ツノ赤、ツノ青、出会う
「ねえ。
さっきの人たち、もしかして」
「ああ。
おじいさんが言ってた、女だな」
「僕、すごくドキドキして、変になりそうだったよ」
武史は焚火を見つめたきり、押し黙った。
「見ればわかるって言ったのは、ドキドキするからなんだね」
それっきり、しばらくぼんやりした。
炎が爆ぜる。
「なあ、晃」
横顔を炎の色に染めながら、空を見上げた。
「僕たちは、女を見るとおかしくなる」
「武史も、そうだったんだね」
「帰るべきかな。
自分じゃないみたいな気がして」
「また、会いたくなったんだよね。
僕もだよ」
ゴロリと横になると、寝息を立て始めた。
翌朝、昨日の川へ降りてみた。
「今日も来るかな」
「水場だし、来る可能性が高いだろうな」
「僕、身体を洗わなくちゃって、思うんだけど」
「ああ。
臭いと嫌われるだろう」
清流に身を横たえ、こすると溜まった汚れが落ちていった。
川に浸かっていると、心も清められる気分になった。
「よし。
何だか、勇気が湧いてきたぞ」
清々しい気分になった2人は、下流へ向かって歩いていった。
すると、昨日の女たちが水汲みをしていた。
「僕、話してみるよ。
何もしないでいても、来た甲斐がないでしょ」
明るく晃が言った。
だが武史は、肩を掴んで押しとどめた。
「ちょっと待って。
人間には、僕たちが化け物に見えるはずだ。
どうしたらいいか、考えよう」
「ううん。
何も思いつかないよ」
唸った晃は、首を横に振った。
「いや、方法はある。
晃。
深く考えれば、解決できないことはないはずだ」
武史は、どかりと あぐらをかいた。
眉間に皺を作って、腕組みをする。
河原の玉石を見つめ、空を見上げ、木々を眺める。
そして、煌めく川面に目を移したとき、
「そうだ」
川に入って行くと、魚を探し始める。
「どうしたの」
「魚だよ。
魚をあげればいい。
食べ物をもらえば、人間も喜ぶからな」
振り向くと、晃を川へと促した。
「おおっ。
凄いよ、武史!
それゼッタイうまくいくよね!」
目を輝かせて川へ飛び込んだ。
そして魚を横殴りにして、10匹ほど岸に上げてしまった。
「それそれそれ!
わははは!
お魚をたくさんあげるぞ」
「おおっ。
よし、こんなもんかな」
ビチビチと、生きのいい魚が跳ねる。
両手にたくさんの魚を抱えて、悠々と下流へと歩いていった。
何も知らない女たちは、笑い声を立てながら井戸端会議に花を咲かせている。
清流がさらさらと音を立て、森のざわめきがうるさくなってきた。
「大丈夫。
きっとうまくいくさ」
人影が大きくなるほどに、不安も膨らんでいく。
忍び足で、茂みの陰まで近づいた。
ここから出れば、2人は女に見つかるだろう。
「やっぱりやめようか」
武史が不安の色を濃くした。
「行くしかないよ」
思い切って、晃が飛び出した。
「あのう。
お魚、たくさん獲れたので、食べてください」
続いて、武史。
「僕たちは、近所に住んでいる者です。
もしよかったら、おすそ分けさせてください」
女たちが振り向いた。
驚きに、目を丸くした。
2人はどんどん近づいていく。
距離が2間ほどまで詰まった。
「あの。
僕、赤井 晃といいます。
お魚。
どうぞ」
「僕は、青山 武史です
新鮮なうちに、焼いて食べてください」
女たちの、反応がない。
というより、硬直して、顔が引きつっている。
「や、やめてください。
食べないでください」
細身の女が、のどから押し出すように声をしぼり出した。
「私たち、おいしくないから。
そのお魚を、食べてください」
小柄な女が、ガタガタ震えながら言った。
2人とも、腰を抜かして動けなかった。
「ごめんなさい。
殺さないで」
「いや。
こんなところで死にたくない。
見逃してちょうだい」
ひっくり返って、後ずさりを始めた。
命乞いをする2人を前に、呆然と立ち尽くしてしまった。
晃は視線を川に落した。
武史は目くばせをして、魚を玉石の上に置くと、背を向けて歩きだした。
だが晃は呼び止めた。
「武史。
だめだ。
これは誤解だよ。
ちゃんと話すんだ」
晃も魚を置くと、女に向き直った。
「驚かせて、すみませんでした」
深々と頭を下げる。
振り向いた武史も、それにならった。