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どうやら俺にはストーカーがいるらしいです

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 随分と陽も長くなった。

 ちょうど三ヶ月辺り前と比べると、格段に日中の時間が伸びたように思う。まだ少しばかり夏の足音は遠いが、しかし、着実に距離を縮めているようだ。

 街を行く人々の中に、薄着が徐々に浸透し始めているのが分かる。暑さに弱い人間などは、梅雨の時期ではすでに長袖での生活は辛いものがあるらしかった。

 そんな六月の中旬。

 本日も梅雨らしく湿度が高い日が続く。しかも悪いことに、暑いだけではなく、今にも雨が振り出してしまいそうな空模様だ。

 縁側に腰を掛けて、灰色一色の曇天を見上げていた少女は、まだ帰らない同居人の身を案じていた。

 今朝の天気予報では雨は降らないとのことだったので、少女の同居人にたる彼は傘を持たずに学校へ行ってしまったのだ。今、雨に降られでもしたら間違いなく彼は濡れ鼠となってしまうだろう。

 これでは風邪をひきかねない。

 いや、そうではなくて。

 たしかに雨の心配もそうなのだが、そもそも同居人の帰りがいつもと比べて遅いのが少女は気にかかっていた。

 十九時。

 特に部活動にも委員会にも所属していない同居人は、平時ならばとうに帰宅している時間だった。それが今日はまだ帰宅していないのが、少女の心配をより一層強くしていた。

 まさか、あの同居人にかぎって何か良くない事件に巻き込まれているなんて少しも考えてはいないが、だが、もしかしたらということもなくはない。

 少女が同居人に見せる気遣いの細やかさは、彼女の弟から言わせれば「過保護が過ぎている」らしいのだが、昔から世話を焼くことを宿命付けられた身としては当然のことでしかなかった。

 傘を持って迎えに行こうか。

 少しだけ思案して、当たり前のように少女はそのような結論を弾き出した。

 縁側から立ち上がると、外出のための準備を整える。流石に普段着として屋敷で着用している和装で外に出ることは憚られたので、町着に着替える必要があった。

 自室のクローゼットから適当に服を見繕う。特に迷うことはなかった。今のような急ぎで外に出るとき専用の服を予め用意している少女は、こういった場面において洋服選びで時間を喰うということはほとんどなかった。

 キャラがプリントされたシャツにジーンズを履くと、ポケットに携帯電話と財布を突っ込む。

 外出の準備が整ったことを確認すると少女は一つ頷いた。

 あとは傘を忘れずに持って出るだけだ。きちんと二本持って出なくてはならない。

 玄関にある傘立てから、赤と紫の和傘をそれぞれ取り出した、まさにそのタイミングだった。

 がらり、と玄関の引き戸が横にスライドする。反射的に少女がそちらへ顔を向けると、見馴れた同居人の姿がそこにあった。

「ただいま。……あれ、今からどこかに出かける用事でも?」

 背の高い男だった。すらりと伸びた頭身は日本人離れしていて、体の造りがモンゴロイドらしくない。しかし、髪や瞳は惚れ惚れするくらい混じり気のない純粋な黒でいて、それと対比するように肌の色は白く雪のようであった。

「……まあ。少しばかり外に用事があったのですが、たった今なくなってしまいました」

 何せ迎えに行こうとしていた相手が帰宅してしまったのだから、すでに少女が外出する理由は失われていた。

「ああ、なるほど」

 そういうことか、と二本の傘を傘立てに戻している少女を見て男は事情を察した。

「ありがとう、千波さん」

 靴を脱いでかまちに上がったところで、男は雨の中わざわざ傘を届けようとしてくれた少女に感謝の意を述べた。

「いえ、礼には及びません。結局私は何もしていませんし、それにこれは仕事なのですから」

 少女、千波は無表情を顔に貼り付けて、抑揚に乏しい声で淡々と言ってのけた。

 仕事、と言ってしまえばたしかにそうだ。彼女、波川千波は遠浅の家に仕える侍従であるのだから、当然のことながら遠浅の跡継ぎたる彼の身を慮るのもその業務内容に含まれている。

