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ガラクタのうた  作者: 花葉
PLANT編
15/19

 <Act.12>シェイディダーティサーカス



 晩。エリが寝静まったことを確認し、ルオは部屋からゆっくりと出て行く。そしていつもの場所へ赴いた。

 扉を押し開ければ見慣れた部屋と見慣れた笑顔。


「ハァーイ! いらっしゃいませルオ先輩!」

「……相変わらず元気だね」


 何かと最近接点のあったピンク髪の少年、ノイズ。彼は前と同じようにソファにどっかりと腰を掛けて、棒付きキャンディーを舐めていた。だがしかし、いつもと違う相違点もあった。

 それに気が付いて、ルオは言う。


「今日はいつもの看守服じゃないんだ」


 ノイズはゴロン、とソファの背もたれを使って横転。ルオと見えるとニヤニヤと笑った。

 普段はそれなりに重々しそうな看守服を纏っていた彼であるが、今日は違う。フードの付いたパーカーと短パン。アーム、レッグウォーマーなどを身に着けていた。


「看守服より、そっちのがあんたっぽい」

「あざーっす。ヘヘ、これ仕事着なんすよねぇー本職の」


 扉を閉めてロッカーの方へと歩きながら感想を述べると、ノイズは先ほどとは違った笑みを浮かべる。

 本職の仕事着。看守ではない本職とは、つまり……あっちだ。

 すぐに察したルオが問い返すことはなく、衣類の入った紙袋を片手にロッカーへ手を掛けようとした時。ノイズが「あぁー」と声を出した。ルオは振り返る。


「何?」

「今日はなんかぁ、お相手さんからコスチューム指定が着てるんですよーぉ」

「コスチューム、指定?」


 ノイズが頷く。彼の言葉を復唱したルオは、瞬きを何度も繰り返した。

 聞いたことのない言葉。言葉の意味を理解は出来るが、何故そのようなことになっているのかが分からない。

 ゴソゴソとソファの隣に置かれた紙袋に腕を伸ばして、ノイズがルオに手渡す。どうやら中に入っている衣類が、彼の言った〝指定されたコスチューム〟なのだろう。

 元々手にしていた紙袋を隅の方に置いて、中身を目で確認する。


「これを着て行けってこと」

「何でもぉ、どぉせ最期になるのならばボクらしい最期を飾らせてくださぁい! みたいなことを、対象がぬかしたらしぃっすわ」

「ふぅん……」


 珍しいこともあるんだな、という感想を持つ。口に出せば、ノイズも同意した。

 バサリと取り出した衣類を開けたロッカーの内側に掛けて、慣れない服に袖を通す。シャツやベスト、リボンのループタイなど。ご丁寧にブーツなんかも準備されている。徹底。

 黙々と着替えていた彼の姿を、ジーッと見ていたノイズが「なんか」と徐に口を開いた。目だけで、チラと彼を覗き見る。


「先輩の恰好、ショーか何かの舞台キャストみたいですねぇ」

「ショー……」


 言って、自分の服装を改めて確認した。次いでノイズに顔を向ければ、彼は首を傾げて笑う。金輪のピアスが、電灯にあてられキラリと光った。


(確かにスタッフの奴らにとって、これはエンターテイナーショーみたいなんだろうけど)


 などと、皮肉を胸で呟く。何事もなかったかのようにルオは再びノイズに背を向けて、着替えを終わらせた。

 誘導役はノイズになったと前回説明したはずのスタッフが迎えに来ると、前回と同じ道順でホールへ向かう。結局終始、スタッフに案内されてやって来た。数歩後ろには、頭の後ろで腕を組んでいるノイズが続いている。


「さあ、行け」

「はい」


 〝ショーの舞台〟を眼前にして、スタッフは足を止めると少年を促した。ルオという名を一時捨て、シータとなる舞台。まるでキャスト名にも感じられるほど。それもまたアイロニー。

 一人舞台に上がると、シンとしていた。いつもなら既に待機しているはずの、対象の姿が見当たらない。フィールドも別段気になる箇所はない。普段通りのタイル張り。辺りは真っ白だ。

