01 「親が決めた結婚なんて愚かだと思わないか」
「親が決めた結婚なんて愚かだと思わないか」
だれのなんのパーティーだったのだろう。
とにかくその夜は私もフォニスも着飾っていて、手にはジュースの入ったグラスがあった。
「え?」
私は聞きかえす。
私――ロゼリア・ルリジューズとフォニス・カルセドアは婚約している。親の取りきめによって。
でもまさか自分たちのことを言われたとは夢にも思わなかった。
「先日、『真実の愛は何処』という芝居を観ただろう」
「貴族の青年が平民の女性を愛してしまい、婚約者との間で揺れ、最後には平民の女性とかけおちするお話でしたわね」
「私もあれがいい」
「……はい?」
「いや、あれをやる。やりたい。自分が愛する相手は自分で選びたいんだ。私が愛するべき相手はおまえじゃない」
なにを言っているの……?
私は目をぱちぱちさせる。
フォニスは金髪に碧眼の麗しい青年。黙っていれば立派な伯爵令息なのに、口を開くとなんかこう、残念だ。
いまだってシャツの裾がでている。
「フォニスさま、シャツの裾がでていますわ」と私は注意したが自分の世界に入ってしまっている彼には聞こえなかったようだ。
「九月から我々は学院に通いはじめる。そこでは数多の出逢いがあるにちがいない。
いいか、ロゼ。先に宣言しておく。私は学院で真実の愛を見つけるぞ!」
「ああもう、あなたは……いつまで経ってもそのクセ直らないんですから……」
「何の話だ」
「シャツの裾です。直してくださいませ」
「シャツがなんだ、いまは高潔な愛の話をしているんだ。おまえこそそのオバサンじみたところを直したらどうだ?」
「……まあ」
身だしなみを注意したらオバサンじみているとは。フォニスが恥をかかないよう言っているのに。
いくら幼なじみで気安い関係とはいえむっとする。
「そんなだから男から相手にされないんだ。もうすこし頭をやわらかくしたらどうだ」
「私にはあなたがおります。ほかの殿方に言いよられても困りますわ」
「おまえのようなパッとしない婚約者を持つ私の身にもなってほしいな」
言いかえしたくなったがここはパーティー会場だ。周りはだれとだれが親しいだの別れただのといった話に喜んで飛びついてくる貴族だらけ。スキャンダルにでもなったらたまらない。
「……それは申しわけございません」と私はグラスをかたむけ、怒りごとジュースを飲みこむ。
平静を装って言った。
「どうぞ好きなだけ見つけてくださいませ。好みの女性でも、真実の愛でも」
「そうさせてもらう」
フォニスはなにかに影響されやすい。そしてすぐ飽きる。
だからこのなんちゃらの愛もどうせ学院に入るころには忘れていると思っていたけれど――
「きゃうっ」
「あら、ごめんなさい」
百年の歴史を持つ名門、ジェラルード学院に入って数日が経った。
著名な建築家が手掛けたという石造りの校舎は威厳があり、どこを切りとっても絵になる。
ここに通えるのは貴族か富豪の子供のみだ。安全のため生徒は全員寮に入ることが義務付けられており、敷地は高い塀で囲われ、万が一侵入者がいた場合は即排除できるように常に警備員が見回っている。
そんな厳粛な学院で彼女は不思議と目立っていた。
ユーリーン・メルティライン。下位クラスの平民の子だ。
気品はやや欠けるもののふわふわした栗色の髪は綿雲のようにやわらかそうで、同じ色の瞳は常にうるんでいて子犬のように愛くるしい。身長は私の肩までしかなかった。
伯爵家の長女として上位クラスに通う私と接点はないのだけれど、彼女の噂は私の耳まで届いていた。平民にとってもかわいい子がいると。
「すすすす、すみません! お貴族さまですよね! おけがはありませんでしたか!?!?」
「大丈夫よ、気にしないで。あなたこそなんともなかった?」
「は、はい……! ご心配いただきまして誠に光栄――」
彼女の手からぽろっとなにかが落ちる。
拾いあげてみるとそれはくしゃくしゃのハンカチだった。Y.M.と隅に刺繍がある。
あちこちほつれていて使いふるされているが、きっと思い入れのある品なのだろう。私は「ほら」とユーリーンに返す。
彼女はかっと頬を赤くした。
「す、すみません……! お貴族さまに拾ってもらうなんて、あのっ、ほんとに恐れおおくて――」
「大切にしているのね」
「えっ?」
「ほら、ずいぶん古そうだから。大切に使っているのだと思って」
彼女はさらに頬を熱くする。
「すみません……」と私の手からハンカチを取るとき彼女の爪が私の手の甲をかすめた。距離感を誤るくらい恥ずかしかったのだろう。
「お貴族さま、あの、ほんとに――」
「ロゼリアよ」
「え?」
「ロゼリア・ルリジューズ。お貴族さまなんて呼び方はやめて」
「ご、ごめんなさい……! あのっ、私はユーリーン・メルティラインと申します……! 以後お見知りおきを……!」
「ユーリーン、いちいちそんなにあたふたしなくていいわ。あなたもジェラルード学院の生徒なら堂々としてなさい」
「はい……っ!」
彼女は私に何度もぺこぺこしながら歩き去ってゆく。
そのときの私は、なるほど、これは男たちの間で噂になるわけだと納得しただけで――
まさか彼女が婚約者の『真実の愛』の相手になるなんて、想像もしていなかった。




