余計な事しなきゃよかった
「卒業…出来た…」
後2時間程で日付が変わるくらいだった。自宅に着き、電気を付け、自分しか居ない空間で吐き出した一番最初の言葉。台詞の最後に(涙)とでも付きそうな程だった。
学校の卒業式後、今日だけは!って事でハメを外した。クラスメートの奴らとかなり騒いだような気がする。高校生になってから初めて行ったゲーセン。同じく初めて行ったカラオケ。
……本当に久々、恐らくは中学生以来だったから体力のペース配分もむちゃくちゃになってたのかもしれない。自室に戻り、手早く楽な格好に着替え、ゴロンと横になる。
「いや、馬鹿か…俺……」
自分にとっては高校卒業してから本当の意味でスタートだ。まあ、でも高校在学中に比べれば楽出来るかもしれない…、とも考えてみる。
今日は寝よう。明日からだ、明日から。
戸締まりを一通りチェックした後、俺は今日1日を終えた。
「番号…あった……」
210番。ホワイトボードに張り出された合格者一覧表と、自分の受験番号の書いてある紙を一応確認する。間違いは無かった。
学生として復帰出来た事そのものが奇跡的だった私には、またとない程奇跡的な出来事なのかもしれない。
よかったねー、一緒に合格出来たよー。
また一緒になるかもしれないねー。
あ、お母さん?合格したよー。うん、ありがとー。
周りでは合格した事を喜ぶ声が男女問わず、いくつも聞こえる。
落ち込んでいる人は、とりあえず自分の視界には入ってこなかった。
皆それぞれが、自分の次は友人に、知り合いに、結果を聞いている。
自分に、私に、結果を聞いてくる人はいない。
誰も、いない。
……別にどうでもいいが。
「……帰ろ」
一人で帰る。合格した事が嬉しくないわけではないが、本来の自分の成績から2ランク、もしくは3ランクくらい落とした高校に入ったのだ。90%くらいは受かると思っていたから、感動はそんなに強くない。
人混みの中を縫うように歩く。
ドン
「あ」
「っ」
人の背中に自分の体の正面がぶつかる。
あ、と言った男子は悪い、と言いながら自分の顔を見る。
男子は一瞬固まりながらも目を見開いた。
「い、いや、その……悪かったよ…ご、ごめんな!?」
そう言った後慌てながら自分から離れていった。
チク
心が軽くつつかれたような気分だった。
……また歩きだす。今ので多少なりとも注目を集めたのか、自分の顔を見るなり道が開いていく。
単純に帰るために、私は歩く。
去年までと変わらなそうな学生生活が幕を開けそうである。
……ムクッ……ゴシゴシ……カチッ。
やはり目覚まし時計より早く起きた。高校卒業してからでも起きる時間はなかなか変わらない。
目覚まし時計を置き、体をほぐす。
「ん゛んー……っと」
伸びをする。うん、気持ち良い。
寝間着のジャージの上からジャケットを羽織り、家の裏のビニールハウスへ。
「はぁーい、おはよーごぜーまーすー」
ビニールハウスに入って第一声。当然返事は返ってこない。
「綺麗にー、咲いておくれー」
行動も台詞もだらっだらだが、しっかり花に水をやる。
ハウス内の空調も程よいもので、明日に咲き始める花もありそう。
「んー…とりあえずこんなもんか」
まだ土も悪くなさそうだし。と、水をやりながら思う。
「いよし。朝飯だ」
今日は魚でも焼くとしよう。
ちゃちゃっと飯を食ったらいつも通りの時間かな。
店内に飾ってある分も確認。
……明日か明後日ぐらいで配置を変えてみるのも面白そうだ。
「開店、と」
〜お花屋さん・曾野原〜
今日も平常運転だ。
頑張れ俺。
退屈。というより居づらい。
入学してから3日目、2時間目の授業が終わりちょっとした休憩時間中。中学の時と同じ雰囲気がすでにクラス中に漂っていた。
仲の良いグループが3、4つくらい出来て、一人でいる事の方が珍しい。という状況。……別に、近づくんじゃない、とか話しかけないで、とかいうオーラを出しているわけではない。机に頬杖をつき、椅子に座ったまま、窓から外を眺める。何かを見るわけでもなくただぼーっとする。
自分の周りの席には見事に誰もいない。別に自分の席が一番隅っこに追いやられて隔離されていて、ゴミを投げられるとか、漫画やドラマでしか見ないようないじめを受けているわけではない。
そもそも学校生活でいじめられた事はない。
ただ、誰も近づかないだけ。
ザワザワやらガヤガヤやらの喧騒の中、
カタッ
静かに席を立つ。
……シン……
一瞬静まり返った。
……それでさー…、……あのねー…
数瞬で会話の続きに戻るクラスメート。
ハァ……、口には出していないと思うが、心の中で小さな溜め息を吐き出した。
