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三度目シリーズ

婚約者は妹を選ぶようです

作者: 鈴白理人

よくある婚約破棄ものです。

よろしくお願いします。

誤字報告助かります。修正しました。ありがとうございます。



「私は、私の婚約者であるアドリアナ・ヴァンディール侯爵令嬢の本性を、ご来場の皆様に知って頂きたく思う!」


 ヴァンディール侯爵家の二女リリアーナのデビュタントが行われている夜会で、場違いな大声が響き渡った。


 侯爵家は建国以来の由緒正しい大貴族であり、招待され歓談に勤しんでいた数多くの貴族たちが何事かと一斉に静まり返る。

 

 アドリアナ・ヴァンディール侯爵令嬢の婚約者であるレオニード・ガイデアン侯爵子息が、姉のアドリアナが妹のリリアーナを貶め、手酷く扱い、泣かせてきたさまを、滔々(とうとう)と語り始めた。


「……この間の茶会での君の言葉が決定打だった!悲しみ泣いている妹に向かって追い打ちするかのように『また泣くか』と憎々し気に言い募っていただろう!そんな血も涙もない女と婚約続行など不可能だ!」



(ああ、やはり()()こうなってしまうのね)


 自らの婚約者であるレオニード・ガイデアン侯爵子息に指を突き付けられて、アドリアナ・ヴァンディールはため息をついた。こんな時くらい表情が崩れても、誰も咎めないだろう。


 何せ、アドリアナの婚約破棄は三度目だった。

 過去の二回も、このような大掛かりな場ではなかったとはいえ、婚約者がリリアーナに心変わりしたことが原因だったのである。




 レオニードとリリアーナが顔を合わせてからというもの、二人の距離感はずっとおかしかった。


 ヴァンディール侯爵家の長女で跡取りでもあるアドリアナと、ガイデアン侯爵家のレオニードとの婚約が結ばれたのは半年前のこと。ガイデアン侯爵家の三男であるレオニードがヴァンディール侯爵家に婿入りし、いずれ女侯爵となるアドリアナを支える──そのための婚約だった。


 親交を深めるため、ヴァンディール侯爵夫妻は月に一度、レオニードを招いて茶会をするように勧めた。

 その交流を図る東屋での茶会のたびにリリアーナは同席していて、今ではレオニードの隣は彼女の指定席だ。



「お姉さま……わたし……わたしは大好きなお姉さまと一緒にお茶したいだけなのに……っ。それにお姉さまのお顔をずっと見ていたいから、ここに座るの……分かって下さるわよね」


「ああ……また貴女は……」


 シクシク泣き出したリリアーナをどうすることも出来ず、アドリアナは"淑女にあるまじき"と言われるため息をついてしまった。


 ため息は"淑女にはふさわしくない"行為の一つでもある。

 

"淑やかにあごを引き決して俯かず前を向き"

"表情を決して崩すことなく"

"凛として背筋を伸ばす"


 社交術として、幼いころから学ぶことだ。

 ため息など、己の感情を表に出すようなことはあってはならない。


 他人の目がある場所で泣き出すなど、しかもまるで子供のようにしゃくり上げる泣き方でひっくひっく言っている。


「……まぁ、まるで子供みたいな泣き方よ」

(こんな子供のような仕草では、殿方の同情を誘えないのではないかしら)


「その言いぐさは何だ!お前は血も涙もないな。泣いている妹を心配すらしないのか!!」

 レオニードが激昂してアドリアナを責めるのもいつものことだった。


(見事に引っ掛かっている方がここにいたわ)


 貴族なら皆、感情を表に出さないよう教わるはずなのに……アドリアナは冷めてしまった紅茶を口に含みながら、表情を取り繕った。

 メイドは全て時間まで下がらせているので、この東屋には三人しかいない。




 リリアーナはとても美しいとアドリアナは思う。


 自分は白金の髪といえば聞こえはいいが、陰で『幽霊のような白髪』とレオニードに言われているのを知っていた。黄金の瞳は色味が薄く気味が悪いとも。

 対して、リリアーナは黄金のような金の髪と、思わず庇護してしまいたくなるような菫色の瞳を持っている。

 ヴァンディール侯爵は、政略結婚であった先妻が儚くなったあと、初恋だった女性を後妻に迎えた。


 アドリアナとリリアーナは外見が全く似ていないものの、先妻と後妻であるそれぞれの母親の容姿を受け継ぎ、半分ではあるが血が繋がった姉妹でもあるのだ。


「……ああ、レオ。ううっ。わたしほんとにお姉さまが大好きなだけなのに……」

「泣くな。リリィは何も悪くなんかないんだからな。な?」


 