 ――コツン、コツン。


「今回の対象は、何か、厄介かもしれませんよぉ」

「ノイズ?」


 マイペースな足音が後ろから響き、当たり前のようにシータの隣へ。先ほどと変わらない体制のノイズだった。

 何故彼が舞台上にまでやって来ているのか。わざわざアドバイスを言うためか。スタッフに命令でもされたのか。

 ノイズは彼の心境を察したのか、対象の話を区切った。


「罰則ですってぇ」

「罰則?」

「そ、所謂ペナルティー」


 隣に立つノイズが、チラリとシータを見る。感情は何も伺えなかった。


「アンタを無断でPLANT施設外へ連れ出したこと、バレたっぽくてぇ。今回はオレも一緒に破壊活動参加を強制されたんですぅ」

「……だからそんな格好してたのか」

「うっす」


 途端、シータは俯く。申し訳なさそうに首を垂れていた。彼の唇が「ごめん」と謝罪を紡ぐよりも早く、ノイズはあっけらかんと言った。


「っつーことでぇ! オレの足、引っ張らないで下さいよぉー?」

「怒ってねーのかよ」

「まっさかぁー!」


 シータの言葉に彼はケタケタ笑う。本当に気にはしていないようだが、シータの面持ちは暗い。


「ただぁ、一抹の不安っつーかぁ」


 ノイズが話を続けた。


「ただでさえ、シータ先輩一人で快勝するこの活動ですよぉ? オレが参加したところで、正直無意味だと思うんすよぉー。そんなこと、スタッフだって分かってるはずだっつーのに」

「……つまり」


 彼の話を聞いて、察した。彼が何を言いたいのか、何が不安なのか。

 ――ノイズが加担しても、意味のある相手だということだ。

 無言でノイズを見つめ、視線を逸らす。左手に持った首輪を口元まで寄せると、ボソボソと唇を動かし始めた。例のキーコードを口にしていたのだ。


「――斯くして、これより我の手腕となり、障碍を抹消せよ」


 首輪を振りあげ勢いよく下ろす。シュン、と刀身の細い刀剣が出現した。当然知っているノイズが驚く素振りを見せることもない。彼は彼で、自分の腰に下げた短剣を一瞥するだけだった。


『これより、D_ANDROIDの処分を開始する。前へ』


 ウィイン。電動両開きの扉が退き、そこから細身で長身の男が現れる。カツン、カツンと跫然を響かせ、颯爽とシータたちの前へやって来た。


「ヘロー! おハツにおメにカかります、ボクはシェイディ。おフタリのおハナシはかねがねハイチョウさせていただいておりました」

「初端からよく喋りますねぇー、何コイツ」


 シルクハットを頭の上から下ろすと、深々と優雅にお辞儀をする。そしてまた背筋を伸ばして立つと、ニコニコと笑みを携えた。顔左半分は、仮面によって見えない。

 まるで道化師。彼の姿を見て、シータは自分の服装の意味を察した。隣にいるノイズは、既に彼を煙たがっている。

 よく喋る。笑顔。……違う、そうじゃない。おかしい。

 これから処分されるアンドロイドが、何故こんなに飄々としているのかが、シータには理解出来なかった。訝しげに眉を顰める。

 普段通り、双剣へと変化させた武具を彼に手渡そうとするが、シェイディは〝待った〟のポーズ。シータは動きを止めた。


「ノン、ノンノン。ノープロブレム。そのようなおジヒはヒツヨウゴザいませんので、どうぞシータサマがおツカいになられてくださいませ」

「え……」


 何故気付いた。何故知っていた。やはり彼はおかしい。

 シータはノイズと顔を見合わせた。そして急かすように、ブツンとマイクの音声がスピーカーから流れ込む。


『処分、開始!』


 それは唐突に。幕が上がった合図だった。

 二人が戦闘態勢に入るよりも先に、シェイディが右手をスッと天井に向かって伸ばす。


「ではセンエツながら、コヨイのショーをハジめさせていただきましょう。ミュージック、スタート!」

「は?」「は?」


 パチン。彼の指が慣らされた、刹那。

 ッパーン、パパパーン! と、軽快なトランペットの音が鳴り響き始める。リズミカルに。次いで木管楽器も五線譜の階段を駆け下りて行った。

 これではまるでサーカスだ。


「この曲はフチークの、剣士の入場……?」

「ちょ、見て下さいよルオ先輩!!」


 思わずノイズが、シータではなくルオと名を呼ぶ。彼の指差す先に目を遣れば、フィールドが変形していた。タイルが開き、下からなにかが盛り上がる。大きな球体やよくわからない鉄柱が二本。小型のメリーゴーランドや、檻に入れられたホワイトタイガーまで。

 まるでじゃない。これでは完全にサーカスだ。

 シェイディは何処からともなく赤と黒のリバーシブルの布を取り出す。それをヒラヒラとシータたちに見せびらかすと、バッと投げ捨てた。


「ハイッ!」

「――!!」


 隠された彼の左手に握られていたのはレイピア。突如現れた武器に、シータもノイズも臨戦態勢に入った。

 ふざけ続けるつもりなのかとも疑ったが、違うらしい。楽し気な音楽が鳴り響く中で、それは始まった。


「ハイ! ハイ! ハイ!」


 軽快な動きで彼らに攻め込んだシェイディによって、二人は互いに違う方へと飛び退く。バラバラの位置で彼らは対象を睨みつけるが、彼は二人とは違って楽しそうな笑顔を顔面に貼り付けたままだ。


「ハイ!」


 まず彼が狙った獲物はノイズで、一気に間合いを詰める。瞬間、狙われた彼は腰から短剣を取り出し防いだ。ソードブレイカーだ。


「ざーんねぇんでーしたぁー!」


 バキンッ!!

