十三、翔の性格
「たけちゃん・・」
なっ・・なにっ。この声は、翔だ・・
俺はビルから出たところで、翔に声をかけられた。
「翔・・」
俺は振り向き、力のない声でそう言った。
「たけちゃん、こんな所でなにしてるの」
「てめぇ・・つけてきやがったな」
「なにしてるのって訊いてるんだけど」
「お前には関係ねぇって、何度言ったらわかるんだ!」
「ここって・・」
翔はビルを見上げて、呟いた。
「確か・・ヤクザの事務所があるところじゃなかったっけ」
「知らねぇよ」
「たけちゃん、なにやってんの」
「うるせぇ!もう俺にまとわりつくな!」
俺は翔を無視して歩き出した。
「待ってよ、たけちゃん」
翔は強引に後を着いて来た。
「たけちゃん、待ってってば」
それでも俺は無視して歩き続けた。
「たけちゃん!」
「うるせぇよ!」
俺は立ち止まって振り向き、翔に怒りをぶつけた。
「お前な、着いて来たらダチ止めるって、俺、言ったよな」
「たけちゃん・・」
「言ったよな!」
「なんだよ!たけちゃん、ヤクザにでもなるつもり!?」
「・・・」
「なにやってんだよ!いつまでもそうやってヤケクソになってさ。たけちゃんは弱い人間だよ」
「なにっ!」
「だってそうじゃないか!いつも後ろばかり向いててさ。なんで前を向こうとしないの?そんなに怖い!?」
「てめぇ、いい加減にしろよ・・」
「なにがそんなに怖いの?一歩踏み出すことさえ出来ないで、ずっと過去ばかり気にして、周りに当たり散らして、自分から殻に閉じこもってるだけじゃないか!」
「・・・」
「僕は友達、止めないからね」
「ふんっ・・」
「もう帰ろうよ」
「翔・・」
「なに」
「このこと・・兄貴に喋ったら、マジでダチ止めるからな」
「・・・」
「これ、マジだから」
「うん・・」
俺と翔は、黙ったままゆっくりと歩き出した。
「ねぇ、たけちゃん」
「っんだよ」
「僕には話して。あのビルでなにやってたの」
「別に」
「言わないなら、僕、あのビルへ行くよ」
「ばっ・・バカか!」
「じゃあ言ってよ」
「お前な・・」
翔は立ち止まり、俺の答えをじっと待っていた。
「言わないんだね。じゃ行く」
翔は来た道を引き返そうと、向きを変えて歩き出した。
「バカっ!待てって!」
俺は翔の腕を引っ張り、引き止めた。
「じゃあ、言ってよ」
「お前・・このこと、誰にも言わねぇって約束できるか」
「うん」
「それ、マジで言ってんのか」
「うん。言わない」
「ったく・・あのな・・」
それから俺は、今までのことを翔に話した。
「そうだったんだ・・」
「ああ」
「それで・・たけちゃん、集会へ行くの?」
「さあな。柴中は、この話は終わりだって言ってたし、もう連絡もねぇんじゃねーの」
「たけちゃん・・それでいいの?」
「へ・・?お前、なに言ってんの」
「その、和樹って人、なんかかわいそうだな・・」
「お前、俺がヤクザと関わることに、反対なんじゃねぇのか」
「うん。もちろん反対だけど。普通ならね」
「普通・・?」
「僕のイメージするヤクザと違うんだ。東雲組って」
まあ、確かにそうだ。
シマでの関わり合い方も、商店街の人たちを想う気持ちも、ヤクザの「それ」とは違う。
「前にさ、漫画喫茶でヤクザの本読んでたでしょ、僕」
「ああ」
「東雲組って、あの漫画のイメージと、重なる気がするんだよね」
「そうなのか」
「だって、名前も同じで身体も弱くてさぁ・・」
「あ・・そっか・・」
「なるほど・・理詰めかぁ・・」
翔は腕を組み、なにやら考えている口ぶりだった。
「お前・・なに考えてんだ」
「いや・・理詰めっていうのが・・おもしろいなって」
「はあ??」
「あのさ、たけちゃん」
「なんだよ」
「それって、僕も参加できないかな」
「は・・はあああ??」
それから翔は、自分も参加できるように、柴中に掛け合ってくれと頼み込んできた。
俺は頑として断った。
「あっ、じゃあさ、和樹って人に会わせてよ」
「翔・・お前な、ちょっと待てって」
「僕、知ったからには、たけちゃん一人を危ない目に合わせるつもりはないからね」
「バカ言ってんじゃねぇよ!」
「会わせてくれないなら、まさくんに言うから」
「て・・てめぇ・・俺よりワルだな。脅迫かよ」
「どうなの、会わせてくれるの?くれないの?」
「ったく・・わかったよ・・」
なんか・・話がややこしくなってきたぞ・・
ってか・・翔ってこんなやつだっけか。
意外とワイルドっつーか、ひょっとして楽しんでねーか?
