幸せな時間
遥花ちゃんを見つける。勢いで言ったものの、手がかりが何も無い。顔すら分からないのが現状で、どう探そうか…。
とりあえず私はSNSに書き込んでみることにした。
でもSNSに頼ったところでそう簡単には見つからないだろう。他に今の私にできること…。
「冬樹くん!」
「日向、何か用?」
「遥花ちゃんの好きなこととか、趣味とか色々教えて!」
なにか一つでも情報が欲しい。冬樹くんは遥花ちゃんのことを事細かに教えてくれた。時折泣きそうになる冬樹くんを見ているのは辛かった。
「遥花は昔から絵を書くのが好きで、暇さえあれば絵を描いてた。それから本を読むのも好き。でも身体を動かすのも好きだからよく散歩しながら本を読んでたよ。」
「遥花は結構気まぐれなところがある猫みたいな子だったんだ。何回かそれで喧嘩になったこともあったなぁ…。でも基本寂しがり屋だからすぐに向こうから謝ってきたよ。」
「遥花は要領がよくて、頭は良かった。テストではほぼ学年上位の常連だったしね。それでひがまれて嫌がらせとか受けたこともあったけど、結局俺が助ける前に自分で戦って謝らせてたよ。」
「遥花の好きな食べ物は牛丼の温玉のせ。細いくせに意外と肉食でさ、 一時期は好きすぎて毎日牛丼食べてた。」
私の知らない遥花ちゃんと冬樹くんの記憶。きっと毎日が幸せに満ち溢れていたに違いない。
そして、話から作られた遥花ちゃんのイメージ像は何をとっても完璧な女の子だった。私がないものを彼女はたくさん持っている。それが私は羨ましくて仕方なかった。
「…これぐらい話せば大丈夫?」
思い出すのが辛いのか、弱った笑顔を見せる冬樹くん。もう十分だよ。
「うん、たくさん教えてくれてありがとう。」
「..日向、これ。」冬樹くんは折りたたまれた携帯カバーのポケットか1枚の写真を渡してくれた。
そこにいたのは小学生ぐらいの男女。向日葵畑を背景に手を繋いで笑っている。
「これってもしかして…。」
「俺と遥花。少しでも役に立てるなら日向が持ってて。」
きっと冬樹くんにとってこの写真は相当大切なものだったに違いない。それを私になんか…。
もう一度写真をみる。冬樹くんは僅かながら面影が残っている。今と違って、格好いいというよりは可愛いと言った方が正解かもしれない。遥花ちゃんは長い髪を片手で抑えている。少し茶色みかかった細い髪に、くりっとした目。小学生には見えない大人っぽさを兼ね備えていた。
「ありがとう冬樹くん。絶対見つけるから。」
「あぁ、よろしくな。」
それから私は毎日授業が終わると写真を片手に色々な人に遥花ちゃんのことを尋ねて回った。駅前や公園、人がいそうなところは全て。
しかし、人探しは思った以上に困難だった。まず写真の中の時代と今では顔が違いすぎる。それにこんなに近くに居るとは限らない。むしろ近くに居る確率のが低いだろう。
それでも私は雨が降ろうと、風が強かろうと諦めず探し続けた。
その結果…
「あー、38度5分もある。今日は学校休んで寝てなさい。」
そう言いながら母親が私のおでこに熱冷まシートを貼ってくれた。
「午後までに熱が下がったら学校行ってもいい?」
こんなところでくたばっている暇はない。冬樹くんにだって会いたいし、遥花ちゃん搜索だってしたい。
「だーめ。ぶり返しでもしたらどーするの。ちゃんと暖かくして寝てるのよ!」
そんな…。私としたことが。自分の身体の病弱さを恨んだ。
風邪をひいて寝込んでいるときほど暇で時間が長く感じる事はない。むしろ寝過ぎて身体中が痛い。
そろそろ学校も終わってる時間か…。
私がいつも以上に動きの遅い時計を眺めていた時だった。「遥花!お友達がお見舞いに来てくれたから部屋へ通してもいい?」
ドアの外から母親が私に問いかけた。お友達?海音かな。
「どうぞー。」
かちゃ…私は突然の訪問者の正体に動揺を隠せなかった。
「ふ、冬樹くん…?」
冬樹くんだった。冬樹くんの後ろから母がニタニタした顔で私を見てくる。
「え、どうしたのいきなり。」
まさか冬樹くんが来てくれるなんて思ってもみなかった。それにしても…
「ちょっとお母さん!いつまでここにいるの!」
「あらあらごめんなさい。じゃあどうぞごゆっくり〜」そうニタニタし続けたまま部屋をでた。
「ごめん、うちの母変人なの。」
「いや、面白くていいお母さんだと思う。」
冬樹くんが微笑んだ。あぁ、今日初の微笑みだぁ。
