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二話

 昨日の夜は、寝る前に寝間着と次の日の着替えを用意してもらった。祖母の部屋にあったらしいそれらは、合わせたかのように俺の身体に馴染んだ。最初俺が着ていた服は洗濯され、今は物干し竿に吊されている。


「さて、行きましょうか」


 洗濯を終えたセリアは、大きめのカゴを二つ、腕にぶら下げている。


「俺が持とう」

「手ぶら、というのもなんですし、一人一個持ちましょう? それから、私は畑の方に行きますので、ゼレットさんは町の方にお願いします。買う物はメモしてカゴの中に入れてありますので」

「了解した」


 その言葉に違和感を感じ、口に手を当てる。不思議そうに見つめる彼女の視線が、俺に突き刺さったかのように錯覚してしまう。


「では、お願いしますね」


 彼女は海岸に行く道とはまた違った方角に歩いていった。おそらくそちら側が、畑に行く道なのだろう。


 セリアの背中を見送り、俺も行動を開始する。分かれ道までは、森の風景を観賞していればすぐだ。分かれ道を抜けても景色は変わらない。そのうち、太陽の光が強くなったと思えば、木々に変わって広い草原が広がっていた。


 草原の上を撫でるように通り過ぎる風が、温かさと清涼を同時に与えてくれる。もう少しここにいたいと思う反面、セリアの顔も思い出される。仕方ないので、また歩き出した。


 草原の下方には小さく町が見え、今までいた場所の標高の高さを思い知った。


 足を動かし続け、町の輪郭が形成されいく。背の高い建物には風車が取り付けられ、それがたくさん並んでいる。牛や馬、ヤギや羊が飼われ、農牧が盛んであると一目でわかった。盛んと言っても、主流なだけだとは思う。


「おい、お前ちょっと待てよ」


 町の入り口に着いた時、俺に向けて声が飛んでくる。入り口の影から五人の青年が姿を現し、訝しんで俺を取り囲む。


「お前、この先の岬から来たのか?」

「岬というと、セリアの家か? だとすればそうだな」


 目を丸くした青年たちは、俺を無視して相談し始めた。声を掛けておきながら、ふざけた態度である。


「言いたいことがあるなら言ったらどうだ? 人の足を止めて、自分たちで小言の言い合いに興じる必要はないだろう」

「なら言わせてもらう」


 青年の中でリーダー格と思われる青年が、俺の正面に立った。


「あれは魔女の家だ。昔から魔女が住む家として扱われ、それは今でも消えない。故意にあそこへ行ったわけでないなら、すぐに立ち去る方が賢明だぞ」


 セリアが見せる笑みを、俺は思い出していた。あの、悲しそうな笑顔だ。


「お前らになにがわかるんだ? 彼女のことを深く知っているのか?」

「ああ知ってるさ。アイツも、その母親やババアも、人間じゃ考えられないことができる。突風を起こしたり、なにもない場所から火を出したりな。それだけじゃなく、人間をたぶらかすんだ。お前みたいなよそ者を狙ってな!」


