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ガラクタのうた  作者: 花葉
PLANT編
4/19

 <Act.01>箱入り玩具



 ――カンカンカン、と響くのは冷たく無機質な音。それは一定のリズムを刻むように、滞ることなく奏でられ続ける。

 カンカンカン、カンカンカン、カンカンカン。

 灰色のコンクリートに囲まれた階段を上って行く華奢な脚。それは薄汚れた扉の前で立ち止まり、鉛色のドアノブに手を伸ばした。

 ガチリという音を出して最後まで回しきると、自分を握りしめている来訪者を招き入れる。ギイイと錆びた蝶番が低い唸り声を響かせながら、扉が開け放たれた。

 カツン、カツンと先ほどより響きの少ない音を立てながら歩く人影。ブワリと荒々しく冷たい風が吹き、影の持ち主のセーラーカラーの衣類と、陽光をかき集めて紡いだような、プラチナブロンドの髪を揺らした。

 反射的に両腕を自分の顔の前に晒し、若干俯く。風が弱まると、閉じられていた瞼がそっと持ち上がった。

 伏せられた長い睫が小さく震えて、恐る恐る姿を現すのは深いエメラルドグリーンの眼。

 弱々しい風に吹かれて騒ぐ金髪を左手で抑え、その碧眼は真っ直ぐと空を仰ぎ見た。視界いっぱいに広がるのは曇天。


「……」


 空を無言で睨みつける横顔からは感情が伺えない。一体何を考えこの場に足を運んだのかも、何を思って空を見つめているのかも、答えは彼にしか分からない。

 幼い顔立ちをしてはいるが、彼の面持ちには決して子どものような無邪気さなどなかった。人形のように白い肌と、華奢な四肢に可愛らしい顔立ち。容姿端麗。

 再び無言のまま足を進めて、塗装の剥げた白い欄干を掴む。風に煽られて落下しないようにしっかりと両手でそれを握りしめ、景色を眺めた。

 視界のほぼ半分以上を占めるのは、荒々しく暴れている灰色の波。

 どうやら此処は離島のようだ。遠方には幾つも建ち並ぶ民家や漁船が見て取れる。

 逆巻く波の音が支配するこの空間で、彼が海原を眺望していたその時、また新たな音が混ざり込んできた。


「!」


 ピクリと肩を震わせて、少年は振り返る。

 今しがた自分が潜った出入り口をジイッと見つめていると、その閉じられた灰色の扉が再び開かれた。そこから顔を出したのは、白衣を纏った男性。

 少年の瞳が途端に何か感情を映し出す。それは、嫌悪。


「57θ、部屋に戻れ。手を煩わせるな」

「……すみません」


 と、まったく申し訳なさそうではない声色で、57θと呼ばれた金髪の少年は落ち着いた調子で応えた。

 彼の返事を聞いた男は、その場に留まることなく姿を消す。

 誰もいない扉の奥を彼は動くことなく傍観した後、大海原に視線を投げる。相変わらずな灰色の景色を視界におさめると、彼は蔑むかのように呟いた。


「――醜い世界」


 ポツリと落とされた呟きと、空からの一滴。

 少年は曇天を見上げて眉を顰めると、金髪をサラリと揺らして顔を背ける。首に着けられた革製の首輪の金具が、一瞬だけ鈍く陽光を反射させた。そしてそのまま振り返ることもなく、彼は颯爽とその場を後にしたのだった。



 長い階段を、少年は息を乱すことなく無表情で下りて行く。そしてそれを、とある階で中断した。開きっぱなしの扉を抜け、代わり映えのない灰色の通路を歩く。

 黒い鉄格子に囲まれた空間に、野晒しにされながら座り込む幾多の人影。皆が皆、鮮やかで個性的な髪色と眼球を持っていた。しかしそれとは対照的に、表情は暗く冴えない。彼らに目を向けることもなく歩き続ける金髪の少年は廊下の最奥まで行き、目の前の見るからに頑丈そうな横スライド式扉の取手を掴んだ。

