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女王様と下僕くん

下僕くんは女王様に逆らえない

作者: usa




 僕の身近には、女王様がいる。



 黒髪のショートヘアに猫のようにつりあがった大きな瞳。背はすらりと高く、手足も長い。色白の肌に映える赤い唇と、その下にある小さなほくろ。スレンダーだが、女性らしいふくらみはきちんとある。高貴さと妖艶さが入り混じった、高校生とは思えぬ大人びたその人。彼女がひとたび微笑めば、世の男たちは跪かずにはいられない。

 そんな彼女の名は、小鳥遊美夜(たかなしみや)。そして僕こと松永律(まつながりつ)は――。


「律。コーヒー買ってきなさい。二本、三分以内」


 女王様の下僕である。


「さ、三分て……。購買にいくだけで終わっちゃうよ」


 女王様の命令に僕は抗議したものの、そんなんでおとなしく引き下がる彼女ではない。つりあがった瞳をますますつりあげて、僕に一喝した。


「いいから、つべこべいわずにいくの! 三分よ、ちゃんとタイム測るから」

「そんなぁ」

「よーい、スタート!」

「ええぇ……」


 僕の必死の抵抗もむなしく、女王様はスマホのタイマーのスイッチを押す。悪魔のカウントダウンが開始された。


 女王様は、とてもキレイな人だ。大人っぽくて、色っぽい。それは認める。だがいかんせん、女王様だからワガママだ。なんの気まぐれか、小学生の頃から腐れ縁の僕を下僕にし、こうして無理難題を吹っかけては面白がっている。今日みたいな命令は、彼女にしてはまだ可愛いもんだ。


 猛ダッシュで購買まで駆けていき、女王様お気に入りのメーカーのコーヒーを二本買う。そしておばちゃんからお釣りを受け取るなり、また全力疾走で女王様の待つ教室へ戻った。


 女王様は僕の机に脚を組んで腰かけていた。スカートが短いため、太もものかなり際どいところまで見えている。脚を組み直そうものなら、絶対に見える。以前にその姿は男のなにかを煽るからやめた方がいいと進言したのだが、一睨みであえなく撃沈した。

