ひまわり畑の夢
私が1時間だけ遥花ちゃんを外出させる話をすると、遥花ちゃんは嬉しそうに頷いてくれた。
「でもどこへ行くの?」
「思い出の場所かな。」
「それって…私の?」
「そうだよ。遥花ちゃんもよく知ってるところ。」
遥花ちゃんはひまわり畑だと気づいたのか気づいてはいないのか、小さな笑みを浮かべてそれから何も言わなかった。
制限時間は1時間だけ。
病院からひまわり畑までは歩いて10分はかかる。
遥花ちゃんは車椅子での移動になるから多分10分以上はかかることになるだろう。
あまり時間はない。急がないと…。
「俺が引くよ。」
私が遥花ちゃんの乗る車椅子を押そうとした時、誠人が変わってくれた。
「あそこに行くんだろ?少し急ごう。」
誠人はひまわり畑に行こうとしていることに気がついたんだろう。
私にコソッと囁いた。
「ありがとう誠人。…よし!じゃあ出発進行!」
おー!
その声と同時に私達は病室をでて、ひまわり畑を目指し歩き出した。
「久しぶりに外に出たなぁ…。やっぱり気持ちいい。」
遥花ちゃんが思いっきり伸びをする。
「今日は天気もいいしなー。散歩日和ってこういう日を言うんだろうね。」
誠人も気持ちよさそうに空を仰ぐ。
「本当にありがとうね葵ちゃん。一生懸命先生にお願いしてくれたんでしょ?」
「そんなでもないよ。1時間だけだしね。」
「それで充分。」
最初にあった頃より遥花ちゃんの笑顔は格段に増えた。
それが凄く嬉しい。
「遥花ちゃんの笑顔可愛いなぁ…。」
「何言ってるの、葵ちゃんの方が全然可愛いよ!本当に向日葵みたい。名前の通り素敵な女性だよ。」
遥花ちゃんがめちゃくちゃ褒めてくれるからなんだかむず痒い。
ただ、私は向日葵にはなれなかったんだよ。
冬樹君にとっても、誠にとっても、ひまわりは遥花ちゃんだった。
「ねぇ葵ちゃん、私ね。一つ思い出したことがあるの。」
ふと遥花ちゃんは話し始めた。
遥花ちゃんの表情はさっきまでの清々しい笑顔ではなく、何処か一点を見つめ、表情は硬い。
「私、小さい頃おばあちゃんが大好きだったの。おばあちゃんは毎日大切そうに首から下げてるモノがあった。」
あれ、なんだろう。
ふと冬樹君と行った雑貨屋さんのことを思い出した。
ずっと遥花が欲しがってたやつ。
そう言って嬉しそうに私に見せてきたモノ。
「それはね、向日葵の模様が入った懐中時計だったの。」
やっぱりそうだ。
冬樹君がずっと探していた懐中時計。
「その懐中時計はね、おじいちゃんと結婚した時におじいちゃんからプレゼントしてもらった時計だったの。その時計が私は欲しくて欲しくて仕方なかった。
でもおじいちゃんは私のお父さんが産まれてすぐ突然亡くなってしまったの。だからおばあちゃんは、他の物ならなんでもくれたのに、その懐中時計だけは決して譲ってはくれなかった。」
「それで…どうしたの?」
……。
少し間が空いて、またゆっくり話し始めた。
「でも私は、その懐中時計がどれ程おばあちゃんにとって大切なものなのか、全然分かってなかった。だからね、おばあちゃんに内緒で取ってしまった…。」
遥花ちゃんは涙混じりのか細い声になる。
「でもね、その懐中時計を川に誤って落としてしまったの。どれだけ探しても見つからなかった。その時に、凄く大好きだった男の子に相談したらね。彼も一緒に一生懸命探してくれた。私がもういいよって言っても…でもそのせいで彼に大きな怪我をさせてしまった。私は自分が許せなかった。懐中時計が無くなって悲しむおばあちゃんの姿も…私のせいで怪我をしてしまった彼の辛そうな顔も……もう迷惑はかけたくない。そう思って…。」
遥花ちゃんはその先の言葉につまる。
でも言わなくてもわかった。
突然、冬樹君の前から消えてしまった理由。
「ほら、遥花ちゃん着いたよ。」
もうひまわりは咲いてはいなかった。
夏は終わったんだから当たり前なんだけど…。
それでも何処か美しいひまわり畑。
「…凄く懐かしい。」
そして少し行った先に立っている人影。
「あれは…なんでここに…?」
その姿をみて遥花ちゃんは俯く。
何度も遥花ちゃんを傷つけたかもしれない。
何度も冬樹君を傷つけたかもしれない。
でも私は2人からたくさんのものを貰った。
だから…遥花ちゃん、冬樹君に恩返しさせてもらうね。
「遥花ちゃん。私は知ってたよ、遥花ちゃんの嘘。」
「え…?」
「その嘘も、この間私たちを突き放した事も、全部冬樹君のためだったんだよね。」
「そんなんじゃ…ない…。」
遥花ちゃんは言葉につまる。
「私さ、遥花ちゃんの強さにたくさん勇気を貰ったんだ。遥花ちゃんは弱いわけでも、逃げたわけでもない。いつでも人のために戦ってた。」
少しだけ冬樹君に近づく。
冬樹君はまだ気がついてはいない。
冬樹君の背中は出会った頃より大きく見えた。
「遥花ちゃんはもう充分頑張ったよ。きっと遥花ちゃんのおばあちゃんだって遥花ちゃんには幸せになってもらいたいって思ってる。もちろん冬樹君や私も。だからさ、今からだって幸せになっていいんだよ?」
「良くないよ!私はもう…長くないんだから。」
病気の存在が何より大きいのは分かってる。
病気さえなければ…
遥花ちゃんはその事を何度悔やんだことか。
「でも…病気の事を知ってもそれでも遥花ちゃんのそばに居たい。冬樹君はそれを望んだの。だったら今まで甘えられなかったぶん、今沢山甘えたっていいんだよ?もう人のためは辞めよう。これからは自分の為に幸せになって!」
私の言葉に押されるように、遥花ちゃんはゆっくり腰をあげて私の方に向き直った。
「…ありがとう、葵ちゃん。私、冬樹君にまだ伝えてないことたくさんあった。だから今から…伝えてくるね。」
私は大きく頷いた。
それを見た遥花ちゃんは涙を目に浮かべ、今までにないくらいの笑顔で笑ってくれたんだ。