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隣の部屋はカーテンが閉めきってあり、まだ日の沈む前だというのに薄暗かった。
その部屋の中央に数本の蝋燭に囲まれて例の件の侍女がいた。
侍女は顔の半分を赤黒く腫らし、その顔には涙の痕が幾筋もできていた。眼は赤く充血している。縛られた口からは涎が垂れていた。手足はきつく縛られ、服も暴れたためかひどく乱れている。
―――――――――何ともいえない雰囲気だった。
「・・・・なんか、エロいな・・・」
「「「「そうね(だな)」」」」
なんだかこっちが加害者になった気分だ・・・・・・被害者のはずなのに・・・。
そんな事を各々おもいながらその侍女の近くに寄った。
侍女はソフィアを見ると顔を輝かせた・・・しかし、彼女の持っている皿を見たとたん顔を青くした・・・ように見えた。赤黒くてよく解らなかった。
ソフィアはレティに口を縛ったひもをはずすように指示し、その侍女の目の前に座った。笑いながら。
「こんにちわ、たしか二の姫付きの侍女さん。今回はおいしそうなお菓子をありがとう」
そう言いながら侍女の目の前で1つ食べる。
侍女の目からまた涙がこぼれ始めた。
そんな侍女をうれしそうに見ながらまた言葉を紡ぐ。
「うん・・・これはミグスの味だね。こっちはトリカだ!!すごいね、まだまだあるようだ。まるで毒のパラダイスだ。・・・・・・あなたも食べる?バリフスカ男爵令嬢マリアンヌ」
にっこり笑いながら言ったソフィアが侍女の目には悪魔のように映った。
マリアンヌの知るソフィア姫はもっと大人しかったはずだ。
それに、もう自分の正体がバレテいるとは思わなかった。彼女がわざわざ二の姫付きの侍女のことなんか覚えているとは思わなかったからだ。二の姫には約60人もの美しい侍女がいる。それに彼女はあまり二の姫に重宝されているほうではなかったため、ソフィアとは滅多に顔を合わすことなんてなかったのに。
「残念だね、マリアンヌ嬢・・・いや罪人マリアンヌ。私たちは毒に耐性があるんだよ。それと・・あなたは確か・・・そうだザビアー子爵の嫡男と今度結婚するのではなかったかい?まあ、もう無理だね」
そうだった。マリアンヌは二月後に子爵家の嫡男と結婚する予定だった。しかし、マリアンヌの家はあまりお金がなく持参金が少なかった。それを見かねた?二の姫がこの計画を成功させたら少なからず援助してくれると言ったのでやったのだ。しかしまさかソフィアに耐性があるとは思わなかった。
『お・・・お許しください、ソフィア様。どうかご慈悲を・・・!!私は二の姫様に命じられ仕方なくやったのです。そ・・それに私がいれば二の姫様がやったと証明できます』
マリアンヌは泣きながら言った。
しかし、ソフィアはそんな彼女をうっとうしそうに見つめるだけである。
そんなとき、マリアンヌの後ろにいたレティが口を開いた。馬鹿にしたように。
『あんたも馬鹿ね。さすが馬鹿姫付きなだけあるわ。王族に手を出した者は一様に死刑だって小さな子供でも知っていることだよ。それにたかだかメイドごときの証言をうのみにする者はいないよ』
マリアンヌの顔が絶望の色に染まった。頭に浮かぶのは領地にいる家族・・・・そして婚約者だった人の顔・・・。
しかし、そこでソフィアが口を開いた。
「いや、死刑にすると面倒だからしない。一族も別にお咎めはなしだ」
マリアンヌの顔が輝いた。しかし次の言葉で期待が一気にどん底に落ちた。
「でも、彼女のやったことは罪には変わらない。彼女だけがお咎めがないなんてダメだ。だから彼女には娼婦になってもらう。死刑にはしないけれど、貴族の令嬢としては生きられなくしてあげる。ちょうど娼館には知り合いがいるんだ。マリアンヌ嬢は美しいからすぐにお客さんが来ると思うよ。あなたの愛する子爵の息子には私から伝えておくよ、あなたが娼館にいるって。彼は迎えに来てくれるかね、他人に抱かれたあなたを。さぁ、これが私のあなたに与える罰だ。ずいぶん軽いだろう?」
そういうとソフィアは部屋から出て行こうとした。その後ろにレティとクレアが続く。
不意にドアの前でソフィアが止まった。そして無表情にマリアンヌの方へ振り返った。
「忘れていたよ。あなたの顔の腫れが癒えるまではここにいてもらう。自害なんてダメだよ。そうしたらあなたの大切なものを奪ってあげる。私にはそれだけの力があるからね。」
それだけ言うと、ソフィアは振り返らずに出て行った。
部屋に残されたマリアンヌはただただ自分の運命に涙した。