そして翌日の放課後、俺と翔は病院へ行くことになった。
「お前、余計なことペラペラと喋るんじゃねぇぞ」
「わかってるって」
翔は、曲がりなりにもヤクザの跡目に会いに行くっていうのに、まるでアイドルか何かに会えるかのように、ウキウキしていた。
やがて俺たちは病院に到着し、病室へ向かった。
ドアを開けて中へ入ると、和樹は眠っていた。
「寝てるな・・」
「そうみたいだね」
翔は和樹のベッド際まで行き、改めて和樹の顔を覗きこんでいた。
「おい、翔。やめろって」
「和樹くんって、優しそうな顔してるね」
「離れろよ。起こしてしまうじゃねぇか」
「うん」
俺と翔は、離れたところで椅子に座って、和樹が目を覚ますのを待った。
すると五分くらい経って、和樹が目を覚ました。
「あ・・健人くん」
「起こしちまったか。悪かったな」
「ううん。来てくれたんだね。ありがとう。えっと・・その子はお友達?」
「はい!僕、たけちゃんの幼馴染で、朝桐翔っていいます。よろしく」
翔は、とても嬉しそうに和樹に挨拶した。
「そうなんだ。僕は東雲和樹。よろしくね」
「僕、たけちゃんから和樹くんの話を聞いて、会いたくなって着いて来ちゃいました」
「あはは。そうなんだね」
「いや~~それにしても、イケメンっていうか・・優しそうっていうか・・たけちゃんと似てますね」
「そうかな」
「そうですよ~~」
「おい、翔。余計なこと言ってんじゃねぇ」
俺はそう言って、翔の頭を小突いた。
「健人くん。いいんだよ。僕、同年代の子とあまり話す機会がないから嬉しいよ」
「ですよね~~」
「バカっ!調子に乗ってんじゃねぇよ」
俺はもう一発、翔を小突いた。
それから翔と和樹は、俺が口を挟む余裕すらないほど、他愛もない日常の話を、楽しそうに交わしていた。
その光景を見て、翔は人に対して偏見を持たないやつだと、改めて思った。
「ねー、和樹くん」
「なんだい」
「一緒に写真撮ってくれない?」
「いいよ」
和樹は翔にそう言われたことで、本当に嬉しそうな表情を見せた。
「やったー!たけちゃんも入って!」
「え・・」
「ほら~~早く~僕の横に立って」
「あ・・ああ・・」
俺は翔の横に立った。
「はーい、いきますよ~」
そして翔は、スマホのシャッターを押した。
「わあ~~よく撮れてる~」
翔はそれを和樹に見せていた。
「あ、ほんとだね。みんないい顔してるね」
「和樹くんのスマホに、転送してあげるね」
翔は和樹にメアドを訊き、手慣れた様子で、すぐに転送していた。
「あっ、来た来た。ありがとう、翔くん」
「いいえ~~、ほら、たけちゃんも見て」
俺はスマホを覗きこんだ。
そこには翔と和樹の満面の笑顔と、少し引きつった俺の顔が映っていた。