 宥めるように肩を抱く距離感を何とも思わないのだろうか、妹はデビュタント前の未成年なのに。そう考えながらアドリアナはふしだらにも見える婚約者とこれ以上一緒にいたくなくて立ち上がった。

「もうお開きにいたしましょう」

 

「そうだな。君がいるとリリィは不安定になる」



 アドリアナが先に歩き始めても、二人は近すぎる距離感で横並びに歩いていた。

 庭園の見事な薔薇を眺める振りをして立ち止まるとアドリアナと距離を取り、リリアーナの黄金色の髪をそっと撫でながら、レオニードはひそひそと話し出した。

 ──計画通りにやれば、皆幸せになれる。そう確信しながら。

 当然アドリアナはレオニードにとって"皆"の中には入っていない。

 ヴァンディール侯爵夫妻は、リリアーナを目に入れても痛くないほど溺愛しているともっぱらの噂で、デビュタントも娘可愛さにとても大がかりな、予算をたっぷりつぎ込んだ夜会が催される。


「じきリリィのデビュタントが行われるだろう?僕をリリィのパートナーにしてくれないか?」


 リリアーナの目がびっくりしたように見開かれた。


 予想外の反応に少しだけレオニードはひるんだが、出会ってから今日まで、リリアーナが自分に気があることを疑いもしなかった。未来の義兄と義妹の距離感ではなく、いつも茶会では隣に座って来る。

 何もないのならお互いリリィ、レオ、と愛称で呼ぶことなんてないだろう?しかもレオ、と甘え声で呼び始めたのはリリィからだったのだ。


「……えっ。もうお父さまにお願いしているのだから、変更なんて無理よ。お父さまったら、一生に一度の晴れ舞台だからって、子供のようにはしゃいじゃって。お母さまとは仲の良い叔父さまが同行なさるの」


「あ。……ああ。ヴァンディール侯爵とか。それじゃ変更も出来ないよな」


(計画が崩れるが仕方ない。二人で堂々と入場すれば、そのあとの婚約破棄も簡単だったんだがな)

 そう思いながらレオニードは続けた。


「……あのな、リリィ。僕は当日、アドリアナに婚約破棄を突き付けようと思っている。あんな冷血女と婚約を続ける気なんてない。僕とリリィで婚約を結び直したら、侯爵は溺愛している君を次代の侯爵にするだろう。姉から妹に変更するだけだから簡単だ」


 レオニードは、リリアーナの目が煌めいたのを見逃さなかった。

 (やっぱり、妹のほうは相当な野心家じゃないか)

 

 そのとき、アドリアナが先に進んでいたほうから何やら声がする。

「……あっ。お母さまだわ。お姉さまも……なんだかおかしいわ。どうしたのかしら」


 近づくにつれ、はっきりと聞こえてくる。まだ二人はこちらには気が付いていないようだった。


「アドリアナ……貴女はまた。ガイデアン侯爵令息は貴女の婚約者なのだから、自分できちんと応対しなさいな。みっともない」

 

「お義母さま……どうすればよいと仰るのです。それならばリリアーナを茶会の時間だけでも閉じ込めておいて下さればよろしいのよ」


 それを聞いたリリアーナは叫んだ。

「ひどい、ひどいわ!」

 わあっ、と泣きながら館のほうに駆けていってしまう。


「アドリアナ!なんて酷いことを!リリアーナに謝りなさい!」 

「いつでもわたくしのほうが悪いと、そう仰るのですね」



 こんな修羅場はごめんだぞ──

 そう思い、レオニードはリリアーナを追いかけたが、執事に居場所を聞いても自室にこもってしまったと言われるばかりで、会うことは叶わなかった。

 





