最終話
セリアの号泣も止み、家の前に二人で座り込む。
「今更で悪いんだが、お前に謝らないといけないことがある」
「言いづらいことですか?」
赤みの引かない目だが、表情はかなり明るくなった。そんな彼女に告げるには躊躇われるが、言わねばならない。
「俺は、記憶を持っている。記憶喪失なんてのは、でたらめだ」
ふふ、と彼女は小さく笑う。
「知ってましたよ、最初から。それでもね、そうしなきゃいけなかったのでしょう? もしくはそうなりたかった。だから私は否定しなかったんです」
「ああ。俺は殺人ばかりを強要された暗殺者として働かされていた。でも突然、そんな日常が嫌になって、海に身投げしたんだ。死のうと思った。でも、あわよくば第二の人生を歩めたらいいと、そんな幻想も抱いていた」
俺の告白にも、彼女は「そうだったんですか」としか言わなかった。セリアという少女は、そういう人間なのだ。
夜風が俺たちの間をすり抜けて、森をざわつかせる。
「どうして魔女って言われてたのかは、町の奴から聞いた。しかし、それは本当なのか?」
「元々は私のおばあちゃんなんですけど、手を返せば風を起こし、天を仰げば雨が降り、森を歩けば動物たちがついてくる。そんな感じだった気がしますけど、その話がどうやら大きくなったみたいで……」
噂を生んだ人間の血を引くから、魔女だったのか。
「でもそれって、私がおばあちゃんの孫だっていう証拠じゃないですか。だから案外嫌いではないんですよ」
そう、この笑顔だ。
辺り一面を光で覆ってしまうのではないかとさえ思う、輝きに満ちた笑顔。これからはこれが続くのだ。それだけで、心は青空の如く澄み渡る。
「なくなってしまったな」
消し炭同然と化した家を流し見た。
「思い出はたくさん詰まってました。燃やされたときは頭の中が真っ白になって、泣くことしかできなかった。でも、消えてしまったものは戻らないから、私は私のまま生きていく。今そう決めました」
見なくてもわかった。そう言いながらも、きっと彼女は泣いている。自分の気持ちに整理をつけるため、涙で洗い流しているのだ。
「さて」
立ち上がった彼女は尻の埃を叩き、ついでにスカートの乱れも直す。
「行きましょう?」
俺に右手を差し出して、太陽のように頬笑んだ。
「ああ、そうだな」
自分でもわかるくらい、自然に笑えた。
セリアのか細い手を取ると、数日前の出来事が思い出される。初めて彼女と会って、手を取った日のこと。俺は彼女への負担を軽減すべく、自力で立ち上がったのだ。しかし、今回は違う。自分の力を半分だけ。彼女への負担も半分。彼女は少しよろけたが、何事もなかったみたいに取り繕う。手は握ったまま、俺たちは森へと足を向けた。
この手がほどけても、彼女を守りたいと思った気持ちは、かけがえのない大切なモノであると、声を大にして言えるだろう。そんな日は来なかったにしても、胸の内で高揚している気持ちに、嘘偽りは一片もない。
そして思うのは、今まで俺は心から笑えたことがあっただろうかということ。
彼女はもしかしたら魔法が使えるのかもしれない。
笑顔を持って笑顔を生む、そんな想いの魔法を。