 彼女は僕が到着したことに気づくと、にこりともせずに告げた。


「一分四十六秒オーバー」

「だ、だから無理だっていったのに……」

「私がやれといったら、あなたはやらなくちゃいけないの! なんでかわかるでしょ?」


 下僕だからでしょ……。

 心の中で答えながら、僕は手の中のものを献上した。


「はい、コーヒー二本」

「質問に答えなさいよ。……ん?」


 女王様は、差し出されたコーヒーを見て、形のいい眉をピクリと動かした。


「ちょっとなによ、これ。二本とも同じやつじゃない」

「えっ、美夜ちゃんが好きなショーシアのブラックだけど」

「あんた、バッカじゃないの!」


 女王様はいきなり激昂した。


「なんでこの私が、昼休みに一人で缶コーヒーを二本も飲むと思うのよ? ちょっとは頭働かせなさいよね」

「え、だって……」

「だってじゃないわよっ。ほんっとにあんたは使えないんだから」


 女王様のお怒りに、周りのクラスメイトがざわつきだす。すると彼女のうしろに侍っていた一人の男子生徒が手をあげた。


「み、美夜様! 俺が買い直してきましょうか? ご希望は……」

「あんたなんかお呼びじゃないわよ。ていうか会話に入ってこないでくれる?」

「はっ、すみません!」


 通常なら逆ギレされてもおかしくはないような言動も、この女王様なら許される。その男子生徒は女王様からお声をかけていただいただけで、十分にうれしそうだ。

 ご覧のように女王様は、自分の要求がうまく通らないとすぐにごねる。八つ当たりもするし、毒舌も素晴らしい。


「ちょっと、なにへらへらしてるのよ!」


 考え事をしたせいかボーっとしていた僕を、女王様はギッと睨みつけてきた。念のためにいっておくが、僕はただ彼女たちを眺めていただけで、決してへらへらはしていない。


「あなたのせいで私がこんなに不愉快な思いをしているのよ!? 責任取りなさい」

「はあ……どうやって?」

「それぐらい自分で考えなさいよ!」


 僕はげんなりしていた。その手の命令も今までに数回受けてきた。だけど女王様が満足するような責任の取り方は、未だにわからない。彼女が好きなアイスをおごってみてもダメだし、購買で一番人気のクリームパンもダメ。クラスの女子にわざわざリサーチして購入した人気アイドルの生写真は、ものの一瞬で破られた。あれ二万もしたんだけどなぁ。

 そんなわけで僕には、いくら考えてもこの女王様が納得する責任は取れない。だから素直に聞いてみるわけだが、それで教えてくれる女王様ではない。逆にお叱りを受ける始末だった。






 僕と女王様の縁は、遡ることおよそ十年前。小学校低学年の頃だ。当時の僕はチビでガリガリで、遠視の分厚いメガネをかけていた。かけると目が巨大化するあれだ。そんなわけで僕は、小さい身体のわりにでかい目が気持ちが悪いと、クラスメイトからささやかないじめを受けていた。なんてことはない。鬼ごっこに混ぜてもらえなかったり、ドッジボールでは標的にされたり、給食でデザートだけ盗られたりなど。

 今でこそ小学生らしい、可愛らしいいじめだったと振り返れる。だけど当時の僕は、毎日メガネの奥の目を涙で濡らし、顔をぐしゃぐしゃに歪めていた。チビなのもやせっぽちなのも、メガネなのも僕のせいじゃないのに。どうして僕が、こんな目に遭うんだろうと。


 そんな僕にたった一人手を差し伸べてくれたのが、いわずもがな彼女だ。小学生ながらその時にはすでに、女王様としての片鱗を見せていた。クラスでも背は高く大人びていて、口達者で発言権は先生をも上回る。

 女王様は一人の一般庶民を庇い、こういったのだ。


「彼、今日から私の“げぼく”になるから。彼をいじめるということは、私を敵に回すっていうことだからね? よく覚えておきなさい」


 女王様のわかりやすい脅しに、クラスの誰もが逆らえなかった。そしてその日から、僕は彼女の下僕になった。


 あれから早いもので十年。僕は彼女よりも背が高くなったし、ガリガリでもない。メガネももうかける必要がなくなった。だけど女王様は以前、メガネをやめた僕を見てなぜか激怒し、伊達メガネを無理やりかけさせ、その上前髪で顔を隠すよう命じた。曰く、「メガネをかけていないとあなたは恐ろしい容姿になる」とのこと。そんなにひどいかな、僕の顔。


 とにかく、僕は未だに女王様には逆らえない。小さい頃の恩っていうのもあるけれど、やっぱり彼女の女王たる佇まいには、どうしても圧倒されてしまう。

 もう昔のようにいじめられることもなくなったのだから、そろそろ下僕を卒業したい。そう常々思ってはいても口には出せない、下僕根性がとことん身に染みている僕だった。






 放課後、僕はクラス委員長たる女王様とともに、教室にいた。担任から文化祭の催し物に使う材料をリストアップしておいてほしいといわれたのだ。頼まれたのは彼女、作業するのは僕。もはや当然の光景ですがなにか?


 女王様は相変わらず、イスではなく机の上に脚を組んで座る。お行儀も悪いし、目の前でやられると非常に目に毒だ。さっき水色の布がちらっと見えたことは、死んでも口にするまい。

 僕は作業に集中しようとしたが、そのたびに女王様がひょいひょいと動かす足先に邪魔される。そうするとスカートも微妙に動いて、またさっきの布が見えそうになるのだ。


「あの、美夜ちゃん……」

「なに、終わった?」

「いえ、まだです」

「だったら早くしてよ。暗くなっちゃうじゃない」


 いいながら彼女は、つま先をトン、と僕の机の上に乗せる。もう完全に見えてるんですが、わざとでしょうか?