 彼が叫ぶのと同時に、レイピアはいとも簡単に圧し折られる。ソードブレイカーの凹凸にレイピアはしっかりと捕えられてしまったのだ。

 余裕な彼の顔色が豹変したのは、次の瞬間。


「なッ」


 咄嗟に横へ跳び退く。ワンテンポ遅れて、対象の手から何かが噴出された。棒のような、何か。いや、棒ではなかった。


「ノイズ!!」


 シータが遠目から叫ぶ。ノイズは奇襲を上手く回避し、既に立ち上がっていた。しかし唖然とはしている。視線の先には対象から飛び出たソレ。――糸の束だった。


「な、なんすか……コレ」

「オドロいていただけたでしょーか! まだまだデますよ、ハイ!」

「っち!」


 シェイディが叫ぶや否や、今度は反対の手でシータに向かって糸を飛ばす。それはまるで蜘蛛の糸のように飛び出て床に張り付き、硬直した。ピアノ線のようにピンと。

 掠ったシータの手の甲から、血が滲む。首でも切られてしまえば、おしまいである。彼らは血を見てすぐ察した。

 シェイディが舞台上に糸を張り巡らせる。ノイズがゴロンと地べたを転がって攻撃を回避すれば、後方にあった鉄柱が糸に締め上げられた。グニャリと折れてその場に伏す。

 触れれば肌が切れ、拘束されてしまえば圧し折れる。中々近づけない。精々彼らに出来るのは、行く手を阻む糸を武具で断ち切るくらいであった。

 攻撃を繰り出されれば即回避。糸を振り払って、また回避。それを繰り返しているうちに、シータが気付いた。

 たまたま居合わせたノイズと彼は背中合わせに並ぶ。双方の目に映るのは、キラキラと光る細い糸だ。


「はぁ、やばいぞノイズ」

「何がっすか。あの糸のことです? 確かに殺傷能力はヤバイでしょうけどぉ、当たらなきゃこっちのもんです。避けていればそのうち突破口なんて」

「違う。そうじゃない」


 フルフルとシータが首を横に振る。中々次の攻撃がこない。シェイディは、無愛想なスタッフたちに愛嬌を振りまいていた。営業のつもりなのだろうか。何より、振りまかれているのは愛嬌だけでなく、余裕もだ。


「違うって、何が」

「踊らされてんだよ、俺たちは。この曲に合わせて、あいつの手の内で滑稽に」

「おど……」

「あと八拍後にくるぞ」


 は、とシータが皮肉を含んだ笑みを浮かべた。微苦笑。

 ノイズにはまったくリズム感覚というものはないようで、あまり意味を分かっていなかった。が、体感した。


「ハイ!」

「!!」


 シータの言った通り、本当に予測したタイミングで糸が襲ってきたのだ。ノイズは相変わらずそれが八拍後だったのかどうかは分からないが、シータは「やっぱり」とでも言いたげな顔をしている。それを見て、ノイズも取りあえず同じように納得した表情をしておいた。


(攻撃のタイミングさえ分かれば、あとは……!)


 瞬間、シータが対象に詰め寄る。驚いたように対象の右目が見開いた。躊躇なく双剣で斬りかかる。だが、シェイディは踊るような足取りで危機一髪避けた。……ように見えた。


『ナゼダメなんでしょうか。ボクではダメなんでしょうか、どうして』


 シータの脳裏に、いつも通り記憶の断片が走る。つまり刀剣が対象の体を掠ったことを示していた。思わずシータはその場に膝を付きそうになるが、堪える。

 ――パタ。


「!」


 パタタ、パタ。


「あ……」


 白いタイルに赤黒い斑点模様。恐る恐る彼が下げた視線を上げると、シェイディの頬から液体が溢れていた。ダラダラと溢れていた。

 血のように赤い何かが。


「な、で……!!」

「シータ先輩!」


 実際に血を目にして、シータは気が動転したように慄く。体を微かに震わせ後退していった。その肩をノイズが強く掴む。


「あれは血なんかじゃないですって。ただの錆びたオイル! 普遍的なアンドロイドに血なんかあるわけないでしょうが。アイツは型が古いんすよ! 所謂旧型ってやつ!」

「古い、型番」


 対象は頬をつたうオイルを、オヤオヤと拭っている。そもそもPLANTの刀剣ならば対象の体を傷つけることはないはずなのだ。実際切れている。


(素材が違うってことか)


