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あゝ憎むべき紅炎の騎士  作者: 和泉キョーカ
校内大会編
3/24

ヒトゴロシ

 巴桜五祭が第一、雑兵祭開幕。そんな中、『華胥の剣姫』鹿毛井希は、中等部三年、『キチガイ』と名高い跡田正輝と予選でぶつかることになった。

 跡田というのは、中等部三年のいわゆる『やばい奴』らしい……。しかし私、鹿毛井希はいつも通り、黒色のポーンのチェス駒を取り出し、何も考えずそれを地に叩きつけ、文言を紡ぐ。

「ポーン……解放。」

 地に落ちたポーン駒を起点に、紫色の炎が巻き上がり、私を包み込んだ。この炎は能力による身体強化と身体能力を飛躍的に上昇させる力を解放させ、現実の体と能力の力でできた体を入れ替える。このおかげで、生徒たちは校内でなら即死の技を受けても力を解放さえしていれば現実の体には何も損傷はない。さらに駒が封印しているのは能力者の身体能力だけではない。最後に地面から生えるように飛び出てきたのは、剣の柄。私はそれを掴み、思い切り引き抜いた。それは、刃渡り二メートルを超える大剣。剣先は長方形になっていて、さながら巨大な直定規を担いでいるようだ。それを肩に担いだとき、初めて私は跡田が同じく身体強化を終えているのに気づいた。何がおかしいのか、先程からずっとにやけている。武器は枝切りばさみのような物。

「はじめっ!」

 審判の声がかかっても、跡田はゆらゆらと微動するだけで、一歩も動こうとしない。何を考えているんだろう。

(早く終わらせて寝たい……。)

 そんなことを考えたからか、私の脳に睡魔が襲ってきた。

(しまった……。)

 後悔の念が頭をよぎったとき、一陣の風が眼前から吹いた。見えたのは、白銀に光る刃。私は覚醒している神経の全てを使って、大剣の腹でそれを食い止めた。

「こんにちは、『華胥の剣姫』……かげい、まれさん。」

 顔と顔がくっつくかという至近距離でそう囁く跡田。その瞳には、黒々と渦巻く奇妙な物が揺れていた。いつか忍の瞳にも浮かんでいたそれ・・。五年前、初めて忍に出会ったときに見たそれは――。

狂気。

 跡田の歪にゆがんだ口の端から、狂気に満ちた言葉が漏れる。

「君はどれほど強いのかな? 巴桜が自慢するような強さを持っているんでしょ?」

 それは完全に目が覚めているときの話。そんなの、一年に一回あるかどうか・・・。無言の返事に、跡田は何を納得したのか、首がもげるのではと言うほど激しく首を上下に振り、うなずくと、ハサミの刃を開いた。彼が大剣の腹を蹴って後退し、開いた刃を私へと突き出してくる。

「僕は跡田正輝。蟹の能力者さ! それじゃあ正々堂々・・・・勝負だよっ、まれさん! <笹蟹の巣網>!」

 跡田が叫ぶと、私の足に何かが絡みついた。そのせいで、身動きに支障が生じる。というより、私は一歩も動けなくなった。笹蟹って……。

「……それはっ……! 蟹じゃ、ない、でしょっ……!」

「はは! やっと喋ってくれたやぁ!」

 私はやっとの思いで足に絡みついた粘着質の糸を破り、跡田の刃をすんでの所で躱した。しかし、彼はそんなことで終わるような男ではない。そう考え、なんとかして対策を立てようとするも、私の脳は既に睡眠モードに入っていた。一つ一つの動きが、自分でもよくわかるほど愚鈍になっている。私は大剣を自らの足の甲に突き立て、なんとか目を覚まそうとする。しかし、そこに、跡田が猛スピードで迫ってきて――。