 なるべくそちらを見ないようにしながら、僕は勇気を振り絞っていった。


「僕一人じゃ、今日中には終わりそうにないんだけど……」

「先生から今日っていわれたでしょ。口を動かしてないで手を動かしなさい」

「いや、あの、美夜ちゃんも一緒にやってくれたら、もっと早く終わるんじゃ……ない、かなって」

「は?」


 女王様の目が据わった。


「律、あなた私に命令する気? この退屈な仕事をやれと。いつの間にそんなに偉くなったのかしら」

「ち、違うよ!」


 僕は慌てて否定した。


「ただ僕は、美夜ちゃんの方が手が早くて頭もいいし、出し物のことだって理解してるんだから、ちょこっとだけ手伝ってもらえればと思って」

「ふうん」


 女王様は気のない返事をし、パッと僕の机から紙を取り上げた。そしてそこに書かれた材料一覧を見て、顔をしかめた。


「なんなの、これ。段ボール十個ぐらい? って、なんでハテナなのよ。ペンキも(とりあえず)赤、白、黄色。このカッコはなに? しかもなんで赤白黄色なのよ、チューリップか!」

「いや、よくわかんなかったから」

「だったら最初から聞きなさいよね! まったくもう、余計な時間使っちゃったじゃないの。貸しなさい」


 女王様はようやく机から降りてイスに座り、僕からペンを奪った。かと思うと、素早く手を動かして、ものの十五分程度でリストを書き上げてしまった。


「あ、ありがとう、美夜ちゃん」

「ふんっ」


 女王様は鼻を鳴らし、ツンとそっぽを向いた。


「やっぱり律はトロくて使えないわね。私の貴重な時間を一時間も奪うだなんて」

「でも、もともと美夜ちゃんの仕事だし、結果的には……」

「だからっ、あなたが最初から私に素直に甘えていれば、こんな手間はかからなかったのよ!」


 女王様は頬を赤く染めて怒鳴ると、僕に紙を押し返してきた。


「とにかく! これを先生のところにさっさと持っていきなさい。あなたでもそれぐらいはできるでしょっ」

「……はい」


 僕はうなだれて、紙を手に教室を出た。職員室に向かう道すがら、ふとさっきの女王様の言葉を思い出す。

 最初から素直に甘えていればって……。あれはどういう意味だったんだろう?




 担任にできあがったリストを渡して、僕は早々に教室に戻った。今日は女王様をたくさん怒らせたようだから、その埋め合わせをしないといけない。

 教室にはまだ明かりがついていて、やっぱり女王様は、再び机の上に座り直していた。どこかご機嫌な様子だ。珍しく口元が綻んでいるし、鼻歌を歌っている。ああしていると、普段は気位の高い女王様も、ごく普通の可愛らしい女子高生だ。

