双子と拉致
ごきげんよう。昨日は無事に逃げおおせた雪です。
今日はまだ彼女には会っていない。基本的に、彼女が人目をはばからずに追いかけてくるのは放課後だ。そりゃ彼女にも授業があるしね。来られないわけです。
だから昼休みはゆっくりとご飯を食べることができる。よく噛んで食べろという祖母の教えが骨の髄まで染み込んでいるわたしは早食いができないので、それはとてもありがたい。
まあ、ぼっちだけどね!
クラスどころか普通科全体で唯一の編入生であるわたしは、はっきり言って浮きまくっていた。それはもう、水に浮かべた油のごとく浮いていた。
わたしの出身家が緋賀園だということにも関係があるのだろう。本来なら緋賀園は男女関係なく紅い髪になる。わたしの両親も、祖父母も。双子の従弟たちなんて、この世のものとは思えない美しい御髪だ。それに比べて、わたしは夜をさらに墨で塗りつぶしたような黒髪。瞳にいたっては薄氷のような標色だ。
だから、分家の分家の妾の娘だとか、血の薄い取るに足らない身分の低い奴だと思われるのは仕方のないことだ。そんなことで見下されるのは慣れっこだ。弁解ではないが、両親は――特に父親は、特別血の濃い緋賀園の婚約者同士だった。髪も瞳もこんなだが、父にそっくりだしDNA検査もしたので、母が浮気したわけでもなく、わたしはまっとうな緋賀園の娘である。表立って言わないのは、目立ちたくないからである。
そんなわけで友達を作る気さえ起きず、ぼっちで昼食を食べる破目になっているのだけれど、まあこれは自分の努力不足も大きく関わってくるので何も言えない。はたから見ればとほほであるが、わたしはおしゃべりしながら食事なんてできないからあまり気にしていない。家では祖父母と食べることが多かったので、少し寂しいが。高等部の、普通科の食堂で出る食事はおいしいし、いっか。
この学園は、学科ごとに食堂が違う。そこでしか食事できないわけではなく、学科ごとにその日のメニューが異なるので好きなメニューを探して食堂を移動する人もいる。ただし、特科の食堂には特科の生徒と一緒でないと入れない。というのは、ゲームで得た知識なので、この時期の花里さんは知らない……はずだ。
実は、前世についてはごくごく限られたことしか覚えていない。いや、思い出していないと言ったほうが正しい。おおまかなあらすじ、キャラクターのプロフィール、そしてあの原作者のことくらいしか思い出せない。以前のわたしがどんな人物で、どんな家族がいて、何歳で死んだことになっているのか。そんなことは「知らない」と言ったほうがいいんじゃないかと思うくらい。どちらにせよ、わたしは前世に未練などない。と思うので、あまり深く考えたくはないのだが。だって友人のことを思い出すたび、あの軽薄でつかみどころのない言動を思い出すたび、わたしは言い知れぬ怒りと不安をおぼえるのだ。ああ、こんなことを考えているとご飯がおいしく感じられなくなってしまう。
ぼんやりと白米を咀嚼する。ひたすら無心に昼食を摂取していたので、食堂の扉の向こうからかしましい声がしているのに気づくわけもなかった。うかつすぎる。
わたしが異変に気づいたのは、それがわたしの目の前に立ってからである。ようやく顔を上げたわたしは硬直した。
「こんにちは」
「挨拶に来たのがそんなに意外?」
「相変わらず、ゆっくり食べるね」
「雪はのんびり食べるよね」
変わりばんこにしゃべるな。いらっと来るものがある。双子がやっているので違和感がないのがまた難点だ。そう。顔を見合わせてくすくす笑う彼らは、双子である。そして彼らは、わたしの従弟たちでもある。
従弟といえど、彼らのほうがれっきとした緋賀園男児である。身分はわたしのほうが低い。彼らが立っているのにわたしが座っているのはまずい。非常にまずい。しかも彼らは中等部生でも特科生。由緒正しい緋賀園の男の子とわたしは、傍から見れば決して血のつながりがあるようには見えない。わたしは黒髪だ。そしてここは食堂。一瞬にして野次馬と化した周囲の目が突き刺さる。
