小説未満
※この作品はPCで読むことを推奨します。
「頭から否定するようなことを言って悪いが、私は君のそれを小説だとは認めないね。
文学というには程遠い言葉遊びに過ぎないよ。全く、くだらない。
字を並べただけで小説というなら、筆を走らせただけで絵画なのかい?
が……まあ言葉遊びとしてはギリギリ及第点、といったところか。その程度だよ」
意見をしてくれ、と言ったのは自分だが、あまりに鋭利な彼女の毒舌だった。
味方になってくれとまでは言わないがそれにしたって一言一言が鋭すぎる。
成功、とまでは行かなくとも自信のあった作品を切り捨てられると流石に落ち込む。
すると彼女はそんな僕を見て何か優しい言葉をかけてくれるのかと思ったが……
「一体こんな物のどこに君は期待を寄せていたのだろうね、理解に苦しむよ」
「文学青年はガラスのハートなのですよ? もう少し柔らかく接していただきたい!」
と、心の悲鳴を声にしたものの、彼女のにべもない姿勢は一向に揺るがない。
「なんだその言い草は。誰か一人が素晴らしいと思えばそれは素晴らしいとでも?
るいとも、とか言ったか。君の周りにはさぞ向上心の無い連中が集うだろうね」
とりあえず、全くもって認めたくは無いが彼女の言うことは正論なのだ。
いや、むしろ加減というものを知らないからこそ、僕も彼女に助言を乞う。
「ううぅ……次こそはと思ったのですがね。これで13連敗ですよ」
試練、というか一つの儀式だ。僕は作品が書きあがるとまず彼女に読んでもらう。
みな、誰かの作品を読んだときは美点を添えて感想を述べるだろうが、彼女は違う。
ともかく毒舌で辛辣。悪いところを探す腕前で彼女に敵う者をいまだ僕は知らない。
「そうそう、君の作品の一番の問題点はね、面白くないということだ。何故だと思う」
「の、能書きも何もあったもんじゃないですね。全否定じゃないですか……」
「作者は少し考えるべきだ。君の自慢げな顔を見て、喜ぶ読者がいると思うかい?」
品定めするような彼女の視線に、僕ははっと気づいた。
にいぃ、と満足げに笑って彼女は続ける。
「物語と言うものは本来面白さが第一だ。それから作者の小細工や遊びが生きてくる。
言わせてもらえば面白くないからこそ、その自慢げな小細工ばかりが鼻につくんだ。
うまいこと自分で決めた書く上での制約をクリアしてもだ。
無い方が面白いっていうなら、そんな鎖の巻き付いた文章は小説なんかじゃ無い」
「愛想も遠慮もありませんけど……確かにその通り、ですね」
「想像してみろよ、愛嬌があって慎み深い私を」
なるほど、そんなのは全くもって彼女じゃない。
隣に住む私の先生は常に無愛想で、遠慮が無く、そして正直な存在なのだ。
「人間誰しも勘違いをする。誰しもがそれを引き出しの中に隠しているだけの話さ。
と、立ち話もなんだ。ちょっと何処か呑みに行かないか。もちろん君のおごりでね」
のんびりとした口調でさも当然の事のように僕に夕飯をたかろうとする彼女。
「日もまだ落ちきってないのに? それになぜ僕が払うことになってるんですか」
「常識だろう? 他人を無許可で文章に出しちゃあまずいなんてことはさ。
のみならず、まあ随分と毒舌に仕立て上げられたものだ。フフ、私は悲しいね」
一度自分を省みればいいと思ったが、彼女の辞書に反省の二文字は無い。
風のように颯爽と、正直に生きる彼女にはそんなものは必要ないのだろう。
景色はすでに橙色に染まり、僕は夕焼けの町を彼女と一緒に歩き出したのだった。