 扉の真ん中にある黒い液晶のような、硝子のような光沢のある板からピッと小さな音がした。そこから赤く細長い光線が彼に突き刺さるようにして放射される。赤外線だ。

 それは彼の首輪を数回横切ると、満足したかのように姿を消す。パネルには〝認証完了。進行許可〟という赤字のテロップが流れていた。そして分厚い合金製の扉からはガチャンッと金属音が響いてくる。どうやらロックが解除されたようだ。

 その重々しい容姿とは打って変わり、扉は流れるような動きで少年の道を開けた。それを確認した彼は扉を潜る。するとまた扉は自動で閉まった。

 一連の出来事を顧みることもなく、彼は歩き続ける。やがて、先ほどの鉄格子が並ぶ通路よりも豁然(かつぜん)とした場所に出た。鉄格子の代わりにズラリと並んでいるのは、先ほどと同じような引き戸。違うのは、扉の真ん中には液晶だけでなく、その真上に白い字で番号が記されているというところだろう。

 少年は〝57θ〟と書かれた引き戸の前で足を止めると、液晶に左手を晒した。再び赤外線が先ほどの扉とは違う動きで放射され、彼の左の掌を調べる。その時間、三秒ほどの出来事だった。扉からガチッと低い金属音が鳴り、彼は取手を両手で掴んで引き戸を開け放つ。そうして当たり前のように中へ入っていった。

 組立途中で放置されたような、見るからに硬そうなベッドに腰を下ろし、彼はふぅっと息を吐き出す。そして己の首に着けられた首輪を煩わしそうに手早く外すと、ベッドへ仰向けに寝転がった。

 ボウッと灰色の天井を眺める碧眼は、何も考えていないように見てとれる。

 しばらくの間をその体制のままで過ごし、突然ムクリと起き上がった。そして彼はベッドの下へと腕を突っ込み、何か大きな箱のようなものを引っ張り出す。

 ガガガッとコンクリートと擦れる音が床を這いつくばるように響き、出てきたのは黒に近い茶色をした、歪な形の入れ物――ヴァイオリンケース。

 彼はそれを慣れた手つきで開けると、中から楽器を取り出して立ち上がる。譜面台も楽譜も準備しないままそれを構え、何の躊躇もなく弾きだした。

 弦の振動から生まれる音色は嫋やかに伸び、コンクリートに弾かれながら遠くまで響いてゆく。その奏でられた音符たちは、とある青年の耳へと流れ込んでいった。

 少年が先ほど通った道と、同じような景色の中を歩いていた彼は「あれ?」と小さく呟きを零した後、足を止める。そして前を淡々と歩く白衣の男性に問うた。


「何か曲でも流しているんですか?」

「愚問だな」


 そのような娯楽に電力を費やすほど、我々は愚図ではない。と、前を歩く男性は振り返ることもなく答える。その背をキョトンとした表情で青年は見つめ、再び慌てたように歩き出した。

 その後二人は、一度も言葉を交わすことなく歩き続ける。彼らの様子からして、どうやら話すことがまず珍しい行動のようだ。

 段々とヴァイオリンの音色が近くなる。

 音源が目と鼻の先になった頃、先を歩いていた男が扉の取手を掴んだ。

 ――ガシャン!

 扉が開かれた音によって、遮断されたヴァイオリンの音色。

 金髪の少年は彼らの気配に気付いていたのか、落ち着いた様子の目線で二人の姿を確認した。驚く仕草は微塵も見せず、ただ黙って見つめているだけである。


「57θ」

「何でしょうか」


 白衣の男性が番号を口にすると、ヴァイオリンを弾いていた少年が返事をした。それと同時に、ヴァイオリンを構えていた腕を下ろす。

 じっと男の姿を見ていた少年だったが、チラリと目線が動いた。その碧眼が映すのは、白衣の男性の半歩後ろに立つ、一人の青年。


「本日から、お前と同室で過ごすことになった49だ」


 それだけ言うと、男は後ろにいる青年へと視線を流す。それに後押しされるかのように、彼はゆっくりと前へ歩み出た。一度深く頭を下げた後、自己紹介を始める。


「初めまして、ELLIE_NO.G-49です」

「エリ?」


 にこりと人当たりのいい笑顔を携えて、青年は金髪の少年へ愛想を渡した。

 その間、少年は黙ったまま彼の観察を行っている。


(女みたいな名前だな)


