サポーター兼オペレーター
第三予備棟で出会った眼鏡の少女、伊予理は、偶然にそこを通った忍に興味を抱く。そんな彼女の能力を知った忍は、彼女にある提案を持ちかける――。
オペレーター、およびサポーターとは、どちらも後援者のことである。たとえばひとりの生徒Aにオペレーターとサポーターがひとりずついたとしよう。生徒Aが別の生徒Bと戦うことになったとき、サポーターがその生徒Bの情報をできる限り多く収集し、オペレーターがそれを元に作戦を立てる。そしてその作戦通りに生徒Aが動く、というわけだ。全校生徒の中でも、オペレーターもしくはサポーターを持つ生徒は三割といないが、もしいれば戦況は有利に動きやすい。そのため、生徒は血眼になって自分専属のオペレーターないしはサポーターを探す。
――そうそうその素質があるものはいないが。
「……マジっスか。」
「マジだ。」
「……まじ。」
キーン、コーン、カーン、コーン……。
「……授業、っスよ。」
「さぼる……寝る。」
こてん、と希は忍の頭を枕にして、丸まり眠ってしまった。
「だ、そうだ。」
「いやいや、おにゃのこ預かりますよ。えぇっと、マレさん、でしたっけ?」
「わりぃな。でも俺はマレのそばにずっといるんだ。」
「なにそれ。何スかその生涯伴侶宣言! やっべっぞ! ムハーッ! ゴフッ。」
幾分強めのジャブ。
「な、何でっスか。そんな大事な人なんスか?」
「まぁな。私的な優先順位の頂点にいるくらいには。」
「……マジっスか。」
「んじゃあ、こっちからも条件っス。」
忍と希の自室に場所を移動させ、希をベッドに寝かしつけると、忍は伊予理にミルクティーを出し、ちゃぶ台をはさんで向かいに腰を下ろした。
「なんだ?」
「センパイ。私を守ってください。」
「え?」
「何があっても。……私は過去が過去ですから。少し他の人というのが信じられなくて。センパイ方は悪い人じゃないってすぐわかるんですが。……”眼”で。でも……。私に危害が及ぶとわかったら、私を守ってくれませんか?」
真面目な表情で、伊予理は条件を提示した。
「……わかった。俺はマレとイヨリを守る盾となり剣となろう。マレとイヨリに害為す諸悪あらば、何時でも馳せ参じ、これを打ち砕こう。」
「ぷぷ。何スか、その騎士みたいな宣誓。」
「……みぃ……つかし……。」
もぞもぞと寝言を言いながら寝返りを打つ希。
「……今、『懐かしい』って言ったっスか?」
「よく聞き取れたな。今の宣誓は希と初めて会った日の次の日に希にもやったものだからかな。」
「そういえばセンパイとマレさんってどーゆー関係なごう゛ぁっ!」
親指を握りこぶしの人差し指と中指の間から出すジェスチャーを忍に向けた伊予理は、高く(天井すれすれまで)宙を舞った。
「何スか何スか! 私、まだ何も言ってないっス! 暴力反対っス! センパイのような人がデスポティックな考えを持つんス!」
「俺とマレは……いわば騎士と姫だな。主従関係と言って間違いではない。」
「スルーっスかそうっスか。」
「それと言ってなかったな。俺は――の能力者で、マレは玉兎の能力者だ。」
「ウソひとつ発見。」
その言葉に、忍は驚き、伊予理を睨んだ。伊予理はにやにやと笑みを浮かべ。
「センパイは能力者ではありません。しかし非能力者でもない。人工……能力者、っスか。」
「な!?」
「ん。」
二人分の驚愕の声があがる。そんな二人を相変わらずにやけながら眺める伊予理は、かけていた黒縁の丸眼鏡を指で叩いた。すると、叩いた場所から、眼鏡はみるみるうちに緑色に染まっていった。
「私の能力はこれまたレアな”駒なし”、正式名称は『オールレディスタート』っス。」
深緑色に染まりきった眼鏡をくいと動かし、通告する。
「私に嘘や隠し事は一切通用しません。いじめられた原因はコレです。」
「読心術……?」
「いえ、見つめた物質や事象の完全情報解析です。」
「……お前に能力を隠さなくてもよかった、ってことか? じゃあ、何で能力の開示の時、俺たちに……。」
「はい、質問終わりっス。私はもう正式にお二人のサポーター兼オペレーターっスよ。疑がいっこなしっス!」
「……。」
「で、センパイ。話は変わりますが、昨日マレさんがとっておいたせんべい、全部食べちゃいましたね?」
ぴきぃっ。
忍には、はっきりと聞こえた。空気が割れる、その音が。
「シノブ、本当? だとしたら私、絶対許したくないんだけどな。」
「えっ!? マレさんが饒舌になってる!」
「すんませんすんません! 本ッッ当すんません! 許してください何でもします!」
「えっ!? 聞きようによってはかなりアブナイせりふがセンパイの口から出た!」
伊予理は、平身低頭する忍、その忍を冷たく見下ろす希を見て思った。私はずいぶんと厄介なオーナーを持ったのでは――と。