一、ウザイ
「おらあ~~見てんじゃねぇーよ!」
俺は時雨健人。中学三年生の不良学生だ。
街を歩くと、必ず周囲のやつらは俺を興味本位の目で見てくる。
平成の世には珍しい、昭和臭のする「ヤンキー」の風貌そのものだからだ。
俺の家庭は、絵に描いたような複雑極まりないものだっだ。
両親は俺が小学二年の時に離婚。
母親が出て行ったあと、父親も失踪。
残された俺と兄貴は、しばらく親戚の家に預けられていたが、その親戚も愛情のかけらもないやつらで、俺たちの存在が疎ましかったのだろう、いつも辛く当たられていた俺たち兄弟には居場所がなかった。
兄貴の真人は、中学を卒業して高校へは行かず、町の工場で働いていた。
少ない稼ぎでも、なんとかボロアパートを借り、俺は兄貴に養われる形で中学へ通っていた。
「たけちゃん、そんなに睨むと相手は本気で怖がっちゃうよ」
こいつは俺の唯一のダチといえる、朝桐翔。
同じ中学に通う同級生だ。
翔とは小学生の時から付き合いがあり、両親が離婚した時も、幼いながらも俺を見捨てずに励ましてくれたやつだ。
「ふんっ。いっつもバカにした目で見やがって」
「そんなのいいじゃん」
「お前な!バカにされて悔しくねぇのかよ!」
「あはは、悔しいだなんて。全然そんなこと思わないよ」
こいつは俺と違って、いわゆる「普通」の家庭に育ち、なに不自由なく暮らしている。
でもなぜか昔から俺の傍にいることが多く、今でもこうしてダチとして付き合っているのだが、俺が不良になっても離れることがない「物好き」なやつなのだ。
「それよりさ、たけちゃん」
「なんだよ」
「たけちゃん、高校へは行かないの?」
「またそれかよ。行かねぇって」
翔はそこそこ勉強もできるし、進学は当たり前のことなのだ。
しかし俺はこれ以上、兄貴の世話になるつもりもなく、当然、働こうと決めていた。
「でもさぁ、高校くらいは行かないと、それなりのお金は稼げないよ」
「っんなもん、関係ねぇよ」
「関係あるんだって。時代が変わったとはいえ、やっぱり学歴は大事だよ」
「ふんっ。俺の知ったこっちゃねぇよ」
俺は勉強もできないし、進学ったって、そもそも無理なんだぜ。
ってか、今更、勉強するつもりもねぇし、くそくらえだっての。
「あ~~あ。くそつまんねぇ。なんか面白いことねぇかなぁ」
「僕んち来る?」
「は?行かねぇし」
「今日は、両親もいないよ」
俺が翔の家へ行くことはあまりない。
というのも、翔の両親は俺が翔と付き合っているのを不満に思っているからだ。
それを翔もよく知っている。
「そっか」
「うん。だから行こうよ」
「でもいい。近所の人に見られたらヤベーだろし」
「別にいいよ」
翔は俺に気を使ってるわけでもなく、本心からそう言ってるのだ。
それほどこいつは、俺という存在を「ありのまま」受け止めている。
俺はその気持ちが嬉しくもあり、半ば憐れみではないかと疑う気持ちもあり、とても複雑だった。
屈託のない翔の笑顔を見ると、俺は時々殴りたい心境にかられる。
俺にはないものを、こいつはたくさん持ってる。
その中でも「愛情」は、俺にとっては疎ましく、永遠に手にできないものだと思っていた。
「やっぱ、帰るわ」
「そっかぁ。残念だなぁ」
「んじゃ、また明日な」
「うん。またね」
俺は翔と別れてから、特に何をするでもなく、気怠く街を練り歩くだけだった。
くそつまんねぇ・・
俺の人生なんて、この先も同じだ。
働こうがなにしようが、たいして変わりなんてねぇ。
あ~~あ・・クソババアは、なんで俺なんか産んだんだよ。
来る日も来る日もケンカばっかしやがって。
俺にとっちゃ家庭なんて地獄でしかなかった。
「一家団欒」なんて、よその世界のことだよ、まったく。
ドスンッ・・
クソッ、痛ってぇなああ!
誰かが俺にぶつかって来た。
「どこ見て歩いてんだよ!」
俺は思わずそう叫んだ。
ぶつかって来たのは、とても清楚で大人しそうな女子だった。
「すみません」
「痛てぇんだよ!」
「お怪我はないですか」
「お怪我だと!ふんっ。いい人ぶりやがって、くそ女が」
「ごめんなさい。気を付けます」
「たりめーだ!わかったらとっとと行け!」
その女子は深々と頭を下げて、俺から離れて行った。
ったく、うぜーーー。
ああーーーうぜーーー!
「あの・・」
後ろで俺を呼ぶ声がした。
振り向くとさっきの女子だった。
「なんだよ」
「あの、これ」
その女子は手に持っていたコロッケ差し出し、俺に渡そうとしていた。
「なんだよ、これ」
「さっきのお詫びです」
「はぁ??」
その女子は俺の風貌に全く驚くことがない様子で、輝くような笑顔で俺を見ていた。
「詫びなんて必要ねぇよ」
「でも、痛かったのでしょ?」
「今はもう、痛くねぇよ」
「冷めますよ、どうぞ」
「いらねぇよ、そんなもん。とっとと行けよ」
「はい、どうぞ」
その女子は無理やり俺の手にコロッケを渡し、笑いながら手を振って行った。
っんだよ・・コロッケって・・
たかがぶつかったくらいで、なにやってんだよ。
俺は仕方なくコロッケを頬張った。
くっ・・なかなかうめぇじゃねぇか。
それにしても変な女だな。なんだよあいつ。