 それが彼にとって、エリに対する第一印象だった。けれども、自分の目の前に立っているのは見るからに男。

 翠色の短髪はくせ毛なのかくるくるとしており、瞳の色は黄色。おっとりとしていそうな顔立ち、そして少年よりも身長が高かった。十分な会話もしていない少年とエリを置いて、白衣の男はさっさと何処かへ去って行ってしまう。

 少年がジッとその背中を見送っていると、男は突然動きを止めた。顔だけで十分に振り返ることなく、眼鏡の奥の瞳がチラリと金髪の少年を見る。


「それから57θ。楽器を弾くのは勝手だが、くれぐれも我々の気が散るような真似だけはしてくれるなよ」

「……はい。善処します」


 一瞬目を見開いて、彼はバツが悪そうに視線を右下の方へ逸らした。少年の返事を聞くと、男は再び足を進め、彼らの視界から完全に消える。

 重たく流れた沈黙を破るように、エリが口を開いた。


「あの、よければ貴方のお名前を伺ってもよろしいですか?」

「え、あ! ごめん、分かった」


 ふんわりと優しい笑顔で少年の名をエリは待つ。自分の紹介をすっかり忘れていたことに気付いた少年は、焦ったように己の名前を口にした。


「俺はルオ。RUO_NO,K-57θ」

「ルオさん、とお呼びしてもよろしいでしょうか」

「別に何でもいいよ。呼び捨てでも構わないし」

「呼び捨て……はい、わかりました。努力してみます」


 若干素っ気ない態度のルオであるが、エリは嫌な顔一つせず対応する。嫌な顔どころか笑顔だ。

 その表情のまま、彼は当たり前のようにスッとルオへと右手を差し出す動作をする。それを見たルオも、同じように利き手を差し出した――が。

 彼の利き手は左。エリの右手とは噛み合わず、二人は一瞬どうして握手が交わせないのか考えるように、キョトンとした反応をした。

 そしてルオが先ず原因に気付くと思わず手を引っ込めようとした。すると、エリが彼の左手を繋ぎ止める。

 驚いたルオは目をぱちくりとさせて彼を見やった。エリは笑顔を浮かべて、しっかりルオの手を握っている。不格好でありながらも彼らなりの挨拶が交わされた。最中、エリがクスクスと小さく笑う。笑い声がルオの耳に入り、場都合が悪くなったのか彼はぷいっとそっぽを向いてしまった。上目遣い気味に、碧眼が青年の笑顔を睨む。


(変なやつ)


 未だに笑っているエリをチラリと横目で見て、彼はそんなことを思う。今まで関わってきたアンドロイドとも、人間とも違う雰囲気を纏う彼が不思議でならない。

 自分が知っているのは蝋人形のように表情を変化させない人間と、暗い顔色をしたアンドロイドたちだけ。

 このように笑顔を作るアンドロイドがいたとは、正直思わなかった。ココロがなくとも、アンドロイドは笑顔という顔色を彩ることが可能だったのかと。

 エリの顔を盗み見ていたつもりだったルオは、いつの間にか腕を組んでガン見していた。それに気付いた彼は首を傾げる。


「ルオさん、どうかしましたか? 僕の顔に何か……?」

「え! え、っと」


 彼の声を聞いてルオは我に返った。そして何と言葉を返せばいいのか戸惑う。

 まさか「あんたのことがアンドロイドに見えなかった」などという珍解答を口にできるほどの度胸はない。何て言おうか。

 あまり返答を待たせることも出来ないと思い、ルオは迷った末に自然を装って口を開いた。


「……エリって名前、何だか女みたいだなって考え込んでた」

「え?」

「あ」


 だがしかし、結局彼の台詞は若干失礼なままの発言であった。

 エリの反応を見てからそれに気付いた彼は、パッと左手で己の口元を押さえるが、遅い。

 シンとした空気が流れた。


(やっべぇ、しくじった)


 どうしよう、どうしようと必死に頭を回転させる。

 嗚呼、誰かと会話をするのに、ここまで頭を使ったことが過去あっただろうか。もしかすると初めてかもしれない。少なくとも記憶にはない。会話とはなんて面倒くさいものなのだろうか。

