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時流

作者: 雉白書屋

 ついにタイムマシンの開発に成功したおれは、自宅のガレージで一人で大笑いした。そうだ、一人ぼっちだ。研究に没頭するあまり、女も友人も離れて行ったのだ。だが、この偉業が世に広まれば、金も名誉も女も飽きるほど手に入るだろう。

 理論は完璧だ。マシンの完成を確信している。しかし、実証しなければ何の価値もない。ただの洗濯機に似たガラクタ、鉄の塊だ。

 さて、それでどこへ向かうかは前々から決めていたので、悩む必要はない。おれはさっそくタイムマシンに乗り込み、座標をセットし、起動させた。

 凄まじい振動に舌を噛みそうになったが、うまくいった。

 タイムマシンの外に出たおれの目の前に広がっていたのは、さっきとさほど変わりない景色。

 そう、おれが来たのは昨日のここ、つまり、自宅のガレージだ。選んだ理由は単純なこと。トラブル回避だ。遥か昔にタイムスリップしたものの、恐竜に体当たりされるのは御免だし、大名行列のど真ん中に現れたら目も当てられない。

 他にも、タイムスリップ先に民家があって、壁に埋まりでもしたら、もうお手上げだ。昔の地形、出来事などを詳しく調べてもいいが、昔と変わっていない場所、たとえ山の中を移動先に設定しても、木の成長などの変化はあるだろう。マシンは軟な造りではないが、何かあってからでは遅い。大事をとるに越したことはない。自動車どころか自転車とぶつかることも避けたい。当然、人に見つかってマシンをあれこれいじられてしまい、それで現代に戻れなくなると思うと、ああ、恐ろしい。言わずもがな、未来の地形がどうなっているかはわからない。不確定だらけだ。

 だが、ここなら大丈夫だ。タイムマシンが来られるよう、あらかじめスペースをあけておいたのだ。

 しかし、未完成のタイムマシンと完成品が同じ空間に存在するというのは不思議な気分だ。まるで双子。そうそう、昨日のおれはこの時間は別の部屋にいる。当然、過去の自分のことだから行動は把握している。

 と、ここで一つの疑問が生じるわけだ。おれが過去のおれと出会ったらどうなるか。これまで創作物も含めて様々な理論が世に出ているが、その中でも恐ろしいのが宇宙の崩壊。タイムパラドックス。ろくな目に遭わないことが多い。

 しかし、興味はある。もっとも昨日、おれは今日のおれに出会っていないから、ここで会うことはないだろうが、いやしかし、会うことで別の時間軸が生まれ……と、まあ恐れて何もせず帰るというのもつまらない。後々、おれを取材する記者も呆れた顔をするだろう。

『そのタイムマシンは本当に動くのですか?』『ええ、もちろん。動かしましたからね』『おお、ではどこに行ったのですか? 過去? それとも未来?』『過去の自分の家に行きました』『おお、では過去の自分と会ったのですね! 何を話しましたか?』『いいえ、何もせず帰りました』

 そんな未来は避けたいところだ。というわけで、おれはガレージから、家の中に入った。そっと廊下を歩き、過去のおれがいる部屋へと向かう。

 大丈夫だ、危険はない。過去の自分に認識されなければいいだけだ。そのために昨日、おれはああしていたのだ。

 ……いたいた。リビングのソファーで、過去のおれが鼾をかいて眠っていた。タイムマシンの完成間近、連日徹夜続きで疲れ果て、一眠りしようと思ったのだ。

 さて、問題も起きていないようだし、戻ろうか。

 しかし、偉いなあ、おれは。よく頑張ったなぁ。よしよし、と……え。

 

 これは……どういうことだ……。

 

 おれは眠っている自分の頭を撫でてやろうとした。労ってやりたいという気持ちが湧き上がり、自然と手が伸びていた。それに、ただ眠っている自分を見て帰っただけではつまらない。

 しかし、触れることができなかった。スカッと通り抜けてしまうのだ。これは、これは一体どういうことなのか。まさか……。

 おれは眠るおれの耳に向かって大声で叫んだ。

 しかし、やはり起きない。聞こえていないようだ。これではまるで幽霊じゃないか……。いや、しかしそんなことが、あ、か、壁をすり抜けられる……。だ、だが、それならなぜ床の上に立っていられるんだ? いや、もしかしたら無意識のうちに浮いているのか。でもドアは、ああ、ここに来るまでのドアは全部開けっ放しだったから気づかなかった。

 とにかく、過去に干渉することができないということはわかった。……ああ、そうか。ははは、タイムマシンでは過去を変えられないというのはこういうことか。

 そうなると、未来はどうなのだろうか。やはり干渉できないのだろうか。

 そう考えたおれはタイムマシンに戻り、今度はマシンが完成した翌日に向かった。

 しかし、やはり結果は同じだった。物に触れようとしてもすり抜けてしまった。未来にも干渉できないようだ。しかし、そう残念がることもない。俗な考えだが、宝くじや競馬の結果など未来の情報は持ち帰れる。もっとも、そんなことをしなくとも富と名声はタイムマシンの完成で約束されたようなものだが。

 さて、整理すると、過去にも未来にも行くことができたが、どちらにも干渉できなかった。しかし、それは悪いことじゃない。干渉されないのであれば危険はない。いずれはタイムマシンを大型化し、恐竜見物ツアーなんてものも実現可能なわけだ。

 ……しかし、未来のおれがここにいないのはどういうわけだろう。出迎えて、労いの言葉の一つでもくれてもいいじゃないか。

 いや、向こうからは見えないし、こちらの声も聞こえないんだ。そんなことに意味はないか。それに今頃、記者会見を行っているのだろう。

 おれはそう納得し、タイムマシンに乗り込んだ。行き先を元いた時間にセットし、現代に戻った。


 テスト終了。これで完璧だ。次は知り合いのマスコミに電話をかけて…………これはどういうことだ。

 おかしい。電話に触れることができないのだ。

 おれは、おれは確かに元の時間に、おれが消えた地点に戻ってきたはずだ。なのに……なぜ……。


「あっ、あ、あ」


 そ、そうか、お、おれ自身の時間は、こ、こうしている今も進行しているのだ。

 誕生日を迎えなくても人は日々、老化している。心臓が脈を打った回数も、タイムマシンを起動させたあの時のおれとは違う。このようにズレが生じ、おれはもう元いた世界の住人ではないのだ。

 つ、つまり、おれはこれまで経過した時間とぴったり同じ地点に行かなければならない。たった一秒もたがわず……ああ、今も時が過ぎて…………

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