火をつけろ
ーーー
「俺を覚えているか?」
聞き覚えのある声が王宮から逃げる私の背中を引き留める。
私は驚愕の表情と共に振り返ってその男の顔を見つめた。
「あんたが1年前に追放した、転生者の男だ」
「覚えてるか?覚えてるよなぁ!!」
男はそう言うと間合いを詰めて私の顔を殴打した。
「お前は会った最初の日にこうやって俺を殴ったよな」
「そして従者共に俺をいたぶらせた」
そうだ。こいつは、転生者だかなんだか世迷言を言って私の前を横切った男だ。
そしてその咎で私はこいつをいたぶった。
あぁ、そしてこの男はその悔しさをバネにしてこの王宮に革命をもたらしたのだ。
「貴様・・・こんな事をしてどうなるかわかっているのか」
私はまるで物語の悪役のような口上で彼にすごむ。
「あぁ、お前の親父はもう殺した。お前はもう王子様ですらない」
「”ざまぁ見ろ!!”ってやつだ。お前が俺を殴りさえしなければなぁ」
彼はそう言って笑った。彼の背後には何時の間にかにんまりとしたり顔の貴族たちが控えている。
なるほど・・・そうか・・・これが。
私はすべてを理解した。すなわち、もうすでにこの革命は終わっているのだと。
私は家伝の宝刀と装束を脱ぎ置くと彼に土下座して命ごいした。
貴族たちの笑い声が聞こえる。
私は、この瞬間何もかも失ったのだ。
ーーーー 半年後 王国西部リッジバーグ ロールス男爵領 ーーーー
王国で起こった革命は国中を揺るがした。
長く数百年王国を治めた王家は倒れ、流星のごとく現れたある男によって王朝が開かれた。
が、しかしこのリッジバークはあまりに田舎すぎたのかそのような騒乱は起らず、それどころか
全てが終ってから事後報告が届くのみだった。
のどかな田園地帯であるこの西部地域は未だ未開墾の土地が多く、それを治める領主たちも
古い地方役人が土着した者ばかりでどうにもあか抜けない者ばかりだった。
そんな地域のある一角の農村で
「おねがいします。今期は不作だったんです」
と農民が取り立てに来た小役人に跪いて縋っている。
しかし小役人は「そうはいってもだな・・・・この度は臨時の徴収があって」と渋い顔をしてその交渉に難色を示した。
だがしかし、それを聞いていた男爵令嬢は
「いいわ、取り立ては半分で足りない分は備蓄から補填しましょ」と農民の取り立てを減免した。
小役人は口をへの字に曲げつつも「わかりました・・・」と承服した。
農民たちは彼女に平伏して感謝した。
「確かに農民たちにとって、今回の徴収は厳しいものです。ですが、我らとて苦しいのです」
「そう易々と倉庫を開けていたのでは・・・」
屋敷への帰り道。小役人は自分の主君であるクレア男爵令嬢に苦言を呈した。
クレアは馬上から「領地の基礎は民よ。それを蔑ろにするのでは国は長くないわ」と言い返す。
小役人は「古い王はそれを知らなかったから殺されちまったんかね」と小声でつぶやいた。
「あぁ、それより知ってますか?王子様がウチに来るって話・・・」
小役人は思い出したかのように話を変える。
「えぇ、知ってるわよ。先代王朝の王子様が・・・エドワードって言うらしいわね」
「その流刑先が我が男爵家になったとか」
「男爵様は昔から政治闘争には疎いお方でしたから・・押し付けられた形でしょう」
「ふぅん・・・」
クレアは空とぼけた様子でその話を聞いていた。
しかし内心ではその王子様の事が気になっていた。
なんてったって都生まれ都育ちの王子様が来るというのだ。
都へも行ったことのない田舎娘のこの私がお目通りできるなんて嬉しいじゃないか。
そして何より。こんな退屈な日常から抜け出せそうだ。
クレアは少し胸を躍らせながら屋敷へ戻った。
ーーー
その日の夕方。僅かばかりの供回りを連れて王子様が屋敷へやって来た。
父はこれでもかと歓迎の言葉を浴びせて酒なり食事なりを振舞った。
クレアはそれをこっそり窓や扉の隙間から垣間見して王子の様子を伺った。
そしたらどうしたものか。王子は噂通りの美青年ではないか。
白い肌にブロンドの髪をたなびかせて、顔立ちは精悍そのもの。