 短い刻の中、ルオの頭の中にものすごいスピードで、それらの思量が過ぎ去って行った。辺りはとても静かなはずだが、彼の頭の中は急加速した血液の流れでも聞こえているのかと勘違いするほどに騒がしい。

 沈黙の中でそれを破ったのは、笑顔のエリだった。


「そうですか? ルオさんは容姿がとても可愛らしいですよね。まるで女の子のようだなと思いました」

「なっ」


 これは仕返しか、何かだろうか。ルオは彼に指摘された単語へ必要以上の反応を示した。どうやら気にしていたらしい。

 口をぱくぱくと何度か開け閉めを繰り返し、彼は目を丸くしたままエリを見ていたが、やはり彼は笑顔のままである。

 素で言ったのか。それとも狙ったのか。再び彼の心境を勘ぐってみるものの、その笑顔から察することは出来ない。


「ところでルオさん、ルオさん」

「え、何?」


 自分の世界に入り込みそうになっていたルオを引き留めたのは、彼を潜らせようとした張本人であるエリだ。

 彼はちょいちょいと招くように右手を動かしながら、ルオへ話しかけた。


「先ほどヴァイオリンを弾いていたのはルオさんですよね?」

「そうだけど、聞こえてた?」

「はい」


 ニコっとエリが微笑う。その笑顔を見て、ルオは少しだけ恥ずかしそうに視線を逸らしながら、左手で髪を耳へ掛ける仕草をした。


「何か僕からリクエストしてもいいですか?」

「リクエスト? 何?」

「あ、えっと、僕、曲にはあまり詳しくなくて」


 エヘヘと頼りなさ気な笑いを零して「だから、ルオさんの好きな曲をお願いします」とエリは言う。

 ルオは無言を返しつつヴァイオリンを構え、沈黙を間に挟むとそっと弓を引いた。

 ヴァイオリンの弦から響いてくるのは悲壮感漂うメロディー。エリはその場にぺたりと座り込むと、目を閉じて曲に聞き入る。

 指揮者がいるわけでもメトロノームが揺れているわけでもないのにも拘らず、リズムを狂わすことなく悲しげな旋律がPLANTの内部をするすると抜けて行く。

 とても静かな日だった。そして少し、肌寒い日でもあった。


「……眠かった?」

「いいえ、そんなことないです。とてもきれいでした」


 弾き終わったらしいルオが、微苦笑を浮かべながら目を瞑ったままのエリに声を掛ける。その問いに対して、エリはすぐに返事をした。そしてパチパチと拍手をする。


「もっと楽しい雰囲気の曲でも演奏するべきだったかな、ごめん。俺、そういう気の利いたこと出来なくて」

「そんな、気にしないでください。素敵な演奏でしたよ! 音楽に疎い僕でもこれだけ感動することが出来たんです。何だか落ち着くというか、安らぐというか。有難う御座いました」


 まさかそこまで言われるとは思っていなかったのか、ルオは驚いたように目をぱちくりとさせた。しかしすぐ小さく微笑んで「どういたしまして」と控えめに礼を述べる。


「そのヴァイオリンはルオさんのですか?」

「え、あぁ」


 これ、と言ってルオは左手でヴァイオリンを持ち上げて確認を取る。それに対してエリは頷いた。


「そうだよ。これは俺の私物だけど、PLANTから借りようと思えば借りることも出来る。楽器以外にもここって色々と揃ってるんだよね、それもかなりいいやつ」

「へぇ、いいですね!」


 キラキラとした目でエリはヴァイオリンを見つめる。

 それを間近で眺めていたルオが、数秒の沈黙を挟んだ後に口を開いた。


「……エリも何か探しに行く?」

「えっ、いいのですか?」


 パアアッと明るい表情でエリが顔を上げた。若干驚いたようにルオが半歩後ろに引いて、ぎこちなく「うん」と返事をする。


「平気だよ。ちょっと移動するけど、今からでも行ける」

「今からでも?」


 何か引っかかる言い方をした彼に、エリが首を傾げた。

 ルオはどうやらわざとそのような言い回しをしたわけではなかったらしく、少々場都合が悪そうに表情を曇らせる。


「太陽が西の海へ沈んだ後、アンドロイドは自室から出ないんだ。決まり事ってわけではないけど、みんなそうしてる」


 エリも今日からここの一員なんだから、覚えておいた方がいいよ。と、視線を下げながら言った。


「何故ですか?」

「それは」


 ルオが閉口する。

 何かを考えているわけでもなく、話すかどうか迷っているようだ。


「……そういうものなんだよ、きっと。外の世界の人間たちも、夜には家に帰るって言うじゃん」


 言いながらに、彼はヴァイオリンをケースに片付ける。そしてベッドの上に放っていた首輪を手に取り、さっさと扉の方へ歩き出してしまった。その後ろを慌ててエリが追い駆け、二人は部屋を出た。

