Reject::01/囚われの堕天使
――カンカンカンカンカン!
PLANTに警鐘が鳴り響く。騒然としており、他人が幾人も行き交っていた。
「そっちに逃げたぞ、追え!」
白衣を纏った人間たちが、裾を翻しながら走り回る。
忙しない人の波を、物陰から凝視するシルエットがひとつ。ハァ、ハァと呼吸を乱している。彼なりに、これでも呼吸は殺しているようだった。
「クソ……!」
固唾を飲みこんで、白衣の群れとは正反対に駆け出す。細長い通路のような隙間を、彼の跫音が響いた。
「ねぇ」
「!」
ザザザッ。
進行方向から声がして、息を未だに切らしている男が慌てて足を止める。眼前を睨めば、確かにそこには人影がひとつだけあった。
「あんた、そんなに急いで何処に行くの?」
「退け! おれは逃げるんだ、邪魔をするな!」
相手が一人だけであるという事実に、彼は安心したのか。声を荒げて、障害物に対して怒声を投げつけた。が、目の前の影が慄く様子はない。
「逃げるって一体何処に、どうやって? もしかしてあんた、頭悪い?」
まだ声変りをしていない、少年の声。辺りの喧騒から隔離されているかのように、彼の声はよく通っていた。
「な、……!」
逆光になっているために、少年の姿はよく見えない。全身が黒く、辛うじて体格が分かる程度であった。そして、彼の手に持つ得物の正体を理解するには十分すぎるほどでもあった。
少年が左腕を晒す。身体の黒から割かれたのは、細長い棒。――鋭利な刃物。
彼の後方から射す光が、刀剣の輪郭を撫でている。
「もう一度訊いてあげる。何処に、どうやって、逃げるって?」
「ひっ。あ、あ……」
息を乱している彼の耳には、もう少年の言葉など入ってこない。彼の手に持たれた得物を凝視して、一歩一歩後退していく。
まるで追い詰めるかのように、少年もまた比例して彼に近付いて行った。
「困るんだよね、主役に逃げられちゃ。引き立て役である俺が、センターに立たなきゃいけなくなる」
「や、め」
「でも、まぁ。それなりに、盛り上がったかもしれない」
こてん、と首を傾げる。遊び髪が光に照らされ、キラリと反射した。綺麗な金髪だった。
「!」
男が背後に気配を感じて振り向いた。今しがた自分が駆け抜けてきた通路に、白衣が群がっているではないか。
――退路が絶たれた。
「じゃ、そろそろ余興は仕舞いでいいかな。飽きてきたでしょう。あんたも、俺も、観客も」
恐る恐る視線だけを戻せば、自分に向けられている矛先。
暗闇に目が慣れたのか。それとも、危機的状況に転じたことで身体能力がグンと飛躍でもしたのか。視界に入る少年の表情が、やけに、生々しく見えた。
ニヤリ、と口角が引き摺りあがる。
「さぁ、ダンスパーティーを始めようか」
刹那、意図的に急所を避けた先制攻撃が、彼の体を横切ったのだった。
――夜の帳が垂れ下がり、真紅の絨毯を敷き詰めて。
今宵も彼らは、死に物狂いで踊りだす。
その様はまるで、糸が半端に引き千切れた絡繰人形。
舞踏会が幕を引くのは、命の糸が途絶えた頃。
――此れは醜い、物語。