 冒頭の婚約破棄場面に話は戻り──


 意気揚々と大声を張り上げ、アドリアナの欠点を並べ立てたレオニードは、夜会の主役であるリリアーナを呼び寄せると、細腰を掻き抱きながら高らかに宣言する。



「アドリアナ・ヴァンディール侯爵令嬢!僕は君との婚約を破棄して、妹のリリアーナと婚約を結び直す!」


 

 周囲が一斉に息を呑む。


 シン……と場が凍り付く──と。




 パーン!という小気味よい音が、ホールに鳴り響いた。



「お断りいたしますわ!」



 勝ち誇ったドヤ顔のレオニードが、リリアーナの腰をさらに抱き寄せようとした瞬間、その手を叩き落とされる。


「は!?え?リリィ、な、なんで??」


 パッとレオニードの手から逃れると数歩離れて、リリアーナはレオニードと向き合いおもむろに語り出した。


「華麗で麗しく淑やかで……

神々しい白金の髪、光り輝く黄金の瞳………

飛び出た才覚と頭脳…………

そんなお姉さまに……婚約破棄ですって……………

………………誤解しないで!」



「女神のようなお姉さまに、あなたが相応しいかどうか確認していただけよ!」


 理解が追いつかず、動揺を隠しきれないレオニードは、この場で一番冷静そうなアドリアナに向かって手を伸ばした。

「な、なんだと……!?ど、どういうことなんだアドリアナっ!リリィは何を言ってるんだ!?」


「どういうこと、とは?リリアーナが茶会のたびに必ず泣き出すものですから、『ああ、また……』そう言いましたら、ガイデアン侯爵令息はわたくしのことを『お前は血も涙もないな。心配すらしないのか』と糾弾なさいましたわね。結構ですわ。婚約の破棄承りました」


 もはや名前呼びでもなくなったことに、顔色を真っ青にしながらレオニードが取り繕う。

「い、いや、そんな!俺はてっきり……アドリアナは侯爵夫妻にないがしろにされていると思っていたんだ……!リリィのほうが愛されているとばかり……!君たち姉妹のどちらかと婚約するなら今までと変わりないだろ!?」


「よくもそんな……」

「ただの身勝手な思い込みでこんな騒ぎを?」

「夜会の主催者のご令嬢を悪く言うだなんて……」

「一方的な契約不履行じゃないの……」

 そんな周囲の声も、動揺したレオニードの耳には入ってこない。

 

 リリアーナをエスコートして入場したヴァンディール侯爵とあとから入場していた後妻も、今ではアドリアナに寄り添っていて、レオニードに凍えるような視線を送っていた。

「当家主催の夜会で、散々娘を貶める発言をしておいて婚約が継続出来ると思っているとは。この男を(つま)み出せ」


 レオニードの実親であるガイデアン侯爵夫妻も招待されていたが、息子が暴言を吐いたと知るや、ヴァンディール侯爵の怒りに怯えとっくに退場してしまっていた。彼の味方はすでにいない。


「な、なあ。アドリアナっ!あんなのはただの軽口だ。誰だってちょっとした不満なんざゴロゴロあるだろ?何とか言ってくれ!」


「さようなら。もうお会いすることはないでしょう」


 侯爵家の騎士たちがやって来ると、ジタバタと抵抗するレオニードを掴んで、いとも簡単に摘み出してしまった。



 

 パンパンと手を叩いて、ヴァンディール侯爵は周囲の注目を浴びるとよく通る声で宣言した。

「この夜会は愛娘リリアーナのお披露目会です。騒ぎは忘れ、引き続きお楽しみ下さい」


 その言葉を合図に楽団が音楽を奏で始めると、侯爵家の寄子である家門の者たちがダンスの輪をいくつも作って夜会の続行を支持した。


 その動きに侯爵は満足すると、軽く頷いてアドリアナに囁いた。

「あとの手続きは任せなさい。アドリアナそれでいいな?」


「もちろん。わたくし、妹以上の策士を今まで見たことありませんもの。結果は信用に値しますわ」


 アドリアナの、妹への溺愛も相当なものである。





 ◇ ◇ ◇





 アドリアナは心地よい風に身を委ねながら回想していた。


 レオニード・ガイデアン侯爵令息との婚約成立を、父であるヴァンディール侯爵から知らされた日──


(もう同じことを繰り返してはならないわ)