「香澄さまを心配することも、私の仕事なのです」

 そう言い切った千波の言を聞いて、香澄と呼ばれた男はふぅんと興味深げに目を細めた。

「じゃあ、仕事がオフの日は俺の心配をしてくれないんですか?」

「勿論でございます。誰が好き好んで休みの日にまで香澄さまに気を回しましょうか。冗談も休み休みに言いやがってください」

 即答する千波。

 相変わらずの慇懃無礼な態度に、しかし、香澄は怒るでもなく苦笑するでもなく「そりゃそうか」と納得顔で頷いた。

 もっとも。

 跡継ぎだとか侍従だとか、そういったお互いの立場に関係なく、そもそも二人は血の繋がった従姉弟同士なのだから何もなくとも相手の身を案じるのは当たり前のことのように思えるのだが。

 天の邪鬼な二人は気がついていても、決してその事実には触れなかった。


 遠浅の家を木の幹とするなら、そこから派生する傍系はさながら枝葉と言ったところだ。

 遠浅の家は古くから存在する由緒ある旧家であった。また、それに連なる数ある傍系親族も各々栄華を極め、遠浅という木は枝の先に至るまで瑞々しく茂っている。

 特に、本家たる遠浅に極めて近い親族である波川家は数ある傍系の中でも一線を画する一族であった。他の傍系とは比較にならないほど、本家との関わりは深い。

「ごちそうさまでした」

 遠浅香澄は箸を置くと、丁寧に手を合わせて食後の礼をした。

「お粗末様でした」

 千波は食器を回収すると、静々と台所の流しへと向かう。

 栄華を極める遠浅の傍系は数あれども、本家の次期当主と一つ屋根の下で暮らす一族というのは波川の家くらいのものだろう。

 奉公と言ってしまうと些か時代にそぐわない感があるが、しかし、波川家のしきたりとして確かにそれは存在していた。十五から十八になるまでの三年間、波川の血族の者は例外なく遠浅の家に奉公に出される。

 波川は使用人として遠浅に仕え、その代わりに遠浅は波川の者を家族として迎え入れ、教養や作法を学ばせた。何代も前から脈々と受け継がれてきたそのしきたりは、時代錯誤ではあるが、今尚以て生き続けているものだった。

 もっとも、波川千波の年齢はすでに十九に達しているので、奉公の期間はちょうど昨年終わりを迎えたことになる。

 では、なぜ今現在も彼女が遠浅の家に住まい家事などをこなしているのかというと、早い話が彼女は遠浅家に就職したのである。高校卒業後、彼女は大学に進学するという選択肢を選ばず、そのまま正式な使用人として雇われることを選んだのだった。

 大学に進学しなかった理由はいくつかあるが、やはり中でも大きな要因となったのは遠浅が支払う多額の給与が彼女にとって大変魅力的であったからだ。侍従としての業務内容は家政婦と用心棒を兼ねた程度のものであったし、たいした激務でもないこの職は十分旨味のあるものだ。そのようなことを考えてしまうと、決して安くはない金を払ってまで大学に通うことがどうにも馬鹿らしく思えるのだった。

 千波が食器を洗い終えてリビングに入ると、ちょうど香澄がソファーに深く背中を預けてテレビを視聴しているところだった。

「明日は晴れるそうですよ?」

 どうやら明日の天気予報を確認していたらしい。

 千波は香澄の隣に腰を下ろすと、彼と同じようにテレビの液晶を眺めた。

「そうですか。……いえ、どうなのでしょうね。本日の天気などを見ておりますと、天気予報というのもどこまで信用できるのか怪しいものですけれど」

 窓の外に意識を傾けると、屋根や地面を打つ雨音が聞こえる。

 結局、香澄が帰宅してから数十分後には曇天の空から雨粒が線を引く勢いで流れ落ちていた。今朝の天気予報によると本日雨は降らないとのことであったのだが、どうやらあれは誤りであったとみえる。