 カツンカツンとコンクリートを踏む二人分の足音が響く。道中の人気はまばら。PLANTのスタッフである白衣を着た男性や女性とは、たまにすれ違う程度だった。

 その最中、キョロキョロと忙しく首を動かしていたのはエリ。


「面白いものなんて何もないだろ」

「そうですね……分からないです」


 歩きながら首輪を付け、顔だけで振り返りながら言ったルオの言葉に同意を示しつつ、エリは相変わらずあちこちに視線を動かす。呆れたように息を抜いてルオは再び前を向いた。


「ルオさんは探していませんから、分からないだけですよ」

「俺が探していない?」

「ルオさんは諦めています。僕は探しています。これが違いです。僕なら見つけられるかもしれない」

「……ふぅん」


 何か見つかったら教えてね。と、彼は若干興味が無さそうに返す。それに対して、エリはただ笑顔を彼に向けるだけだった。



 灰色の景色の中を、淡々と歩き続ける二人。しばらくすると、目の前には他の扉より一回りほど大きな両開きの扉が現れた。

 ルオが何の躊躇いもなくその取手に手を掛けるところを見ると、どうやらここが目的の場所のようだ。

 ギィと微かに蝶番が音を鳴らして開いた扉の隙間から、二人は部屋の中に足を踏み入れる。


「わあ……」


 そして目の前の光景を見て、エリは感嘆を漏らした。

 天井の高さまで伸びる鉄製の棚には、所狭しと様々な物品が並べられていて、電気が点いているのにも拘らず薄暗い。光が棚によって遮られ、足元まで十分に届いていないのだ。


「この壁に埋め込められているモニターに検索を掛ければ、探してる物のある棚の位置情報を教えてくれる。調べてみなよ」

「分かりました!」


 ルオが扉の横の壁を指差す。発光している液晶画面がそこには在った。彼の言葉を聞くや否や、エリがモニターの目の前に駆ける。

 そしてそこで「んー」と数秒唸った後、何か思いついたのか画面にタッチしながら文字を入力していった。


「どう?」

「ありました! えっと、H16……?」


 モニターに表示された英数字をエリが読み上げると、ルオが「こっちだよ」と慣れた様子で彼を引率する。

 どうやら先ほどのアルファベットと番号が、棚の位置を示すものだったらしい。


「これです、これです! わーっ、凄く良質なものですね!」

「くすっ。かなりいいものは揃えてあるって言ったでしょ?」


 喜んでいるエリを見て、ルオが嬉しそうに小さく笑った。しかし彼の持つ重たそうな箱を見て、表情を固まらせる。


「……ところでエリ、それ、何」

「え?」


 エリが重たそうな箱を地面に下ろす。ガン! と無機質な音が部屋に乱暴に響いた。


「何って、工具ですよ」

「工具?」


 膝をついて彼はしゃがみ、工具箱を慣れた手つきで開ける。それを見るためにルオは腰をかがめて、手を膝に置いた。

 中身はエリの言うとおり工具だった。鈍色の鉄がぎゅうぎゅうと入れ込まれている。面白そうなものではない。そして彼に似合う物とは思えない。


「意外だな」

「何がです?」


 ルオが胸中で生まれた感情を、素直に独り言のように口にした。当然それが聞こえていたエリは、中から幾つか工具を選りすぐりつつ彼に問い返す。


「エリと工具が結びつかない」

「じゃあ、僕には何が似合うと思います?」

「……編み物とか?」

「何ですかそれ」


