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ねぎらい

作者: 夜の風

                  ねぎらい


マーズ星という惑星があった。

この星は以前から地球とは友好関係にあり、貿易も盛んに行われている。

しかし、お互いの惑星間は非常に離れており、一度地球から出発すると、片道だけで約一か月かかる。

その間は、惑星が漂うだけの宇宙空間をただただ移動するのみの単調な時間を乗務員たちは過ごさなくてはならない。



今日もまた、貨物ロケットが地球を出発したところだった。



飛び立ったロケットはぐんぐん加速し、大気圏を超え、宇宙空間に到達した。

この船の船長である、ルドルフが慣れた手つきで操縦席の計器を指さし確認しながら、

「よし、これで無事軌道に乗ったな。あとは自動運転におまかせだ。定時連絡だけ忘れないようにしないとな。」

今回もロケットは順調に航路を進み始めた。

「さあて、ここからが長いなあ・・・。ここからが。」

ルドルフは急に退屈した表情に変わり、周りの船員たちをを見渡しながら、

「うーん。今日も相変わらず、いつものメンツか。ま、仕事なんだし仕方ないんだけど。でもなあ、たまにはこう、若い女性とのふれあいの1つもないものかねえ・・・・そういうのも時には必要だよな・・・。」

他の計器音にかき消されて聞こえないくらいの声の大きさでこっそりつぶやいたはずが、

そう思っていたのはルドルフ本人だけのようで、

「船長、一体何を言ってるんですか?」と言わんばかりに周りの船員たちから、冷たく刺さるような視線を感じた。

ふと、我にかえるとあわててゴホンと一つ咳ばらいをし、ごまかすような苦笑いで

「あれ?聞こえてた?ジョークだよ、ジョーク。」

その気まずい空気から逃げるようにルドルフは席を立ち、

「さあて、船内でも点検してくるかな。」貨物室へ向かい始めた。

半分本気で半分冗談のつもりだったが、実は他の船員たちも声に出さないものの、中には激しく同意している者もいた。


このロケットは一度出発すると到着までの間ほぼ全自動運転の為、

船員たちは簡単なルーティーンワークをこなすだけでやる事がない。

とにかく退屈してしまう。

まさに退屈との戦いが始まるのだ。



毎回、長距離を移動するが故、一応の娯楽施設があるにはある。

テレビ電話で地上といつでも会話ができ、家族の顔も見ることができる。

シアター室もあり、好きな映画も見放題。

カラオケルーム完備。

カジノでゲームも楽しめる。

ちょっとした図書館なみにあらゆるジャンルの本が揃っており、ジム・大浴場・サウナも完備。

1日の作業が終われば、酒もつまみも食べ放題、飲み放題。体調が悪いときは、ハイテク医療ロボが24時間スタンバイしている。


しかし、それでも長い期間働き続けていると、どうしても全部に飽きてくるのだ。

キャリアの長い船員ほど早寝早起きが習慣になってくる。

中には、その空き時間を有効に使おうと、様々な資格の勉強にあて、資格ゲッターと化した者もいる。



以前、本社の会議で1度、無人で運行できないものかと議題になった事もあるが、かえってコストがかかるのと、やはり、万一の際の緊急対応が必要であると判断され、結局有人で運用し続ける事になった。



船は順調に航路を進んでいく。



数日たったある日、食堂で昼食を食べ終えた若手船員のジョンが、大きくアクビをしたあとポツリとつぶやいた。

「あーあ、たまには何かこう、アクシデントが起きたりしないですかねえ。この船っていつも同じパターンだし。もう体が鈍って仕方ない。ジムも飽きちゃたし。映画も見尽くしたし、カジノも遊びつくしちゃいました。あーなんかないかなぁ。退屈だなあ。」