通学に使う鞄を持たずに、視線が突き刺さる中教室を出る。
初日は我慢したが2日目から無理だったので、2日連続で授業をボイコットする事になる。一人で。
教室を出て、校門を出て、歩く。平日で制服だから時間を潰せるような場所はだいぶ限られるが、それでもふらふら歩いていく。
……何も考えつかない。
どうしたものか…と顎に手をあて考えてみるが、やはり思いつかない。
ふと視線を上げると、廃れているわけではないが栄えているわけでもないこの町中で、わりとおしゃれな外観をした店が視界に入る。
ガラスの扉越しに懐かしい物が見えた。
自分の足は自然とそこに向かっていく。
誤算だった。こんなに暇だなんて。
学校通ってた時は、授業中に売り上げまとめてたり、休み時間に店の様子を見に行ったり、家に帰ったらすぐ仕事、っていうのを毎日続けていたから忙しく感じていた。
だが今は朝から店にずっといるわけだから、時間が余ってしょうがない。
ここ最近までの店の売り上げもまとめたし、店の様子は現在進行形で見ている。溜めてた分の洗濯も一段落し、なんとなく部屋の掃除もしてしまった。
…両手を後頭部まで持って行き、楽な体勢になった所で、
「……暇だなー」
呟く。
「……暇だにゃー」
呟く。
「……暇だにゃーん♪」
歌う。
「ひま、ヒマ、暇ぁー♪暇だにゃーん♪」
ノッてみる。
……ガランガラン
静かな空間だった分、人が来たと知らせてくれる扉の音がよく響いた。
「ひにゃ゛!?」
びっくりした。うん、普通にびっくりした。
「………」
「……ん゛、んー、いらっしゃい」
俺はあくまで冷静だ。
……的なアピール。
女の子がそこに立っていた。
女の子の特徴と今の状況を全てひっくるめて一言で表すとしたら、
んー……色々珍しい。以上。
「………」
一応、と言った感じで頭を下げた後、キョロキョロと辺りを見ている。
「んー、ご自由にどうぞー」
そう言った後、近くにある本を手にとる。
〜一流の花の育て方、応用編〜
ん〜、何回見てもわりと勉強になるぞこれ。
母が好きだったと言う理由で、自分も好きになった花がある。そんな花が視界に入ったので、なんとなく来てしまった。
確か…名前は…
「…何だっけ…?」
大輪で、堂々と咲き誇り、どこか雄々しさを感じる花。時期的にはもう少し後で咲くはず。
と、色々御託を並べる事は容易いが、如何せん名前が出てこない。
……単純にど忘れした自分にイライラというかモヤモヤする。
「牡丹、だな。そこまで見事に咲いてくれたのはウチではあんまりないんだよなーそれ」
椅子の上で胡座をかき、片手に本を持ったまま、カウンターに頬杖をついている店員?は教えてくれた。
「綺麗、ですね…」
視線は花に向けたまま、思った事がそのまま口に出た。
「ん、ありがとー。良かったら買っていきます?」
店員?がまた答える。
「……こんなに綺麗な花…私には……」
もったいない、そう言おうと思った。
瞬間、
ガシッ
右手の手首の辺りを掴まれる。
「っ!!?」
驚いて振り返る。
いつの間に近くまで来てたのかわからないが、店員?がそこにいた。
「ちょっとこっち来い」
真剣そうな表情で、短く私にそう言い放つ。そして、結構強い力で掴まれたまま歩きだした。怖い。とても怖い。頭の中が一瞬でぐちゃぐちゃになる。自分の呼吸のリズムもわからなくなり、悲鳴すら上げられない。
ガチャ、トン
店の奥の部屋に入れられた。誰かが来ても、私がここにいる事はこれでもうわからない。
体は強張り自由にうごけず、私はただ強く目を閉じた。
……………………
……?…何もしてこない?
ゆっくりと目を開け、ゆっくりと振り返る。
いない、誰も。
「……??」
ドキドキはしている、だが多少は落ち着けたのか、疑問符で頭がいっぱいだ。
「なんなの…?」
そう言った矢先に、目の前の扉の奥から会話が聞こえてくる。
「曾野原ー?いないのかー?」
「はいはいー?なんですかー?人のトイレタイムにー?」
まぁ、間に合った。良かった良かった。
「またサボりに来たんですかー?河原センセー?」
「サボりじゃねっての。見回りも面倒くせーんだからな。息抜きくらいさせてくれ」
そう言いながら、ほれ、とペットボトルのお茶を俺にパスする生徒指導部の河原先生。
店の仕事でよく学校を抜けていた俺は、在学中3日に1回はお世話になっていた。
先:てめー、また学校抜けやがってー!
俺:いやー、お花が俺の帰りを待っていたのでー。
先:無理やりにでも補習受けさせんぞこらー!
俺:テストの点数ちゃんと取ってるから見逃してよー
先:やかましいわ!俺の手間を増やすんじゃねーよ!
