角々の事情
山水枯は己がこの世で随一噂をされている人間だと信じてやまない。枯はある日は気遣い上手だがそのまたある日は浮気者で時には劣悪な暴君にもなる。全く身に覚えがないと言うのに、うわさ話を耳にする度枯の額には無数の冷や汗が流れ出て、むせ返るほど呼吸を速くした。
そんな日々に疲弊しきった枯は現在島中央に位置する静かな集、神宿にひっそりと暮らしている。神宿は巨大な石灰岩の立ち並ぶ典型的なカルスト地形、岩峰の隙間を澄んだ薄緑色の川が満遍なく流れ、古びた家屋や寺などが水上の狭い陸地に疎らに佇んでいる。ここでの日常というのはせいぜい小舟の一隻二隻が川を行き交い、霧が岩峰の青緑を薄くするくらいのもので、そんな閉塞的で神秘的な静けさが枯がこの地に移り住んだ主な理由であった。
枯が身を置いているのは聳える岩峰をすぐ後ろにした、寺と言っても差し障りのないような厳かな創りの家屋(山水邸と呼ぶ)である。山水邸の周りには枯山水の庭園が整えられ、これは枯自身が手を加えて作り上げたものだった。枯は根も葉もない噂に気を削がないよう元いた地を離れたようだが、岩峰と川ばかりが目に入る生活にも退屈していたと見える。
枯山水というのは白砂で流れる水を、小岩で山々を表現した固形の自然である。白砂は渦巻きやうねりなど様々の流れを演出しており、縁側でそよ風を浴びながらこの景色を眺めるのが枯の一日の大半の過ごし方であった。暇を持て余して作った庭園だったが、この景色は今それ以上に枯にとって重大な意味を持っている。