隣に座り、テレビを見ていた中年のベテラン船員であり、ルドルフともつきあいが長いオーガスが

「おい、ジョン。縁起でもない事言うなよ。オレは同じパターンでも気にしないけどな。ルドルフだってこないだ言ってたけど、そんなに若いのと遊びたいんならマーズ星まで我慢しろよな。今は仕事中なんだから、自覚しなきゃ。それしかない。あいつも船長のくせに、たまに情けない事言うんだよな。向こうにつけば遊び場なんて山ほどあるんだし。休暇ももらえるんだからそれぐらいの時間はあるじゃないか。それまでは辛抱さ。それも俺たちの仕事の一つよ。それまでは安全第一でのんびり行けばいいのさ。」

「いや、オーガスさん。確かに何も起きないのが一番という事はわかってますよ?わかってますけど、でも退屈なんですよね。やはりたまには何かこう、ドキドキハラハラするような刺激があってもいいと思うんですよ。このままじゃあ、オレ、すぐ爺さんになっちゃいますよ。」

「まあな、ジョン。まだ若いお前の年齢じゃあそうなるな。自分をもてあましちまうよな、お前さんのその気持ちもわからんでもないけどな。」 



その後も船は順調に航路を進んでいく。



その次の日。

一日の作業を終え、船は自動操縦に切り替わり、ちょうど全員が寝静まった頃、突然、操縦席にある警報機の大きなブザー音が船内に鳴り響いた。

「な、なんだ、何が起きたっ。」

ルドルフは飛び起き、ベッドから転げ落ちながらも操縦室へ飛び込んだ。

他の船員も次々なだれ込む。

「な、何事ですか船長っ。」

「まだわからん、今、レーダー確認中だ。」

眠気が吹き飛んだ眼で、瞬きさえも忘れ、モニターを食い入るように覗き込むと、一機の未確認ロケット船が徐々にこちらに近づいてきているのがわかった。

周りをとり囲む船員たちと共に見つめるルドルフは点滅する謎の機影を目で追いながらつぶやいた。

「おい、こいつは・・・怪しいぞ。どこの星の所属かデータが一つも画面に表示されん。船名すら出てこない。・・・正規の船なら瞬時にわかるはずなんだが・・・。それがないという事は無登録・・・。という事はひょっとしたら海賊かもしれん。いきなり襲ってくる可能性がある・・・。もうあまり距離もない・・・うむ、用心に越した事はないな。よし、警戒態勢を発動する。全員武器を取り配置につけっ。」同時に船長は非常警戒用のボタンを押した。


けたたましいサイレンが鳴り響く中、ジョンたちは皆驚き、

「船長っ!そんなにヤバいんですか?」

「そうだ。怪しさもヤバさもシャレにならないくらいだ。

いいか、これは訓練じゃないぞ。さあ、急げ!!」

「は、はいっ!!おい、ぼーっとするな!!行くぞ!!」

まるで蜘蛛の子を散らすように、船員たちは皆次々と武器を手にそれぞれの持ち場へ走り始めた。

その後を食堂のシェフたちも武器を片手に一緒に走っていく。

続いてルドルフは迎撃ミサイルのスタンバイスイッチを入れ、一つ深呼吸をし、腕を組み再び画面をじっと見つめた。

「何もなければ良いんだがな・・・。」

握った手の中に汗がじわりと出てくるのを感じた。



こちらはただの貨物ロケット。武器も人数も最小限しかない。数で襲われたら終わりである。

こんな緊急事態はいったいどれぐらいぶりだろうか。

今までも定期的に訓練はしてきたが、どうも今回ばかりは本当の撃ち合いになるかもしれないとルドルフは悪い予感がしてならなかった・・・



船内の緊張感は徐々に増す一方だ。

持ち場に走りながら、ジョンが興奮気味に、

「そうそう、これ、これっ。たまにはこういうアクシデントも必要だっての。」

その後ろに続くオーガスが苦笑いで

「にしたってここまで本格的じゃなくてもいいだろうよ。まったく。お前がこないだろくでもない事言うから。こういうことになるんだよ。」

ポンとジョンの背中をたたいた。



わずかな間が空き、すぐさま船長にオーガスが無線を入れる。



「全員、配置完了です!!」

「了解!いいか。全員よく聞いてくれ。改めて重要な事を伝えておく。まず、専守防衛だ。この船は戦艦ではない。戦いになっても武器は最小限しか積んでない。長時間のドンパチはできない。だからいいか、オレが合図をするまで絶対に撃つな。いいな?まだ安全装置は解除するな。こちらから先制攻撃はしない。繰り返す。合図するまで絶対攻撃はするな。してはならない。」