 過去二度の妹リリアーナの暴走と三度目の婚約成立は、アドリアナの目を覚ますには充分だった。

 

 リリアーナが自分のために婚約者を試したことは分かりすぎるほど分かっていたが、未成年でもある彼女にこれ以上同じことをさせたくない。自分の幸せを願う妹は必ずまた同じことをするだろう。


 そこで義母に共謀策を持ちかけることにした。


『レオニード・ガイデアン侯爵令息が茶会にやってきたとき、わたくしに冷たく当たって頂けませんか?』


 先妻の娘を家族が厭っていることにすれば、婚約を考え直すのではないか。

『分かったわ。やってみましょう』


 ところが、勘の鋭いリリアーナが二人が一緒にいるのを目ざとく探し出してこう言ったのだ。


『釣り書きが届いてお父さまが選んだ殿方なのでしょう?そんな選び方では前の二人と同じような方だと思うの』


『そう……そうよね』


 貴族間の婚姻は当主が決定することが当たり前で、自分に決定権など無い。

 だが、それでは駄目なのだ。妹のような価値観の違う家族がいたら尚更。

 リリアーナは仲の良い両親しか知らず、婚約者は姉一筋でなければいけないと盲目的に信じ込んでいる。だからこそやって来る婚約者を試すのだろう。


 アドリアナの内心の葛藤を読み取ったようにリリアーナは言った。

『わたしにも手伝わせて。わたしたち家族だもの』


 どのみち止めるように言っても、妹は聞かないだろう。

 それならば──

『リリアーナ。貴女が次期侯爵の座を狙っているようにガイデアン侯爵令息に匂わせてもらってもいいかしら。執事とメイドにも協力してもらうわ。絶対に危ない目には遭わせないから』


『お姉さまのためなら喜んで!』





 

 このようにして、ヴァンディール侯爵家には平穏が戻って来た。

 庭の東屋で初夏の気候と花々を楽しみながら、姉妹は仲良く茶を嗜んでいる。


 机を挟んだ向かいには侯爵夫妻も一緒だった。

 二人はとても親密な様子で寄り添いながら寛いでいる。

 初めは愛情がなくても、このように慈しみ合える夫婦になりたい。

 


「リリアーナ。もう成人したのだから危ないことはしないで頂戴ね。このままでは貴女のことが心配でわたくしはどの殿方とも縁を結べなくなってしまうわ。すでに行き遅れの年齢なのよ」


「まあ、お姉さま!でも上手くいきましたでしょう?」


「……そうね。お義母さまの演技も見事でしたわ。リリアーナが次期侯爵だとすっかり勘違いしていましたもの」

 

「それにしても女性同士が結託すると恐いな……アドリアナ、すまなかった。己の見る目の無さに不甲斐ないばかりだ」


「そんな……お父さまは優秀な殿方を、と思って下さったのでしょう?"姉でも妹でも次期侯爵家を継ぐものならどちらでもよい"と思わせたのはわたくしたちですもの」


「よく考えるんだ、アドリアナ。本当に今まで好ましいと思った男はいないのかね?思えば財産管理能力が高い男でなくても、アドリアナが爵位を継ぐのだから、能力など二の次でも良い。横に立ち支えてくれるだけでも良いのではないか?」


 そう考えたことはなかったとアドリアナが考え込むと、しばらくしてポッと顔が赤くなった。

(学園時代に、一緒に居て楽しかった方がいたけれど……侯爵家を継ぐ重圧で恋をする余裕はなかった……わたくしには数多くの寄子への責任もあるのだから。でもこんなに消極的では、きっと縁も切れてしまったわよね……)


「えっ、えっ、お姉さま!?もしかしてお好きな方がいらっしゃいますの!?」


 何故かプリプリ怒ったようなリリアーナをふっと微笑ましく思いながら考える。妹の態度はまるで宝物を一人占めしたい子供のよう。

 

(分かるわ。わたくしもそうだから。リリアーナがお嫁さんになる時がきたら、お父さまと一緒に泣いてしまいそう)

 けれど、それはいつか必ず訪れる時なのだ。貴族同士の婚姻は契約の意味もあるとはいえ、自分の好きな相手と添い遂げたい我儘があってもいいではないか。

 そう。最高の夫婦の形が目の前に。

(どうしてもっと早く気付かなかったのかしら……もし、まだ縁が続いているようだったら……失うものはないのだから、賭けてみよう)