「まあ、所詮は人の身ですから。その道のプロといえども、天の動きを正確に把握することだなんてできないのでしょうね」

「ええ、そうですね。今回の件で私は深く学びました。天気予報など占いも同然。話半分で聞いておくくらいがちょうどいいのかもしれません」

「いや、流石に占いよりは信用に値すると思いますけどね。こう言ってしまうと、占いを生業としている方には怒られてしまいそうだけど」

 冗談めかした口ぶりとともに香澄は小さく肩をすくめた。

「本当に香澄さまは敵をお作りになるのが上手でございますね」

 自分のことは棚に上げて、千波は彼の言葉に深く頷いた。

「それ、千波さんにだけは言われたくねぇです」

 血は争えないといったところであろうか。

 意図的かどうかは別として、辛辣な発言から周囲に敵を作ってしまうというのが香澄と千波が持つ共通の欠点であり悪癖であった。

 否。それが血筋に起因する悪癖だと断じるのはやや乱暴なものの見方かもしれない。

 その証拠に、千波の弟、津波は二人と同じ血を引いているはずなのだが、彼はむやみやたらと周囲に敵を量産するようなタイプではなかった。どちらかといえば、その穏やかな物腰も手伝って人に好感を与える少年である。

 そのような反例が存在するので、一概に血の所為にはできなかった。

 しかし、今宵の遠浅家に津波の姿はなかった。津波は所用で本日は遠浅の本家――香澄が暮らす屋敷とは別に遠浅の当主が居住する屋敷があり、この場合における本家とは当主が住む邸宅のことを指す――に赴いているので、明日の夜になるまで帰って来ない。

 したがって、現在、屋敷にいるのは香澄と千波の二人だけだった。

 部屋に据え置いてある柱時計の秒針を刻む音が妙に激しく自己主張をしている。

 部屋は静かだった。

 沈黙が場を支配している。

 だが、それを気まずく感じている様子の人間はこの場にはいなかった。

 少し武骨な感じのする大きめのヘッドホンを付けて、音楽を聴きながら珈琲を嗜む香澄の表情はとてもリラックスしたものだ。そこに気負ったような印象はなかった。それは千波にも言えたことで、彼女は彼女で寛いだ様子でファッション雑誌を眺めていた。

 特にこれといった会話はない。しかし、会話を避けているわけでもお互いを無視しているわけでもない。気が向いたら話の水を差し向ける。それが遠浅家の日常だった。

 そして、それは今宵も例外ではなかった。

「そういえば、香澄さま。今日は随分とご帰宅が遅かったですけれど、何かあったのですか?」

 ふと思い出したように、何の気なしに千波が訊ねる。

「……ん?」

 ヘッドホンを外すと香澄は「ああ」と頷いた。

「少しばかり学校に残る用事がありまして」

「用事があるから学校に残るのではなく?」

「まあ、そうですね。それでも構いませんけど、俺としてはやっぱり学校に残ること自体が用事になっていたような気がするかな」

 奇妙なことを言う。

 だが、千波には何となく理解できる気がした。

 つまり、それは香澄にとっては取るに足らない用事でしかない。しかし同時に、彼にとっては無視をして下校することができない程度の強制力は持つものであったということだ。

 さて、それではその用事とは一体何か。

 千波は推理ゲームも兼ねて思考する。

 まず初めに思いついたのが放課後に生徒が行う清掃活動。それ自体はたいしたものではないが、清掃当番にあたった生徒は一定時間校舎に留まらなくてはならない。しかし、これは違う。不正解だ。すぐさま千波は自身の解答を否定する。清掃で校舎に留まっていたとしても短時間でしかない。香澄が帰宅したときの時刻からに帰宅に要する時間を差し引いて逆算してやると、彼は校門が閉まる完全下校時刻の際まで学校にいた計算になる。これでは時間の整合性が取れないので、清掃で残っていたわけではないだろう。同じ理由により日直という説も却下。

 とすると……。

 消去法に基づき、千波は数ある可能性を絞っていく。

「告白のため、女の子から呼び出されていた。友達から悩み相談を持ちかけられていた。あるいは、教員から進路に関する話で呼び出されていた。香澄さま、この中に正解はありますか?」