 我に返って、ノイズの手をそっと下ろす。もう大丈夫とでも言うように。


「オレもちょぉーっと怪しかったんすよぉ。オレが専門にしてるのは暗殺――所謂人殺しです。対アンドロイド用の得物なんて所持してないっつーのに、コレに参加させた。つまり……最初からアイツのこと完膚なきまでぶっ壊す気なんでしょーねぇ、上の人たちは」

「……」


 そう言うと、ノイズは上を仰ぎ見た。スタッフたちが何かを抱えて、無表情で舞台を見下ろしている。相変わらず何をメモしているのかは分からない。

 シータも同じように彼らを見上げようとした、瞬間だった。


「ヨソミはカナしいですよ、ハイ!」

「!!」


 糸がノイズを狙って襲い掛かる。いち早く察したシータが、彼の体を抱えて飛び退いた。ドタン、と無機質なタイルの音が鈍く響く。


「シータ先輩!? アンタ、また性懲りもなくオレを……!」

「やべ、ごめん」

「え」


 ノイズの言葉を無視して、シータがボソリと申し訳なさそうに謝った。遅れてノイズは気付く。シータの右足首を締め上げるように、糸が絡みついているではないか。


「さあコチラへどうぞ!」

「あ!!」


 シェイディが明るい声で叫ぶのと同時に、ズザアッと糸が手繰り寄せられた。反射的にノイズが彼の体を引き留めようとするが、間に合わない。タイルの上を引き摺られ、シータは彼の足元へ。治りかけていた足首が、ジクジクと痛んだ。PLANTの刀剣が置き去りにされている。


「このカワイイおニンギョウさんに、アシスタントをタノみましょう!」


 言うや否や、糸が丁寧に編まれてシータの体を抱えてつるし上げた。蜘蛛の巣に捉われた蝶のように、彼は磔にされる。最中、シータも逃れようと足掻いてみたものの無意味に等しかった。磔刑。

 奥歯を噛みしめたノイズが、シータしか見ていない対象の隙を突こうと動き出す。が。


「タべちゃいたいならどうぞ、ホワイトタイガーさん!」

「ノイズ、後ろ!」

「!!」


 ――ガスッ!!

 シータの叫び声に、ノイズはその場から飛び退いた。それとほぼ同時に、地面が引き裂かれる。しかしタイルは無傷である。


「グルルルル……」

「マジっすか……えぇー」


 いつの間にか檻が開かれ、金と水色の目を爛々と輝かせるホワイトタイガーが彼を狙っていた。流石のノイズも猛獣を相手にしたことはなく、たじろぐ。唖然とその様子を、シータは何もできずに見つめていた。


「……カルビ?」


 知らず知らずのうちに、唇から零れたのは見知った獣の名。そんな彼に、シェイディが一歩近付く。


「ハイハイ、ではナニをカンキャクのミナミナさんにごランになっていただきましょーか! シシセツダン、ホワイトタイガーさんのディナーショーなどなどモりダクサン! ボクがナイフナげでもチョウセンさせていただいてもいいですよ」

「……」


 シータの視線の先では、ノイズが危なっかしくもホワイトタイガーの攻撃をかわしていた。時には下敷きになり、ソードブレイカーで爪を防いで腹を蹴り上げる。殺す気はないのか、それともただ単に殺しに赴くことが出来ないのか。


