十一、顔見世
それから俺たち一行は「シマ」とやらへ到着した。
そこは、いかにも昭和の貧乏商店街といった佇まいで、俺はヤクザの「シマ」というのは、もっと派手で、煌びやかな女たちが闊歩しているような場所を想像していたので、明らかに予想外だった。
商店街を歩いているやつらも、俺と同じような貧乏そのものの風貌だ。
「あ、これは東雲さんではないですか」
魚屋のジジイが、爺さんを見つけて声をかけてきた。
「源さん、景気はどうだい」
「はあ、おかげさんで「ぼちぼち」でんな」
源さんというジジイは、爺さんとは昔からの知り合いなのか、とても親しそうに話していた。
「ところで源さん。孫を連れて来たよ」
「ほう」
源さんはそこで、すぐに俺の方に目を向けた。
「東雲組四代目の和樹と申します。以後お見知りおきを」
俺はそう言って源さんに頭を下げた。
「おお、これは坊ちゃんでしたか。しばらく見ない間に、立派になられましたな」
「はあ・・」
「和樹は身体も良くなって、やっとみなさんの前に出ることができて、連れて来たんだよ」
「それはよろしいですな。和樹坊ちゃん、この店で魚屋を営んでおります、笹木源太郎と申します。よろしくお願いします」
「はあ・・どうも・・」
「それにしても、いい男になられて。いやあ、見違えました」
「じゃ、源さん。これにて」
それから俺は次から次へと、商店街の店主に挨拶をして回った。
俺が和樹の身代わりだということを、誰も疑いすらしなかった。
全くバレねぇってことは、和樹はよっぽど家から出ることがなかったんだな。
それほどいつも、具合が悪かったってことか。
「あ、龍太郎叔父様・・」
商店街を歩く人の中から、突然誰かが爺さんに声をかけてきた。
「おや、静香」
あっ!この女、俺のクラスの由名見じゃねぇか。
「あっ・・」
由名見は俺を見つけて、絶句していた。
「静香、どうした」
「いえ・・叔父様・・どうしてこの人を連れてらっしゃるのですか・・」
「ああ。この子は・・」
爺さんは由名見の耳元で、誰にも聞こえないように話をしていた。
「そうだったんですか」
由名見は事情を把握し、戸惑った様子で俺を見ていた。
それにしても由名見は「叔父様」とか言ってたな・・
ということは、親戚?
だとしたら意外だな・・
こいつはどう見ても、いいとこのお嬢さんって感じだ。
それがヤクザと親戚って・・こんなこともあるんだな。
「静香、それじゃ私たちはこれで行くよ」
「はい。叔父様、お身体をお大切に」
俺は由名見を横目で見ながら、爺さんの後を着いて行った。
やがて屋敷へ戻り、俺は私服に着替えた。
「今日は、ご苦労様でした」
爺さんが俺の肩に手を置いて、そう言った。
「いや、別に・・」
「今後もよろしくお願いしますね」
「へ・・?今後?」
「はい。まだ仕事がありますので」
「まだあんの?」
「また柴中に連絡させますので、待っててください」
「そうか・・」
「そしてこれは今日の分」
爺さんは、手に持っていた封筒を俺に差し出した。
「バイト料ってこと?」
「そうです。受け取ってください」
俺はそれを受け取り、屋敷を後にした。
早速、封筒の中身を確かめてみると、五万円入っていた。
うはっ、歩いただけで五万かよ。すげーな。
なんなら、毎週だって歩いてやるぜっ!
