通された。

するとそこには、いかにも「ザ・ヤクザ」な連中が座っていた。


「坊ちゃん、こちらへ」


柴中は俺に、爺さんの横へ座るよう促した。

俺たちが座る場所には座布団が三枚、間を開けて向かい側にも三枚敷かれてあった。

え・・三組なのに、向こう側はなんで三人なんだ?

まあ・・いいか。


そしてそこへ、ものすごくいかつい顔をした、図体のでかいジジイが入って来た。

みんな一斉に頭を下げ、俺もそれに倣った。


「皆の衆、本日はよく来てくれた」


そのジジイはドスの利いた声でそう言い、上座に敷かれた座布団に座った。


「今日は、若い衆も見えるな。喜ばしいことだ。では早速であるが、まず各々、近況を述べてもらいたい」


ジジイがそう言うと、向かい側の細身のおっさんが「はっ」と言い、続けた。


「景須親分にはお変わりなく、ご機嫌麗しくお慶び申し上げます。我ら紅鳶べにとび組は、組員も倍増し、今では総勢三十人を超えようかという勢いにございまして、それもこれも景須親分のありがたき計らいゆえのことと存じております。さすれば、今後といたしましては、わが組員の・・」

「紅鳶、もういい」


景須のジジイがそこで制した。


「はっ・・」

「お前の世辞など聞き飽きた。では次」


景須に指されたやつの横で座っている顔を見ると、「あいつ」が座っていた。

そう、あの日、商店街のお好み焼き屋で会った、若い方の男が座っていた。

そうか・・やっぱりあいつが西雲の跡目なのか。


「景須親分には、本日お招きを賜り、恐悦至極に存じます。我ら西雲におきましては、近々跡目として組を率いる倅を連れてまいりました。向かいに座っておられる東雲さんと同年代ですかな。わっはは」


西雲の親分は丸々と太っていて、おまけに目がギョロっとしていて、みるからに根性が悪そうな顔をしていた。

その点、西雲の跡目というそいつは、細身で結構なイケメン。見るからに今風の若者という風貌だった。


「そうか。では次」


景須は東雲の爺さんに目を向けた。


「本日は親分さんのご招待を賜り、大変うれしく存じております。私共も東雲の跡目である、孫の和樹を連れてまいりました。近況で申せば、地元の住人の皆様方とも大変良好な関係を築いており、今後も、より一層地域のために力を尽くす所存でございます」


爺さんは大変立派な挨拶をした。


「そうか。それはなによりだ。それではここで、若い衆に話をしてもらおう。西雲」


まずあっちからか・・どんな口上を聞かせるんだ?


「本日はお招きを賜り、ありがとうございます。わたくし、三代目西雲の後を継がせていただく、成弥なるやと申します。今後ともお見知りおきを願います」


成弥というそいつは、意外にもあっさりとした口上だった。

ってか・・これってただの挨拶じゃね?


「成弥か。年はいくつかの」


景須がそう訊ねた。


「二十一でございます」

「おお、若いもんはええのう。のう、西雲」

「はっ・・恐れ入ります」

「では、東雲」


景須は俺の方に目を向けた。


「早速ながら、手前、当家の四代目跡取り、姓は東雲、名は和樹にござります。本日は、景須親分さんのご計らいにて若輩ながら参上つかまつりました。皆々様方には以後、お見知りおきのほどをよろしくお願い致します」


俺は翔のアドバイス通り、ドスを利かせて口上を述べた。


「おお、これはこれは」


景須はそう言いながら、拍手をした。


「東雲、ええお孫さんだな」

「はっ・・恐れ入ります」


景須がやけに嬉しそうにしてるってことは、とりあえずつかみはOKってことか。

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