「おニンジョウさんからのごキボウもないようですので、カレにはウタっていただきましょう!」


 シェイディがシータとの距離を取る。彼の両手には無数のナイフが握られていた。そして、笑顔のままで躊躇いなく、放った。

 グサリと一本、シータの脚に刺さる。


「うぁっ……」


 これでも抑えたのか、小さな悲鳴が彼の口から洩れた。それを聞き逃さなかったノイズが、ハッと彼の方を見やる。そして悔しそうに顔を歪めた。


「オヤオヤオヤ、おニンギョウさんコエがチイさいですよー! ミナさんにキこえないでしょう、もうイチド! ハイ!」

「っ――!!」


 ナイフが飛び、今度は逆の脚にグサリ。傷口が赤く滲んでいる。それでもシータは悲鳴を抑え続けた。しかし息は荒く、かすかに体も震えはじめる。無理もない。

 対象は首を傾げて、もう一度ナイフを飛ばした。脇腹に刺さり、連続して左腕にも投じる。それでもシータは声を押し殺した。呼吸は荒くなる一方。


「コォラ! ナゼそんなにチイさいんでしょーかね。あ、あんまりイタくないのかなー。では、コンドはメをネラいましょう。とてもキレイなカレのミドリを」

「はぁ、はあっ……う、」


 拘束から逃れようと、彼は腕に残る力を込めた。しかし、肌がブツブツと破かれる感覚が走ったため止めにする。考えなしに暴れたところで、手がボトリと落ちてしまうだけだと察したのだ。チラリとなげたSOSの視線。しかし向けられたノイズは相変わらずホワイトタイガーの相手をすることに必死で、シータの援護に回ることは出来ない。

 ぱた、パタ。パタ。と、血が滴りだした。シータの足元で、血だまりが出来上がっていく。対象の〝血のような錆びたオイル〟とは違い、彼の体からダラダラ溢れているのは、もっと血に近い液体であった。

 ――――カタッ……。

 シータから距離を取ったシェイディが、ナイフを構える。目標は勿論、彼の目玉。力なく開かれた、彼の碧眼を狙い打とうとしている。

 それにはノイズも気が付いているというのに何も出来ない。シータはあまりの痛みに、意識が朦朧とさえしてきてしまう始末だ。

 絶対絶命とは、このことか。


(クッソ……なんすか、このザマぁ……!!)


 ノイズの水色が悔しさに歪む。切歯扼腕。元々彼の得意分野は暗殺であって、正々堂々とした戦闘ではない。いかに相手に気付かれず、素早く急所を正確に仕留めることができるかの生業だ。普段と違う状況下での戦闘に不慣れ且、実力が発揮できないことは無理もない。しかし彼はそうは思わない。

 この無様な状況は、すべて、自分の力のなさからきている。そうとしか思えてならなかった。

 頑丈なソードブレイカーで攻撃を防いでいるものの、新たに坂手でダガーを持ち、突き刺すまでの簡単な動作が行えない。金色と水色の眼と睨みあうが、そこに手加減という引き金があるはずもなく。そもそも相手は人ではなく野獣なのだから無理もない。


(このままじゃ、あの人が死ぬ。冗談じゃない。オレ、あの人に借りあるんすよ。恩を受けっぱなしとか、マジでない)


 ギリ……。彼は奥歯を噛みしめた。パラパラと彼の右目に覆いかぶさっていた前髪が重力に従って零れ落ちはじめる。耳たぶに引っかかっている金輪のピアスがキラリと光った。


(アレを、使うしか、ねぇのかよ。こんなやつらなんかに、アレを)


 絶体絶命のシータと、後の無いノイズ。互いに眼前の障壁をどう取り除くかに頭を回す最中、存在を忘れられかけていたものが自己の存在を主張する。

 ――カタ、カタカタカタッ。激しく、密かにシェイディの後ろに落ちていたPLANTの刀剣が震えだした。集中しているシェイディは気が付かず、刀剣が彼の影に隠れていることでシータも気付かない。

 シェイディは彼の右目に真っ直ぐと狙いを定め、ナイフの矛先を向けた。


「それではカウントダウン! スリー、ツー、」


 そして、


「ワン!」


 ヒュンッ! と、放たれた。刃が空を切り裂いて真っ直ぐと、得物が獲物に襲い掛かり――。

 グサッ!!

