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2.天使との邂逅

目を覚ます。意識の覚醒。しかし身体はない。


そこにあるのはただ光の粒子のようで、辰巳にはそれを知覚する他には何も感じなかった。死んだ先の光景なんて想像したこともなかったからだ。



「─────ツミ…稲川辰巳…起きなさい」



幼子のようでそして暖かい響きが自分に向けられていることに気づき、ようやくそちらに意識が出来た。


目の前には白の世界と銀髪の少女、そんな天使が1人。いや、1柱なのか…?白の空間にただ1人、こちらに声をかけている…のは分かった。覚醒には程遠いが、その程度なら分かる。


声は出せず、返事もできないが、それを汲み取ってくれたのか言葉を続けてくる。



「ようやく目覚めましたね。私はこの日を待ち望んでいたのです。貴方が…稲川辰巳が来ることを」



その目は希望に満ちてこちらを見てくる。…俺は死んだ、だからここに来た。とは言え前世では何を為したのだろうか?ただひたすらに働き、ただお客さんに料理を提供しただけの、言わば一般市民なだけなのだ。



「ええ、存じてます」



おっと、心の声が聞こえてしまったようだ。これは話が早い。…俺は死んだ、ってことで合っていると思う。あの寒気や痛みは今でも身体に刻まれているのだから。



「そうです、貴方は死んでしまいました。お店の器材に押しつぶされ、血を流し、誰の助けも来ないままに…。記憶には残っていますもの。思い出させるようなことを言って申し訳ありません。ですが、これが事実であり、ここは死後の世界…と言っても信じられないかもしれませんが」



見覚えのない場所、そして目の前には羽根を生やした天使がいる。それだけで違う世界に来たのだと否が応でも分かるものだ。さしずめ、これから審判が下されて天国か地獄か…



「いえ、天国にも地獄にも行きません。貴方がこれから向かう先はもうひとつの世界。【アースフィア】にて生まれ変わるのです。簡単に言うと異世界転生、そこは地球とは理の違う世界。剣や魔法、魔物や魔族と言った他種族混合の世界。今までとは比べ物にならないくらいに自由で危険な世界です」



そんな世界に行ったとしても、俺はすぐに殺されてしまうのではないか?言ってはなんだが還暦間近の老体には太刀打ちできなさそうだが。



「そうですね、すぐに死んでしまうでしょう。ですが、貴方がここに来たのも縁、貴方が紡いできたお客さんとの関係も縁。それには変わりがないのです。さしあたっては能力能力(スキル)の1つでも与えるべきなのでしょうが、私に出来ることと言えば天使としての力を行使することのみです。言ってはなんですが、貴方は随分とお人好しでしたね。善行と貯金により身体を再編するくらいは余裕があります」



手をかざし、こちらに暖かな何かが流れ込む。光の粒子という曖昧な存在が集まり、形を作り、肉体を形成していく。足は動く、手はしなる。身体は満足のいく動きが出来る…なんて何年ぶりだろうか。



「ついでに簡素ではありますが服も着させておきました。私も天使といえど、人間の真っ裸は少々目のやり場に困ってしまいますもの」



「それはどうも…声も出るな。と言うか若すぎないか…俺の声。って、再編するにしてもこんなに小さく────これ、何歳設定…ですか?」



「アースフィアの成人年齢に合わせて、15歳とさせていただきました。お気に召しませんでしたか?」



「いや…凄くいい。自分の思った通りに身体が動く。こんな感覚は料理以外では無かったからな」



腕を回し、その場屈伸してみる。50年前の自分の動きとはこんなにも滑らかだったのか…と感動すら覚えてしまう。



「さて…稲川辰巳よ。これから貴方は人間領である【レインズ大陸】に降り立ち、2度目の人生を謳歌しなさい。献身的に貴方は頑張りました。色んな人を笑顔にする料理、その技量はアースフィアの世界でもきっと役に立つことでしょう。貴方の活躍をこれからも見て────」



ゴゴゴと鳴り響く。あぁ…これから俺は2度目の人生を生きていいんだ。そう目を閉じながら感慨に耽ける。…が、なんにもならない。また目を開けるとそこには赤面してお腹を押さえている天使の姿が1人。



「あの…その…」



「わ、悪いですか?!天使がお腹空かせちゃ!」



「うわぁ…自爆したよ。俺、なんにも言ってないのに」



「くぅ…!ええそうです、これは私の腹の音です!先程、力を行使しましたからね、すぐにお腹が減ってしまうのです!悪いなら言ってみなさい!」



「いや…別に…。とりあえず俺を送ったら食べてきたらどうですか?」



「いえ、その心配には及びません。稲川辰巳…天使として天命を下します。アースフィアの世界にて、私にご飯を…奢ってください〜…」



情けなく項垂れる天使がそこにいた。正確に言うならばただの見えないお腹を空かせた少女にしか見えなかった。



「まぁ…日銭を稼げたらいくらでも奢りますけど。でも、今すぐって感じですもんね」



「ひーふーみー…うん、大丈夫です。1日こと足りる程度のお金は残ってます。降り立ったらまずは腹ごしらえしましょう、ええそうしましょう」



「いや…俺のお金になるんじゃ…。はぁ、転生できるだけでもありがたいからな、まずは降り立ったら食事でもしましょうか」



「言質はとりましたからね?…さぁ最後もうひと踏ん張り。行きましょう、異世界────【アースフィア】へと!」



天使は両手を広げ目を深く閉じる。やがて光は増幅し、2人を包み込む。そういえば…と聞きそびれていたことを口にする。



「あの、天使さんのお名前は…?」



「私は天使────ハラヘル・マータと申します。以後お見知り…あぁダメダメ、集中しなきゃ…!」



一瞬弱まった光はまた強く光り出す。第2の人生はここから始まる。悠々自適に生きて、楽しい人生になれば…!と思うなかでボソリと一言こぼすのだった。



「いや、名は体を表しすぎでしょうが…」




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