 三択にまで答えを絞り込んだ千波は香澄に問いかける。

 それに対して香澄は面白そうに頷いた。

「……ふむ」

 再び考えに耽る千波。

 三択にまで絞り込むことには成功したが、果たしてこの侍従は正解に辿り着くことができるのだろうか。推理ゲームが好きなところは昔から変わらないようで、香澄はそのことにどこか安堵したような心地を覚えながら静かに千波を見守った。

「香澄さま」

 しばらくして千波が顔を上げた。

 どうやら答えが出たらしい。

「ん。それじゃあ、答え合わせといきましょうか」

 もっとも、この問題はすでに三択になっているので正当率はおよそ三割。勘で選んでも三回に一回は当りということになる。また、逆におよそ六割の確率で不正解になるとも言えた。

 香澄はソファーの背もたれに肘を乗せて、千波の方へと体を向けた。

 千波はじっと香澄を見据えた。

 黒い二つの双眸には理知的な光が宿っていて、彼女は無表情の中にどこか挑戦的な色を織り交ぜたような形容しがたい表情をしていた。ばっさりと一直線に切られた前髪の隙間から覗く瞳は、まるで虎視眈眈と獲物を狙うネコ科の肉食獣のようであった。

「答えは、進路に関する用件で教員に呼び止められていた」

 桜色の薄い唇が開かれ、千波は平淡な声色で告げた。

 そう考えた根拠として、彼女は香澄が誰かに告白をされたり相談を持ちかけられたりする部類の人間ではないと考えたからだ。加えて、彼が受験生にあたる高校三年生であることも理由として挙げられた。おそらく今後の進路について何かと教員と話をする時期だ。去年の自分を思い返してみてもそうだったと千波は思う。

「ファイナルアンサー?」

 香澄の問いに対して、千波は迷いなく頷いた。

 自信のある解答の一つだった。躊躇する要素はない。

 それから少しだけもったいぶるように間を開けて、香澄はくすりと小さく笑った。

「残念ながら不正解です。正解は女の子から呼び出しをくらっていた、でした」

 答えを聞いて、千波はガツンと後頭部を殴りつけられたような衝撃を受けた。

 想定していた中でももっとも可能性の低かった選択肢。

 千波の動揺は顔には表れていない。ポーカーフェイスを貫いている。その代わり、長い沈黙の後、信じられないといった様子でぽつりと一言だけ呟いた。

「……なんと言いますか、随分と酔狂な方もいらしたものですね」

 確かに香澄は端正な顔立ちをしている。どこか大人びた雰囲気と育ちの良さが窺われる上品な所作もあって、彼が一部の女生徒たちから人気を博していることを昨年まで同じ学び舎に通っていた千波は知っていた。

 だが、それと同時に遠浅香澄にまつわる曰くつきの話が広く校内に伝播していることも彼女は知っていた。どうやら、その話は事実であるらしいという裏もすでに取れていた。

 曰く、遠浅香澄にはすでに懸想している女性がいるらしい。

「ごめん。俺、好きな人がいるから付き合えない」と。

 かつて彼に告白をした女子生徒たちはそう断られたと首を揃えて証言していた。

 校内ではそれなりに知られた話である。

 そのようなこともあり、今や校内において香澄に告白をしようなどと考える女生徒はいなかった。当然だ。袖にされるのは明白であるのだから、告白をするだけ馬鹿らしいというものだ。

 千波はそう思っていた。

 だが、まだ校内には香澄にアプローチをかける強者がいたらしい。

 入学したばかりで香澄の事情を知らなかった一年生が相手だったのだろうかと千波は考えた。しかし、どうやら違うらしい。香澄の話によると相手は同級生とのことである。すると、その女生徒は噂を知っていてなお玉砕覚悟で特攻をかけた可能性が高い。

