嘘の日
「なんだ。やっぱ嘘だったんだ。」
「まあねぇ。よく考えれば地球が丸い形してるわけないもんな。」
「俺も地球が丸いなんてのは普段から信じてなかったよ。」
「僕もだよ。」
「地球が丸いなんてのはあらゆる詭弁の上でしか成り立たない空論だよ。」
「地球儀の上に僕らが存在できるなんてどうしても思えないよ。」
「あの四角の地図の上でなら存在できそうだけどね。」
「それを無理やり球体にしてしまうんだから、始末が悪いよ。」
「あのクルクル回って、微妙に斜めに傾いてて、わざとらしいったらありゃしないよ。」
「だいたいあの、地球儀を支えている棒とか土台とかはどこから来たんだという話だよ。」
「澄ました顔で最初からいる風を装ってるけど、バレてないと思ってるのは棒と土台だけなんだから笑えるよ。」
「君たち棒と土台がなくなっちまえば、たちまち地球を丸くしたやつはどこかに転がって行っちゃうじゃないか。」
「そんな不安定な状態で僕たちが生きて行けるわけがない。」
「流石に僕もそこまで考えたことはなかったよ。君は本当に頭がいいなあ。NASAを超えてるじゃないか。」
「おかしいなあとは思ってたけど、君の説明を聞いて合点したよ。目から鱗とはこのことだね。」
「そう褒めてもらえると嬉しいよ。まあ僕も後出しで言っただけだからあれだけど、普段からそう思ってたのは確かなんだ。」
「いやいや分かるよ。君は普段から真実を見抜いてたのにも関わらず、それが世間的にはとっぴなことだから言わずにおいただけだろう?」
「まさにそういうことだよ。まあ他にも考えてることがあるんだけど、それも君にならおいおい話そうと思う。」
「わー楽しみだなあ。君の慧眼には恐れ入るよ。まったく、ダ・ヴィンチなんてのも君みたいな自由な発想で生きていたんだろうなあ。」
「おいおい、ダ・ヴィンチなんてのは古いよ。褒めたつもりかもしれないけど、地球が平面であることさえ見抜けないんだからね。」
「そこを突かれるとダ・ヴィンチも痛いだろうね。でも、彼は昔の人物にしては聡明だったに違いないよ。」
「もちろんだよ。相対的にはね。ただ絶対的な知識量としては、現代を生きる我々とは比べものにならないよ。」
「過去の偉人なんてのは原始的なラジオとか飛行機とかを作って喜んでいるくらいだからね。かわいいものだよ。」
「でもそういう過去の偉人たちの奉仕があって、現代の我々がいるわけだ。そしてようやく地球が平面であることを突き止めた。」
「ドラマチックだね。」
「本当だよ。ここのところ暗いニュースばかりだったからね。」
「ここへ来て、こんな科学的な大発見があるなんて、まだまだ人類も捨てたもんじゃないよ。」
「僕らもエリートの端くれとして、次なる大発見をしたいものだ。」
「手始めに先生の言うことなんて簡単には信じないことにしよう。」
「そうだね。そうでないと、新たな発見などしようがない。」
二人は意見を一致させると、いつもより勢いよく校門をまたぎ、運動場を横切った。
自分たちの教室に入ると、クラスメートの中に二人と仲の良いえり子の姿を見つけた。
当然二人は例の大ニュースの話題をえり子に振った。
「えっ?ああそんな感じのこと今朝のニュースで言ってたっけ。地球がま・・・るかったんだっけ?」
「バカだなあ。逆だよ。地球が平面だってことが証明されたんだよ。」
「あら、そうなの。」
「なんだ感動がないなあ。女子ってのはこういう科学的な話題にまるで興味がないときたもんだ。」
「別にどうでもいいわよ。地球が丸かろうが四角かろうが。地球儀だって地図だって立派に存在してるじゃない。」
「だからその、地球儀か地図かってのが大事なんじゃないか。二つは両立しないんだよ。どちらかはエセなんだ。」
「もうあの、おしゃれなだけの地球儀なんてものは我々人類史から葬り去られるだろうね。」
「まったく、地球儀なんてのは黒歴史だよ。なまじ見た目がおしゃれなもんだからみんな騙されて。」
「確かに、地球儀なんてのは気が利いてるよ。棒と台が付いてて、クルクル回せて、それが擬似的な自転にも取れるわけだから、余計それらしく見えるわけだ。」
「エセながら、良く出来てるよ。実際僕の部屋にも一台あるんだ。」
「意識の高い学生なら必携の品だったが、今となっては節穴の象徴でしかない。実際、してやられたよ。」
「痛み入るよ。君の気持ちはよく分かる。信じていたのに裏切られたときの気持ちだろ?」
「そこまでセンチかどうかは分からないけど、そんなところだよ。」
「えーっと。地球が平面なら海の端はどうなってるの?」
黙っていたえり子が口を開いた。
二人は冷ややかな視線をえり子に浴びせた。
えり子はたじろいだが、黙って二人の目を交互に見つめた。
「あのさぁ、海に端なんてあるわけないだろ?君は海を渡っている船がどこかに落っこちたなんて話を聞いたことがあるのか?」
「えーっと、ない・・・けど。」
えり子は何となく腑に落ちない様子である。
「じゃあ、落っこちないにしても、その端みたいなとこに行ったとき、そのまま進むとどうなるの?」
「そりゃあ君、逆側に戻るだけじゃないか。」
「逆側?平面なのにどうして逆側に戻れるの?」
