向日葵の懐中時計
ひまり総合病院の入口に私たちは立っていた。ひまり総合病院はこの辺りで一番大きな病院で、私も小さい頃はよく風邪などで連れてこられていた。
「遥花ちゃんはここにいるんだよね?」
「そうだよ。ひまわりちゃん、心の準備大丈夫?」
笑いながらそう問いかけてくる。心の準備が整ったわけではないが、いつまでもこのまま動けなくなりそうだから頷くしかなかった。
「じゃあ行こっか。」
ひまり総合病院のロビーは驚くほどに広い。ここまで見渡したことがなかったので広さと人の多さに圧倒された。
「ひまわりちゃん大丈夫?こっちだよー!」
少し前にいた誠人が手を振っている。私は歩く速度を早めた。誠人は迷うことなく広い病院内を歩き回った。そして、気づけば遥花ちゃんの居るという病室の前についていた。
「この病室に遥花はいるよ。」
緊張は最高潮に達していた。果たして遥花ちゃんと上手く話せるのだろうか…。
「入るからね。」
私が頷くのを確認すると、誠人は病室の扉を軽くノックして開けた。
病室内は真っ白で、部屋の右側に一つだけベッドがあった。そこには女性が1人窓の外を眺めている。
「遥花、連れてきたよ。」
遥花と呼ばれたその女性はゆっくりこちらを見た。
「はじめまして。お話は常常誠人から聞いています、日向葵ちゃん。」
優しい透明感のある声だ。
「は、はじめまして、日向葵です。」
「葵ちゃんも誠人から聞いていると思うけど、内田遥花です。葵ちゃんに会ってみたかったんだぁ。」
そう言って薄い笑みを浮かべた。
写真で見た通りの美少女だ。私とは正反対だな…。
「まぁ立ってないで座って?」
遥花ちゃんの言葉に誠人は頷いて私を座るように促した。私はベッドの横にある椅子に腰を下ろす。その隣に誠人も座った。
「葵ちゃんが私に会いたがってるって誠人が言ってたんだけど、どうして?」
いきなり本題になるであろう話をふられてどきっとする。ここで冬樹君の名前を出したらどんな顔をするのだろう。
何故か、まだ冬樹君の話をすることに抵抗を感じていた。
「私の同級生がね、遥花ちゃんと昔知り合いだったみたいで。今どうしてるんだろうって気にしてたから!それに私も話聞いてるうちに気になってきちゃって」
嘘はついていない…よね?
「そうなんだー誰だろ。私もね、誠人が最近よく葵ちゃんの話をするようになってから気になってたの。」
私の苦しい言い訳、きっと怪しんだであろうハズなのに深く追求しないでくれる遥花ちゃんが私の何倍も大人に感じた。
「葵ちゃんが凄く優しそうな子で良かった。本当は少し怖かったんだぁ。」
「怖い?」
「だって私笑うの下手くそだし、話すのとかも得意じゃないし、学校だってずっと行けてないし。だからね他の子達みたいに腫れ物扱いしないかなって」
腫れ物…そんな扱いをされていたの?
私はちらっと誠人を見る。口元は笑っているがやはりどこか悲しそうだった。
「遥花ちゃん、どこか病気なの?」
私は病院にいる理由を聞いてみることにした。
「最初はね、ただのストレスが原因で入院することになったんだけど、調べているうちに稀な腫瘍が見つかっちゃって。治す方法もまだないの。」
ガンってことかな…。治す方法がないなんて、じゃあ遥花ちゃんはどうなっちゃうの?
「気になるって顔してる。多分、葵ちゃんが思った通りだよ。」
「私が思ったことなんて最低なことだから、多分当たってないよ。」
当たって欲しくない。それが本音。
「でも病気で治す方法がないなんて言ったら結果は一つしかないでしょ?」
どうして遥花ちゃんはこんなにも冷静で居られるのだろう。いつ何が起こるかわからない状態で…。
「遥花ちゃん、私と友達になろうよ。」
それが優位、私に出来ること。
それから私は何度も遥花ちゃんのいる病院に訪ねた。話すことなんて学校であったこととか、自分のこと。冬樹君のことは未だ触れられずにいた。
何度も言おうと思ったのに、いざ言おうと思うと引いてしまう。何故かわからないけれど、抑えきれない胸の苦しさに襲われる。
「…た、日向!」
名前を呼ばれて我に返る。私を心配そうに覗き込むのは冬樹君だ。
「冬樹君!?ど、どうしたの?」
斜め前の席から私の机に肘をついて覗き込む冬樹君の顔がいつもより近く感じて思わず声が裏返る。
驚く私をみて冬樹君は面白そうに笑っている。その笑顔が嬉しくて、私も笑顔になった。
「日向ってリアクションがいつもオーバーだから面白いよね。」
「それ。褒めてるのか貶してるのか分かんないよ。」
「褒め言葉だよ。」
そんな些細な言葉でも嬉しくてどうしょうもない気持ちになるんだ。
「今日さ、俺部活休みなんだけど寄り道してかない?」
嬉しさの上にさらに嬉しいが積み上がる。このまま積み上がりすぎて崩れてしまうんではないかと不安になるほどだ。
「したい!行きたい!」
本当は今日も遥花ちゃんに会いに行こうと思ってたけど、せっかくの冬樹君の誘いを断りたくはなかった。
「じゃあ俺が行きたいとこ連れ回そ。」
にやりと冬樹君が笑う。
「冬樹君が行きたいところとか想像つかない!」
「放課後のお楽しみだな。」
冬樹君の行きたいところ。全然わからないけど本当は一緒にいれるだけでいいなんて言えない。
放課後、私も委員会をサボって下駄箱で冬樹君を待った。「日向っ」
小走りに冬樹君が近づいてきた。いつもと違って部活道具を一切もっていない。
「おまたせ!少しだけ部室に用事あって。待った?」
息を切らせている冬樹君はきっと私のために急いでくれたんだと嬉しくなる。
「待ってないよ、むしろ嬉しい。」
「ん?嬉しいってなにが?」
「秘密ー。」
いつからだろう。見てるだけの冬樹君はいつの間にか誘い誘われる関係になった。
それがたまらなく幸せで、このままでもいいんじゃないかって思ってしまう。
目的地に着くまでの時間は本当に楽しくて、実際では30分以上かかっているのにそれがあっという間に感じた。
「ここ、俺が来たかったとこ。」
それは小さな雑貨屋さんだった。街並みにひっそりとある小洒落たお店は、今まであったことすら知らなかった。
「うわー…可愛い!!!!」
「ずっと来たかったんだけどさ。ほら、男1人で雑貨屋って入るのかなり勇気いるんだよ。」
「そっかぁ確かに女の子ばっかだし恥ずかしいよね」
それにしても、冬樹君が雑貨屋なんてなにか欲しいものでもあるのかな。
店内は外の雰囲気とはまた違ってレトロな感じだ。
冬樹君はキョロキョロしながらどんどん奥へ進んでいく。私もその後を店内見物しながら追いかけた。
「あった…。」
独り言であろう小さいつぶやき。冬樹君の足はそれから迷うことなく一つのエリアに向かった。
ズキン。
「やっと見つけた。」
冬樹君が手に取ったもの。それは向日葵模様の懐中時計だった。
「それって…。」
「ずっと遥花が欲しがってたやつ。誕生日に贈ろうとしたんだけど当時はもう販売中止しててさ。この間ネットで再販売してるって見ていても立ってもいられなかった。」
それはもう、嬉しそうに笑うんだ。
今まで見たこともないような笑顔で。