 彼の言葉にエリはクスクスと笑った。すぐ近くにあった工具用のベルトバックに手を伸ばし、それに今しがた選んだ工具を入れていく。


「でも、確かに編み物も得意ですよ」

「器用なんだね」

「そういう風に出来ていますから」


 エリはにっこりとルオに笑顔を向けた。腰には先ほどのベルトバックが下げられている。それにルオが目を向けていると、「あれ?」とエリが何かを見つけたような声をあげた。

 彼の目線の先をたどれば、そこには楽器の類が並べられた棚。


「ヴァイオリンがありますよ。それも、かなり良さそうな」


 棚の前まで歩いて行くと、エリは何の躊躇いもなくケースを手に取った。棚の上でそれ開け、ほらとルオに見えるようにヴァイオリンの角度を変える。蛍光灯の弱々しい光を、薄らとボディが反射していた。


「……うん。オーダーメイド品で間違いないだろうし、傷も見たところ皆無。逸品だね」


 彼の言葉にルオが同意を示す。しかし、それを手に取ろうとはしなかった。


「ルオさんの使っていたヴァイオリンも良いものだとは思いますが、新品に変えたらどうですか? 悪いものではないのでしょう?」

「……エリ」

「はい?」


 ルオは目線を下げる。伏せられた長い睫が、微かに震えていた。


「エリは物に対する愛着って分かる?」

「……」


 彼の問いにエリは答えず、無言を返す。するとルオは顔を上げ、にこりと取り繕った笑顔を見せた。


「いいよ、困らないで。ごめん、変な質問をして」


 そこまで言うと、彼はくるりと出口の方へと踵を返す。


「それが、普通なんだから」


 次いで、そう小さく呟くと、彼は淡々と歩き出した。

 その背中を追い駆けるように、エリが工具箱を手に早足で歩きだす。しかしすぐに中断した。

 何処か一点を見つめ、「これは」と呟くと棚に手を伸ばす。その左手が引きずり出してきたのはコスメボックスだった。


「エリー?」

「あっ、今行きます!」


 右手に工具箱。左手にはコスメボックスを持って、彼はルオの元へと急ぐ。そしてその姿を見た途端、ルオは「また何を見つけたんだよ」と呆れたような笑みを浮かべて言った。


「えへへ、この部屋はいいですね。とても興味の惹かれるものが多いです」

「そっかな」


 楽しそうなエリに比べ、ルオは若干退屈そうだ。唇を尖らせて「ガラクタばかりだよ」と毒吐く。

 それを聞いたエリは、先ほどの言葉を繰り返した。「それはルオさんが探そうとしてないからです」と。


「またそれ?」

「はい。またそれです」

「俺、そんなにつまらなさそう?」

「つまらなさそうというよりも」


 エリは言葉を切った。ルオの隣を歩きながら、彼の瞳をチラリと一瞥する。


「貴方の眼は、凍てついている」


 彼の言葉に、ルオは思考が一時停止したように感じた。エリはその表情を嗜んだところで、薄い微笑みを顔面に携える。


「え……?」

「ルオさんは先刻、僕に言いましたよね。愛着が分かるか、と」


 トントントンと、彼は軽い足取りで、ルオよりも数歩先を歩き出した。そしてくるりと右脚を軸に半回転すると、腰をかがめて、ルオの表情を覗き込むかのような体勢で言う。


「あのヴァイオリンに対して、ルオさんはあるんですよね。愛着という感情が」

「……うん」


 ルオはすぐに返事をせず、その表情をじっと見つめていた。彼がその視線ににこりと笑顔を返したところで、やっと同の意で頷く。しかし彼の口をついて出た言葉は否定的である。