 けれど、僕が戻ったことに気づくと、途端にいつもの女王様の顔に戻った。


「遅い! 待ちくたびれたわ」

「ごめん」

「まったく、あなたがあんまり遅いもんだから、私自分でこれを買いにいっちゃったじゃない」


 そういって彼女が見せたのは、二本のコーヒー缶。ひとつは、彼女お気に入りのショーシアのブラックコーヒー。だけどもうひとつは……。


「あれ? それ、砂糖入ってるよね? 美夜ちゃん、砂糖の入ってるコーヒーは嫌いじゃ……」


 そう、女王様は甘党のくせに、なぜかコーヒーはブラックだ。それもショーシアのしか飲まない。だから僕は昼間、それを二本購入した。なのに女王様からお叱りを受けた。

 僕が疑問をそのまま口にすると、女王様の頬に朱がさした。


「あなた、本当にバカ!? 私とあなた二人っきりなのに、どうして私が一人でコーヒーを飲むのよ! 昼間いったことをもう忘れたの?」

「で、でも……」

「でもなに? この私がわざわざ買ってきたものを飲めないってわけ?」

「えっ、これ僕の?」


 驚いて聞き返すと、女王様はますます顔を赤くさせた。これは相当お怒りだ。


「そんなの聞かなくたってわかるでしょ!? わかりなさいよ!」

「えーと、ごめんなさい」

「ごめんじゃないのよ、バカ! ていうかいつまで私に持たせてる気なの、早く取りなさいよ」

「あ、うん」


 よく見れば、それは僕が一番好きなメーカーのものだった。僕は女王様と違って、コーヒーはやや甘めのものしか飲めないんだ。


「あの、ありがとう、美夜ちゃん……」

「ふんっ、別に私は、一人で飲むのはつまらないと思っただけよ。律が喜ぶ顔なんて、ぜーんぜん想像してないんだから!」


 女王様はそう告げると、僕に自分の缶も差し出してきた。プルタブを開けろという意味だ。おとなしく開けてあげれば、彼女は満足そうに缶を煽る。喉がこくりと動く様は、どこか官能的だ。

 思わずじっと見つめてしまったせいか、女王様は横目でじろりと睨んできた。


「なによ?」

「な、なんでもないよ」


 慌ててごまかしたけど、女王様にはお見通しのようだ。真っ赤な唇をにやりとさせて、僕の顎をつかんだ。


「正直にいいなさいよ。私に見惚れてたんでしょう?」


 間近で見る女王様の顔は、確かにとても美しい。浮かべる笑みはどこか蠱惑的で、身体の奥がぞわりとする。クスクスと女王様の笑う声が響いた。


「そうよね、律。さっきだって、ずっと私の脚を見ていたもの。生意気にあなたも男になったのね」


 バレていたのか、と僕は身体を縮こまらせた。彼女から怒号が飛んできてもおかしくない。

 ところが予想に反し、彼女は穏やかだった。ほうっ、と女王様は息をついた。その仕種すらも艶めかしい。


「ねえ、律。もっと見たい?」

「えっ……え?」

「上手におねだりしたら、見せてあげてもいいわよ? なんなら……全部」


 最後の言葉は、耳元で囁かれた。ビクッと反応する僕を笑う彼女はどこまでも小悪魔で、僕は身体中が沸騰したのではないかというぐらい熱くなった。


「ぼ、僕は別にっ、みみみ見たいなんて……」

「……思ってないの?」

「思ってないよ!」

「そう。ふーん」


 途端に女王様はまたブスっとした顔に戻った。


「律、メガネを取って」


 急な命令に、僕はまたしても驚いた。


「でも美夜ちゃんが、メガネは絶対に取るなって……」

「私が取れっていったらいいの。早く」


 女王様は僕の顎をつかんでいた手を離した。僕は仕方なく、彼女の命令でかけている伊達メガネを外した。


「これでいい?」

「そのまま動かないでて」


 女王様は囁くようにいい、そっと僕の長い前髪に触れた。今まで薄いカーテン越しに見つめていた女王様の顔が、目前にクリアにさらされる。

 彼女は、やっぱり美人だ。小さい頃から一番傍で見てきた僕がいうんだ、間違いない。でも彼女は僕を、使えないただの下僕としか思っていない。下僕は所詮、下僕のままだ。女王様とは釣り合わない。そのことになぜか、胸がちくりと痛んだ。


 お互いの息がかかりそうな距離感で、長いこと女王様は、僕の顔を見つめていた。僕も魔法にかけられたように、彼女の瞳から目をそらせない。昔から、彼女の瞳が好きだった。まっすぐで意志が強くて、なにもかも見透かされそうになる。僕のこの、(よこしま)な思いさえも。


