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あゝ憎むべき紅炎の騎士  作者: 和泉キョーカ
校内大会編
1/24

華胥の剣姫

「私は君を倒さなきゃいけない。倒すまでは・・・」



 五月のよく晴れた朝。青年は時刻を確かめ、カーテンを開け放った。麗らかな陽光が、青年の立つ部屋にいっぱいに広がる。その眩しさに目を細め、青年は振り向く。そこには、学生服のまま眠る、幼い容姿の少女がいた。ベッドの中で寝息を立てる彼女に、青年はその細いがしっかりと筋肉のついた腕を振り上げ――。


べちんっ。


「ふきゃっ!」

「起きろよマレ。今日こそは学校に行ってもらうぞ.」

「んぁ・・・あと50分寝させて……。」

「ばっちりさぼるつもりだな。」

 その神々しい銀の髪に壮絶なビンタを振り下ろし、青年は少女を起こした。少女は日光の眩さに目を押さえ、ごろごろと悶え転がる。

「うぁー。めが、めがー。」

「それ、起きた起きた!」

 青年は少女の腕を掴んで持ち上げ、洋服箪笥の前まで引きずってくる。少女はふらつく足のまま洋服箪笥を開き、制服を整える。青年もワイシャツの上からブレザーに腕を通し、玄関のドアを開け放つ。

「行くぜ。マレ、今年もお前を待つ噛ませ犬がたくさんいる!」


 この時代になって存在が確認された、この世界とは別の世界から現れたのは、これもまた人類が思いもしていなかった、異形の怪物だった。この怪物に対抗するため、人類が数百年の時をかけ編み出した答えが、能力者なんて呼ばれる、少し前の時代なら『厨二病』と呼ばれる精神病者が名乗っていた者たちだった。世界を駆け、舞い、創り、進む獣たちの力を手にした彼らの手によって、世界は一時の平安を手にした。そして、それは設立された。あの惨劇がまた繰り返されぬように。巴桜特殊戦闘学園。またいつか、怪物たちが人間を蹂躙しようとするその日まで、子々孫々、能力の扱い方を伝授していく学術機関だ。


 そして、『華胥の剣姫』といえば、巴桜で知らぬ者などいない、最強と謳われる剣士だ。その名は、彼女の性質による。

「はい、じゃあここ――鹿毛井。」

「ふゃっ!?」

 『華胥の剣姫』こと、鹿毛井希かげいまれは、その言葉に跳ね起きた。しかし、ずっと居眠りをしていたわけだから、国語教師が質問した問題の解答など、わかるわけがない。彼女は、その異名通り、極度の過眠症だ。美少女の希が眠る姿はさながら眠り姫といった具合で、クラスメイトからは絶大な人気を誇っている。

「せんせー鹿毛井さん当てるとかサイテー。」

「ひとでなしー。」

「鹿毛井だって生徒なんだ。居眠りは許さん。」

 国語教師はそう言って、教科書で肩を小刻みに叩き、希に答えることを促す。しかし、希はふらふらと頭を揺らし、また大きな音を立てて机に突っ伏した。希は、眠気が襲ってくると、抵抗もせずその場で崩れ落ちる。国語教師とてその光景は何度も見ている。だからこそ、彼はため息をつき、隣に座って希が寒がらないようにブレザーをその背に掛ける青年に目線を移した。

「じゃあ、今川。」

 彼は希の『お世話係』だとか『目覚まし時計』だとかと言われる“能力無登録”、今川忍いまがわしのぶ。忍はイスをゆっくりと引き、国語教師の問いに完璧な答えを出した。

「……正解。鹿毛井を起こしておけよ。」

「ありがとうございます。あと、もうこいつはあと三十分は起きませんよ。」

「ハァ……。」

 国語教師はまた電子ペンを手に取った。


「ん……よく寝た。」

 希はそう言って上体を大きく伸ばす。ちらりと見えた腹部に、クラスの男子たちがめざとく振り向く。しかし、その時にはもう忍が希のシャツをひっぱり、へそを隠した。

「きゃんっ!?」

「もうちょっと外聞を気にしろよ、お前は。」

「んー……シノブ、おべんと。」

 希はそう手を伸ばした。シノブはため息を一つ、かばんから二つ弁当箱を取り出し、そのうちひとつを希の手に乗せた。希は幸せそうにそぼろご飯を頬張りながら、そっと呟いた。