「でも、エリの知っている愛着の意味合いとは少し違うと思う」

「違う? では愛着じゃないということですか?」

「ううん、そういうことじゃない」


 エリの言葉をさらに否定すると、彼は再びゆっくりと歩き出した。それに合わせるようにエリも足を進める。


「愛着という意味合いには重なる部分もある。だけど重ならない部分も多いってこと」


 彼の言葉は、エリにとってあまりにファジーすぎるものだった。思わずエリが唸ってしまうのも無理はない。


「うぅん……難しいです」

「ふふ、そうだね。面倒くさいよ、本当に」


 僅かにルオが眉を(ひそ)めた。その表情は明らかに皮肉を帯びたものである。

 エリは歩きながら、その顔色の微妙な変化を捉えた。

 顔を少し背け、俯いているルオの横顔を見つめて口を開く。初めに無言を置き、実際に発話したのはその数秒後だった。


「……それが、ココロプログラムですか」

「!」


 ピタリとルオが足を止める。そして狐につままれたような顔でエリを見つめた。彼の表情は最初こそ無かったが、ルオの視線を受け止めると、にこりと小さく笑みを浮かべる。


「ココロプログラムの発芽はアンドロイドの禁忌。通常のアンドロイドたちは人間のような感情、つまり心を持っていません」


 正確には持ってはいけないと、PLANTで決められていますよね。と、エリが言った。

 どうしてそんなことを知っているのかと、ルオは相変わらず驚いた面持ちである。彼の動揺に気付いているエリは、笑顔で「ここへ来る途中、スタッフさんに教えてもらいました」と伝えた。

 本来のアンドロイドはココロプログラムの存在すら知らない。そのことを知っているルオは、エリの口から語られたココロプログラムについての情報に驚いたのではない。彼がココロプログラムという単語を口にした時点で、既に十分吃驚(きっきょう)していたのだ。

 未だに目を丸くして硬直するルオを放置して、エリは歩みを再び進め出す。そして言葉を続けた。


「そしてもう一つ、僕は聞きました。PLANT_F――ここに収容されているアンドロイドたちは、何らかの異常があるのだと」

「……」


 2メートルほどルオから離れたところで、エリは足を止めて振り返る。ルオは無意識に視線を下げた。その光景はまるで、探偵が犯人を追いつめ推理ショーを展開するものに似ている。


「つまり、それが貴方の異常なんですね」


 〝異常〟

 その単語が彼の頭で、妙に余韻を残して響いた。

 ふぅと息を吐き出すと、ルオは「そうだよ」とエリの言葉を肯定する。


「俺の異常はココロがあること。でも発芽したわけじゃない」

「最初からココロをもつアンドロイドとして造られた」

「!」


 まるですべてを知っているかのような彼の言葉に、バッとルオが顔を上げた。そこには、先ほどと同じようなエリの笑み。ではなく、どこか頼りなさ気なヘラリとした笑顔だった。


「なんて、実はすべて知ったかぶりなんです」

「え?」


 彼は翡翠色の髪を、右手の指先でくるりくるりと弄びながら言う。彼に振り回されっぱなしのルオは、状況を把握し切れていない様子だ。

 目を白黒とさせながら彼の姿を凝視するが、答えは見えてこない。


「ここに来る際に聞いた話だと言いましたよね? 実はこれ、スタッフさんに説明されてたんですよ。僕と同室で過ごすことになる〝異常アンドロイド〟についての情報だと」

「……ふぅん」


 興味の薄そうな反応をルオは返した。しかし実際は、あまり触れたくないといったような表現が正しい。その証拠に、先ほどから彼の表情はあまり冴えない。

 異常、異常だと言われて気分がいいはずもないだろう。それでもエリは、話すことを止めなかった。


「異常アンドロイドとお聞きして、正直、少しだけ怖かったんです。PLANTで禁忌とされるココロプログラムを所有するアンドロイドなんて、予想もつきませんでしたし。……でも」


 カツン、カツンとエリの足音がルオに近づく。そしてエリはルオの目の前に立つと、その両手を握りしめた。

 突然のことに、ルオはビクリと体を揺らす。


「自分の目で見て、僕は思いました」

「な、何をだよ」


 まるで小動物のようにビクビクとしている彼に、エリはニコリと笑顔を向けた。薄く開けていた目をゆっくりと開いて、微笑みを浮かべたまま彼は言う。


「それを、殺す必要はありますか?」

「え?」


 キョトン。ルオは意味が分からないとでも言いたそうな視線を、彼に突き刺していた。


「折角他にはないプログラムだのに。どうして貴方は、ココロを拒絶――制御しているんですか?」


 勿体無いですよ、と彼は肩を竦めてみせる。


「僕はずっと人間たちと暮らしてきました。心と接してきました。ルオさんの瞳はとても綺麗だというのに、それが色を失ってしまっている。とても勿体無い」

「あんたには分からない」


 ずっと一方的にエリの話を聞いていただけのルオが口を開いた。


「分かるはずがない。……いいや、分からなくていい」


 首をゆるゆると左右に振って、力のない表情で言う。


「心はあんたの知る面だけじゃない。それはきっと偏見だ」

「でも」

「勿体無い云々は分かったよ。だけどそんな理由で俺の〝異常〟というレッテルが消えるわけじゃない。異常な面は改善する必要がある。でも俺には何も感じないように意識するしか、改善の方法が他にない」

