表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
俺たちを照らす夜明け  作者: たらふく
10/77

十、恵まれている、の意味




次の日、俺は放課後、事務所へ向かった。

エレベータで三階まで行き、ドアが開くとタバコの臭いが俺の鼻をついた。

ソファには、柴中一人が座っていた。


「おう、来たか」

「ああ」


俺はソファに腰かけ、また鞄を無造作に置いた。


「坊ちゃんが言ったように、日曜日にはシマへ行く」

「ああ」

「今日は、お前にこのスーツを着てもらう」


柴中は自分の横に置いてあった、箱を差し出した。


「開けてみろ」


俺はそう言われて、箱を開けてみた。

すると黒で新品のスーツが出てきた。


「俺、サイズなんて測ってねぇぜ」

「はっ。誰がおめぇなんかのために、わざわざオーダーするかよ。既製品だよ、既製品」

「ふんっ」

「ただ、あまりにサイズが違うと不格好になるんでな」


俺は制服を脱いで、スーツを着た。


「ほう。馬子にも衣裳とはこのこった。ぴったりだな」

「うるせぇよ」

「まあいい。それを日曜日に着て来い」

「ああ」


俺はスーツを脱ぎ、制服に着替えた。


「おめぇ、なんで坊ちゃんに会いに行ったんだ」

「別に」

「別にってことはねぇだろ」

「別には、別にだよ。特に意味なんてねぇよ」

「あのなあ、時雨」

「っんだよ」

「近頃のヤクザ稼業ってのは、頭も必要でな」

「は?なんだよそれ」

「知識だよ、知識」

「ふーん」


また勉強かよ。うぜぇ・・


「坊ちゃんは身体は弱いが、成績優秀でな」

「・・・」

「小さい頃から家庭教師をつけて、そりゃたいしたもんだったぜ」

「だから、なんだよ」

「坊ちゃんは跡目だが、本当は別の道で生きたいと、望んでいる一面もおありでな」

「じゃ、そうすればいいじゃねぇか。組なんて潰しちまえよ」

「はっ、たわけたことを。それができるなら、とっくにそうなさってるさ」

「おっさんよ。今時ヤクザなんて流行らねぇぜ。和樹には和樹の人生ってもんがあるだろ」

「まあ、おめぇなんかにわかるもんか。それを言う必要もねぇしな」


お前が先に言ったんだろが。なに言ってんだよ。


「おめぇは、勉強はさっぱりって感じだな」


柴中はバカにしたように笑った。


「おめぇなんか、呑気に不良やってりゃいいもんな。気楽なもんだぜ」

「うるせぇよ!」

「はっ。二言目には「うるせぇよ」。バカはそれしか言えないから仕方がねぇな」

「なんだと!」

「図星をつかれて、更に逆上。バカのパターンだな」

「くっ・・」

「まあいいさ。坊ちゃんが退院されるまでのこった。おめぇがどうなろうと知ったこっちゃねぇしな」

「・・・」

「さあ、帰った帰った!」


柴中は立ち上がり、俺を追い払うように手で促した。


「言われなくても帰るさ!このクソジジイ!」


俺も急いで立ち上がり、鞄とスーツの箱を持ち、エレベータのボタンを押した。


「言っとくがな」

「っんだよ」


俺は振り向いて柴中を睨みつけた。


「シマでの顔見世で、粗相しやがったらただじゃ済まねぇからな」

「うるせぇ!そんなもん軽くやってやるよ!」


俺はエレベータに乗り、更にイラついた。

なにが勉強だよ、知識だよ。

そんなもん無くても生きていけるんだよ。

ったく・・バカにしやがって!!