 気付けば、俺は青年の胸ぐらを掴んでいた。俺と同じくらいの身長だったはずのそいつは、今では俺よりも背が高い。その代りとしては、つま先立ちでも苦しいだろう。


「なにやってんだあんたたち!」


 町の奥から、女性の声が聞こえた。見れば、肥満気味の体躯を揺らしながら、中年女性がこちらに迫ってくるではないか。しかめ面で、見るからに激怒している。


「ヤバイ! 逃げるぞ!」


 俺の手を無理矢理解き、青年たちは散会した。それから少し遅れて、中年女性は俺の元に辿り着く。肩で息をして、顔には先ほどの気迫は感じられない。


「どうかしたのか?」


 俺の問いにも答えられず、膝に手をつき呼吸を整える。深呼吸を繰り返したところで、ようやく話ができるまで回復したようだ。


「あんた、岬から来たのかい?」

「さっきの奴らと同じことを聞くんだな。来ちゃ悪いのか? アンタも奴らと同じで、セリアを魔女だと謗るのか?」

「そんなことするわけないだろう。あの子は優しくて明るい。それに礼儀もできてる。おまけに美人ときたもんだ」

「それではなぜ俺を止めた?」

「あんたを止めたわけじゃないさ。町の若いのが、あんたに迷惑掛けてるんじゃないかって不安になったのさ」


 中年女性は始終笑顔だった。セリアとはまた違う笑顔だったが、気分は落ち着いてくる。


「それで魔女の話なんだが、あれは本当なのか?」

「ああ、セリアの祖母も母も、魔女と疎まれてる。ただ、町の全員がそう思っているわけでもない。一部の人間は彼女を普通の女の子として、また一部の人間は彼女を魔女といって蔑む。大半はどうでもよく思っているのさ」


 少し悲しそうな顔をするが、すぐ元通りになる中年女性。切り替わりの速さには目を見張る。


「それで、セリアに買い物でも頼まれたのかい?」

「ああ、これを」


 カゴの中からメモを渡す。「ちょっと待ってな」と財布を横取りし、再び町の中へと戻って行く。俺が町の外観を見つめていると、短い時間で戻ってきた。


「はいこれメモ通りね。財布はカゴの一番下に入れておいたから」


 歯を見せて笑う。これもまた、太陽のように眩しい。


「いいのか?」

「セリアが町に来るときは、いつも私や誰かが代行してるんだよ。だから問題ないさ。もしもまた町に来ることがあれば、案内してあげるよ」


 それから、俺はその中年女性に見送られて森に戻った。


 家に着いたとき、セリアはまだ帰ってきていなかった。収穫に時間がかかっているのか、それともそれ以外に足止めを食うような出来事でも起こっているのだろうか。俺は町で遭遇した青年たちを思い浮かべ、家のドアを強引に開けた。


 セリアが向かった方向に、全力で駆ける。


 彼女の身を案じずにはいられなかった。


 セリアを蔑む人間が危害を加えてこないとも限らない。


 道はわからなかったが、一本道なので迷うことはなかった。額に汗が滲もうと、息がどれだけ上がっていようと、関係なく走り続けた。そして、道は失われる。


「ここは……」


 森の中で大きく拓けた場所。日の光が存分に差し込み、ここだけ別の空間のようにも思える。


「セリア?」


 中央で、セリアが座っていた。小鳥や猪、鹿などに囲まれて、楽しそうに戯れる。野菜の詰め込まれたカゴは彼女の横にあり、申し訳なさそうに佇んでいた。


「ゼレットさん? どうしたんですかこんなところに」

「いや、なんとなく来てみただけだ。町の人に買い物をしてもらって、早く帰れたからな」

「そうだったんですか。その方はどんな人でした?」


 立ち上がると動物たちは森に帰っていく。言葉は発しなかったが「お行き」と言っているような振る舞いだった。


 カゴを持ち、ゆったりとした動作で近付いてきた。中年女性の身体的特徴を挙げると「それはミラノさんですね、後でお礼をしなければ」と朗らかに言った。


 二人並んでの帰り道は、どちらが喋るでもなく、無言のまま時は過ぎていく。しかし、セリアの口元は笑っていた。


 俺はそれでいいのだろうと思う。彼女が納得して生きているのならそれで構いはしない。口を出せるほど世間を知らず、手を差し伸べるほど人間として出来ていないのだから。


「ゼレットさん」


 丁度家に着いた頃、立ち止まった。


「どうした? やり残したことでもあるのか?」


 俺はそう問いかけた。


「町で、私の噂を聞きましたよね?」


 彼女は笑顔だ。


「聞いた。だからなんだという話ではあるが」


 これが本心だとわかってもらえるだろうか。


「傷が癒えたら、すぐに立ち去った方がいいです。貴方も、厄災を背負ってしまいますから」


 それだけ言って、彼女は家の中に入ってしまった。


 日が傾き、もう少しで茜に支配されるだろう。その中で、俺はなんと返答したらよかったのかと、一人で考えを巡らせる。本心より出た言葉か、それとも俺を思って言ったのか。どちらにしても、俺は数日でここを離れた方がいいのかもしれない。


「彼女のため、か」


 そう、彼女のためだ。

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