うっと唸ったわたしは立ち上がり、さっさと食器を片付ける。
「そんなに急がなくてもいいのに」
「挨拶しに来ただけなのに」
「雪はせっかちだね」
「食べるのはゆっくりなのに」
極めてそういう問題ではないし、知っているなら食事時に絡んでこないでほしい。わたしがむっとしたのを見て、彼らは笑う。わざとか。
特科生は人外レベルで顔もプロポーションも素晴らしい。だから人気なのだ。
目の前の双子とて例外ではなく。FDや2では攻略キャラに追加されていたはずだ。燃え盛るような真紅の髪も、兄の翡翠の瞳も弟の濃紺の瞳も、常識はずれに美しい。だから、わたしに絡みに来ないでほしかったのに。
「ごきげんよう……紅蓮様、焔様」
挨拶したんだからさっさと帰れ。そういう意をこめて瞳を見れば、なぜか二人とも震えた。けれどそれも一瞬のこと。見間違いだったにちがいない。
「あのね、雪、聞いて?」
「雪、おれたちの話を聞いて?」
「……」
つくづく、年上の意を汲まない従弟である。聞かなければ、ここをどかないつもりだ。これ以上目立つのは嫌なのだが。
そう考えていると紅蓮のほうが、「移動して話そうか」と提案してきた。どこに行ってもあんたらは目立つんだよ? 知らないの? しかし年下相手にそう言うのはしのびなかったので、彼の提案に乗ることにした。
「雪って本当に顔に出るね。だから嘗められるんだよ」
とは焔の言である。あんたは昔から目ざといよね?
「それで、なんの用事なんです?」
「やだなあ、雪、さっきから他人行儀すぎー」
「自分より目上の方に敬語を使うのは当然の礼儀です」
「ここにはおれたち以外いないけどね」
「防犯カメラは仕掛けられてるけどね! ぼくたちはそんなの気にしないし、声は録音されてないはずだよ」
「……」
本日二度目の沈黙。この双子はいたずらが好きだ。といことは、この教室になにか仕掛けたことがあるのか。……先生、ごめんなさい。従弟に代わってわたしが謝罪します。
ちなみにこの双子、声はそっくりだが一人称が違う。「ぼく」は紅蓮、「おれ」は焔だ。
わたしの顔を見て、二人が噴き出した。一人称が違っても行動は同じである。
「さっさと本題に移っていただけますか。授業があるので」
「ああ、うん。雪、遊ぼう!」
「おれたちと遊ぼう。今から」
「はい?」
嫌ですけど。せめて授業が終わってからじゃ駄目なの? 目立ちたくないんだけど。
「なんかね、明日黄会長……ほら、千里さん」
「千里様、ね」
「どっちでもいいけど。高等部の生徒会長のお気に入りの……えっと、雪に絡んでくる……おれたちじゃなくてね、雪。顔に出てるから。とにかくその人に【緋賀園の黒髪の女子生徒】のこと聞いたらしくて、ちょーっと面倒なことになってて、力を貸してほしいんだけど」
「全力でお断りいたします」
「言うと思ったー」
ああ、面倒なことになった。生徒会長に関わったら、なんかいろいろ駄目な気がする。平凡な女子ではいられなくなるのは確実だ。だって人気なのだもの。彼も、特科の生徒なのだから。関わってはいけない。
ああでも、と彼らを見る。この双子に絡まれて、無事に逃げおおせたことがあっただろうか。いや、ない。花里さんとは年期が違うのだ。わたしは逃走アマで、彼らは追跡……いや、狩りのプロだ。敵うわけがない。それでも生徒会室や特科棟には行きたくない。
わたしの顔をじっと見ている双子は妙に静かだ。おかしい。わたしがそう思った瞬間、ずんと頭が重くなった。まさか、まさかと彼らを見る。その目もまともに開かない。
「普通に連れて行こうと思ったんだけどね」
「暴れる女の子を無理やり連れて行くのは良心にくるから。おれたちも手段選べないんだ」
薬を盛るのは良心痛まないんかい。ああ、だから場所を変えようって提案したのか。食事に盛るよう頼んで、その時間あわせのために。
頭の良く回る双子をひと睨みしたが、本鈴の音を最後に、私の意識は途切れてしまった。