という感じ。あー懐かしい。
「俺卒業しても見回りやるんすねー、大変ですねー」
あったかいお茶を自分の右手に、左手に、また右手に、とパスしながら聞く。
「お前が卒業したら俺ももうしなくていいと思ったんだけどな……」
若白髪の生えた頭を押さえながら呟く、今年で32歳の先生。
「なんですかー?また別の問題児でも?」
ちょっと興味あるから聞いてみる。
「……受験のテストでは学年5位だったか、6位だったかの優等生。でも学校の授業は気づいたらいなくなってる。ここ3日中、2日は消えてるな」
まったく、と言った風に溜め息混じりに話す先生。
「卒業したお前が戻ってきたみてーだよ本当」
さらに深い溜め息を混ぜながらそう呟いた。
学校と花屋を両立させる。とりあえず、高卒、という肩書きが欲しかったので、学校のランクを2つ3つ落とし、花屋メインで通学していた過去を持つ俺。確か入学当初は学年3位。ちょろいちょろい。
「どんな奴ですかね?」
見かけたら連絡入れますよ?と、聞いてみる。
「神ヶ崎っていう女子」
「いやいや先生、名字とか言われてもわかんないから。特徴とかは?」
おおーすまん。と言った後に、まぁちょっと言いづらいんだが…と付け足し、
「……顔に大きい傷跡がついてるな」
難しい顔して言っていた。
あー、ビンゴ。匿って正解だったかもなこれ。と、奥の部屋に連れて行った女の子を思い出しながら考える。
「神ヶ崎後輩ねー、まぁそれっぽいの見つけたら連絡入れますよー」
と、手をひらひらさせる。
「あぁ、まぁよろしく頼むわ」
よいしょ、と椅子から立ち上がり腰に手を当てる先生。
「それじゃあな」
と手を上げ出て行く先生に対し、
「はいはーい」
と返事をしておいた。
さてと……
「もう出てきていいよー」
ごめんね、と付け足し扉を開けた。
「………」
表情的には怒ってはいないと思うが、何を考えているのかわからない。
……あれ?俺悪い事した?いやいや、そんなはずは。
「まぁ、退屈なのはわからなくもないけどさ、一応顔くらいは出しとけ。」
そう言いながら、ほれ、とペットボトルのお茶をパスする。
パシッとキャッチした後、
「……どうだっていい。」
そう言ってキャップを捻る。関係ないでしょ?と続くような台詞だ。
………しかしこうしてまじまじ見ると、第一印象は良くは見られないんだろうなーと思う。
額の真ん中から、右目の2㎝下くらいまで伸びる傷跡。左側のこめかみから左頬まで伸びる傷跡。
……どちらも切り傷なのかわからないが、痛々しい。
「……観察は終わった?」
考えを見透かされたようだった。少しドキッとしてしまい、
「…あー……」
言葉に詰まる。
「………」
ジッ、とこちらを見る瞳。どう思ったのか言ってみろ、と訴えてくる様だ。
……考えろ、考えろ俺。素直に、失礼にならない程度に……、何言おう?
結局を目を合わせたまま出た言葉が、
「……かっこいいと思う、な。うん。」
いや、俺何言ってんの馬鹿なの俺?
「……へ?」
ほらほらぁー、不信な目で見られてるってー、どうすんの俺?
「いや、前髪やら髪型で隠そうとしない辺りがさ、堂々としてて、な。」
いつから俺はこんなくっさい台詞言える様になったのだろうか。やべっ、恥ずかしっ。
「……バイト」
不意に口を開く彼女。
「…はい?」
聞き直す俺。
「ここでバイトする。」
「いや、募集してないし、そもそも学校行けよ。って話しになるんじゃ……」
一応OBだから、ここら辺はきっちりしないとね。
「…知らない男に有無を言わされず、個室に連れ込まれて閉じ込められた。これを学校に報こ、」
「オッケーオッケー、認めよう。認めさせてくださいお願いします。バイトくらい許可しよう。」
二秒で折れる俺。全部本当の事だから何も言えないのだ。
「ただし、三日に一回でいいから、一日中学校には出ろ。残りの二日も最低顔は出しとけ。…それが条件。」
条件出せる立場かどうかはわからんが。
「……わかった。」
頷く後輩。
…それと、
「神ヶ崎…?であってるよね?」
一応確認しておく。こちらを見ながらコクンと頷いた後、
「さく」
「さく?」
何が?
「神ヶ崎、咲久」
名前の方がすぐ反応出来る。と言いながら名乗る。
「………」
「………」
15秒から20秒くらい見つめあった後、
「……咲久、……ちゃん…?違うか、…咲久…後輩?。」
呼んでみる。
「ん」
無表情でそれだけ言って、頷いた後、
「よろしくお願いします。曾野原先輩。」
ぺこりと頭を下げた。
この日から、「お花屋さん・曾野原」に従業員が増えた。