その手の中
巴桜でもきっての『キチガイ』、跡田正輝にその過眠症ゆえに苦戦する希。そんななか、ついに正輝の凶刃が希を地獄のような苦痛に誘う。忍はそれに耐えきれず、その能力を発動。「1600万度の火炎、耐えられるものなら耐えてみろ!」しかしその炎は、五年前の事件で1000人を超える死傷者を出した、罪の権化だった。数多くの生徒からのブーイングに、忍はショックで倒れ込んでしまった。
俺は昔から人に嫌われることが何より怖かった。だから、この能力だってずっとひた隠しに隠してきたんだ。なのに、俺はなんてバカだったんだろう。暗い意識の深部で、俺は独りごちた。マレを助けることだけに気を取られて、五年間ずっと隠し通してきた神の火をああもたやすく露呈させてしまうなんて……。
「シノブ。起きてる?」
「……マレ。」
その暗い意識の中で、ふとマレの声が届いた。マレの能力を構成するチカラのひとつ、『意識内潜入』だ。
「この状態に起きてるも何もあるかよ。」
いつのまにか、辺りは月光の降る草原で、マレは俺の隣に腰を下ろしていた。
「また、この景色か。」
「これが一番話しやすいからね。」
そよそよと弱く優しい微風の吹く草原で、俺もマレも、しばらく黙って月を眺めていた。俺が口を開いたのは、かなり時間がたってからだった。
「おじゃんだ。」
「……。」
「何もかも。人に嫌われたくない一心で隠し通してきたのに。あんな一時の感情で。」
「なぁよ。みんな、俺のこと、なんて言ってた?」
「どうせ俺が寝てんのは一日二日じゃきかねぇんだろ?」
「みんな……シノブに怒ってた。」
「やっぱな!はは、やっぱな……。」
「この裏切り者! みたいな感じだろ?」
「うん……。信じてたこっちがバカだったって……。」
「みんな……手のひらを返したみたいに……。」
「みんな……ずっと、友達だったのに。」
「シノブが悪いわけじゃないって、どうやったらわかるかな?」
「お前も我慢しなくていいんだぜ?」
「俺を恨んでくれよ。」
「その方が気が楽だぜ。」
「嘘つき!」
ふいに、希は叫んだ。
「嘘だよ。心の中では泣いてるくせに。」
「恨んでほしかったら私にもその能力隠してるでしょ!」
「嘘は言わないで。」
「悲しかったら……私に言って。」
「味方だから。」
「シノブの、味方だから。」
「はは、なんだよ、味方って……。」
「そういうこと……言わないでくれよ……。」
ふいに、忍は泣き叫んだ。
「全部っ! 全部なくなった!」
「ずっと! 友達に恨んでほしくなかったから!」
「ずっと隠してたのに!」
「一時の感情で!」
「全部……手の中から落ちていった!」
「友達も! 信頼も! 何もかも! 全部落ちてった!」
「どうして俺はこんな力を得てしまったんだ!」
「駒が開発されたのも、俺が原因なのに!」
「みんなに制限をかけてしまったのは俺なのに!」
めちゃくちゃに、泣き叫んだ。
「よかったね。」
「……え?」
「ここが、かけ算や割り算のない世界で、よかったね。」
希は微笑みながら、そう言って忍の髪をそっと撫でた。
「ここは、負の数が存在しない、足し算引き算の世界。ゼロより下はないんだよ。よかったね。あとは増やすだけだよ。」
「……。」
「言ったよね?私はシノブの味方。サクラちゃんも、ショーマくんも。みんな、シノブの味方。」
「サクラも、トドロキも……。」
「たとえ他人からシノブとの関わりを切られそうになっても、絶対切らない。切れない。それが守られる側の覚悟。そうでしょ?私の孤独な騎士さん。」
「行こう?学校に。」
巴桜中央闘技場、VIP席。ひとりの青年が、なにもない客席を眺めながら愉快げに呟いた。
「あぁ、面白い。実に面白いよ。彼は参加させるべきだ。」
「天城様。理事副長がお待ちです。」
少女のような声音と外見の少年に促され、天城と呼ばれた青年は、手元のタブレットで流していた動画を止め、立ち上がった。そこに映っていたのは、忍の投げ技、<愛宕の紅炎>。
「今川忍くん。君の神の火がまた見たい!待っているよ・・・・・・!」
手中で、チェスには存在しない白色の駒を弄りながら、天城は背後にいた少年と、それとは別の少年、青年、少女を連れてVIP席をあとにした。