十二、バカの足掻き
ルルル
数日後の昼休み、俺が校庭を歩いていると電話がかかってきた。
「もしもし」
「おう、時雨か」
また柴中だ・・
「ああ」
「この間はご苦労だった」
「なんか用かよ」
「大事な話がある。学校終わったら事務所へ来い」
「なんの話だ」
「来てから話す」
「そうか。わかった」
シマでの顔見世は終わったし、次の段階ってことか。
今度はどんな仕事だろう。
俺にとっちゃ、歩いて五万がいいんだけどよ。
まあ、行ってみればわかるこった。
そして放課後になり、俺は事務所へ向かった。
「たけちゃーん」
翔の声だ・・まずいな・・
翔は俺を追いかけて、走って来た。
「おう」
「僕も一緒に帰るね」
「俺は用事があんだよ」
「用事・・?なんの?」
「お前には関係ねぇよ」
「たけちゃんの用事か・・なんだろう」
翔は下を向いて歩きながら、そう呟いた。
「お前には関係ねぇっつってんだろ」
「あっ、夕食の買い物でしょ」
「ちげーよ」
「違うのかあ・・なんだろうな」
「うるせぇよ、お前はとっとと帰れよ」
「そんな、冷たいなあ。僕も着いて行っちゃダメ?」
「ダメっ!」
「ひっ・・そんなにきつく言わなくてもいいじゃないかあ」
「ダメなものはダメっ!着いて来たら、ダチやめるからな」
「えぇ~~・・それは嫌だなあ」
「だろ。わかったらお前は帰れ」
「しょうがないなあ。じゃ、また明日ね」
翔はふてくされて、俺とは別の方向へ歩き出した。
いくら翔でも、これだけは知られるわけにはいかねぇ。
やがて俺は事務所に到着した。
いつものように三階へ上がり、中へ入った。
「おう、来たか」
柴中は部屋の中央でゴルフクラブを持ち、素振りをしていた。
けっ、呑気なもんだぜ。
その横には伊豆見もいた。
「座れ」
柴中がそう言い、俺はソファに腰かけた。
「それで話ってなんだよ」
「ああ、それだ」
柴中はゴルフクラブを置き、俺の前に座った。
「伊豆見、茶を淹れて来い」
「はい、兄貴」
伊豆見はなぜか、俺を睨みながら隣の部屋へ移動した。
っんだよ、あいつ。クソモヤシのくせに。
おまけにガリガリで、目も細くて、キモイっての。
「あのな、よく聞け」
「っんだよ」
「今度な・・集会があるんだよ」
「集会?なんの?」
「この辺りの地域を一手に纏めている、景須組が仕切る集会だ」
「ふーん」
「そこに我々東雲組も参加する」
「で、俺もってことか」
「そうだ。御大と俺とおめぇだ」
「へぇ」
なんか、柴中のやつ、いつになく真剣な表情だぞ。
「それで、おめぇは、この間のスーツを着て来い」
「はあ・・」
「その時に、みなの前でおめぇを東雲の跡目として紹介する」
「ふーん」
「おいっ!ふーんじゃねぇ!」
柴中は突然テーブルをバンッと叩いて、身を乗り出した。
「っんだよ!びっくりするじゃねぇか!」
「おめぇな、この集会がどんなものかわかってねぇから、そんな呑気なこと言ってられんだよ」
「だって知らねぇし」
「いいか。この集会でお前が跡目として認められなかったら、組は解散になるんだぜ」
「へぇ」
「ったくよ・・おめぇは事の重大さをわかってねぇな」
「だって知らねぇんだから、しょうがねぇだろ」
「兄貴、お茶を淹れて来ました」
盆に二つの湯飲みを乗せ、伊豆見が戻って来た。
「ああ、ご苦労」
「兄貴・・このガキで大丈夫なんすか」
「はあ??」
俺は伊豆見に向かってそう言った。
「伊豆見、おめぇは黙ってろ」
「でも兄貴・・こいつバカですし」
「っんだと!うるせぇよ!クソモヤシがっ」
「時雨もやめんか!」
そこで伊豆見は引き下がった。
「時雨よ、俺は前にも言ったと思うが、今のヤクザってのは、頭も必要なんだよ」
「知るかよっ」
「おめぇ知ってるか?」
「なにをだよ」
「中には大卒のヤクザもいてな。頭脳明晰だぜ」
「ふーん」
「若い世代になればなるほど、それは必須となる」
「だからそれは、成績優秀でらっしゃる、和樹坊ちゃんがいるからいいじゃねぇかよ」
「たりめーだ!そんなことは、おめぇに言われるまでもないわっ!」
「だったらなんだってんだ!俺には関係ねぇだろが!」
「兄貴・・やっぱりこいつはバカですよ」
伊豆見が口を挟んできた。
「っんだよ!モヤシ男!」
「ほら、こうやって、ろくに人の話も聞けねぇで、吠えるだけですぜ」
「うるせぇよ!」
「だったらお前、円周率、言えるか」
「はあ??円周率?知るかよ、そんなもんっ」
「わっはっは。五年生で習うんだぜ。小学五年生な」
「・・・」
「お前、中三だよな」
「・・・」
「ダッセーのな」
くそっ・・なにが円周率だ。
そんなもん、ヤクザと何の関係があるってんだ。
ヤクザの世界は身体を張って、ドンパチやるのが相場だろ。
「もういい、伊豆見」
「はい、兄貴」
「まあ、今度の集会ではさすがに円周率は関係ねぇが、頭のいい組員もいるってこった」
「それがなんだってんだ」
「あのな、うちと敵対してる西雲組ってのがあってな。そこの跡目はたいそう頭が良くてな。和樹坊ちゃんなら余裕で対抗できるんだが、おめぇはバカだ。そんなおめぇが跡目として紹介されるわけだ。そこで馬脚を現せば何もかも終わりってこった」
「意味わかんねぇし」
「おそらくだが・・西雲の跡目は、理論でおめぇを攻めてくると読んでいる」
「・・・」
「今のおめぇに、その役目が果たせるかどうかが問題なんだ」
「だったら俺は下りるよ」
「バカめっ!おめぇはもう、シマで顔見世したんだぜ、今更逃げようったってそうはいかねぇんだよ!」
「だったら、どうすりゃいいんだよ!」
「うむ・・今は策を練っとるところだ」
「俺、失敗しても知らねぇからな」
そこで柴中は、しばらく黙って再び口を開いた。
「おめぇよ・・坊ちゃんに言われたんじゃねぇのか」
「え・・」
「申し訳ない、迷惑かけるってことをよ」
「・・・」
「で、おめぇは、自分が決めたことだからって言ったんじゃねぇのか」
「・・・」
「おめぇ、一旦口にしたことを、簡単に反故にできるってのか」
「ほご・・?」
「反故の意味もわからねぇのか。約束を破るってこった」
「・・・」
俺って・・こんなヤクザ野郎にバカにされて・・
なっんなんだよ・・ちくしょう・・
「おめぇ、それでも男かよ。ただバカみたいに吠えまくることしか能のない、情けねぇガキだな」
「くっ・・」
「それでも、おめぇが辞めるってんならしょうがねぇ。この話は終わりだ。帰れ」
「・・・」
「とっとと帰りやがれ!」
俺は二人の顔も見ずに、急いでエレベータで一階まで下りた。
なんだってんだ!ちくしょう~~~!!
どいつもこいつも、バカにしやがって!
もう知るか!和樹なんてどうでもいい!
勝手に組を解散させられろ!