遥花の本音
「いい加減にして!!!!!!!」
病室中に遥花ちゃんの声が響いた。
私も冬樹くんも唖然として、言葉がでない。
それぐらい遥花ちゃんの声は大きく、迫力があった。
「…もういいでしょ?私のせいで喧嘩するぐらいなら2人とも、もう私に会いにこないでよ。」
さっきの怒鳴り声とは裏腹に、冷たい声。
遥花ちゃんは私たちから顔を逸らすと、窓の方を向いてしまった。
拒絶されたんだ。
「遥花…。」
冬樹くんは悲しそうに名前を呼ぶ。
それでも遥花ちゃんは一切、目を合わせようとはしなかった。
「…日向、行こう。」
冬樹くんは私の手をとると、それ以上何も言わず病室を出た。
そこへ丁度、誠人とすれ違う。
「あれ、ひまわりちゃん…?」
「誠人。」
「今日も遥花のお見舞いきてくれたんだ。ありがとう。」
ちらっと冬樹くんをみて微笑む。
その笑顔をみたら、涙がこみ上げてきて私は逃げるようにその場を走り去っていた。
「日向…。」
冬樹くんも私を追っていた。
もう日は落ちかけていて、あたり一面が夕焼け色にそまっていた。
「ごめんなさい。」
「…俺が悪い。」
「私はいくら嫌われたっていいの。でも…冬樹くんが嫌われるのはだめじゃない。」
「それが答えだよ。」
それが答え。
その言葉が重くのしかかる。
よかれと思って身を引いた。
遥花ちゃんのことを教えて、背中を押した。
それなのに、その行動全てが遥花ちゃんも、冬樹くんも苦しめた。
その何が答えなんだろう。
もう一度遥花ちゃんと話そう。
きっと遥花ちゃんは私に会いたくないだろう。
今度こそ本気で拒絶されるかもしれない。
でも、このままじゃダメだと思った。
遥花ちゃんのためでもなく、冬樹君のためでもない。
自分のために。
「冬樹君。ごめん、私戻るね。」
「…は?戻るってなんで?」
「まだ遥花ちゃんに伝えきれてないこといっぱいあるよ!ちゃんと話さなきゃ後悔すると思う!」
「もう余計なことするなよ…これ以上遥花を苦しめないでやってくれ!」
冬樹君は怒ってる。
きっと冬樹君に嫌われる。
でも、もう冬樹君の辛い顔これ以上みているのは嫌なの!!!
「…ごめんね。」
一番伝えたいことは冬樹君には伝えられなかった。
ただ一言、それだけを伝えて私は病院へ走った。
もう、冬樹君は追っては来なかった。
でもそれでいい。
病院へ駆け込み、早足で病室へ急ぐ。
もしかしたらまだ誠人がいるかもしれない。
病室のドアを少し引いたとき、中から遥花ちゃんの泣き叫ぶような声が聞こえて手を止めた。
「誠人、私どうしたらいい?私のしてることは間違ってる!?」
「…遥花は正しいよ。」
「私だって冬樹君とまた会えて凄く嬉しかった!またあの時みたいに本当は笑い合いたい!冬樹君がね、一生懸命泣きそうな顔で私に思い出話をしてくれるの。全部本当は知ってるよって言いたくて、会いたかったって言いたくて!!でもっ私はもう長くないから冬樹君にも葵ちゃんにも心配かけたくなくて!全部忘れたフリをするのは…辛いよ…!!!!」
遥花ちゃんは覚えてたんだ。
冬樹君との思い出も全部。
それを私達のために、隠そうとしてたんだ。
私は少しだけ病室を覗いた。
そこには泣いている遥花ちゃんを黙って抱きしめている誠人の姿があった。
「私には…もう誠人しかいないの…。」
どくん…。
何故か私の胸に重いものがのしかかる。
その姿を見ている事がとても苦しい。
「まさか…私…。」
正直な自分の気持ちに怖くなって、私は病室に入ることができなかった。
こんなときに嫉妬している自分が無性に情けなく感じた。
遥花ちゃんはまだ冬樹君が好き。
そのことはわかる。
だったら諦めるのは早いかもしれない。
卑怯なことをしてるのかもしれないけど、ここまで来たらせめてもう一度2人を会わせてあげたい。
私は遥花ちゃんの外出許可を貰うため、何度も頭を下げた。
どうやら遥花ちゃんは外へ出れる程の体力もあまり無いらしい。
何度も断られ続けた。
それでも毎日頭を下げる私に、
「遥花ちゃんの体調がいい日に1時間だけ、その約束を守れるなら。」
そう言ってくれた。
あとは遥花ちゃんと冬樹君。
私は10日ぶりに遥花ちゃんのもとへ行くことにした。
病室の前まで来たのは良かったが、そこから1歩が踏み出せない。
きっと私には会いたくないかも。むしろ、迷惑なことをしているのかもしれない。
そんな不安が今更次から次へとでてくる。
「…あれ、ひまわりちゃん。」
その時、少し離れたところから誠人が歩いてくるのが見えた。
ドキッと一瞬心臓が跳ね上がる。
自分の気持ちを自覚して以来、誠人の顔がみれない。
「入らないの?」
「えっと…。」
何も言わず動揺する私の姿を見て何かを悟ったのか、誠人は私の手を急に握った。
更に心臓の鼓動が早くなる。
「え、何急に…。」
「大丈夫だから。いつもみたいに笑顔でさ。ね?」
そう言って微笑む。
すると不思議と遥花ちゃんに対しての緊張はスッと無くなったのを感じた。
「…本当に、誠人はすごいね。」
「じゃあ入ろうか。」
久しぶりに足を踏み入れた遥花ちゃんのいる病室は、変わらず暖かい。
私をみた遥花ちゃんは一瞬驚いたような顔をしてから、少しだけ微笑んだ。
「遥花ちゃん…久しぶり。」
「久しぶり、この間はあんなに怒鳴ってごめんね…。」
「全然、気にしてないから!遥花ちゃんも気にしないでね。」
「うん、ありがとう。」
あんなにビビってたのが嘘のように、遥花ちゃんはすんなりと私をまた受け入れてくれた。
なんて、いい子なんだろう。
その事を思うと泣きそうになった。
「遥花ちゃん、今日体調は?」
「うん、今日は凄くいいよ。また葵ちゃんに会えたからかな?」
きっと今日しかない。
そんな直感が私を動かした。
「じゃあさ、1時間だけ、遥花ちゃんの時間を私にくれない?」