 貴族のしがらみに縛られている自分に自由恋愛は無理だけれど──これならば一歩を踏み出せる気がする。


「あ、いえ、……そうね。お父さま、それでしたらアカデミーの成績優秀卒業者で政務官などの役職に就いている方を探して頂きたいですわ。騎士と並んで、嫡子ではない方が就く職の一つでもありますもの」


 アドリアナは侯爵も継母である義母のこともとても慕っていて、もちろん妹のことも溺愛の対象だ。小言を呈してはいても、その表情は緩みっぱなしである。何と言ってもリリアーナはとても可愛らしく、デビュタントを終え、すっかり大人っぽく美しくなった。ますますその美しさに磨きがかかっていくことだろう。


 大勢の貴族がいる場であのような婚約破棄をやらかしたレオニード・ガイデアン侯爵子息のその後について報告を受ける。

 ガイデアン侯爵家から放逐され貴族ではなくなり、大陸の反対側に位置する商家に送られ、肉体労働を含む見習いとして働かされるようになったのだとか。


 婚姻は家同士の契約でもある。

 侯爵家当主の父が全ての手続きを終えてしまったのも幸いだった。

 リリアーナのデビュタントの場からレオニードは放り出され、その後姉妹は彼と顔を合わせなくて済んだ。執事の話によると、よりを戻すため、何度もヴァンディール侯爵家の門前まで来ていたらしいが、門番たちは素気無(すげな)く追い返していたらしい。


(ああ、だから近づけないように大陸の反対側まで追いやられたのね)

 過去の二回の婚約破棄では、ここまでの騒ぎにはならなかった。

 娘たちをこよなく愛する侯爵が、噂が広がらないよう手を尽くしてくれていたのを知っている。


 ヴァンディール侯爵家の家族間の関係はとても良好だ。

 アドリアナの母である先妻に対しても侯爵はとても誠実だったし、二年喪に服した後、侯爵家に仕える子爵家から後妻を迎えている。

 家の中を取り仕切れるしっかりした後妻を迎えるというのも、家臣たちからの忠言に耳を傾けた結果だった。その相手が侯爵の初恋の相手だったに過ぎない。

 貴族の婚姻ともなれば、当主であれども好き勝手に行えないのが(つね)なのである。

 

「殿方を試すのはお止めなさい、と何度言ってもこの子は聞かなかったものね」


 そう後妻が言うと、リリアーナは母の言葉にぷぅっと膨れた。

「だってこうでもしないと本性が見抜けないじゃない?わたしなんかに心変わりする奴なんてろくでもないもの」

 アドリアナはその言葉を聞き逃さない。

「わたしなんか、なんて言うのは止めて?リリアーナの素晴らしさは家族みんなが知っているわ。ね?お父さま、お義母さま、そうでしょう?」

 ヴァンディール侯爵夫妻は揃って微笑み頷いた。

「深い愛情を私たち皆が知っている」

「ええ。二人ともわたくしたちの自慢の娘だもの」

 リリアーナの表情が、蕾が花開いたようにパッと明るくなる。

「お父さま、お母さま、お姉さま、大好きよ」


 アドリアナが学園に通っていた頃に、成績の順位競争をしていた伯爵令息と結ばれるのは、そう遠くない未来である。




最後まで読んで頂きありがとうございます。

初稿から少し改稿しました(三回目)

物語の中で、読者様の感情がひっくり返るように頑張ってみました。

楽しんで頂けましたら、↓にある☆の塗りつぶしで評価して頂けると励みになります。


次作『芋女と呼ばれて三年。離縁を夫に申し渡された伯爵夫人の次の手は』もよろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
三度も故意にハニートラップを掛けて他家の令息を破滅させるとは貴族の遊びはなかなかに大掛かりですね
とても読みやすくて面白かったです。後の義理兄様である伯爵令息と妹ちゃんの攻防も気になりますね!
ありがちな姉妹格差ではなく侯爵、義母、アリアドナが真っ当な人物でありながら良くも悪くも貴族らしい価値観を持っているが故に齟齬を起こすという展開が新鮮でした。 ただ真実どうあれ傍目から見ればアリアドナ…
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