暖かい人
遥花ちゃんのことを知っているからと私の前に現れた『まこと』は男だった。一体何のつもりで女の振りなんて…
「初めまして、ひまわりちゃん。」
「…なんのつもり?」
なにが?と誠人は首をかしげる。完全に女だと思って油断していた。
「そんな怖い顔しないでよー。遥花のこと知りたいんだろ?」
余裕な笑みを浮かべて挑発をされている気分だった。
「まだ信じたわけじゃないから。」
「ひまわりちゃんってそんな子だったっけ?」
「それはこっちのセリフです!なんで男だって言ってくれなかったの!?」
男と分かっていればこんな必死に会いに行くこともなかったのに。
「だって、男だって言ったらどーせ来なかったんじゃない?」
考えていたことを見透かされたように的確に私の気持ちを読み取っていた。
「当たり前じゃない。これは遊びじゃないんだよ!必死に探してるんだから!」
その言葉を聞いた誠人は突然真剣な顔つきになった。
不意な表情にどきっとする。
「俺だって半端な気持ちでこんなことしてる訳じゃないんだよ。 本気で遥花を助けたいから女のフリしてまで会おうと思った。」
あれ、誠人って…。
「誠人、遥花ちゃんが好きなの?」
誠人が顔をそらした。あぁ、好きなんだ。
「誠人って分かりやすいね。」
笑いが込み上げてくる。さっきの不信感が少しだけ減ったようなきがした。
「遥花は笑わないし、あまり話さないけど、でもちゃんと心の優しい子なんだ。」
そんなの知ってる。冬樹君が好きになる人なんだからすごく素敵な人なんだって。
「遥花が1度だけ笑ってくれることがあったんだ。たまたま通りかかった向日葵畑を見た時、確かに遥花は笑ってた。その横顔が凄い綺麗で、でもどこか寂しげで俺が守らなきゃって思ったんだ。」
遥花ちゃんはいいな…守りたいって言ってくれる人が周りにどれだけいるというのだろう。少なくとも私の周りにそんな人はいないし、私自身守って貰ったこともない。だから、守られることに憧れを感じていた。
欲を言うならそれが冬樹君であって欲しい。
「誠人が遥花ちゃんを守りなよ。誠人なら遥花ちゃんを笑顔にできる。」
この言葉はきっと私のわがままでしかない。誠人に遥花ちゃんを押し付けようとしている自分がいる。
そんな自分が嫌で仕方ないのに、とまらない。
「私も守られたい。でも守ってくれる人はひとりでいいの。冬樹君がいいの。」
「ひまわりちゃん…。」
「なんで必死に遥花ちゃんを探してるのか分からない。遥花ちゃんをみつけちゃったら冬樹君はもっと遠くなることなんて分かってるのに!」
気がつけば気持ちの渦は大きな波へと変わって、私に押し寄せてきた。波は私の目から次々に流れ落ちた。我ながら相当不器用だと思う。
誠人は優しくて、遥花ちゃんが好きで。その気持ちに甘えて利用しようとしている。利用したところで冬樹君の気持ちが変わるわけではないのに…。
「ひまわりちゃん。」
そんな私を強く、誠人は抱きしめた。
「ひまわりちゃんは強いね。」
わからない。なんにも強くなんてない。むしろ弱すぎて今にも砕けてしまいそうなのに。
「ひまわりちゃんは強いよ。俺なんかよりよっぽど。
俺は、遥花に自分の気持ちを悟られるのが怖くて逃げ続けてる。」
「逃げてても、それでも助けようとしてるじゃない。よく遥花ちゃんのこと見てる。それだけでも充分だと思う。」それを聞いた誠人の表情が少しゆるむ。
「ひまわりちゃんには幸せになってもらいたい。俺、全力で応援するから。」
私を抱く誠人の腕の力がさらに強まった。それは痛かったけど同じぐらい心も熱くなった。
「ねぇひまわりちゃん。」
誠人が私から離れて、私の瞳をのぞき込む。
「遥花に会ってみない?」
熱かった心が一瞬にして飛び上がる。
遥花ちゃんに会う。探すからには覚悟できていたはずなのに心拍数は私の身体が動かなくなるくらいにまで上がっていた。
「遥花と直接あった方がいいと思うんだ。ひまわりちゃんなら大丈夫な気がする。」
「でも…遥花ちゃんになんて声をかければいいのか分からない。それにもしかしたら傷つけるようなことを言っちゃうかも。」
「それがひまわりちゃんの伝えたいことならきっと大丈夫。」
私がどれだけ必死に拒んでも、誠人は折れなかった。
そんな誠人に私の気持ちも変わってきた。少しだけ会ってみよう。
「分かった。やるだけやってみる。」
「さすがひまわりちゃん、早速遥花に少し連絡してみるね。」
そう言って誠人は携帯をチラつかせ、少しだけ私から離れた場所へ移動した。
待っている間はほんの3.4分、その時間が私には何十分まも待ったかのように長く感じていた。胸の高鳴りはいつまでも鳴り止まない。
「遥花と連絡とれたよ。少しだけならいいってさ。」
もうすぐあの遥花ちゃんに会えるんだ。冬樹君が会いたくて仕方がない遥花ちゃんに…。
「緊張してる?」
誠人が私の顔をのぞき込む。目が合ってまた見透かされている気分になった。でも今は誠人に気持ちを知ってもらえてるという安心感が大きくてホッとする。
「当たり前でしょ!でも、大丈夫だよ。」
「良かった、じゃあ行こうか。」
誠人は私の一歩前を歩く。誠人の一歩後ろを私が歩き続ける。頼りになる背中に思わず見惚れてしまった。
少し歩いてからバスに乗り込んだ。
「なんて声をかければいいかなぁ…。」
「遥花に?」
「もちろん。だって初対面だよ?それに感覚的には恋のライバルでもある訳だし…。」
「あぁ、確かにそうかー。」
そう言って笑った。
「とりあえず自己紹介でもしてみれば?」
「超適当!人事だと思って。」
「バレたかw」
誠人は凄く楽しそうに笑う。その笑顔を見てると私も楽しくなってくる。
「次はひまり総合病院前〜ひまり総合病院前です。お降りの際は…」
バスのアナウンスがあった。誠人はボタンを押す。
「あれ、病院前なの?」
「この病院に遥花はいるんだ。」
「え、怪我とかしたの!?」
私のといかけに少し微笑むだけで、誠人はそれ以上何も言わなかった。
ただまた誠人の一歩後ろを歩いてついて行くことしか私にはできなかった。