「現在、相手はどんどん近づいてきている。距離は約1000メートル・・・900・・・800・・・700・・・600・・・あと500・・・」ルドルフの口調はまるでスポーツの実況中継でもしているかのようだ。



オーガスたちは固唾をのんで持ち場に待機した。



しかし、どういうわけか、あと500メートルのところから接近してこなくなった。

もう十分お互いに攻撃範囲に入っているはず。

それでも攻撃してこない。気配すらない。

「どういう事だ?海賊じゃないのか?」

そのままにらみ合いのようになり、並走が始まった。

沈黙した時間だけが刻一刻と過ぎていく・・・。この状況はいつまで続くのか?



どうする?このままでは埒が明かない。



船内の緊張はとうとうピークに達し、まるで全ての空気が凍り付いたかのようだ。

普通に呼吸するのも息苦しい感覚になる。

そんな中、ルドルフは決断した。

船内へ向け、「今から相手に最終コンタクトを試みる。警戒態勢はそのまま維持せよ。」

そう伝えると外部自動接続へ切り替え、努めて冷静に声をかけてみる。

「応答せよ。応答せよ。貴船はこちらに何用か?応答せよ。応答せよ。」

間隔をあけ何度か同じ問いかけをしてみるが、相手は一切反応しない。無線を切断してるのだろうか。

ルドルフは目視できないかと窓から外を見るが、さすがに距離がありよく見えない。

レーダーを再度見つめなおしても、やはり相手の情報は何も表示されていない。

「いったいどうなってるんだ??」



再び時間だけが過ぎていく。



「ピピーピピーピピー。外部無線受信中。受信中。ピピーピピーピピー」

しばらくすると、長かった沈黙を破るかのようにこちらの無線機が反応した。

どうやら今度は相手がコンタクトしてきたようだ。

「うん?なんかきたぞ?向こうからか?」

耳を澄ましてよく聞いてみる。

「SOS。聞こえますか?SOS。聞こえますか?今、貴船から500メートルのところにいる船の者ですが、わかりますか?もしもしー。応答せよー。応答せよー。」

「ん、んん??これは・・もしかして・・・・女性の声・・・か??」

相手の声はどうやら若い女性を思わせる。危険を感じる声ではない。

一呼吸置いてルドルフが冷静に応じる。

「もしもし。聞こえておりますが。どうかされたのですか?何かトラブル発生ですか?」

「あ、ああー良かった、応答してくれた。あ、あのお、急にごめんなさいね。今、燃料が切れそうになってるんですう。私たちの目的地までもう少しなのですけど、どうしても足りそうになくて。よかったら少し分けてもらえないかなーなんて思ってコンタクトしてみました。」

ルドルフはほっとし、全身の力が抜けていくのがわかった。



再び一呼吸置いて、

「ああ、燃料ですか?少しくらいならかまいませんよ。どうしましょうか。お急ぎならドッキングで給油しますか?」

「え?ああ、いいんですか?助かりますぅ。もうギリギリなので。それでお願いしますぅ。」

「わかりました。では今、準備しますので。」

続いて船内放送に切り替え、「全員、警戒解除せよ。警戒解除せよ。相手はどうやら燃料切れ寸前らしい。それでこちらに少し分けてくれないかと、今コンタクトしてきた。どうやら女性のようだ。危険はない。これからドッキング給油に入る事になった。武器を戻し、直ちにそちらの作業を開始せよ。」