「……」


 ルオの言葉にエリが黙り込んだ。

 まるで先ほどまでとは逆で、エリが視線を落とす。ルオはしっかりと彼を見ていた。


「エリも、何れわかる。ここで生活していれば、嫌でも」


 握られた両手を彼に押し返し、手を離す。その場から動かないエリを見つめて、ルオは歩みを再開させた。


(――違う)


 ルオがエリの隣を横切ろうとした刹那、彼は声を上げる。


「異常だからという理由で片付けようとしているんですか。違うんじゃないんですか」

「好奇心が旺盛なのはいいと思うけど」

「!」


 ヒュッ! と、空を切る音がした。

 ルオが勢いよく振り返ると、腕を伸ばしてエリの顔擦れ擦れに人差し指を突きつけたのだ。その手の形はまるで拳銃。

 驚いたエリは思わず一歩足を引いて、その指先を目を丸くして見る。


PLANT(ココ)でその好奇の眼差しは、いつか、見たくないものまで見ることになるよ」


 台詞を彼に投げつけ、そして手を引いた。「先輩の言うことは聞いておいた方が身のためだと思うしね」と軽い調子で付け加えるが、エリの表情は硬いままである。


(また、しくじったかな)


 折角友達が出来るかと、内心少し期待していたルオが心の中で呟いた。この出来事により、エリが自分から離れていく姿は安易に想像できたのだ。

 小さく首を傾けて微苦笑すると、ルオは再び歩き出そうと彼に背を向けた。一歩足を踏み出したところで、「ルオさんは」とエリが咽喉で詰まっていた声を吐き出す。

 その声に引き留められたルオは足を止めた。エリはやや躊躇した様子でその背に問う。


「……ルオさんは、ココロが、嫌いですか?」


 すぐに返答をしなかったルオは、右足を引いてエリに振り返った。左足に重心を置き、腕を組んだ状態で微笑みを浮かべると、口を開く。


「うん、大嫌いだね――」


 ハッキリと口にした〝大嫌い〟。

 エリに向けた言葉ではないのに、どこか、突き放すような物言いだった。

 最初から物静かだった通路が、一層閑散といるように感じるのは何故だろうか。エリの頭には、ルオの背中が遠くなる音だけが際立って聞こえている。

 コツン、コツン、コツンと踵がコンクリートを踏みつける音と、己の銀の心臓が動く音が耳のすぐ近くで鳴っていた。

 今、この胸中の不思議な感覚に言葉を当て嵌めるとすれば何という感情の名が相応しいのだろう。と、彼は無意識にそんなことを考えていた。

 もしかするとルオならば知っているかもしれないと思いながらも、もう、彼にココロについて問えるほどの力は残っていない。まるで鉛が足に絡みついたように、中々この一歩が踏み出せない。


「――もう、直に日が暮れる。ほら早く部屋に戻ろう。もうあんたも疲れているだろうし、ゆっくり眠ればいいよ」


 小さな笑みを顔に張り付けたルオが、遠くの方からエリに声を掛けた。先ほどのことがあった所為なのか、どこかその笑顔には作り物のような稀薄さがあった。


「……はい。そうします」


 しかしエリはそれに関して指摘することも出来ず、ルオと同じように〝作り物の笑顔〟を浮かべると、重たい箱を二つしっかりと握りしめて彼の元へと駆け足で向かう。

 その頃外では、太陽が橙色に染め上げられた水平線の彼方へと身を隠していた。いつの間にか雨の止んだ空には、まだまだ鈍色の雲が漂い、すっきりとしない天候に仕立て上げられている。


 彼ら二人が初めて出逢った、よくある天気の、とある一日の出来事であった。




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