 女王様は、どこか恍惚としたように微笑んだ。その笑顔は破壊的に愛らしく、魅惑的だった。形のいい唇から、うっとりするような声が漏れてくる。


「やっぱりキレイな目……」

「えっ、なに?」

「ヘ、あ……。な、なんでもないわ!」


 彼女は慌てたようにいうと、さっと僕の前髪をおろした。また僕の視界に薄いカーテンがしかれる。


 僕がメガネをかけていると、女王様はすでに立ち上がって帰り支度をはじめていた。


「り、律がのろまだから暗くなっちゃったわ。責任取りなさいよね」


 もはや口癖のように、彼女はその言葉を口にする。僕は首をかしげた。


「うーんと……。バス代払えばいいかな?」

「なんでそうなるのよ!」


 女王様はやはり、僕の答えでは不服なようだ。駅に早く着くようにと思っていったのに。じゃあどうしろというのだろう。

 悩む僕に、女王様は呆れたようにため息をついた。それから、まるで幼稚園児に1+1は2なのだと教えるように、優しく説いた。


「あのね、律。普通こんな暗い中、年頃の女の子を一人で歩かせていいと思ってるの?」

「だからバスで……」

「そうじゃない! そうじゃなくって……。そういう場合は、男の方から、女の子にいってあげるべき言葉があるでしょ」


 言葉? いつもよりヒントを出してもらっているものの、やっぱり女王様の思考はいまいちピンとこない。


「えーと……。暗くなってごめんね?」

「違う!」

「……申し訳ございませんでした」

「謝罪の仕方じゃないわよ、もう!」


 女王様は焦れたようにつま先をパタパタ鳴らした。


「今日のところはいいわ。とにかく律、私のカバン持ちなさい」


 こうなったら絶対に逆らわない方がいい。僕はおとなしくうなずいた。


「はい」

「それから私を、家まで送り届けること」

「はい」

「今日はパパが早く帰ってくるから、きちんと挨拶をして夕食も一緒に食べる。よくって?」

「はい。……え?」

「決まりね。ほら、早くしなさいよ」


 いや、待ってくれ。今最後の方に結構とんでもない命令が潜んでいたような……。

 しかし女王様は一睨みで、僕に言葉を飲みこませる。


「はいって、いったわよね?」

「……はい」

「男に二言は許されないわよ。パパは私が男の子を連れてったらなにかいうかもしれないけど、とにかくあなたはこういえばいいの」


 女王様はビシッと人差し指を立て、華麗に告げた。


「「僕はずっとお嬢さんを大切にします」ってね」

「それじゃあまるで、プロ――」

「命令よ」

「……わかりました」


 半分うなだれながらうなずく僕に、女王様は満足そうに笑う。その笑顔はやっぱり、ハッとするほど美しい。


 そうして結局、下僕()くんは、女王様(愛しの人)には逆らえない。






 学校の女王、小鳥遊美夜は、通称下僕くんの松永律にベタ惚れである。それはクラスのみならず、学校中の知るところであった。知らぬは当の下僕くんばかり。


 小鳥遊美夜はいわゆるツンデレである。もはやツンが強すぎて、どこがデレなのかもわからない。だが、ツンデレなのである。ツンデレといったらツンデレなのだ。大事なことなので三回いった。


 いつも前髪で顔を隠している下僕くんは、気づいてないのであろう。小鳥遊美夜が彼を見る時、いつもうっとりとした表情であることを。下僕くんの困った顔見たさに、無茶な命令を繰り返していることを。下僕くんの焦った様子愛しさに、挑発的な仕種をしていることを。メガネを外した彼の整った素顔を独り占めしたくて、わざと隠していることを。彼女のワガママの裏には、常にものすごくわかりにくい彼女の愛情があることを。


 人よりちょこっと鈍感で不器用な下僕くんは、そうとは知らずに小鳥遊美夜の恋心をかき乱す。女王様が、下僕の自分に恋をしているなんて、これっぽっちも気づいていないのだから。女王様は女王様で、自分の方から告白するのは己のプライドが許さない。