これは二人にとっては意外な問いだったが、タカシはあるケースを思い出して自信を取り戻した。
「えり子はRPG好きだったろ?その右下とかにあるマップで端まで行くと逆側の端に行くじゃないか。まさにああいうことだよ。」
ユウスケは感心したように肯いている。
「相変わらず君は説明がうまいなあ。先にそのゲームの例が出せないのが、まさに能力の違いなんだろうなあ。」
「こんなのは大したことじゃないさ。偶然思いついただけだよ。」
「大したことないようなことが、決定的に差を生むんだよ。なにか君は偉大な人物になりそうな気がする。」
男二人で盛り上がっているそばで、えり子は小首を傾げてまだ何か考えている。
えり子が考え込んでいるのに気づいたタカシは駄目押しの一撃を加えようとした。
「分かってるよ。船が瞬間移動するなんておかしいって話だろ?もちろんタダで移動するわけじゃないよ。」
「ワープ構造だろうな。ちょっと専門的な用語になるけど。」
「地球の端は皆反対方向へのワープ装置が設置されてるんだ。これできれいに説明できる。」
「そのワープは我々には体感できないんだ。ただ反対側へ移動できるという結果だけが残るんだ。」
「ちょうど我々が4次元だとかなんだか高次の次元を認識できないのと同じだよ。そういうものとしてただ捉えていればいいんだ。」
「ワープ装置がなぜあるかなんてのは考える必要がない。だってなぜ生物は存在するのか。地球はなぜこの広さなのか。そもそもなぜ宇宙があるのか。」
「この世には実際には説明できないことしかないんだから。」
「今までワープ装置を認識してこなかったからまるで転校生みたいで馴染まないけど、すぐに慣れるよ。」
タカシが一通り自説を展開すると、えり子は何かふらふらした様子で廊下に出て行った。
「やっぱり、女子は駄目だな。賛成も反対もしないんだから、タチが悪いよ。」
「そうやって議論を避けて、猫みたいにしてりゃいいんだから、楽だよ。」
「猫はかわいいよ。」そう言ってユースケは同意した。
「ワープかあ。ワープだよな。それ以外考えられない。」
ユースケは嘆息して言葉を漏らした。
「ワープというのは現代的な考え方だよ。」タカシが即座に応答する。
「宇宙を光年単位で移動するにはいずれ必要な技術なんだから、今の内に慣れとかなくちゃならない。」
「違和感もあるかもしれないが、それが現代人のたしなみってもんだ。」
「なんだか風流だね。宇宙旅行もぐっと近づいた気がするよ。」
二人が宇宙旅行に想いを馳せていると、果たして先生が入室してきた。
いつものように起立・礼・着席とやると、うやうやしく先生が話し出した。
「今日は大きなニュースがあったねえ。先生は地球が平面だってことを初めて知ったよ。」と言って笑った。
教室がガヤガヤする。
それぎりで先生は授業を開始した。
授業が終わるとタカシとユウスケの二人は先生の態度について話し合った。
「何だかずいぶんそっけない感じだったな。世紀の大発見があったってのに。」
「歳をとると感性が鈍くなるのかな。こんな反応しかされないんじゃ地球も平面であった甲斐がないってもんだよ。」
「まったくだね。僕ら若い人間に見くびられないように極力驚いてないふりをしてたんじゃないか。」
「うん。そうかも。見栄だけの大人は困るよ。これからは僕らのような人間がしっかりやっていかないといけない。」
帰る頃になって、帰り道が同じであるタカシとユウスケとえり子は連れ立って校門を出た。
三人はえり子の家の前に到着すると立ち止まった。最近はえり子の兄が新しいゲームを入手していて、それを皆で遊ばせてもらっていたのである。
だが今日は男子二人の様子がいつもと違っていて、家の敷居をまたごうとしなかった。
「なんかゲームって気分じゃないし今日は帰るよ。新しい時代のために考えることが色々あるしね。」
と言ってえり子を見た。
えり子は特に感銘を覚えない様子で、「ふーん。じゃあね。」と言ってさっさと家の中に入っていった。
二人はしばらく無言で歩き続けた。
季節は春であった。暖かな太陽の光と爽やかな風が二人を祝福した。
地面が平坦だからこそこのように歩けるのである。
りんごが地面に落ちるのと同じくらい自明なのに・・・と思うと昨日までの常識が可笑しくなった。
パラダイムシフトというのはこういうことを言うんだろうなあと感慨深げに歩いていると、前から自転車に乗ったえり子の兄の姿が見えた。
兄は二人の姿を認めると、少し前に止まり、左足をついた。
「あれ?今日はゲームやらないの?」
「自転車が走れるのも地面が平坦なおかげだよ。」
タカシは兄の言葉には答えずに、こともなげに言った。
兄は不審そうにタカシの顔をみた。
「ほら、今日やってたでしょ、地球が平面だったって。」
兄はタカシの言葉を聞くと、そこら一帯に響き渡るような声で笑い出した。
「おいおい。笑わせるなよ。あんな嘘を本当に信じる奴がいたか。」
「エイプリルフールだよ!今日は!」
そう言って自転車に乗り、二人を置いて去って行った。
二人はしばし呆然として顔を見合わせた後、照れ臭そうにしながらきびすを返した。