緊迫した空気が一気に緩む。

「なんだよ。ったく。ビビらせんなっての。」

「まあ、よかったじゃねえか。いちおう一安心だ。な?」

「ちょっと、俺、トイレ。」

「もう俺、心臓止まるかと思ったぞ。」

船員たちはそれぞれ皆、胸をなでおろし、武器をしまって作業場へ集合した。

無事ドッキングに成功し、ルドルフが立ち合い、最後のスイッチを入れる。



するとお互いの入り口ハッチが開き、

相手の船内から華やかなワンピースを纏った若い女性が二人ほど頭を下げ、こちらに歩み寄ってきた。

まだ若く、年齢は二十代といったところか。

見た目も華やかな水商売を思わせるような、なかなかの美人だ。

その一人がニコッと笑顔で話しかけてきた。

「今回は本当にありがとうございますぅ。私がさっきコンタクトしました当船の船長、エヴァですぅ。みなさんのおかげで大変助かりましたわ。しかもこちらの船長さんはとてもお優しい方みたいで本当よかったですぅ。あのお、もしよかったら私たちからお礼させてくれませんか?これから一緒にお酒でもいかがですぅ?それぐらいしかできないんですけど。」ルドルフは意表をつかれたように驚き、

「ええ?お酒・・・ですか?いや、今、我々は一応仕事中という事になっておりまして。お酒ははちょっと。」

「うーん。そうですか。でも、少し時間かかりますよね?給油が終わるまででも。いかがですか?」



ルドルフは沈黙しながら考えた。

燃料を少し分けただけでお酒?そんな事ってあるか?今までそんな話しどこからも聞いた事ないぞ。

それに、彼女たちの恰好・・・もしかして新手の海賊か?なにか罠でもあるのか?仕組まれてる?

どこかに拉致されるとか?なんだか怪しいな。

と言っても彼女たちの表情からして海賊になんてとても見えないし。よく見りゃやはり美人だし。

体つきは華奢だし。でも、人は見かけによらないともいうし。おまけにこっちはまだ仕事中だし。

いやいや、困ったぞ。どうする。



ルドルフはその迷う感情を抑えたつもりだった。

しかし、思わず、「いやあ、でもなあ・・・」うっかり口にしてしまった。

エヴァをちらりと見つめると、他愛のない笑顔と優しい眼差しで、

「何か心配ですか?船長さん。私たちは決して怪しい者ではないですよ。今回は燃料を分けてくださって、本当に本当に助かりました。うちのスタッフはみんな感謝してるんですよ?その気持ちを受け取って欲しいんです。ね?だからぜひ。少しだけでも。」

不安なルドルフの気持ちを見抜いてるかのように甘い口調と共にに見つめ返してくる。

チラチラと何度か目が合ううちにルドルフのエヴァを疑う心はどんどん解かれていき、

いつの間にかその美しさにも少しづつ心を奪われ始めていた。



「よしっ。決めた。」

ルドルフは何を思ったのか、突然、ポンと手を叩くと、

ジョンたちをぐるっと見渡し、

「これも何かの縁だ。給油が終わるまでという事で。な?みんな、いいよな?」

半分不安と半分期待が混じった表情で皆、見つめ返してくる。

「きっと大丈夫さ。相手の好意を無駄にしてはいけないし。行こう行こう。」

自分に言い聞かせるように自らエヴァの船へ歩き始めた。



エヴァは満面の微笑みで、

「ぜひぜひ。こちらへどうぞ。皆さん心配しないで。楽しく飲みましょう。」

「じゃあ、遠慮なく。ほら、ほら、行くぞ。」と船内へ招かれた。

誘われるままに奥のドアをくぐってみると、そこはとても宇宙船とは思えない空間になっていた。

広くはないが、香水の匂いが満ち溢れ、ゆったりとしたBGMが流れる中、きらびやかなシャンデリアが天井から柔らかい光を放ち、見るからに高級な皮のソファーに絨毯とガラステーブル。エヴァたちとはまた別の美女たちが何人かこちらを見て微笑んでいる。