 突き刺さる。深々と。悲鳴すら上げられなかったと言うのに、刀身を伝う液体だけがパタパタとタイルを叩いていった。


「な、――!」


 横目で事態を垣間見ていたノイズは目を見張る。何が起こったのか理解が出来なかった。

 刃が刺さっている。獲物に刺さっている。グサリと容赦なく貫通しているではないか。

 シェイディの背中から、PLANTの刀剣が。


「え……?」


 シータからは、対象の腹から何かが突き出ていることしか分からない。シェイディは無言で背中に右手を回して、柄を掴んだ。

 グ、ググッ……ズルリと、引き抜く。錆びたオイルが零れ落ちていた。

 対象がPLANTの刀剣を全て抜き終わることで、やっとシータは理解する。PLANTの刀剣が勝手に動いて、対象を劈いたのだと。


「……こ、れは、おニンギョウさんがツカえとでもテイジしてくださったんでしょーかねー。ならば、おコトバにアマえてツカわせていただきましょう!」


 ニッコリ。彼は笑っていた。ハプニングすら魅せる、プロ根性というものか。腹からオイルを垂れ流しているというのに、まったく痛そうな素振りも悲鳴もない。

 何事もなかったかのように体制を整え直す。チャプ、とオイルを踏む音がした。刹那、ゴッと鈍い音が響く。


「うっぜぇんだよ、能なしの獣無勢がぁ!!」


 ノイズがホワイトタイガーの顔面に、渾身の一蹴を食らわせたのだ。


「まだ意識有りますか先輩いぃ!!」

「ノイズ……」


 対象の集中でも削ごうとしたのか、ホワイトタイガーと攻防を続ける彼は叫び声を上げる。シェイディが、狙い通り横目で彼を見やる。次いで、シータもゆるりと目を向けた。


「オレはねぇ! いつ死んでもいいように生きてるんですよぉ! 楽しいこと、なーんでもやってさぁ!!」


 グルル、とホワイトタイガーが再び彼と対峙する。脳震盪でも起こしていたのか、足元が少し覚束無い。


「後悔なんてしないよう、好きなことばっかして! だから、借りを作るとか絶ッ対有り得ねぇーんすよ!」


 何故か彼はソードブレイカーをしまう。戦うことを諦めたのかと、驚いてシータが目を丸くした。対象も「何をする気なのだろう」と興味が沸いたらしく、しっかりと彼の行動を見つめている。


「借りは即返す、いつ死んでもいいように。なのにアンタ、オレに貸し付けておいて勝手に死にそうになるの、やめてくれませんかねぇ――!!」

「グアアアアアッ!」

「ノイズ!!」


 ホワイトタイガーが牙を剥き出し、ノイズに襲い掛かる。瞬間、ノイズは跳び退いた。猛獣は勢いを止めることが出来ず、ノイズの後方に佇んでいたメリーゴーランドへ顔面から衝突する。彼はコレを狙っていたとでも言うように飄々としていた。自らの両耳に手をやって、金色のピアスを引っ掴む。


「アサシンアンドロイド、ナメてんじゃねぇーよゴラア!!」

「――!!」


 ヒュン、ヒュンッ!!

 彼が叫ぶのと同時に、何かが空を切ってシータに向かって飛んでいった。思わず彼は顔を逸らしたが、飛んできた物体は彼を素通り。

 弧を描くように空中を旋回すると、次いでシェイディの持つPLANTの刀剣にぶち当たる。思わぬ衝撃に対象は刀剣を落とし、役目を果たした何かは、満足したようにノイズの元へと舞い戻った。

 パシ、パシと彼は慣れた手つきでソレをキャッチ。

 ――ブツン!


「わっ」


 時間差でシータの体を絡め取っていた糸が切り裂かれる。彼の体重を支えきれず、呆気なくシータはその場に落とされた。対象は驚いて、目を丸くする。

 何が起こったのかを知るには、そう時間は要さない。ノイズの手に持つ得物こそが答えだった。

 大きな金色の輪が二つ。外円は鋭い刃になっており、その内側を器用に指に引っ掛けて、ノイズはピアスだったもの――チャクラムを回していた。


「あーああぁ、久々に使っちゃいましたぁ。オレにコレ使われたこと、褒めてやりますよアンタ」

「な……」


 対象が初めて見せた困惑の表情。流石の彼も対応しきれていない様子だ。

 今のうちとでも言うように、シータは己の両脚や腹、腕に深々と突き刺さっているナイフを引き抜く。苦悶の表情で、出血をなんとか抑えようとしていた。


「アンタまだ生きてますぅ?」

「お陰様で。……ちょっと、怪我、したけど」

「ちょっとじゃないでしょうが」


 ノイズはすぐにシータの元へ駆け寄る。額に汗を浮かべた彼は苦笑いを浮かべるが、ノイズには見栄を張っているようにしか見えなかった。

 そうしてどちらともなく、呆然としているシェイディに視線を向ける。彼はPLANTの刀剣によって貫かれた腹部を押さえて、その場に膝をついていた。やはりそうとうつらかったようだ。彼もまた、虚勢を張っていたにすぎない。


「ノイズ、頼む」


 今の自分には無理だ、という意味を込め……ノイズに役目を託す。

 トドメを。

 ノイズが頷こうとした時、傍からグルルルと唸り声がした。頭に血が上り切ってしまったホワイトタイガーが、彼らを狙っていた。


「ホワイトタイガーよ……ディナーショーを」


 唸り声にハッとしたシェイディ。苦しげな笑顔を顔面に張り付けて、ホワイトタイガーに命じた。彼の言葉に従ってなのか、野生の本能に従ってなのかは分からないが、ホワイトタイガーはシータとノイズを相変わらず睨み付けている。