 これはなかなか豪胆な生徒もいたものだ。

 嘲笑でも呆れでもなく、千波は素直に感心した。負け戦と予め分かっているのにも関わらず勝負を挑むあたり、何かその女生徒の譲れない想いのようなものを感じることができる。今まで色恋沙汰とは縁遠いところで生活を送ってきた千波には、そういった一途な想いが少しだけ羨ましく、目を細めたくなる程度には眩しいもののように思えた。

「それで、どうしたのですか?」

「どうって?」

「香澄さまはその女生徒を手籠めにしたのですか?」

 いやいや、手籠めって。

 香澄は危うく口に含んでいた珈琲を零すところだった。

「手籠めになんてしていません。丁重に断らせていただきました」

「勿体ない。その気はなくとも、試しに少しだけ付き合ってみればよかったのに。もしかすると、そこから生まれるラブロマンスがあったかもしれませんよ?」

「……うぁ。千波さんって侍従なんかやってるくせに誠実さに欠けることを言いますよね」

 香澄は口元に苦笑を浮かべる。

「まあ、職業メイドなんてそんなものですよ」

 一方の千波は、何を今更と言わんばかりのすまし顔で答えた。

 香澄は千波の他に職業として侍従をこなしている者を知らないので、彼女の言葉に「そういうもんなのかねぇ」と曖昧に頷くしかなかった。

 しかし、当の本人が言っているのだから、たぶんそれは間違ってはいないのだろう。

 香澄は深く考えることもせずに、そのまま千波の言葉を鵜呑みにした。

 深く考えなかったのは、別の考えがふと香澄の脳裏を掠めたからだ。

 そして、何か気がかりなことでもあるのか、唇に人差し指を当てたまま動かなくなってしまった。頭の中で何か整理をつけているかのような面持ちで押し黙っている。

「……香澄さま?」

 唐突に沈黙する主人に千波は声をかける。

 彼女の声色からは気遣わしげな様子は窺えない。平時のものと同様の抑揚に欠けた淡々としたものだった。表情も相変わらずで、特に困惑している風体でもなかった。

「香澄さま?」

 声をかけても返答がないので、再度名前を呼ぶ。

 が、応答なし。

 香澄の反応がないのを確認するや否や、おもむろに千波は腕を伸ばすと、白魚がごとく白く細長いたおやかな指で彼の頬を力いっぱい引っ張った。みょんと伸びる頬。

「……いひゃいんれすけど」

「日本語を喋りやがってくださいませ。何をおっしゃっておられるのか理解しかねますので」

 緩急をつけて頬を引っ張る力を強めたり弱めたりと香澄の顔で遊ぶ千波。

 その振る舞いは侍従にあるまじきものだった。だが、彼女は侍従である前に香澄にとっては従姉弟のお姉さんである。ゆえにお構いなし。やりたい放題、自由奔放に振る舞う。

「香澄さま。会話の途中で上の空になられるのは、マナーとしてよろしくないことだと思います。今後、そういったことのないように。いいですね?」

「ひゃい」

 侍従というよりは、年長の者として香澄を窘める千波。

 香澄が返事をすると、彼女は満足したように指を頬から離した。抓られた香澄の頬はすっかり赤くなってしまっていた。流石にオイタが過ぎたと思ったのか、千波は自分が抓った箇所を優しい手つきで撫でさすった。

「それで、真剣な顔をして何を考えていたのですか?」

 ちらりとテレビ画面に一瞥くれると、音量を下げながら千波が訊ねた。

「いや、たいしたことではないんです。ただ、告白のときに相手の女の子が妙なことを言っていたものですから、それが少し気になってしまって……」

「妙なこと、ですか?」

「ええ」

 テレビの音量を小さくしたせいか、雨音が一層強くなったように錯覚した。

 それを意識した途端、雨粒が奏でる音楽を聴き入るように部屋の中は静まり返ってしまう。

 水を打ったように静まりかえった空間の中、本当にたいした話じゃないんだけどなぁと、雨のせいでそれらしい雰囲気が出てしまったことに対して香澄はぽりぽりと首筋を掻いた。

「まあ、なんと言いますか……」

 そう前置きをして、静かに口火を切る。

「どうやら俺にはストーカーがいるらしいです」


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