それは自分たちの安い給料では到底行くことのできないような高級クラブのようだ。



圧倒されたジョンががキョロキョロ見回しながら、「ええ、こりゃあ凄いな。まるでお店じゃんか。こんなところで酒飲めるなんてなんか偉くなった気分だな。おまけにみんな美人だし。ねえ、オーガスさん?」

「そうだな。本物の店と見間違うようだな。俺も長い間この仕事やってるが、こんな事は1度もなかったぞ。」

「ふふ。さあ、さあ、座って、座って。」

「失礼しますぅ。」

美女たちが一人ひとりテーブルにつき、見たこともない高級そうな酒をグラスに注いでいく。

全く予想外の事にルドルフも内心不安になりつつも、

「いや、確かにこりゃあ凄い。よくできてるな。中がこんな風になってるなんて思わなかった。美人さんたちにも囲まれて。まさか宇宙でこんな経験するとはね。私も船長になって長いが、これは初めてだ。でも・・・・これってお金いるよな?こんなにしてもらってタダとは思えない。今、俺たちはほとんどお金もってないぞ。もしかして後からすごい請求されるんじゃ?」

「あ、お金の事は心配しないで、大丈夫。さっきも言ったけど、これは私たちからのお礼だから。請求なんてしないわ。大事な燃料わけてもらったんだし。皆さんだっていつも何もない宇宙にずっといるんだし、仕事とはいえ暗闇にいるような感じじゃない。身も心も退屈しちゃうだろうし、健康にもよくないわ。だからたまにはいいでしょ?こういうのも。さあ遠慮なく飲んでくださいな。」

エヴァはまたしても優しい眼差しでじっと見つめてくる。

「え?ホント?無料でいいのか?じゃあ、お言葉に甘えて、ありがたくいただくよ。せっかくだし、みんなも楽しんでくれ。無料で良いそうだ。かと言ってあまり飲みすぎるなよ。」

それを聞いたジョンが、

「船長、ホントですか?いやー今日はラッキーだ。ホントついてる。飲んで飲んで飲みまくるぞ!」

そこからは、これまでの退屈と闘い続けた鬱憤を晴らすかのように酔うにまかせて時間を過ごした。



が、楽しい時間もつかの間。エヴァが腕時計をみて切り出した。

「あらっ、もうこんな時間。楽しい時間てホント早いわね。そうだわ、燃料はどうなったかしら?もう給油は終わってるかな。ちょっと確認してきますね。」そう言い残し、操縦席へむかった。しばらくするとすこし慌てた表情で呼びかけた。「みなさーん、そろそろ出発の時間になりました。もう出ないと私たちも到着予定時刻に間に合わないの。こんなに盛り上がったし、すごく残念だけどねぇ。また皆さんとどこかでお会いしたいわねぇ。とても楽しかったわ。ありがとー。」

「ええー。もう終わり?もっと飲もうよ。イイっすよね?船長?」ジョンはすでに泥酔状態。

オーガスはテーブルに突っ伏して既に夢の中のようだ。

ルドルフもフラフラしながら、

「ああー。今日は最高だ!!こんなに美味い酒は久々だー!!みんな、もっと飲めよー。アハハハハハ。」

「ごめんなさいね、もう時間なの。ホントにもうマズいわ。」

エヴァは何かに合図を送るかのように手を3回ほど、パンパンパン、と叩いた。

すると、奥でじっと息を殺して待機していた屈強な男たちが数人現れ、ルドルフたちを担ぎ上げると、追い出すかのようにハッチの向こう側へもどし、すぐさま閉じられると、機体も離ればなれになった。



エヴァが船内のレーダーで安全に離れた事を再度確認すると、

無線機のチャンネルをどこかに合わせはじめた。

そして素面のはっきりした口調で話しかける。

「もしもし。聞こえますか?応答願います。こちらエヴァです。」

「はい、聞こえております。今回はお世話になりました。ありがとうございました。」

応答したのはルドルフの会社。

「今、終了の時間になり、船体を切り離しました。ここまでのお会計ですが、席料、指名料、ドリンク代、出張代、メイク代、燃料代、整備代。作業代。オプションでご依頼された演出料。全てまとめてそちら様へのご請求でよろしいですね?」

「はい、それで結構です。」

「かしこまりました、それでは後ほど請求書を・・・・えっ!?あれっ・・・・・これ2枚になってる?