「グルルルルルルッ……!」

「コイツもしつこいっすねぇ。どんだけエサ食ってなかったんすかぁ?」

「…………」


 チャキ、とノイズがチャクラムを構えた。身動きが取れず座り込んだままのシータは、じっとホワイトタイガーを見つめている。

 飄々としているようにしか見えないノイズの胸中は、焦り。チャクラムで人を殺めることは可能であるが、ホワイトタイガーはどう狙えばいいのか。首を掻き切るにしても、体毛が邪魔で狙いが定まらない。顔面に見舞おうにも、どこまでいけるか。毒も塗られていないチャクラム程度が刺さったところで動きが止まるのかも分からない。

 加えて背後には重症のシータ。彼を巻き込んで、先ほどのような攻防戦は行えない。


「グアアアアアア!!」

「くっ……」


 考え込んでいると、空気の読めないホワイトタイガーが跳びかかって来た。牙をギラリと輝かせ、二人を狙う。

 が。


「――カルビ!」

「!!」


 先刻も口を突いてでた名前を、ハッキリと口にした。シータの眼光は鋭く獣を貫いている。途端、彼の視線と目を合わせたホワイトタイガーが動きを止めた。怖気付いたのか、自分は敵わないと察したのか。それにしては、後に引かず立ち尽くしたままである。……それとも、と〝もしもの可能性〟に、ノイズはゆっくりとシータを見た。


「カルビって、アンタ……何言って。あの死に損ないネコが、こいつだとでも?」

「分からない。ただ、本当に…………口が勝手に」


 ノイズだけでなく、シータ自身にも何が起こっているのかさっぱりだったらしく、二人は顔を見合わせた。当然シェイディも驚愕の表情。

 そしてさらに追い打ちを掛けるような行動を、眼前の猛獣はとった。


「グルルルル……」

「え?」


 彼らの前までゆっくりと歩み寄ると、大人しく座り込む。頭を下げると咽喉を鳴らした。戦意は喪失している。ポカンとしているノイズとは打って変わり、シータは何故かホワイトタイガーに震える手を伸ばした。ノイズが我に返り止めるよりも先に、シータの血だらけの左手は猛獣の鼻筋に触れる。

 なで、なで。

 今までの戦いは一体何だったのか分からなくなるほどに、その光景は異様。


「な、にが……え……。オコってるんでしょうか、ねー……?」


 シェイディは混乱している。彼の声が聞こえたシータは、彼をホワイトタイガー越しに見た。ワナワナと震える対象も、自分と同じく重症。

 痛々しい姿、痛々しい笑顔。しかしシータには、トドメをさせるほどの力は残っていない。終わらせてやることが出来ない。


「お願い」

「……」


 閉じていたホワイトタイガーの目が開く。長い睫の奥の目が、彼の言葉の意を勘ぐった。そして立ち上がると、シェイディに近付いて行く。


「な、な――!!」


 そして。

 ガブリ、と猛獣は〝シータの命に従って〟彼の首に噛み付いた。しっかりと終わらせるように。断末魔も上がらず終わらせた。

 ずっと大音量で流れていた曲がピタリと止まり、静けさが辺りを包む。突然の沈黙だった。呆気ない終わりだった。


「最期くらいは、もう、笑うなよ……。無理に笑う必要も、意味も、ないんだから……」

「ちょ、シータ先輩!?」


 ぼそぼそと脱力したシータが呟いて、かすかに残っていた力さえも失った。ガクンと首が垂れ、ノイズが彼の体を揺さぶる。顔色は白く、呼吸は浅くあった。白い肌とは対照的に、何処から溢れてくるのか分からない鮮血が彼らを飲みこもうとする。

 ――彼の呟きは、シェイディに届いたのか。力を失った彼のスクラップからは、笑顔が失われていた。命を果たしたホワイトタイガーは、焦るノイズと気絶したシータを一瞥する。そうして舞台から早々と退場した。