「平和だねぇ……。」

「あかん。それフラグって奴だ、マレさん。」

 そう、忍が希の口を塞ごうとしたとき。

『おっはよおおおござあああああいますっっっ!!!』

 女子学生の声が校内の各所スピーカーからはちきれんばかりに放たれた。

「ほら……。」

『どうもおおおおおお! お昼ご飯食べてた方はおそまつさまです! お昼寝中だった方はおはよおおおおおございますっ! 狼雀新聞部放送課長、安田美佳子です!』

 クラスの生徒たちが「なんだ?」「何か起きたの?」とざわめく中で、美佳子は高らかに宣言する。

『皆さん! 窓の外を見てみましょうっ! そお! 今日はっ! 久しぶりの生徒間決闘ですよっ!』

 その言葉に、ざわめいていた生徒たちが窓から顔を外に出す。その下では、グラウンドの上で、二人の生徒が相対していた。

「誰だ?」

「あ!あれ有島先輩じゃない!?」

「もう一人は誰だ? 女子だろアレ?」

 皆の疑問に答えるように、美佳子が告げる。

『今回は、“悪魔の遣い”今川桜いまがわさくらさんバアアァァァサスッッ! “見渡す瞳”有島大地ありしまだいちさんですっ!』

 その名を聞いた途端、忍は口に含めたミニハンバーグを喉に詰まらせそうになった。

「んぐっ!? ――あの、バカ……またか!」

「サクラちゃん……。」

 希がふらりと立ち上がり、窓の方にゆっくり歩いて行く。その希に、クラスメートは次々に道を開けていき、とうとう希は窓の真ん前までたどり着いた。その後ろから、げんなりした顔の忍も続く。グラウンドの上では、二人の生徒が懐やポケットから何かを取り出し、それを地面に叩きつけると、それぞれの体を、紫色の炎が包み込む。しかし、その炎がひとりでに消えた、そこには、何ら変わらない二人がいる。しかし、それぞれの手、足には、桜には大鎌が、大地には鋼色のブーツが存在していた。

『それでは、ここからは我らが狼雀新聞部放送課副長、三山公平みやまこうへい氏を解説に迎えて実況していきます! さてさて三山さん、この決闘、どう見ますか?』

 二人がぶつかり合う。桜の刃を、大地が足で食い止める。

『そうですね。巴桜は校風柄しょっちゅうこのように決闘があっても良いのですが、最近はありませんでした。やはり皆さん近い雑兵祭に向けて力を蓄えているのでしょうか。そんな中で始まったこの決闘、確かに戦闘の経験としては有島氏が優位と思われます。しかし、今川氏の方も……お兄様とは違って、中等部では随一の戦闘力を誇ります。これは最後まで結末はわからないでしょうね。』

「だってよ今川!」

「余計なお世話だ!」

 くるくると桜が宙を舞いながら、大鎌を縦横無尽に振るう。しかし、その一切が、大地の足によってはじかれてしまう。その時、桜に生まれた一瞬の隙を、大地の強烈な蹴りが滑り込むようにその腹部に決まった。

「!」

 希が短く悲鳴を上げたが、その目はいつも通り半開きだった。

『あぁっとここで有島選手が鋭く斬り込む!』

『蹴ってますけどね。』

 空高く吹き飛ばされた桜はだが、空で体勢を整え、大鎌を振り上げる。そして、叫んだ。

「それじゃあ……突然だけどフィナーレだよっ! <漆黒の悪夢>!!」

 大鎌が紫紺に輝き、大鎌から同じ色の光が波のように辺りに広がる。次の瞬間、大地の足下に大きな魔方陣が広がる。そこから植物のように生えてきたのは、骨と皮だけの真っ黒な腕だった。それが無数に、大地の足を掴んで、魔方陣の中に引きずり込む。大地が魔方陣の中に消えると、また地面の上に紫色の炎が揺らめき、気を失った大地が現れた。

『あぁっと! ここで有島選手が戦闘不能! よって! この決闘は今川選手の勝利となります!』

 と、窓から身を乗り出していた校内中の生徒が、わぁっと歓声と、絶叫と、怒号を上げた。希はと言えば、桜が鎌を光らせた辺りから彼女の勝利を確信していたのか、忍の腕の中で眠りこけていた。


 さて、では物語を始めよう。

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