キミの隣
あれから結局1度も言葉を交わすことなく1ヶ月が経った。私のクラスでは席替えが行われるという話題で持ちきりだった。席替えか…
この1ヶ月、話せなくても席が隣ということでなんとか救われていた。それもついに今日で終わりなんて、もう本当に2度と冬樹くんと話せないかもしれない。
そう思うと苦しくて仕方なかった。
「やっと席替えだね葵!」
「海音…席替えなんてしたくないよ!」
柏木海音は私の幼馴染みだ。冬樹くんとのことも海音は良く知っていた。
「あ、そっか。葵は松永君と離れるの嫌だもんね」
「席が離れちゃったらもう話なんてできる気がしないよ…」
「まだチャンスあるって!」
「軽く言うけどさー、もう話せなくて半年も経っちゃったんだよ?隣の席だったのに!」
「隣の席だったのに話せなかったのは、葵が話そうとしなかったからでしょ?案外話しかけてみたら普通だったってこともあるかもよ!相手から来るの待ってちゃいつまでたってもこのままだよ。」
海音の言葉は正しい。私がただ弱虫なだけ。
もし話しかけて答えてくれなかったら…って思うと言葉が出てこなくなる。
「これが最後のチャンスかもしれないんだから、頑張って話しかけてみなよ。」
最後のチャンス。その言葉はなにより重く感じた。
「わかった…私頑張ってみる。」
海音は大きく頷いてくれた。私は窓際から1人グラウンドを眺める背中へと歩き出した。
何を話したらいいんだろう。いつも冬樹くんと何の話をしてたっけ。頭の中はぐるぐるだった。
それでも最後のチャンスという言葉が私の足を前えと動かした。
「ふ、冬樹くん!」
冬樹くんは突然名前を呼ばれたからか、衝動的に振り返った。そして少し驚いた顔をした。
「日向…」
久しぶりに呼ばれた。私の大好きな声。
「もう夏だねぇ…」
私は視線に耐えられなくて外に目を向けた。その視線を追うように冬樹くんもまた外に目を向ける。
「…日向、俺日向に嫌われたと思ってた。」
「え?」
そんなことあるはずない…私は今でも冬樹くんが大好きなんだから。
「嫌いになんてならないよ!…もしかして、だから私を避けてたの?」
「一緒に帰ったあの日少し言いすぎたじゃん。それからどっか日向よそよそしかったしさ、俺も気まづくて逃げてた。」
なんだ…私が考えすぎてたんだ。
「日向?」うつむく私を冬樹くんは心配そうにのぞき込む。
「私も冬樹くんに嫌われちゃったんだと思ってずっと話しかけられなかったから…また話せて良かった。」
勇気を出して話しかけて良かった!本当に良かった!
そう思ったら何故か目頭が熱くなった。
「今日も一緒に帰れる?」
冬樹くんから私を誘ってくれた。また、一緒に帰れるんだ…。
「もちろん!」
我慢できず涙が溢れる。あぁそうか。私こんなにも冬樹くんのことが好きになってたんだ。
「日向?もしかして泣いてる?」
「泣いてないっ!」
涙をみられたくなくて更に下を向く。冬樹くんはクスクス笑うと私の頭に手を置いた。そしてクシャっとされる。
「ありがとう。俺、日向と友達になれてよかった。」
友達…少しだけ胸がチクッとした。でもそれ以上にまた話せることが嬉しくて…まぁまだこれから頑張ればいいや!そう思えた。
頭に手の温もりを未だ感じながら席替えの時間がやってきた。
「また隣になれるといいね。」
隣の席から冬樹くんが話しかけてくれる。
「私めちゃくちゃ神様にお祈りしたからきっとまた隣の席だよ!」
「神様かぁ…日向が言うと本当にいる気がしてきた」
そう言って笑った。当分見てなかった笑顔がまた私に向けられてる。
「じゃあ順番にクジ引いてくださーい。」
委員長が手作りのくじ箱を教壇に置いた。右端の子から次々にクジを引いていく。手汗がでて心拍数も早くなる。なんとしてでもまた冬樹くんの隣になりたい!ひたすらそればかりを神様に願った。
先に冬樹くんがクジを引きに席をたった。そしてまた席まで戻ってくる。
「冬樹くんどこだった?」
冬樹くんはイタズラな笑みを浮かべて「内緒。」とだけ言って教えてくれない。
「冬樹くん意地悪だ。」
「ほら、日向の番がくるよ。」
私は慌ててクジを引きに立ち上がった。高鳴る鼓動、未だ緊張は最高調にある。
「葵?なにボケっとしてるの早く引いて!」
震えていつまでも引かない私に委員長が怒った。私はしぶしぶ箱の中の紙を触る。箱の中のクジもだいぶ少なくなっていた。本当にこの中にまだ冬樹くんの隣の席への切符は残っているのだろうか。
いつまで考えていてもきっと結果は変わらない。そう心に決めて1枚掴むとそれをゆっくり引き上げた。
見るのが怖くて席まで紙は開かなかった。
「日向、どこの席だった?」
冬樹くんが私に尋ねる。「待って、今確認するから」
早く知りたい気持ちと、知りたくない気持ちで気持ち悪かった。
紙を開くと赤いペンで大きく"12”と書かれていた。
黒板の席表を見る。12番は窓側の前から2番だった。そんな…希望が約半分も消えた…。
端の席だと隣になれるもしくは近くなる確率が高くなってしまう。
「窓側の前から2番目だった…。」
冬樹くんを見ることができなくて、机を見つめながら自分の席を伝えた。少しの沈黙が流れる。それが私にしてみたら物凄く長い時間に感じた。
「日向、、やった近いじゃん!」
え?
「ほら、俺21番!」
21という数字を探す。それはすぐに見つかった。私の席の斜め前の席。隣ではないものの、めちゃくちゃ近い。それどころか、授業中も冬樹くんを拝める。
「私の本当に望んでいた席はそこだ…。」
「ん?日向どーした?」
心の声が思わず声に出てしまっていたらしい。笑ってごまかした。
こうして、長いようで短い席替えも無事終わり、大好きな下校時間。前と同じように自転車を並べて赤い道を走った。いつまでもこの時間が続けばいい。
きっとこれ以上何にも望まなければ何にも変わらないだろう。だったらそれでいい。