 闘技場に、希の悲鳴がこだました。正輝が、そのハサミで希の右手人差し指を切断したのだ。さらに、先程の粘着質のトラップ系の技で四肢を固定し、次々に親指、中指、薬指……と切断していき、そのたびに希が悲鳴を上げ、そのたびに正輝が高笑いする。能力によって生み出される余剰エネルギーを人体の機能として構築させることができる機構が地中に埋め込まれた巴桜の中では、いくら重傷を負っても、余剰エネルギーを放散させることによって無傷の生身の体に戻る。しかし、痛覚がなくなるわけではないのだ。しかも、この試合はどちらかが気絶するまで続く。希がこのままその強靱な精神を以て正輝の拷問に耐え続ければ、いつか希はショック死してしまう。

「だからアイツと当たるのは勘弁なんや……!」

 将真も桜も、苦虫を噛み潰したような表情で試合を見守る。正輝は尚も凶行を続け、希の悲鳴は止まるところを知らない。そしてその刃が足の指に向けられたとき。観客席から、雄叫びを上げながら飛び降りる者がいた。

「いい加減にしゃあがれッ!」

「今川!」

「お兄ちゃん!?」

 もちろん、忍だった。彼は懐から黒色のポーン駒を取り出すと、それを空高く投げ上げた。

「ポーン……解放!このひとでなしが――許さねぇっ!!」

 正輝も忍の乱入は予期していなかったのか、驚愕の面持ちで振り返った。その眼に、紅の炎が映る。

「<愛宕の紅炎>!」

 正輝の両のこめかみを炎を纏った拳で掴み、大きく放り上げる。

「1600万度の火炎、耐えられるものなら耐えてみろ!」

 正輝は苦痛に叫びながら、上空で燃え尽きた。だがすぐに、紫色の炎と共に出現し、地に落ちて動かなくなった。しかし審判もどうすることもできず、引き分けの旗をあげようとしたとき。

「ひ、人殺し!」

 そんな、女子生徒の悲鳴が忍の耳に届き、彼はその場で硬直した。

「俺も見たぞ、さっきの紅炎! 親父を返せ!」

「兄貴を返しやがれ! どっちがひとでなしだ!」

「姉さんを返してよぉ!」

 忍の脳内で、ひとつのことばが繰り返され、忍の身はガクガクと震え始めた。


ヒトゴロシ。ヒトゴロシ。ヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシヒトゴロシ――――。


「う……ぁ。」

 そのまま膝をつくと、地面に激しく嘔吐し、頭の中で響き渡る五文字と観客席からの怨嗟のブーイングの中で、意識を失った。


「……何があったんや。」

 忍が休んでいる、忍と希の部屋で、将真は桜に問うた。桜はちらりと眠る忍の顔を覗き、それからうつむきがちに告白した。

「お兄ちゃんは……人を殺してしまったの。」

「なるほどな。それであのブーイングかいな。」

「……そう。それも、ひとりふたりじゃないの。」

 そこで息をつくと、もう一度兄が寝ていることを確認し、その数を告げる。

「死者、1563名。重軽傷、822名。」

「な……!?」

 将真も、その数に絶句した。

「ねぇ、轟先輩は覚えてるかな……五年前の、湾岸部で起きた。」

「超大規模火災事件か……? まさか……いや、せやけどその数、見覚えがあるで! 確かその時の……!」

「そう。あれは表向きただの事故と言われているけど、本当は……。そして、あのときブーイングを浴びせてきた人たちは、あの現場にいた人たち。多分……重軽傷者のうちのひとりとか。だと、思う。」

「私の両親……それと、弟、も……シノブに、殺された。」

 希はそう言って、制服の肩をはだけた。そこにあったのは、消えずに残った、生々しい火傷の跡。

「私も……重軽傷者のうちの、ひとり。」

「そんな……。」

 将真はただ愕然とし、希の傷跡をまじまじと見つめた。

「これを……今川が?」

「うん。あんまり詳しく話すと『とある場所』から“消されちゃう”から言えないけど、これだけは。お兄ちゃんは、神の火を使う。そして……。」

 桜は悲しげに希の傷に触れると、悔しそうに、そして辛そうに言った。

「能力にまつわる人体実験の……失敗作。それが、お兄ちゃん。」


<はっはっは! なんとも間抜けた姿よな? 小童! それこそが咎人に与えられるべき真の姿よ!>

 忍の頭の中では、幼い女児のきゃらきゃらした声がずっと響いていた。

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