クレアはその様子にひっそりと「アリだな・・・・」と顔をニヤつかせた。
さて、時間が少し経って夕食後にクレアは父の男爵から呼び出された。
部屋に入るやいなや男爵は腕を組みながら「都落ちしたとはいえ、流石王子様。風格というものが違う・・!」と王子をべた褒めしだした。
父は全く影響されやすい。とクレアは少し呆れつつも彼女自身も王子の美男子ぶりにはおもわずうっとりしてしまった。
「殿下はもうすっかり意気消沈してらっしゃる。がしかし、何時かは王都奪還のために立ち上がる事だろう」
「その時に・・・我々がお支えできればこれ以上の事はない・・!」
と男爵は頷いた。
クレアは戦についての興味はなかった。が、しかし王子の魅力に当てられて彼の事を知りたくなっていた。
男爵は「お前は母さん譲りで器量もよければ、容姿もなかなか良い。皇太子殿下の御話し相手になってやれ」と私に命じる。
クレアはなるほど、と思いながらその命を承知した。
父はつまり、私に皇太子殿下の懐柔を任せたいという事だ。
こう言っては何だが、私は確かにそこそこ・・いや美人だ。
それに、頭もよい!学問にも通じてきっと都の雅な方とも対等にお話しできるだろう。
クレアは勝手に上機嫌になると意気揚々と皇太子の待つ部屋に向かった。
「失礼いたします。男爵が娘。クレア・バードリッジです」
「皇太子殿下。生活の諸事について説明しにまいりました」
クレアは部屋をノックして告げる。
彼女は少ししめしめと思っていた。
何時もは乗馬服で女物は履かない彼女であったが、今この時はわざわざ綺麗な衣装に着替えてきていた。
それも足や胸元が少し緩く、やや煽情的な物を特に選んで。
「うむ。入れ」
皇太子がそう言って許可を出すとクレアは最敬礼をした。
そしてカツカツと中へ入って恐れ多くも皇太子殿下の横に立った。
皇太子の視線が自分に注がれるのを見てクレアは内心ほくそ笑んだ。
いくら着飾ったとはいえ、所詮は男子だ。
美人の魅力には弱かろう。
皇太子は唾を呑みこんでから、彼女の顔を見て一言呟いた。
「・・・・山菜ばっかり食ってるからそのように胸が小さいのか?」
クレアはあまりのデリカシーのない発言に驚いて「はぁ?」と声を出してしまった。
ーーーー
私は王都を追放されてからというもの。
半年間各地を引き回されっぱなしだった。
そしてやっと落ち着いたこの男爵領に来るなりされたのはペチャパイの田舎女からの誘惑か?
正直言ってもう全く興味など湧かなかった。うんざりだ。
「はぁ?」
無礼にもこの田舎娘は私に向かって「はぁ?」などと言ってきた。
「私を誰だと思ってる。皇太子であるぞ。美人は5万と見て来た」
「気を引きたいと思うならもう二回りは胸を大きくから来い」
「・・・ここの野郎!!」と彼女は顔を真っ赤にして激怒した。
全く下々の者と女の心はわからん。
だが彼女はそう言うともはや引っ込みがつかないのか叫ぶようにして言う。
「あんたもお高く留まってんじゃないわよ!な~にが皇太子よ!」
「ただのいじくれてる落ち武者じゃないのよ!」
私はそれらの言葉に少し頭が来た。
「・・・だまれ、下郎。貴様らに私の気持ちがわかるものか」
「わかるわよ!どーせ”静かに暮らしたい”とか思ってんでしょ!」
「残念だけどね、それはできないわよ!」
「何?どういうことだ」
「私の父をはじめ、もうあんたを担ごうって連中がごまんといる」
「あなたは生きている限り”皇太子”の称号からは逃げられないのよ」
「・・・そんなことわかってる。だから」
「だからいじけている」「そうでしょう?」
クレアは私の言葉を予測し、先に言い当てた。
私は少し彼女を警戒した。
それはもちろん悪い意味ではなく、彼女の中に賢さを見たからだ。
「・・・・貴様の狙いは」「いいや。はじめからそのつもりか」
「本当は、もう少し遠回りするつもりだったんですがね」
クレアは
「陛下。私を家来にしてください。私はこんなところで終わるつもりはない」
「貴方だってそのつもりでしょう?」
私は彼女の中に光る物を見た。
そして、私は自分自身の中にも同じく燃え残った焔を見た。