 一部始終を眺めていたスタッフの一人が、口を開く。彼の赤い瞳の中で、シータはノイズに抱えられて部隊を後にした。


「これがアンドロイドクラッシャー。……ルオ君の使命だ。手前さんが希望さえすれば、彼に破壊してもらうことも出来る。運が良ければ、彼を犠牲に生き延びることさえも」

「あ……ぁ……」


 スタッフの正体はひより。隣に立つ黒髪の少年は、呆然としていた。体を震わせ、開いた口からは中々言葉が出てこない。


「どうだ、オズくん」

「そ、な……こと出来るわけない。どうして、アイツのこと、苦しめるような……しなきゃ、ならないんだ……僕が、どうして……ひよりさん、どうして……こんな……」


 ゆっくり、ひよりに振り返って問い掛ける。様々な思いが彼の小さな体を駆け廻り、なんとか言葉として機能させようとした。だが、途切れ途切れの成り損ないになってしまう。

 そんな台詞でも、ひよりは意味を汲み取ったようだ。


「彼は生きていられないからだ。PLANTの僕として機能しない限り、彼の必要性がないからだ」

「必要性なんて、そんなの、必要なの。普通に喋って、笑って、怒ったり遊んだり……ルオっていう個体として存在するだけじゃ、それじゃ、ダメなんですか」

「ああ、駄目だ」


 フイ、と彼は顔を逸らす。壁に預けていた背を離し、オズの元まで歩み寄った。彼は強化ガラス窓に張り付いて動こうとしない。ゴチャゴチャとしていたフィールドは、いつの間にか綺麗に消えていた。広いホールが眼下に広がっている。


「アンドロイドとして存在する限りは、人の役に立たないと意味がない」

「…………」


 ひよりの右手が、震えるオズの肩に置かれた。彼は深く俯いて何も言わない。

 明後日には破壊される彼だからこそ観覧することの出来た、今回の公開処分。交わされる声や刃がぶつかる音などを聞いて怖気づいた。聞き慣れた知人の声が、足を震わせた。

 しかも希望すれば、自分がこれに参加することも可能だとひよりはぬかす。ふざけるなと、腹の中でぐるぐると渦巻くものは何だろう。オズには分からなかった。ひよりは続ける。


「今回の公開処分により破壊されたアンドロイドは、とある大きなサーカスの団長を務めていた。それは彼の元となった人間の要望だった。〝自分が死んだ際は、自分のデーターを使用しアンドロイドを造ってくれ。そしてそのアンドロイドは、自分の後継人として機能させてほしい〟と」


 オズは何の反応も示さなかったが、それでも聞き入っていた。今しがた、眼前で壊れたアンドロイドの物語を。

 ――PLANTは彼の要望に応え、言われた通りアンドロイドの製造を行った。話術に長け、手品や曲芸などの能力もあり、いつも笑顔で明るい道化。サーカス側はそれを公表し、観客を集めた。しかしそれではダメだった。技術には申し分ないが、彼はアンドロイドだった。

 アンドロイドが出来るのは、当たり前だ。と、暫くすると彼の存在は虐げられてしまった。それでも彼は笑っていた。そのようにプログラムされていたから。

 しかしどれだけ技を披露したところで、誰も見向きもしない。彼にはそれが分からなかった。そして次第に歪んでいった。

 〝失敗すれば、見てもらえる〟

 選ばれた観客を捕食する猛獣、火だるまになる人間、串刺しになるアシスタント、首の骨を折る空中ブランコ。人々の目を奪い、やっと彼は役目を果たした。ずっとずっと、笑っていた。彼はずっと笑っていた。――狂気の沙汰だとも知らず、笑っていた。


「……お願いがあるんですけど、いい?」

「なんだ?」


 オズが顔を上げる。桟に置いていた手を離し、ひよりと向き合った。周りには、公開処分を見終わり帰って行くスタッフたちがバラバラに帰って行っている。


「僕の処分のことは、絶対に、ルオたちには言わないで」

「いいのか?」


 ひよりが問うと、少年はしっかりと頷いた。周りの足音が煩い。


「これ以上、彼のことを苦しめたくないんだ……まさかアイツが、こんなことしてるって知らなくて。僕、彼に甘えてたから。だから、これくらい」

「…………」


 彼の脳裏には、ルオの笑顔が浮かぶ。どうして彼は笑うことが出来たのか。カルビを救ったあの日、彼の笑顔は屈託のないものになっていた。

 やっと笑えるようになったのかもしれないのに。それを濁らせてしまうのは嫌だ。絶対に守らなければならない。

 大事な友達の笑顔くらい、友達として守りたい。

 オズの胸には、そのような決意が抱かれていた。ギュ、と左手が強く握り締められる。それに気付いたひよりは、わざと見ていなかった素振りをして「わかった」と頷いた。


「ありがとう、ひよりさん」


 彼の答えを聞いて、安堵したようにオズは笑った。恐れなど感じさせない、まるで、心からの笑顔だった。思わずひよりは目を逸らす。

 彼の右手もまた、ギュッと強く握り締められ……震えていた。胸中を錯誤する自責の念に、震えていた。


『――以上で、D_ANDROIDの処分を終了する』


 無機質な声が、誰もいない舞台上に幕を下ろした。





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