キミと向日葵
どこまでも広がる群青の下。
綺麗な地平線を境にして、緑色の草原がまた広がっている。
「ふ、冬樹君…。」
自分のもとへゆっくり歩く遥花ちゃんの姿に気づき、冬樹君は走り出した。
「…遥花!」
やっと近づいたふたりの影。
何年越しなのだろうか。本当の素直な気持ちでお互い顔を合わせたのは。
「冬樹君…。この間は…」
「身体は大丈夫なのか?!」
「あ、…うん、今日は凄く体調良くて。」
「そっか…良かった。でもなんでここに遥花が?」
少し離れたところから冬樹君と目が合う。
私は小さく頷いてみせた。
「遥花…もしかして記憶が戻ったのか?」
「えっと…実はね。記憶を失くしたっていうのは嘘だったの…。」
「嘘…?なんでそんなこと…。」
「もう私は長くないから、冬樹君に迷惑かけたくなかったし、私も傷つかないようにって何処かで自分を守ってたの。でも…葵ちゃんが背中を押してくれたから…自分の気持ちに素直になろうって決めた。」
「日向が…?」
「うん…冬樹君。…本当はね、ずっと好きだった。出会った頃も、私を見つけてくれたいまも。残りの時間は…大好きな冬樹君と一緒にいたい。」
「遥花…。良かった…やっと……。あ、そうだ!これ…。」
そう言って冬樹君はあの、雑貨屋さんでみつけたひまわり模様の懐中時計を遥花ちゃんに差し出した。
「これって…!!!」
「あぁ、ずっと探しててさ。この間見つけたんだ。」
「ずっと…探しててくれたの…?」
その懐中時計を受け取った瞬間、遥花ちゃんは堪えていたものが溢れ出すように泣き出した。
その遥花ちゃんをゆっくり冬樹君は抱き寄せる。
「遥花…一緒にいよう。ずっと。」
重なる2人の姿を見て、胸が少しだけチクリとした。
本当は私がなりたかった冬樹君にとっての向日葵。
まさかこんな形で終わってしまうなんて…あの時の私はきっと考えもしなかっただろう。
嬉しさでいっぱいのはずなのに、どこか少し寂しい気持ちになった。
その時、誠人が私の右手をそっと握ってくれた。
「…誠人、どうしたの?」
気持ちを悟られないように笑って誠人を見る。
「我慢しなくていいよ。バレバレだから。」
誠はちらっと私を横目にみて、また遥花ちゃんと冬樹君の方へ視線を逸らした。
でもその表情はほんのり赤く染まっている。
「そんなこといいつつ誠人が照れてるじゃん。」
「うるせー。じゃあもう離そ。」
誠人の手が離れる。
私はまたその手をすぐに握り返した。
「うそうそ、このままがいい。」
クスッと誠がイタズラな笑みを浮かべる。
「ひまわりちゃん、俺のこと大好きだろ。」
「誠人こそ、私のこと大好きじゃん。」
私達は多分ふられ者同士だ。
でもその上でお互いを一番理解できたんだと思う。
ついこの間まで冬樹君ばかりだった世界に、あっさり踏み込んできた誠人はすごい。
誠はずっと私を支えてくれてた。
誠人にとって私がどれ程大きな存在なのか、それは分からないけど。
次は私が誠人を支えたい。そう思った。
だから繋いだ手の力を少しだけ強めてみた。
私の気持ち、伝わるかな。
季節は冬。
きっとひまわり畑は一面雪景色。
「葵ちゃん、聞いてよ!冬樹君たらね、昔はあんなにしっかり者で頼もしかったのに最近ぼーっとしたり、どっか上の空だったり、平気で私の話スルーしたりするのよ?」
「それは遥花が俺のこと美化しすぎなの!昔っからちょっと抜けてるところはなんも変わってないから!」
「それ、自分で言う?」
「お前が言わせたんだよ!記憶本当はやっぱりちょっと無くなってるんじゃない?」
「あー、あの頃の冬樹君はヒーローみたいだったのになぁー。今じゃおじいちゃんみたいにのほほーんのほほーん…」
「あー、おじいちゃんだから何も聞こえないなぁ。」
まだ昼間だと言うのに、病室中に響き渡るのは遥花ちゃんと冬樹君の喧嘩する声。
喧嘩するほど仲がいいってやつの喧嘩だといいんだけどね。
「こんな遥花見たことないや。」
誠人も呆れたように溜息をついている。
「私もー。」
冬樹君が実はこんな顔してこんな話し方をするなんて。
付き合ってて1度も見たことなかった。
「遥花ちゃんにしか引き出せない冬樹君なんだろうね。」
「逆に冬樹君にしか引き出せない遥花もあるんじゃない?」
「結果それが本当の愛ってことね。」
そう笑うと、誠人は微妙な顔で私を見つめる。
「…な、なに?」
「ひまわりちゃんはさ、もう冬樹君のことは大丈夫なの?」
その言葉に私は少しだけ考える。
考えたところで答えは分かってるけど。
「大丈夫だよ。誠人がいてくれたからかなぁ。」
誠人はうーん、と唸ってからまた私を見つめて
「じゃあさ、今度こそ…俺だけのひまわりになってよ。」
「え…?今度こそ?」
「あれ、覚えてない?昔さ、一度ひまわりちゃんに告白したことあったんだけど。」
…ん?
まさか…。
「ええええええええ?!もしかしてあの?!9歳の時告白してくれた…あの子!?」
ああ、そうだ。
私が友達と言って傷つけてしまった、私を唯一ひまわりと呼んでくれた男の子。
「まさか…誠人だったなんて…。」
「やっぱり、俺だって気づいてなかったんだね…。」
こんな近くにいた。
私の初恋。
「それで?俺だけのひまわりになってくれるの?」
誠人が真剣な顔で私を見つめる。
私はずっと冬樹君のひまわりになりたかった。
でもいつからだろう。
気持ちは驚くほどあっさりと。
「もう…誠人だけのひまわりのつもりだったけど?」
私はひまわりが好きだった。太陽に向かって必死に背伸びをして、堂々と咲くひまわりが大好きだった。
ひまわりが好きだ。
そう言って笑ってくれた9歳の頃の誠人を思い出す。
「向日葵が好きだ。」
17歳の誠人もあの頃と同じ笑顔で私に笑ってみせた。
とても時間がかかってしまいましたが最後まで見てくださってありがとうございました。