「インボイスを発行する」について。その他。
インボイスについて追記しておきます。
4話目までは、免税事業者(つまり印税1000万円以下)の兼業作家がインボイス発行事業者になるべきかどうかについて書いてきました。
ここでは課税事業者であるひと。つまり専業作家とか印税1000万越えの売れっ子の兼業作家について書きます。
最初に言いますと、すでに課税事業者であるならば、インボイス発行事業者の登録は絶対にしておいた方がいいです。
兼業作家には、消費税の課税事業者登録をしてインボイス発行事業者になるか、登録しないで発行事業者にならないかという選択の余地があることは前の章でも書きました。
しかし、すでに課税事業者であるならば登録しないメリットはありません。
前回書いた通り、残念ですがインボイスが廃止になる可能性は皆無です。
なので、自分がしなければ廃止になるかも、とは思わない方がいいと思います。
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さて、すでに課税事業者である作家さんがインボイスの登録をしたらどうなるのか。
消費税の納税処理については今までと変わりません。なので特に言う事はないです。
では、インボイス発行の事務負担が増えるのか?
この点で結構誤解があるなーと感じるのですが、インボイスは適格「請求書」と言ってはいますが、請求書形式である必要はありません。
また、インボイスと言う書類を新たに発行する必要もありません。
これについては適格請求書という名称が良くないとは思いますけどね。
誤解を招きやすい名称だとは思います。
インボイスは領収書でもいいので、消費税額を区分した形の領収書に事業者番号と相手先、自分のPNを書けば事足ります。
最近はインボイス対応の領収書が普通に売られてますから、それを使うのもいいでしょう。
個人的には、出版社がインボイスの要件を満たした領収書レイアウトを作って、金額も記入の上で押印とか確認を求めてくるんじゃないかと思っています。
それが一番確実、かつ作家に負担を掛けない方法だからです。
具体的には、年の最後の支払い調書と一緒に
民明書房 様
令和〇年度の印税として11,000,000(消費税1,000,000円(10%))を領収しました。
本状をインボイスとします。
夏風ユキト(登録番号T123456789000)
こんな感じで、ハンコ押して送り返してね、と言うようになるんじゃないかな。
ていうか、当世ではハンコすら要らないか。
勿論、本来は作家が領収書や請求書を作るべきでしょう。
ですが、作家に負担をかけずインボイスの要件の不備を避けるためには、実務的にはこうなる気がします。
作家業は請求書とか契約書とか領収書が殆どない業界であるというのは、これを僕に書かせた友達の兼業作家も行ってました。
そう言う商習慣なんでしょう。
ですが、このように出版社が対応すれば、作家側に特に事務負担が増えることは無いと思います。
出版社が一定の対応をするでしょうし、しなくても市販の領収書一枚で事足ります。
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此処からはちょっと余談というか僕の推測ですけど。
作家業というか出版業界が請求書や領収書、契約書をあまり書かない業界なのは、二つの理由があると思っています。
一つは、出版業界は伝統的に作家と編集の信頼関係で成り立ってきた業界ではないか、ということ。
つまり、編集が作家にこういうの書いてみてよ、と言って、作家がOK分かったと応じる。
もしくは、作家が編集に、こういうのどう?と提案して、いいじゃん、描いてみて、となる。
で、仕上がったら何らかの媒体に載せる。作家はそうしてくれることを信頼する、編集は仁義としてそれを実行する。そしてきちんと印税が支払われる。
そう言った信頼関係が成り立っていた。
こういう話は出版業界だけでなく、他業界でもあります。
例えばある社長とツーカー(この表現も古いが)の取引先が、じゃあこの値段でやってよ、と言って、良いよ任せて、と口約束する。
で、きちんと仕事をして、支払いも滞りなく行われる。
建築業界とかそういうブルーカラー色が強い、書類管理がアバウトな業界では以前は見かけました……最近は減りましたけど。
こういうケースでも領収書くらいは出したかもしれませんけど、銀行振込とかならそれすら出さなかったかもしれません。
双方が信義を守り約束を果たせば契約書は要りません。口約束でも契約は成立しますので。
そういう信頼関係に基づく商習慣が、契約書とか領収書とか請求書を必要ないものにしていたのではないかな、と思います。
あと、全作家の印税率が固定なら請求書出す意味ないんですよね。
この辺りは出版業界独特の要素だと思います。
二つ目。これは一つ目の矛盾するような気もするんですが。
作家と出版社/編集の力関係に大きな差があったから、というのもあるとは思います。
今はやろうと思えば作家は自分でイラストレーター見つけて電子で自費出版とかできます。
イラストとかだと、マネタイズができるサイトを使えば出版社を介さなくても作品を発表し稼ぐこともできる。
でも、そんな風になったのはおそらくここ10年ほどで、その前は作品を世に出して作家として生きるためには、出版社を介するしかなかった。
そんな中で、まだ売れてなくて立場の弱い作家が出版社に「原稿作成に当たって、印税とか出版の契約書を書いてください」なんて言えますかね。
多分無理でしょう。
ある程度、出版社側の言いなりにならざるを得ない、そんな事情があったんじゃないか、と推測します。
これはあくまで部外者の僕の推測です。
ただ、作品を書き世の中に出て対価を貰う、という一連の過程で精々契約書が交わされる程度……聞くところによると、本が出てから契約書にサインするケースもあるらしいですが……と言う商習慣はかなり特殊です。
前述の通り、他業界でもありますがあくまで個別的な例外です。
表界全体で請求書が無いのが特に奇異に思われないというのは、他業界では多分あり得ません。
その特殊性は認識しておいた方がいいとは思います
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最期に一つ苦言。
インボイス反対の声を上げる作家の人がいるようです
……ここでは作家に話を絞ります。そう言うエッセイですから。
反対する気持ちは分かります。
兼業作家なら税負担が生じるかもしれません。専業作家なら一手間増えるように感じるかもしれません。
なんでこんな制度を作るんだ。
ふざけるな、反対だ、と言う気持ちは分かります。
しかし、反対をの声を上げるならもう少しインボイスや消費税の知識は持つべきです。
インボイスとは制度であり知識です。それについて語るのは、例えば創作の技術論とかと同列です。
例えば日本漫画の歴史の話をしている時に、相手が手塚治虫のことを、その人ってドラえもんの作者でしょ、と言ったらどう思いますか?
ペン入れ技術の話をしている時に、Gペンって何?Jペンとかあるの?とか言われたら話にならんと思いませんか?
インボイスに反対するにせよ賛成するにせよ、議論をするならば最低限の知識は身に着けるべきです。
手塚治虫はドラえもんの作者!と言う人の漫画論をマトモに聞く人がいないように、インボイスのことを明らかに知らない人の反対論に耳を貸す人は多分いません。