ひまわりの約束
「昨日あの丘に行ったらさ、向日葵が咲いてたんだ。今日日向さえよければ一緒に見に行かない?」
夏を感じる程に日差しが痛い。教室もいつにもまして蒸し暑く、下敷きをうちわ替わりに仰いでる子が何人もいた。そして私もその1人だ。
動くのも億劫で、ひたすら風を感じるため仰いでいたとき、斜め前の席から冬樹くんが話しかけてきた。
突然のことで一瞬汗が引いたような気がした。
「え、いいの?」
「当たり前じゃん、日向がよければだけど。」
「いいっ!行きたい!向日葵大好き!」
私は誘われた嬉しさに暑さを忘れ席を立ち上がっていた。その私の姿に冬樹くんはほっとしたのか、安堵の笑みを浮かべると「じゃあ放課後いつもの所で。」
そう言ってまた前に向き直ってしまった。
いつもの所と言われるとなんだかむず痒い。2人だけの秘密を共有しているような気分だ。
はやく放課後にならないかなぁ…残りの時間はずっと時計ばかり気にしていた。
「葵おつー!」
「おつかれでーす!」
放課後、委員会が終わると私はすぐに鞄をつかんで教室を飛び出した。日が伸びて、外はまだ明るい。
勿論、待ち合わせ場所に冬樹くんの姿はまだなかった。まさか向日葵畑に誘ってもらえるなんて思ってもみなかった。だってあそこは…
「日向!」
前から冬樹くんが小走りに駆け寄ってきた。
「冬樹くんおつかれー!」
「おつかれ、待った?」
「待ってないよ、今来たとこ!」そう言いながらにやける。なんか待ち合わせをしたカップルになった気分だ。
「じゃあ行こうか。」
丘につく頃には日も傾いて空は赤くなっていた。もう慣れた坂道を2人で黙々と登る。登っているとそのうち黒い影がたくさん見えてきた。
「ほら!向日葵畑!」
影はすべて向日葵だった。夕日に照らされて少し赤く染まった向日葵は本当に綺麗で、言葉にならない気持ちでいっぱいだった。
「日向?どーした?」
「私さ、昔お父さんに向日葵畑に連れて行ってもらったことがあるの。その時お父さんがね、お前は向日葵のように強くたくましく美しく育って欲しいって言われて、私のことをそれからはひまわりって呼ぶようになった。」
「ひまわり?」
「私の名前、日向葵ってひまわりとも読めるから。」
「なるほど…確かに。」
冬樹くんが感動したような笑顔になる。
「だからね、私の大切な人にはひまわりって呼んでもらいたい。」
そう、冬樹くんあなたに。そう伝えたかった。でも言えないから目で訴える。どうか伝わって…。
「日向ならすぐそう言う人見つかるから大丈夫だよ。日向は本当にひまわりみたいな子だから。」
無垢な笑顔に余計傷ついた。冬樹くんは私をひまわりと呼んではくれない。
「冬樹くんに…そう言ってもらえて嬉しいよ。」
無理やり笑顔を作った。
「遥花はさ、親を亡くして笑えなくなったんだ。ひたすら泣いて、一時期はご飯すら食べない状態だった。でもこの向日葵畑に連れてきたとき、また笑ってすごく喜んでくれた。」
また遥花ちゃん…。彼女の話をする時の冬樹くんは本当に優しい顔をしてる。私にはその顔をさせることができない。
「また遥花にみせてやりたいなぁ…あ、そうだ。日向はひまわりみたいな子だから、遥花に会わせたらもっと元気になるかも。」
それ以上遥花ちゃんの話はやめて。もう聞きたくないのに。でも遥花ちゃんのことが気にならない訳じゃない。本当は気になる。
聞きたくないのに知りたい。そんな葛藤が私の中でおきていた。
「冬樹くん…私は遥花ちゃんのことが知りたい。」
「え、なんで?」
「好きな人の好きな人は知りたいよ。」
あぁ、この向日葵畑は本当に凄い。普段なら言えないようなことが自然と出てしまう。
「いなくなったって言ってたけど、手がかりとかもないの?」
「日向…辛くないの?俺が言うのも何だけど。俺だったらそんな事聞けないから。」
わかってる。自分が一番辛くなることぐらい。
「少しでも希望があるなら。」
それなら辛くても頑張れるよ。
「そっか…手がかりも何もない。生きてるのかも死んでるのかも。」
「もし、もしね、遥花ちゃんがこのまま見つからなかったらどーするの?」
冬樹くんの顔が強ばった。きっとそんな事考えたくないんだろう。でもここで引き下がったら何にも変わらない。負けるな葵!
「ずっと探し続けても見つからなかったら?きっと遥花ちゃんは好きでいてくれる事望まないと思う。」
「日向がなんでそんなことわかるんだよ…遥花は生きてるよ絶対。」
それでも冬樹くんも引き下がらなかった。どうしても認めたくない。そう私に訴えかけるように。
「冬樹くん、私と付き合って。そしたら絶対冬樹くんに悲しい思いなんてもうさせない。私は絶対黙っていなくならないよ!」
まさか付き合って欲しいなんて言うつもりはさらさらなかった。でもどうしても冬樹くんの気持ちを動かしたかった。
「日向…前も言ったけどさ。俺は遥花が好きで、それ以外考えられないから。日向の俺に対する好きはきっと勘違いだよ。」
「勘違い?」
まさか勘違いと言う言葉が出てくるとは思わなかった。
「俺への同情とか、よく2人でいるからとか。少なからず、俺が遥花に対する気持ちとは違う。」
私の気持ちを全て否定された気分だった。私は冬樹くんをよく知らないうちからずっと見ていた。気になる気持ちは日に日に大きくなる。目が合えば幸せだった。話せた時は空だって飛べる気がした。今でさえ、会うたび気持ちは高まっている。それなのに…
「冬樹くんだって私の何が分かるの?わたしがどれだけ今までずっと冬樹くんだけを見てきたか知らないじゃない。冬樹くんのためになをにかしてあげたい。冬樹くんに振り向いて欲しい。そんな私の気持ちは全部同情?勘違い?」
冬樹くんが目をそらす。まだ苛立ちの顔は消えない。
「もし…俺と日向が付き合ったとして、日向を幸せにできる自信もない。遥花以上に好きになれる自信もない。」
冬樹くんはどうしても私を受け入れてはくれなかった。どうしたら振り向いてくれるのだろう。
「じゃあさ、私が遥花ちゃんを見つけたら、認めてくれる?」
冬樹くんの目が見開かれる。そして無理だと首を振った。「俺もずっと探してる。それでも見つからないのに日向には無理だよ。」
「やって見なきゃわからないでしょ?!諦めたらずっと見つからないまんまだよ。」
冬樹くんは長いため息をついてから頷いた。
「わかった。もし、日向が遥花を見つけることができたら日向の気持ちは本物だって信じるよ。付き合うとかは別だけど。」
それでもいい。僅かな望みにかけよう。
「約束だよ。」
私の伸ばした小指に冬樹くんも自分の小指を絡めて頷いてくれた。向日葵たちはその光景を暗くなりつつある空の下、見守ってくれていた。