うっそでしょ?えー全然気が付かなかったわ。どうしよう・・・ねえねえ、あんたは知ってた?・・2枚って?・・・・知ってたの? もう、なあんで私に言ってくれないのよ・・・信じらんない。私これ聞いてなかったんだけど・・・あと、ここも。これやった?この作業。えっ、ウソでしょ?それヤバくな・・・」

何やら聞かれたらマズいような会話が聞こえてくる。

エヴァはマイクのスイッチを入れっぱなしのようだ。



「うん?なんか手違いでもありました?」

「い、いいえ。こちらの話です。大丈夫です。」

「そうですか。なら良いのですが。」

「で、では後ほど請求書をお送りしますので。またのご利用をぜひおまちしております。ありがとうございました。」

無線が切れた後、

「ヤバいわ。これは・・・どうしよう。」



エヴァは額から大量の汗が流れ出てくるのを拭いながら頭を抱えてオーダー伝票に再度目を通していた。

いつもなら1枚で済むはずの伝票が今回に限って2枚になっていたのだ。ルドルフたちと並走している時に酒の準備と着替えを済ませ、その間も何度も伝票を確認はしていたのだが、2枚の紙がくっついてしまっていて、全く気が付かぬままドッキングしてしまい、酒を飲ませてしまったのだ。



その伝票の1枚目には積んできた酒の名称と本数とそれぞれの金額が書いてある。

2枚目にはこう書かれていた。

※注意:今回、給油SOS演出後に開始予定の飲酒については先方の業務に差し支えない量で留めてほしいと社長から申し出あり。終了後、船体切り離し時は先方の自動運転装置を必ずオンにする事。以上厳守せよ。


とあった。

「ホントにマズいわ・・・いつもの癖でみんなガンガン飲ませちゃったわ。終わるころには全員フラフラしてたし・・自動運転にもしてないし・・大丈夫かな。」



一方、本社では事務員が心配そうに、

「社長。けっこうな金額請求されそうですよ?大丈夫ですか?おまけに飲酒運転になりますが。」

「ああ。わかってるよ。まあいいじゃないか、堅い事いうなよ。大丈夫さ。仕事にはこういうハプニング的な事もたまに必要だって。ルドルフたちもいつも同じじゃつまらんだろうし。それと、依頼するとき、強い酒は飲ませないようにお願いしたし、飲んだ後も自動操縦にしてから離れるよう頼んでおいた。そうすりゃあ捕まる事もあるまい。なーに、きっと楽しい時間を過ごせて彼らも疲れが吹き飛んだろうよ。」

「お、もうこんな時間だ。さあて、今日は私もそろそろ帰るか。私もたまには綺麗なお姉さんとお酒でも飲んでから帰ろうかな。」

社長は上着を手に取りながら、ルドルフたちのきっと喜んでいるであろう表情を思い浮かべ、

上機嫌で帰り支度を始めた。

「しかし、社長。それでも、もし警察にみつかりでもしたら・・・大変な事になりますよ。」

「大丈夫だって、心配するなっての。俺からのねぎらいだよ、あいつらへの。」



他方、宇宙では・・・・ルドルフたちの船は宇宙警察による取り調べが始まっていた。

ルドルフたちは船内に戻されたあと、しばらく動けぬままでいたが、何を思ったのか突然、酒がまだ残ったままにもかかわらず、ルドルフはスッと立ち上がり、フラフラになりながらも自ら運転し始めてしまったのだ。前後不覚のまま動き始めた船はまともに航行できるはずもなく、巡回中の宇宙警察に即時止められて船の内部を隅々まで確認され、まだ泥酔状態だったルドルフが当然、呼気チェックに引っ掛かり、飲酒運転と認定され、本署へ連行されていくところだった・・・・。

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