鼈甲飴
貴方に言いたいことがありました。
私は鼈甲飴が嫌いでした。
最初は何事かと思いました。
急に世界が変わって、知らない人ばかりの空間で、白い光しかささない場所で貴方は私に言いましたね?
「ごめん、貴女はもう帰れない」
意味がわかりませんでした。ただ茫然とするしかありませんでした。
意味がわかっても理解したくありませんでした。
ただ暴力を振って部屋に閉じこもって貴方を困らせました。
食べ物も食べずにいっそ餓死してしまおうとしたところ貴方に無理矢理食べ物を、水を体に入れられて私は暴れました。元の場所に帰して、もしくは殺してくれと喚きました。
誰も私のことを知らない世界で生きたくなどなかったのに貴方は私を生かしたのです。
泣きながら笑って抱きしめて謝りながら生かしたのです。
数日後、私が暴れなくなったころ、貴方は私を引き取ったのですね。
誤って喚んだのは自分だからとお荷物の私を引き取ったのですね。
余計なお世話でした。
ただのエゴで私を生かそうとするなどもってのほか。道に打ち捨ててしまえばよかったのです。
真綿にくるむように生かされても、守られても私は納得いきません。
自分で生きることも許されず、自分の足で歩くことも許されずにいるというのは存外苦しいものです。
・・・苦しいものです。
引き取られてから私は貴方の手伝いをするようになりましたね。
せめて何かさせてくれと頼み込んだ結果がそれでした。
本を運んだりすると貴方はありがとうとはちみつ色の髪を揺らして淡く微笑んだのでした。
私にお礼など言わなくてもよかったのです。
ただ現実から逃げての行動でしたから。働いて、働いて、ここに自分がいる意味を考えずにくたくたになって泥のように眠って。
それがあのときの私の意味であり、理由であり、癒しでした。
幸せ、などとは死んでも思いません。
私がこの世界にいた、その時点で私の光はなかったのですから。
光がない世界には幸せはあるのでしょうか。
それからいつのころやら貴方が忙しくなっていったのでした。
なんでも戦が始まりそうだったという話がでていましたね。
毎日毎日貴方は徹夜して、書類に埋もれて。
国唯一の魔術師だから、といつもの笑顔を曇らせていいましたっけ。
仕事に追われる貴方に私ができたのは鼈甲飴を作ること。
砂糖と水があればできる簡単なお菓子。私が唯一作れたお菓子。
糖分が必要だと砂糖を入れた紅茶をがば飲みする貴方に日持ちがするよう、砂糖を煮詰めたその飴をあげたのでしたね。
貴方は喜んで、飴をなめては私の頭を撫でたのでした。
はちみつ色の、鼈甲飴のような笑顔をして、僕これが好きだなぁと言ったのでした。
貴方がついに戦場へ出ることになると聞きました。
私はどうでもよかったのです。貴方がどこに行こうが、どこでいなくなろうが。
どこで死のうがどこで生きようが。
けれども貴方が鼈甲飴が欲しいといったから私は徹夜をしてまで砂糖を煮詰めたのでした。
それぐらい、大したものじゃないから、貴方が真剣な目をして頼んだから、最後くらい作ってやるかと鼈甲飴を作ったのでした。
何十個もできたそれを紙に包んで茶色の革袋にいれて貴方に渡したのでしたね。
貴方はとてもうれしそうに微笑んで、ふらふらになった私を抱き締めましたっけ。
あの時は銀の甲冑が私に食い込んで大変痛かったです。
それから何カ月たったのでしょうか。
貴方が戦死したという知らせが汚れた銀の兜と見覚えのある茶色の革袋とともに帰ってきました。
なんでも貴方が死の間際に放った魔術が敵の大半を壊滅させ、戦はこちらの勝利となったのだというのです。
いなくなったんだな、と私は思っただけでした。光のように笑う貴方だったから光に消えたのだと。
ああでもそのあとに聞いた兵士の話に私は笑いそうになりました。
貴方は途中で落とした茶色の袋に気を取られて敵の兵に刺され、最後に魔術を使ったのだと。
馬鹿じゃないでしょうか。
ああ、馬鹿じゃないでしょうか。
飴など帰ってくれば私がいくらでも作って差し上げたものを。
そんなもののため貴方は死を選んだのですか。
そんな馬鹿に私が涙するとでも?
そんな馬鹿に私が心痛ませるとでも?
茶色の革袋の中身はべとべとで焦げくさくて、しょっぱくて、とても食べられたものじゃありませんでした。
私は鼈甲飴が嫌いでした。
ええ、大っきらいでした。
すぐに焦げるし、はねるし、分量を間違えるとただの黒い物体になるし。
そのくせ味は甘ったるくって焦げた味もして、色だけは透き通った綺麗なものでしたが、どうしても好きになれませんでした。
そもそも鼈甲を知っていますか?ある一種類の亀の甲羅をはぎ取り、乾燥させて一枚一枚薄く削っては重ねたものなのですよ?なんて残酷なのでしょうか。
死にたい私を生かしたりする残酷さ、そのくせ嫌に甘ったるい鼈甲飴は・・・本当に貴方のようなものです。
「だから・・・なんで帰ってきたのですか」
「こうめのべっこうあめを食べるために決まってるじゃないか」
貴方はそう鼈甲飴のように笑って甘い口づけをしてきたのでしたね。