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恋文屋と常連の学生さん  作者: 石田空


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4/10

 ハンバーグ定食が来るまでの間、豊は友人と話をしはじめた。


「新之助くん、最近婚約がまとまったんだって?」

「ああ、そうなんだよ。でも相手方は大店のお嬢さんな上、僕に求められているのは入り婿なんだ……せっかく医学の道を志したというのに、医者になれないかもしれないんだ」


 どうも新之助と呼ばれる青年にも、深い悩みがあるようだ。

 それに豊は顔をしかめる。


「それ断れないのかい? 君の家は代々医者なのだろう? なら……」

「どうもその大店は父上のパトロンらしくてねえ……断ったら最後、支援を打ち切られるかもしれないと。病院経営にもなにかと金がかかるのだから、後ろ盾がいなくなられたら困ると」

「厄介な話だねえ」


 その話にキヨは胸が痛んだ。


(今のご時世、男も女もやりたいように生きることができないのは、息苦しくて仕方がないわね。だからちはるさんだって、学生時代の恋にのめり込んでいるんですものね……)


 そう思わずにはいられない中、新之助は「ところで」と自分から話題を変えた。


「そういう君こそ、恋文をもらったって話じゃないか。どうなんだい?」

「どうもこうも……」


 それにキヨは「え……?」となった。

 豊宛のちはるの代筆は、まだキヨの手元にある。しかし豊に恋文が来たということは。


(私の把握してない中で、まだ豊さん狙いがいるということ……?)


 それは彼女にとっては由々しき事態だった。

 正直ちはるについては同情の末、恋文だけならと代筆をすることにしたが。他にも粉をかけている人間がいるのか。

 キヨはお盆を胸元に抱えたまま、必死でふたりの会話に耳を澄ませていた。

 時間が中途半端なせいで、繁忙期と少しずれている。客で混雑するのはもう少し先だろうから、黙って耳を澄ませていたら、自然とふたりの話は耳に入ってきた。


「恋に恋する方は多くいらっしゃいますが、自分は今は勉学に勤しみたいんです。ほとんどの方が婚約が決まるまでの間、自分と恋愛ごっこをしたいのだとしたら、自分のことをちっとも考えてないんだなと、悲しく思いますね」


 その言葉に、キヨはしゅんと沈み返ってしまった。女学生たちにとっては、卒業までの間しか自由がない。医学生たちほど長い間学校にいられる訳でもないのだから。

 でも豊の気持ちも理解ができた。彼の気持ちを全く考えずに押し付けられた挙句、彼女たちは卒業と同時にさっさと婚約者の元に行ってしまうのだから、彼視点ではさぞや不義理に見えるだろう。


(押し付けがましいのは、よくないわね……)


 そうひとりでしょげている中、キヨの父がひょっこりと顔を出した。


「ほらキヨ。お客様に定食を運んでおくれ」

「あっ! ごめんなさい、すぐに運びます!」


 我に返ったキヨは、慌ててお盆をふたつ抱えて豊と新之助の元に寄っていった。


「お待たせしました、ハンバーグ定食ふたつになります!」

「これは……すごいですねえ」


 肉の焦げ目からは香ばしい匂いが漂っている。周りの野菜も照りが付きおいしそうだ。奥にはご飯、サラダが添えられており、腹を減らした学生たちの口に自然とよだれを流してくる。

 最初は訳がわからず戸惑っていた新之助も、おそるおそるフォークとナイフを動かしはじめた。


「……美味い」

「そうだろうそうだろう。この店の物はなんでも美味いんだ」

「洋食はあんまり食べたことがなかったのだけれど……これはすごいな」

「ああ、本当に」


 ふたりともハンバーグがお気に召したようで、「美味い美味い」ばかり言いながら、一気に平らげていく。

 それを見て、キヨは少し微笑ましく思いながらも、恋文の内容を書き直そうと思い至った。


****


【親愛なる豊様


 あなたの勉学に励む横顔に心を奪われ、今に至ります。あなたの邪魔は致しません。あなたの学びに口出ししません。

 ただあなたの横顔を眺めることだけは、どうぞお許しくださりたく思います。


 敬具】


 その手紙をちはるに渡すと、中身を読んだちはるは若干戸惑ったような顔をした。


「キヨさん、いつものあなたの書く恋文、ここまで直情的じゃないわね。もっとこう、詩的だったと思うのだけれど」

「いえ……多分この方にはこれくらいのほうがわかってもらえるかと思ったんです。学生さんって、勉学に励んでらっしゃる上に、女学生が婚約が決まったらさっさと結婚してしまうこと存じてらっしゃるので、遊ばれたと思って怒ってしまう方もいらっしゃるようなんですよ。だから遊びのつもりはないと、最初に訴えていたほうがいいんじゃないかと」

「なるほど……たしかに真面目な方からしてみれば、女学生が恋にうつつを抜かしているのが遊びのように思われてしまうものね……ありがとうキヨさん。私、この恋文渡してくるわね」

「いえ……」


 ちはるが元気に立ち去るのを、キヨは臓腑が擦り減る思いで眺めていた。


(どうして恋敵に塩を送ってしまったのだろう……)


 失敗してちはるがフラれたほうが、あとあと楽だとわかっていた。それでもキヨは納得がいかなかった。

 ちはるの気持ちが切実で、遊びじゃないと訴えたかった。それが自分の首を絞めることだとわかっていたが、そうじゃないと訴えたかったのだ。


(豊さんはどう取るのかしらね……)


 こればかりは、豊が恋文を読んだ反応を、今日松井屋に来た時にでも確認するしかなかった。

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