 だから今日も女王様は、下僕くんに命令をする。下僕くんへの恋心を、周囲にのみだだもれにさせながら。いつか鈍感で奥手な下僕くんの方から、自分に愛を告げてくれると信じて。

 下僕くんは下僕を卒業したいと思いつつ、結局は女王様のもとへ戻っていく。下僕の自分がいるべきところは、やっぱり女王様のお膝元しかないのだと。


 どこからどう見ても両想いなのに、下僕くんの低すぎる自己肯定感と、女王様の拗れに拗れた乙女心によりまったく進展がない。傍から見ていれば、本当に厄介すぎるカップルだ。


「ねえ律、もうすぐ十八よね?」

「そうだけど……」

「十八になると、あれができるようになるわよね」

「あれ?」

「そう、あれ!」

「あれってなんだっけ」

「あれったらあれよ! ほら、あるでしょ。大事なやつが」

「大事なやつ?」

「そう! とっても大事なあれ!」

「んーと……」

「だからほら、紙に名前を書いて……」

「紙……ああ、選挙?」

「は?」

「そっかぁ、もう十八で選挙権がもらえるんだった。忘れてたよ。美夜ちゃんありがとう……美夜ちゃん?」


 どこまでも天然で鈍感な下僕くんは、女王様の超遠回しな逆プロポーズにも気づかない。彼女が羞恥と微かな怒りで、ぷるぷる震えていることも。


「あ、あんたはどこまでバカなの! 私にここまでいわせておきながら……っ」

「み、美夜ちゃん……?」

「もう知らないわよっ! 律なんか、律なんか……っ。わああああんっ!!」

「えっ、ちょ……っ」


 若干初恋を拗らせ気味な女王様は、戸惑う下僕くんを置いて駆けていく。下僕くんは一体なにが彼女を怒らせたのかわからないまま、そのあとを追いかける。


 そんなこんなで女王様も、下僕くんには逆らえない?




なんとなく登場人物紹介


・松永律

 一応本作の主人公。通称下僕くん。小学生の頃から美夜に下僕認定され、以来ずっと美夜に逆らえない。

 天然で鈍感。女心にはひと際疎く、美夜をかなりやきもきさせている。だがそれは、ずっと美夜の下僕として育ってきた弊害でもある。

 小さい頃はチビで遠視がひどく、分厚いメガネをかけていた。大きくなるにつれて治るも、美夜の命令で伊達メガネをかけている。長い前髪に隠れているが、実は美少年。


・小鳥遊美夜

 本作ヒロイン。大人びた容姿と色気を併せ持つ、生粋の女王様。プライドも高く、その分初恋が拗れた可哀想な子。

 小学生の頃、気まぐれでいじめられっ子の律を助ける。その後、健気に自分を慕う律に徐々に絆されていく。今では律にベタ惚れ。

 鈍感な律にしょっちゅう発破をかけているが、遠回しすぎて気づかれない。ツンデレだがツンが強すぎて、律にはまったく伝わっていない。



ここまでお読みくださり、ありがとうございました<(_ _)>

評価・感想などお待ちしております。


usaの拙い小説を読んでくださった皆様に、心からの感謝を込めて(*'ω')ノ



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― 新着の感想 ―
[良い点] これはいいツンデレ 続き読んできます [一言] 皆に知られているなら会話に割り込んできた彼はいったい…… ただのドMかな?w
[気になる点] 下僕くんは女王様に逆えない ・・・? 送り仮名違くね?わざと? 本文の中のは逆らえないにちゃんとなってたし。 [一言] 続きが読みたい
[良い点] 甘~! あとちょっとほろ苦い。 作中の缶コーヒーがほどよく暗喩っぽい。 文章が読みやすくてきれい。 引っかからずスルスルと情景が入ってきます。 [一言] この二人の続き、読んでみたいで…
2018/02/04 13:29 通りすがり
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