それから二日後・・・


俺は兄貴に嘘をついて、朝から出かけた。

スーツが入っていた箱は、この間の帰りに公園のごみ箱に捨て、スーツは紙袋の中に丸めて入れていた。

幸い、兄貴にはバレずに済んだ。


事務所のビルの前まで行くと、柴中の乗る車が停められてあった。

運転席の窓が開き、柴中が顔を出した。


「なんだ、おめぇ。スーツはどうしたよ」

「ここに入ってる」


俺は紙袋を差し出して見せた。


「バカが。皺になるだろが!」

「なってねぇよ!」

「いいから乗れ」


柴中は手で、後ろの座席に座るよう促した。


「そこで着替えろ」

「わかったよ」


俺は窮屈ながらも、スーツに着替えた。


「ネクタイはどうした」

「は?そんなもんねぇし」

「はあ?箱に入ってただろうが!」

「見てねぇし」

「箱はどうした」

「っんなもん、とっくに捨てたよ」

「おめぇのバカさ加減は、信じられねぇな」

「うるせえよ!」


そして車は二十分ほど走り、やがてある屋敷の前に着いた。


「降りろ」


俺は言われるがまま車を降り、屋敷を眺めた。


「入るぞ」

「あ・・ああ」


その屋敷は面食らうほど大きく、俺は柴中の後を着いて行った。


「ここ、どこだよ」

「御大のお屋敷だ」

「なるほど・・」


事務所はクソ汚ねぇのに、自宅はこれかよ。

勝手なもんだぜ、まったく。


「御大・・連れてめぇりやした」


応接間らしき部屋の前で、柴中がそう言った。


「入れ」


中から爺さんの声が聞こえてきた。


「お久しぶりですね、時雨くん」

「あ・・ああ」

「さあ、そこのソファに座りなさい」


部屋には豪華な家具が置いてあり、ソファもフカフカだった。

こんな椅子・・座ったことがねぇな。


「よく来てくれました」

「ああ」

「それで今日は、私と一緒にこの町を歩いてください」

「うん」

「きちんと挨拶だけはしてくださいね」

「どう言えばいんだよ」

「東雲組四代目の和樹と申します。以後お見知りおきを、と」

「ふーん」


なんだ、それだけかよ。つまんねー。


「余計なことは言わないようにね」

「ああ」


「ほら、これ結べ」


そう言って柴中がネクタイを差し出した。

俺はそれを受け取り、結んだ。


「それと、そのお髭は剃りますから」


爺さんがパンッと一拍手したかと思えば、奥の間のドアが開き、理容師らしき男が二人入って来た。


「早速、取り掛かりなさい」


俺の身体は一人の男に取り押さえられ、もう一人の男が髭剃りセットで剃り始めた。

髭剃りが終わると次は整髪セットを取り出し、俺の髪はあっという間にオールバックに仕上がった。


「御大、これでいかがでしょうか」


柴中がそう言った。


「いい仕上がりだ」

「恐れ入りやす」


「ちょ・・あの、鏡を見せてくれ」


すると理容師が俺の前に鏡を置いた。

俺はそれを手に取り、映してみた。


「あっ」


なんだこれ。

けっこー、いけてんじゃねぇか。わはは。


「どうですか」


爺さんが嬉しそうに訊ねた。


「あ、いや、まあ」

「きみはいい顔してますね。さまになっていますよ」

「はあ・・」


実のところ、俺はまんざらでもない気持ちだった。

はっきりいって、この十五年間、俺はお洒落らしいお洒落なんてしたことがなかった。

少しニヤケて鏡に映る俺が、俺じゃない気がした。


「そういえば時雨くん、和樹に会いに行ってくれたそうですね」

「ああ」

「和樹は喜んでましたよ」

「そうか」

「時雨くんとは、気が合いそうだと言ってましたよ」

「・・・」

「あの子はね・・赤ん坊の時から親がいなくて、とても淋しい思いをしました。私は何とかその気持ちを埋めてやりたくて、色々と手を尽くしました。そのおかげか、あの子はいい子に育ってくれました。身体さえ弱くなければ言うことがないんですけどね」

「そっか・・」

「きみは恵まれてますよ」

「え・・」

「好きなだけ不良をやれて、自分の好きなように生きられますからね」

「俺は恵まれてねぇよ!」

「どうしてですか?」

「俺も親に捨てられた。今は兄貴と二人でド貧乏な生活してる。みんなは俺を避け、ダチだってろくにいねぇ。先公からは煙たがられ、バカだのなんだのと罵られる。こんな俺のどこが恵まれてるって言うんだよ!」


「おめぇ、御大になんて口、利きやがる!」


柴中が俺の襟首を掴んだ。


「離せよ!おっさん!」


「柴中、やめろ」


爺さんはいきなり「ヤクザの顔」になり、柴中を制した。

なんだ・・このド迫力。

さすが、組長だけあるな。

こんな俺でも少しだけビビった。


「時雨くん、きみは自ら不幸な人生を歩んでいる気がしますよ」

「えっ・・」

「親に捨てられた子なんて、この世にどのくらいいると思いますか」

「・・・」

「きみは自分の人生を放り投げちゃいけません」

「そんなっ」

「そんなに若いのに、もったいない。私が代わりたいくらいですよ」

「・・・」

「身体は丈夫、おまけに若い。これだけでありがたいことですよ」

「俺は、クソババアに産んでほしくなかったよ」

「そうですか」

「ろくでもねぇ親だったんだ。てめぇらのことばっかり考えて、俺ら兄弟のことなんて、なにも考えちゃくれねぇやつらだった」

「それがどうだと言うのですか」

「え・・」

「誰かに何かを求める前に、自分が変わらなくてはいけませんよ」

「・・・」

「あ、今日はお説教する日ではなかったですね」

「・・・」

「さて、そろそろ参りましょう」


まったくだ。

なんでこんな爺さんなんかに、説教されなくちゃいけねぇんだ。

しかもヤクザの分際で偉そうに。


俺はそう思いながら、「自分の人生」とか「身体が丈夫なこと」「若いこと」の意味も分からずにいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