魔人レステ ‐2.「迷子お届け中」
修練棟には10室の個室とわりと広めの室外訓練場とがある。生徒はそのどちらかで自主的に魔法の訓練をやるか、教員と二人で訓練する場合が多い。
個室を一つ一つ覗いてみたけれども、スロンファン先生の姿は無かった。個室を回っている間も気だるそうに、首を捻りながらゆらゆらと歩くと、歩幅的に追いつかないレステは常に急ぎ気味にパタパタとホックの背中を追いかけた。何を信用してこの「迷子」はついて来るのだろうとホックは疑問に思い始めた。「知らない人にはついて行ってはいけない」とは教わらなかったのだろうか? 試しに足を止めてみれば、5歳児は不思議そうにホックの顔を窺う。
ホックは自前の赤い髪を掻きながら、はいはいと呟いた。
棟の外の訓練場に出る二人。広いグランドにはそれなりの人数の生徒も居たが、派手に竜巻を起していたので、スロンファン先生はすんなり見つかった。それにしても明らかに周りの生徒が迷惑に感じる規模の竜巻だ。この訓練場を誰の物だと思っているのやら……。ほれ見ろ、一人竜巻で物の様に飛ばされたぞ? いいのか、あれ……。
竜巻の中心に居たのは先生と少女が二人…内一人は今飛ばされた訳だが。
どうやらスロンファン先生はロセアとパシェードに指導をしているようだ。レステをここまで連れて来てよかった、あんな美女三人の下へ導き下さるとは俺の善行を神様が見て下さっていたに違いない。下降の一途だった気分が今受けている風を孕んで、勢いに乗って上昇していく。そんな彼の視線を独占したのはロセア=F=トロントに他ならない。
ロセアの長い金色の髪は暴風の中でも緩やかに流れ、砂埃の中彼女の周りだけキラキラと水面に乱反射する輝きを見ているようだ。まだ幼く細い身体は踏ん張ることで精一杯で、深く青い瞳だけが一際強い意志を示していた。ホックはいつでもその瞳の虜だった。
スロンファン先生の竜巻は程なくして大気に溶け、耐え切ったロセアは魂まで持っていかれたように膝を落とした。耐え切れずに飛ばされたパシェードが逸早く戻ってその倒れそうになる上半身を支えた。
パシェードは普段黒く長い前髪に隠れている獣に似た眼を光らせた。「やり過ぎです」と低く重い調子の声で威圧すれば、
「まっっったくよ!」
意外と元気が残っているのか、ロセアはグランドの端に届くほどに声を張り上げた。
「先生! 生徒を殺す気なの?」
パシェードの威圧の表情とは反対に、冗談でやっているのか? と疑うほどに顔を膨らませ怒るロセア。
「あらあら。あなた達だったらあの位じゃないと指導にならないわよ〜。ロセアちゃんなんて飛ばされもしなかったじゃない、流石ねぇ〜」
先生の言う通り、事実ロセアは耐え切った訳だ。ロセアはホックと同期で入学してまだ1年しか経っていない13歳にも関わらず、実力は5番以内に入る程秀でている。といっても生徒数は26人程度の学校だが……それを差し引いても才能を持っていることには変わりない。隣のパシェードは4つも年上なのに3秒ともたなかったのだから情けないだろう。
「それじゃあ、今日はもう終わりね〜。今のが弾き返せそうならまた来てね〜」
スロンファン先生の指導方法は荒いが、基本能力の向上に最も効果があると言われている。それは「自分の能力以上の魔法に同じ属性で対抗する」という方法だ、つまりロセアは先生の竜巻に風のバリケードを張り耐え凌いだのだ。今、無神経なスロンファン先生の背中に文句を垂れているロセアもその方法を尊重し指導を受け続けている。
問題はスロンファン先生が風の魔法しか使えないお蔭で、ロセアも風を起す事ばかり得意になっていることだろう。まあ、他の魔法をとっても彼女は優秀で、同い年のはずのホックなど足元どころか遥か地中深くの幼虫だ。
引き上げようとするスロンファン先生の下へレステが駆け寄った。
「あら? あらあらあら〜〜。目が覚めたのね? 良くここが分かったわねぇ」
傍から見ればまるで母親と息子の様な光景だ…。もしそれが事実だとしたらとんでもない美形親子になってしまうな。なんたってスロンファン先生は反則級に美人だ、と言うより魔人は風貌を自分の好きに出来るから完全に反則な訳ですが……。
「先生、子供がいたんですか?」
ホックは特に意図も無く頭に浮んだことを言った。「そんな分けないしょ〜」と、気の抜けた笑みを浮かべる先生。魔族は子供を産む事が出来ないので当然だけれども。
「じゃあ、なんですかその子? 5歳とか言ってますけど…」
「理由あって私と暮らすことになったレステ君よ。友達もまだ居ないし、今日からここの生徒にしようかと思って連れて来たの」
「生徒って…ここ魔法学校ですよ。」
ホックが言った言葉に対して、スロンファンはニタニタといやらしい笑みを浮かべた。
「実はねぇ〜。この子魔法が使えるみたいなのよ」
ホックはまさか! と声を上げた。もちろんその事実を知った時はスロンファンも似た反応をした。