「熱、大丈夫?」
「うん、だいぶ良くなった。お見舞いに来てくれたの?」
冬樹くんは頷くとコンビニの袋を私に差し出した。
「適当にお腹に優しそうなの買ってきた。ゼリーとか嫌いじゃない?」
ぎっしりゼリーやプリンが袋に詰められている。
「好きだよ。本当にありがとう、すごい嬉しい。」
「ありがとうは俺のほうだよ。」
え?どういう事だろう。私は冬樹くんになんにもできてないのに。
「俺、日向が放課後いつもすぐ教室から飛び出すから気になって後をつけたんだ。」
いつの間に…
「そしたらさ、毎日毎日遥花を探すために頑張ってくれてて。俺は会いたがってるくせにこんなに頑張ってたかなって、色々思い知らされた。」
そして冬樹くんは私の頭に手を置いた。恥ずかしそうに視線をそらす。軽くだがポンポンされて、私も恥ずかしくなった。
「ありがとう日向。」
冬樹くんが私を必要としてくれているように思えて嬉しい。
「まだ見つかった訳じゃないんだから…気が早いよ。」そう強がってみる。冬樹くんはまたさっと視線を外した。
「じゃあ俺はそろそろ帰るね。また学校で。」
「あ、うん。ありがとうね冬樹くん!」
変な雰囲気に耐えられなかったのか、冬樹くんはさっと立ち上がるとそう言って部屋から出ていってしまった。少し残念な気持ち。もう少し一緒にいたかったなぁ…。そう欲張りな私がでてくる。
気晴らしに携帯を開いて、なんの情報もないであろうSNSをみると、1件返信があった。
即座に返信内容を開く。そこには『私の友達に似ているので書かせて頂きました。名前は内田遥花と言います。彼女は中学の時に転校してきたのですが、笑顔も少なく発言もあまりしない子です。感情はあるみたいなのですが、普通の子とはやはり違うように感じます。もしかしたらあなたが彼女を探していることと関係があるんではないかと思いました。写真も付けておきます。彼女があなたの探している人だとしたらまたご連絡お願いします。』
という長いメッセージと、1枚の写真が添付されていた。写真にはカメラ目線ではあるが無表情の女性が写っている。でもこの顔にはどこか見覚えがあった。
私は咄嗟に冬樹くんから預かった写真をカバンから取り出す。二つの写真を見比べると、間違いない。この子は遥花ちゃんだ。
私はすぐに返信をくれた『まこと』に返信をした。
『貴重なメッセージありがとうございました。彼女は確かに私の探している遥花ちゃんそのものです。是非一度会ってみたいです。』
私はまず『まこと』に会うことにした。何度か連絡を取り合い、待ち合わせ場所、時間を決めた。
その週の土曜日。電車とバスを乗り継いで待ち合わせ場所へと向かった。あまり街をでない私にとって、この土地は見慣れなく、緊張していた。
携帯で待ち合わせに指定した時計塔を検索してまた歩く。本当にたどり着けるのか…そんな不安がよぎったとき、目線の先に時計塔が現れた。
時計塔の下には何人もの人が座ったり、待ち合わせしたりしていた。
『着いたよ!』
メッセージを送るとすぐに返信はきた。
『分からないからお互い手を挙げてみよ。』
恥ずかしい…そう思ったが、よく考えてみるとそれ程まわりは私をみてはいない。それに『まこと』もやるんだし…。
私は恥を捨て思いきり手を挙げた。周りを見回す。あれ、誰も挙げてない。そう思った時、笑い声が聞こえて反射的に声の方をみる。そこには手を挙げている男が立っていた。
「本当に挙げてるよ。」そう言って男はまたくすくす笑う。なんだこの失礼すぎる男は!
「ごめん、冗談だからそんな怖い顔でみないで。」
「あんた誰よ。」
男は少し驚いたような顔をして、それから何かを悟ったようにまた笑顔になった。
「俺のことわかんない?」
「あんたみたいな失礼な人、申し訳ないけど私の記憶にも入れたくない。」
「言うねぇ。俺は知ってるよ?ひ〜まわりちゃん♪」
私の名前を知ってる?しかもひまわりって…
「まさかあんた…『まこと』?」
「ビンゴっ!まぁ分からなくても無理ないよね。俺、女のフリしてたし。」
嘘でしょ…?『まこと』は女の子だと思い込んでた。なのに女のフリした男だったなんて、最悪すぎる。
「まぁ細かい事はいいっしょ!改めて、俺は神崎誠人よろしくねひまわりちゃん。」
誠人は清々しいぐらいの笑顔で自己紹介してきた。私は遥花ちゃんを探すために来たはずなのに…この状況は何なんだろうか。