それにしても、ヤクザの「シマ」での顔見世って、あんなに普通なんだな。
俺はもっと「おらあ~~ショバ代払えよおお~~」とか言って、脅かしたりするもんだと思っていた。
でも今日の雰囲気は、まるで近所に挨拶して回る「お友達」といった感じだった。
商店街の人たちも、まったく爺さんや柴中を恐れることなく、普通に接していたもんなあ。
どういう関係なんだろ。
で、由名見だよ。
あいつはヤクザの親戚だったんだ。
これも驚きだ。
事実は小説より奇なり、というけど、まさしくそれだよ。
にしても、髭を剃られちまったからなあ。
兄貴や翔は、びっくりするんじゃねぇか。
「あああ~~たけちゃん!どうしたのー?」
次の日、翔が早速、声をかけてきた。
実をいうと、昨日、帰宅した後、兄貴は「やっと心を入れ替えたか~~」とかいって、異常に喜んでたしな。
「わあ~~髭剃ったんだ。かっこいいよ!」
「うるせぇ」
「髪も、なんだか少し短くなった?」
昨日、整髪された時、実は髪も切っていたのだ。
「まあな」
「そっかー。うん。いい感じだよ」
「そりゃどうもっ」
桃田もクラスのやつらも、俺を見て驚いていたが、何も言ってくることはなかった。
「時雨くん、おはようございます」
隣に座った由名見が話しかけてきた。
「ああ」
俺は由名見の顔も見ずに、ぶっきらぼうに返した。
「時雨くん・・色々とありがとうございます」
「は?」
意外な言葉に、俺は由名見を見てそう言った。
「私、感謝しています」
「なに言ってんだよ」
「いえ・・別にいいんです」
「お前さ・・ヤクザと親戚なのか」
俺は周囲のやつらに聞こえないように、小声でそう言った。
「はい、そうなんです」
「へぇーやっぱりそうだったのか」
「龍太郎叔父様は、私のお爺さんの兄弟なんですよ」
「へぇ」
「時雨くん、和くんを助けてくれて・・ありがとう・・」
「和くん・・ああ、和樹のことか」
「はい・・」
由名見はそう言って、顔を赤らめた。
ん・・?こいつ、和樹の女か?
「なに?お前、和樹と付き合ってんのか」
「ええっ、とんでもないです!」
由名見が思わず大声をあげ、クラスのやつらが俺たちに注目した。
「お前な・・大声あげんじゃねぇよ」
「す・・すみません・・」
俺はみんなに注目されたことで、そこで話を終わらせた。
クラスのやつらは、ずっと怪訝な顔をして俺たちを見ていた。
「じろじろ見てんじゃねぇよ!」
俺が大声で叫ぶと、やつらは何もなかったように知らん顔をした。
ったくよ・・うぜーったらありゃしないぜ。
どうせ俺が由名見を脅かしてるか、なんかだと思ってんだろ。
昼休みになり、俺は由名見と屋上で話をすることになった。
「和くんね、身体が弱いでしょう。だから叔父様がずっと気に病んでおられてね・・」
「そうみてぇだな」
「私のお爺さんにも、もうそろそろ組をたためって言われてるらしいんですけど、叔父様にはその気がないようです」
「ってか、お前んちってヤクザじゃねぇの?」
「うちは、普通の家庭です」
「ふーん」
「和くん自身も、叔父様の気持ちがわかっているから、なんとか身体を治して、跡を継ぎたいって思ってるみたいです」
「そっかぁ」
「今度の手術が成功したら、跡を継げるかも知れません」
「心臓のか・・」
「はい。弁膜症っていう病気なんです」
「へぇ」
俺はそれが、どういう病気なのか全くわからなかったが、大変なことに変わりはないと思っていた。
「あの土地ね・・」
由名見は急に深刻そうな顔をして、そう呟いた。
「和くんが跡を継がなかったら、事実上、西雲組というところがシマを手に入れることになるんですけど、その西雲組って、みかじめ料の取り立てが酷いらしくって・・」
「みかじめ料ってなんだ」
「俗にいう「ショバ代」です」
「なるほど」
「東雲組は代々、地元の人たちと良好な関係を築いてきたのですが、西雲が継ぐとなると関係は壊れてしまい、地元の人たちは生きていけなくなります」
なるほどなぁ、確かにそうだ。
あの商店街の人たちは、みんな爺さんを慕っている様子だった。
「なので・・和くんの手術が成功して退院するまで、なんとか時雨くんに助けてほしいんです」
「そっか・・」
「でも私、まさか時雨くんが、和くんの身代わりだと思わなかったです」
「・・・」
「私、ほんとに、びっくりしたんですよ」
由名見はそう言って、明るく笑った。
「でもよかった。同じクラスの人が和くんのために一肌脱いでくれたなんて、とても嬉しいです」
「別に俺は・・」
「あっ!私に何かできることがあれば言ってくださいね。お手伝いしますから」
由名見はそう言って、階段を下りて行った。
由名見が最初、俺にぶつかって来た時、俺の風貌を見て全く動じることがなかったのが、今やっと理解できた。